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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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Old! B.K.B

「……」


 手でシーツに触れる。いいぞ。ふかふかのベッドだ。セダンでの車中泊なんかとは比べ物にならない。

 そしてもう一つ朗報だ。今夜は一人部屋を二つ借りた。二人部屋で一緒に寝るのとは快適性がまるで違う。本来ならサーガもわざわざそんなことはしないのだが、今日は互いに気を遣わずにぐっすりと眠りたいのだろう。


 当然、モーテルなんかじゃなく、ちゃんとしたホテルだ。スイートルームを備えた高級宿ではないだろうが、部屋も清潔で必要十分と言える。


 冷蔵庫もあるし、シャワーもある。


 俺は手早くシャワーを浴び、服を着替え、冷蔵庫の中の炭酸水を取り出して飲んだ。どうやらこの炭酸水はサービスで、他のドリンクが欲しい時は従業員を呼ぶらしい。


 サーガは隣の部屋だが、くたくたに疲れている様子だったので、今頃はシャワーも酒もなしにそそくさと寝てしまっていることだろう。

 俺の方もまだまだ若いとはいえ不眠での活動は堪えた。そろそろ眠ることにする。


……


 古い街並み。いや、古いと言ってもそこまでの時代の違いは感じない。十年程度昔だろうか?

 場所は地元の公園だ。ここ最近は近付いてもいないが、セントラルパーク、だなんて呼ばれていた公園だったはずだ。


 俺は両手を見る。泥だらけだ。そして、その手のひらは今と比べると驚くほど小さい。


「クレイ! こんなところで何やってんだ!」


「え?」


 誰かに呼ばれて振り向く。喉から出た声は、声変わり前の幼いものだった。


「えぇと……泥遊び? だと思う」


「何で疑問形なんだか。自分でやってたことだろうによ」


 大きな掌が、彼の背丈よりもずっと低い位置にある俺の頭を撫でる。

 キャップを被ったその男の顔は、逆光で見えない。


 俺だって、何で泥遊びなんかしてたのか自分でもよくわからない。だが、子供ってのはいつだってそんなもんだろう。思いついたことはすぐにやる。理由なんてない。ただ、そうしたいからそれをやっただけだ。


 ん? 子供? 俺は何を言って……


「クレイ、腹減ってないか? 飯にでも行こうか」


「え、うん! 行く! えっと……」


「んん? どうした? 俺の顔に何かついてるか? それとも顔を忘れちまったか?」


 違う。忘れてはない。


「俺はお前の大切な家族、大事な弟なんだろ?」


 そうだ、彼は……


「サム!!!」


 そう叫んだところで、俺は目を覚ます。

 ……なんて夢だ。サムの夢なんか見るとは。しかしあれは子供のころに経験した過去の話ではなく、俺の想像の世界だな。泥だんごを作るよりは、道端にチョークで絵を描いていた記憶がある。


 だが、悪くない気分だ。こんな夢を見るのも、サーガが家族はどうだのと言い、昨日のセットでは面白い光景を見たせいだな。


 顔を洗い、歯を磨き、身支度を済ませてから隣の部屋をノックする。仏頂面のサーガが顔を出した。


「おせぇ。さっき起こしに行ったのに反応もしねぇ。たるんでんじゃねぇのか」


 時刻は午前九時だ。確かにジジイにとっては遅い起床だろうな。


「何を軍人みたいなこと言ってんだよ。アンタもゆっくりできて良かっただろ?」


「はっ、悪びれもしねぇか。こちとら三時間も暇してたぞ」


「寝た時間は大して変わらねぇはずなのに早く起きすぎだろ。朝飯はルームサービスでも出たのか?」


 若者は永遠に眠れるが、歳を食うと長時間寝れなくなる呪いでもあるのだろうか。むしろ九時に起きた俺を、早起きだと褒めてもらいたいくらいだぜ。


「いや、まだだ。さっさとチェックアウトして近くのマクドナルドにでも行くぞ。一緒に来い」


「あぁ、俺も腹ペコだ。御相伴にあずかるとしよう」


……


 予定通り、車は近くのマクドナルドへ。ドライブスルーではなく、店内での食事だ。

 目の前のサーガは、朝から大量に注文している。そして、俺も負けじと同じ量のベーグルやマフィンに取り囲まれている形だ。


 時間も時間だ。昼飯を抜きで活動することになるだろうから、夜まで持たせるにはこのくらい食っておいていいのかもしれない。

 ただし、起きたばっかりだってのに今度は満腹で眠くなりそうではあるがな。


「今日はどんなセットに向かうんだ?」


 他に話題もないので、予定を聞いてみる。


「まだ決めてねぇよ。ただまぁ、近場を攻めていく感じになるだろうな。三か所から五か所くらいは行っておきたいところだ」


「三から五ね。だいぶ開きがあるが、使う時間は相手方次第だから何とも言えないか」


「そういうこった。だが、思いのほか上手くいってる。なんつぅか、昔と比べてどこのセットも丸くなったもんだと思うぜ」


 治安が良くなった、と喜ぶべきだろうか。ギャング抗争は最盛期より激減しているのは明らかだ。


「それはB.K.Bも、なんだろうな。サムがまとめてた頃のメンバーはやっぱり荒かったのか? 特に親父……ジャックは」


「良い着眼点だ。まぁ、あの頃の仲間は最悪で最低で、それでいて最高だったな。ジャックか? 一番口は悪かったな。根は良い奴なんだけどよ。嫌な奴だと勘違いされてたんじゃねぇか」


 そんなに毒ばっかり吐いてたんなら、悪く思われて当たり前だ。


「サムは?」


 サムは夢にまで出てきた。ジャックは俺が物心つく前に死んでいる。幼少期の俺の記憶にサムの色が濃いのも頷ける。


「サム? 良い奴だ。リーダーとしては決断力が弱いのが玉に瑕だな。というより、アイツは自分の意思より仲間の意見を大事にしすぎる。あとは、たくさん泣く奴だ。感受性豊かなんだろうな」


「泣き虫なリーダーか。面白い男だな」


「それでも何でだろうな。みんなアイツに魅かれてた。弱味も人間味もさらけ出すやつなのに、頼りねぇって思うことは不思議と少なかったな」


 人間味という点ではサーガも持ち合わせているが、弱味や頼りなさというのはこの男には無縁だ。俺にとってサーガは巌のような人物だからな。


「それで、いなくなる前にアンタが後釜に御指名されたのか?」


「いや、そんな暇はなかった。サムがいないからってB.K.Bを潰すわけにもいかねぇ。俺が仕切ってたのも、本当にその場の流れで何となくだ」


 これは意外だったな。いや、自然な流れと言えないこともないか。そのくらい今のサーガはリーダーの器にしか見えない。

 そんな彼をもメンバーに持っていたサムは、ジャンルは違えどサーガよりもリーダーとして優れた男だったというだけだ。


「ジャックは……いや、聞かないでおこう」


「はははっ! 奴が生きてたら後釜になれたかって聞きたいか! 絶対に無理だろうな!」


 そこまで言わなくてもいいだろうに。サーガは心底楽しそうだ。


「ジャックは面倒見の良い奴だが、誰かに指示を飛ばしてまとめるような男じゃなかったからな。誰よりも喧嘩っ早くて誰よりも乱暴だ。その背中についていきたいって奴にはモテるかもしれねぇが、その未来を迎えたB.K.Bはどこよりも武闘派なセットになってただろうぜ」


 今のB.K.Bも、サーガのB.K.Bも、荒っぽさこそ残ってはいるが、割と慎重なセットだ。ジャックとは正反対だな。


「だったら彼とはよく衝突してたのか?」


「俺か? いや、別にジャックと揉めるなんてことはなかったな。ジャックはクリックって野郎とはいつも言い争ってたが、じゃれ合いだ」


 クリック……もちろん名前は知っている。だが、俺の記憶の中に彼の顔は浮かばない。回数は多くないが、会ったことはあるはずだ。ただし、物心がつく前の事だったに違いない。

 そういえば、ジャックと同時期に死んだとかって話だったような気もするな。


「そのクリックって人も荒っぽかったのか」


「いいや、まったく。お調子者の類だな。馬鹿というべきか。ムードメーカーのジミーもそんな感じだったが、クリックの場合はハッパで特に頭が沸いてたからな。ジャックはそれにイラついてたんじゃねぇのか」


「お調子者か。痴話喧嘩みたいなもんだと思っておくよ」


「そうだな、その認識で間違いない。あいつら二人のコントはB.K.B名物みたいなもんだった」


 クリックが馬鹿をやって、ジャックがブチ切れる。それに周りのメンバー、主にサムやメイソンさん辺りがたしなめる。

 そんな情景が浮かんできそうだ。


「メイソンさんは、どんなガキだったんだ?」


「コリーか? 車を盗みまくってたな。性格は別に、大人しい方ではあったと思うが。そういえば、アイツはジャックとは仲が良かったな」


 これも聞いたことのある話だが、やはり改めて聞けると楽しいもんだな。今はもう叶わないが、当時のメンバーたち全員に会ってみたいものだ。

 いや、会ってはいるのか。赤ん坊の時の記憶なんか無いだけで。


「昔話はこのくらいにしておいて、挨拶回りを再開するぞ。まだ先は長い、話のネタが尽きちまう」


「そうだな。また今度、聞かせてくれ」


……


 この日、挨拶回り自体は何の問題もなかったが、ジャスティンから連絡があった。ハスラー内で問題が発生したらしい。

 とはいえ俺だけ、もしくはサーガと一緒だとしても、ここで帰るわけにもいかないので指示を飛ばすくらいしか出来ない。


「なるほど……そんで、犯人探しが始まってるのか」


「おうよ! 仲間の金を奪うとはふてぇ野郎だぜ! 見つけ出してボコボコにしてやるさ!」


「まぁ、やりすぎないようにな。一応、見つけたらソイツの言い分も聞いてやってくれよ、ニガー」


 内容としてはハスラーの売上金の計算が合わず、誰かがくすねているという事だった。

 ジャスティンに限って金勘定を間違うということはないだろうから、誰かが盗ったのは確定だろう。ついうっかり、その馬鹿が間違っただけの可能性もあるがな。


「サーガ、聞いてたか?」


 ジャスティンの電話を切ったあと、運転中のサーガに話を振る。


「そりゃな。この距離なら嫌でも聞こえる。仲間内で金を盗む奴なんてのはいつの時代もいるもんさ。それより額はどうして訊かなかったんだ?」


 言われて気付く。確かに、紛失したのは百ドルなのか一万ドルなのかで話が全く変わってくるな。


「ジャスティンもカンカンだったし、それなりにまとまった額なのは予想がつくだろ? まぁ、それでも聞いておいた方が良かったのはその通りか」


「ふん……ハスラーの一人がくすねたとしたら、せいぜい一日から数日分の売り上げってところだろうがな。すぐに割り出されて終いだろうよ。粛清で殺すつもりなのか?」


「痛めつけるとは言ってたが、殺すのはやりすぎだ。その辺りは弁えるように伝えたから無いと思うがな」


 それより、いつの時代もなんて話が出るってことは昔のB.K.Bにも金を盗む奴がいたって事か。

 イレブントップは仲が良かったはずなので、他のメンバーだろうか。いや、仲が良かったってのは俺の幻想なのかもな。ジャックとクリックは冗談交じりとはいえ、よく言い争っていたと聞いたばかりだ。


「ただ、計画的に何人かでやってた場合は大ごとだな。ジャスティンに不満を持っている奴が一定数いるってことになっちまう」


「ジャスティン云々じゃなく、金に目がくらんだだけの可能性は考えないのか?」


「それなら単独犯だろ。金目当てで、且つ人数が集まってるなら商店でも襲うはずだ」


 そうなのだろうか。だが確かに、わざわざ味方を裏切ってハスラーの売上金を奪う意味も薄い。そっちの方が早いな。

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