Police n B.K.B
「んん? それはどういう意味ですか?」
近くの中規模な警察署の受付。アポもなしに現れた謎の身なりの良い黒人二人組。署長に会わせろという。何よりも圧がすごい。音楽関係者か何かとも思えたが、そうだとしても表の人間ではなさそうだ。
なんでも、先日のブラッズギャングの一斉取り締まりについて話したいことがあるらしい。
ただこれを、はいそうですかと通すわけにもいかない。ただでさえ怪しいのに、署長からの評価を私だって下げたくないのだ。
……
とまぁ、受付の婦人警官の視点で言うとこんなところだろうな。
サーガはまだ台に手をつき、交渉している。
俺は後ろのベンチに座って、カップコーヒーを飲みながら二人のやり取りを観察しているところだ。
「だから、話を通してみろ。むしろあっちから会わせてくれと頼んでくるぞ」
「ですから、署長はそんなお暇ではありません! お引き取りください!」
「なんだこのアマ。使えねぇな。他の奴と代われ。そしてお前はこの失態のせいでクビだ。後悔してもおせぇぞ」
「何ですって! 無礼極まりない人ですね!」
徐々にヒートアップしていく二人。おそらく古い警察官であればサーガの事は分かるのかもしれないが、新人の婦人警官にとってはただの横柄なおっさんだ。
そして、この騒ぎもサーガの戦略の一つである。
「どうしたんだ。さっきから騒がしいぞ、君たち。警察署内では静かに願いたいものだね」
こうやって、見かねた他の警官が会話に参加してくるからだ。
「あんたは話が通じる相手か? どうも、このお嬢ちゃんは世間様ってもんを知らないらしくてな」
「それは貴方の方です! お引き取りください!」
「ま、まぁ、落ち着いてくれ。彼の話は私が聞こう。どんなご用件ですかな、ミスター?」
その他の警官らも気にはなっているようだが、今回の助け舟はこのベテランの警官が一人だけのようだ。
「署長に取り次いでほしい。サーガだ、と言えば当時を知っていれば伝わるはずだ」
「はて、サーガ……サーガ……? どこかで聞いた通り名ですが、いずれの団体の御方かね?」
「それは言わない方が良いと思うぞ」
言えばギャングと警察が繋がっているという証拠になってしまう。当時を知らない者らにわざわざ広げてやることもあるまい。
「言わない方が良い? それはまた、本当に怪しいね。彼女が拒否するのも当然のことのように感じるが。ただ、サーガ、ねぇ」
「はぁ……あんた、警官になってどれくらいだ?」
「うん? 三十年と言ったところだが、それが何か」
「勤務はずっとサウスセントラル内で? 他に転勤はなく?」
「あぁ、そうだが。そろそろ教えてもらえんかね。何を意図した質問だ?」
ちょいちょい、とサーガが警官を手招きして近づける。そして耳打ちをした。
三十年間働いているのであれば、B.K.Bが大暴れしていた時代の話も分かるのは間違いない。
『俺はビッグ・クレイ・ブラッドのサーガだ。ギャングスタクリップの件だって承知してると言いふらすのはよろしくないだろう?』
俺にも聞こえはしないが、伝えたのはそんなところだろうな。
血相が変わる、とはこの事を言うのだろう。
サーガに耳打ちされた警官の顔色が、見る見るうちに焦ったような表情となり、それに付随して気丈だったはずの受付の婦人警官も大人しくなった。
「け……警部補?」
「いや、あぁ、ははは。大丈夫だ。気にしないでくれ。それよりも署長は今、何をなさっているのかね?」
「はい? えぇと、スケジュール通りであれば署長室でお仕事をされている時間だと思いますが……」
パソコンの画面を見ながら返ってきた回答に、署長は時間が取れそうであることが発覚する。暇とは言わないだろうが、外出や会議でなければ面会可能だろう。
「よし。姉ちゃん、さっさと取り次いでくれ。あそこに座ってる若いのも連れて行くぞ」
腰を上げる時間のようだ。
……
コンコンコン。
「署長、おられますか? ヘンダーソンです。入室許可を頂きたいのですが」
警部補、と呼ばれたベテラン警官に連れられ、俺とサーガは警察署の二階にある署長室前へとやってきた。
「あぁ、仕事がひと段落したところだ。入ってくれて構わんよ」
「失礼します。急ですが、来客です」
見慣れている部下と、その後ろに見慣れない二人の黒人。身なりは整っているが、どこか怪しい俺たちを見て、署長は眉を顰める。
「ふぅむ、そちらの方々は? 入室は許可したが、外部の人間を軽々しく入れていい場所とまでは言ったつもりはないんだがね」
署長はヘンダーソン警部補よりもさらに年増の、五十代後半といったラテン系の男だった。白人じゃないのは意外だったな。
「それが、その……彼らの素性を知れば、ここにお連れした理由もご理解いただけると思います。あまり、表では会うわけにはいかないので止むを得ずお連れしました」
「はじめまして、かな。署長さん。俺はビッグ・クレイ・ブラッドの、いや元ビッグ・クレイ・ブラッドというべきだな。そのリーダーをやっていたサーガって言う者だ」
「……ふむ。あの事件の頃の生き残りか。確か、司法取引があったはずだね。それも、安くない取引だったと記憶している」
これも意外だった。覚えているということは、この署長も当時から警察官だったわけだ。差別主義者が多かった時代から勤務する非白人の警官とは珍しい。
「でだ、俺はその情報自体はきちんと握ったまま貫いてきた。それがどうも、アンタらが最近大捕り物を演じたギャングセットの連中が知ってたって聞いてな」
「ははは、耳が早いな。なぜ君がここに出張っているのかは訊かんが、その通りだ。我々が躍起になる理由も分かってくれるんじゃないかね?」
「俺を疑いはしないんだな。気に入った。協力できることがあれば遠慮なく言え。例えばそうだな……知ってる人間は消したい、とかな」
不信感を与えないためか、心底明るい声色でサーガが言う。
「そんなこと、頼めるわけがなかろう。もう捕まえはしたんだ。彼らもその話題はタブーなんだと分かっただろうさ」
「そうか。他にも漏れてないか知りたいんだが、奴らと話せないか? そっちは未然に防ぎたい」
「そこまでするのかね。心配せずとも君に対して手は及ばないんだが。変わった男だ」
「プライドだよ。何で俺は守ってんのに知ってる奴がいるんだってな。そしてべらべらと喋る阿呆。許せねぇわけだ」
署長は少し考えていたが、特にデメリットもないだろうと頷いた。
「分かった。彼らが収容されている場所への出入りを許可しよう。それで、他にその情報を持っている者、或いは出どころが分かったら共有してもらえるかな?」
「あぁ、構わねぇぜ。逆にこっちからも一つ。それに関係する者が死体として上がっても目を瞑ってくれよ?」
「それは出来んな。あまりややこしくしないでくれ。頼んだぞ」
署長は今度は、同室しているヘンダーソン警部補に向き直る。
「聞いていたな。彼らを刑務所まで案内してやってくれ」
「はっ、はい!? 自分がですか、署長。誰か若いのでも付ければよいかと思っていたんですが」
「出来ればそうしたいが、内密に動くしかないからな」
……
とんでもないとばっちりを受けたものだと、ポリスカーの車内のヘンダーソン警部補は肩を落としている。
「善意のつもりであの姉ちゃんの助太刀に入ったのにな」
「あぁ、本当にそうだよ。親切が裏目に出るとは思わなんだ」
どの口が言うんだというサーガの言葉にも、警部補は真面目に返してくる。
サーガの車は警察署に停めたまま、警部補の運転で送迎をしてくれているところだ。俺とサーガは後部座席。至れり尽くせりだな。それほどまでにサーガの存在は丁重に扱うしかないのか。
ただ、それも過去の事件にかかわる場合のみだろう。別で事件を起こせば彼だって普通に捕まる。
「アンタ自身も俺の事は知ってるんだよな? 腫れ物みたいなイメージなのか?」
「そうだね。へこへこするつもりはないが、触れづらいのも事実だ」
警察が買収され、腐敗していた時代を知る生き証人。
本来であれば組織の保身のためにも関わらないのが一番の対処法だ。ただ、他の人間から話が出てしまっている以上は、警察としてもサーガに協力してもらった方が良い。
「あの時はこうするしかなかったんだろうよ。大量虐殺して全員を口封じするってのも無くはないが、その場合は恨みを買って不正が明るみに出ちまうからな」
「言ってくれるな。個人的に思うところはあっても、我々は上の決定に従うしかないんだからな」
「お役人さんも大変だわな」
ため息が返ってきた。
何がお役人だ。正義の心を持ってこの職を拝命したのだろうが、蓋を開けてみれば権力の操り人形という自身に嫌気がさしているといったところか。
……
おおよそ三十分後。刑務所の前にある駐車場でポリスカーは停車する。
「さぁ、着いたぞ。お仲間とのご対面だ。ついてきてくれ」
「仲間とは言ってくれるじゃねぇか。敵になる可能性だってあるぞ」
それは連中の協力次第だろう。サーガに対して反骨精神を見せる可能性も無くはない。
車を降り、俺たち三人は刑務所内へ。
牢屋の前で鉄格子を挟んで、或いは面会室で透明なガラスを挟んで会話でもするのかと思ったが、違った。
囚人たちが生活している広いホールの中にそのまま入ったのだ。確かにそのホールの壁際には牢屋もあるのだが、就寝時に各々がそこへ戻るだけのようで、今は全員がそこから出て談笑したり、筋トレをしたりしていた。
当然、俺たちに視線が集まる。
ホール内の適当なテーブルに俺たち三人が座り、ヘンダーソン警部補が近くの囚人に声をかけた。
「悪い、ちょっと話をさせてもらえるかな?」
「あぁ? 何だぁ? てか、お巡りさんかよ」
警部補は私服ではあるが、胸には吊り下げた警察バッジが光っている。その正体もバレバレだ。
「君らのリーダーはどこだったかな?」
「あ、警部補さんよ。サブリーダー、ナンバーツーの男でも構わねぇ。むしろそっちの方が良いかもな」
ヘンダーソン警部補が話そうとしたのはプレジデントだったが、手っ取り早く話を進めるならサーガの言う通り、ナンバーツーの男の方が良いかもしれないな。なにせ、俺たちは嫁と話している。
「うん? そうなのか? まぁ、構わんが。それで君、頼めるかね?」
しゃあねぁなぁ、と男がどこかへ引っ込む。
戻ってきた時には、こちらの要望通りにナンバーツーの男を連れてきたようだ。ただし、いるのは二人。つまりこれはプレジデントもついて来ており、ツートップがそろい踏みの形となったらしい。
「俺がブラッド・オブ・パワーのリードだ。こっちがカルロス。お呼びだって話だが?」
「カルロスだ。プレジデントをやってる。お巡りさんからの用事とは光栄だな」
カルロスがプレジデントで、リードがナンバーツーだな。どっちも熊みたい体躯、髭面の坊主頭で迫力がある。兄弟かというくらい似ているな。
「あぁ、突然ですまんが……」
「用事があるのは俺の方でな。ビッグ・クレイ・ブラッドのサーガだ」
警部補の話に割って入り、サーガが切り出した。




