Family
「アイクに…おじさんに用事? お墓ならその角を曲がってまっすぐ行ったところにある教会墓地だよ」
なるほど。息子ではなく甥っ子のパターンだったか。だがそれは問題じゃない。
「おじさんの墓参りも後で行くよ。ただ、俺はアイクと古い知り合いでな。死んでしまった時のことを詳しく知ってる大人の人はいないか?」
なかなか上手い誘導だな。それなら自然と他のOGとの話の場を設けることに持ち込めそうだ。
「俺のママなら知ってるけど。アイクの兄弟姉妹だからね」
「そうか。パパは何をしてるんだ?」
「パパは街にはいないよ。ママとは別れたから」
父親はこの街のギャングスタではないか。だが、別に母親からでもいいかとサーガが交渉する。
「わかった。ママと話せるか? 俺のダチが、アイクが死んだときの話が聞きたい」
「えぇ? 知らない人をママのいる家には連れていけないかな……」
子供の危機管理能力としては合格点だが、今はそれだと困る。
「ではこうしよう。ママ以外の大人、仮にギャングメンバーだって構わないから、アイクと仲が良かった人は知らないか? そっちと話してみるよ」
「知ってるよ。おじさんたちもどこかのギャングなの? 怖がらないんだ」
「まぁ……アイクと知り合いなくらいだからなぁ。ギャングだからどうとも思わないな。紹介してもらえるか?」
母親と俺たちを会わせるより、こちらの方がハードルは低いはずだ。
「うん。彼はヘンリーって言うんだ。アイクと仲良かった。多分、三十歳くらい。この先の通りに黄色い屋根の家があるんだけど、そこの庭先に集まってる人たちの中にいるよ。ポーカーとかやってる」
どこのギャングも同じだな。平時は庭先や路上でダイスゲーム、ドミノ、カードをしながら騒いでる。
「わかった、今行ったらいると思うか?」
「どうだろうね? 誰もいないってことは無いと思うけど、ヘンリーがいるかどうかは分からないや。電話番号も知らないし、俺が出来るのはここまでかな」
十分よくやってくれた方だろう。アイクの甥っ子に礼を告げ、サーガは車を進めた。
……
「あれだな。おーおー、昼間っから盛り上がってやがる」
黄色い屋根の家、を目印にするまでもなく、十人以上のギャングスタが庭先の芝生の上にたむろしていた。卓代わりに木箱を置き、そこでカードをしている。
一人をターゲットにし続けたが、今回は大人数、それもかなりの数が相手。またも初の試みだな。
ジロり。一斉にこちらを向く視線。
黒塗りだが、高級者は嫌でも目立つ。素通りすれば迷い込んできただけの一般車両かと見逃されただろうが、停車したのでそれはない。
子供らの時と同じく車から降りはせず、サーガが窓を開けて声をかける。
「ヘンリーってのはいるか?」
「……」
全員が返事をしない。ただただ、威圧的な睨みだけが集まるばかりだ。
最初にあった男と同じく、政府関係者、警察関係者といったお偉方だと思われているのかもしれない。
「おい、ヘンリーってのはいるか? 話をしたいだけだ」
「いたら、なんだってんだ?」
一人が刺々しく返す。
「話をするだけだ。心配せずとも連れ出したりはしない。全員にこのまま同席してもらって構わん」
「だそうだぜ、ヘンリー? アンタから話す事なんてねぇと思うがな」
話を振られたのは、卓に座ったまま腕を組んで黙っている髭面の男。
低い声で問いかけが響く。
「……誰だ、お前ら?」
「俺はイーストロサンゼルスの、B.K.Bのサーガだ。お前の事は直接知らんが、先代のアイクに世話になってな。墓参りのついでに、今の現役の連中にも挨拶しに来た」
「アイクの知り合いか。ブラッズだろ? そんな知り合いがいるとは驚きだ」
アイクの名前が出て、少しは納得したような空気が漂う。
「俺も久しぶりだからな。十年以上は空いてる。アイクが死んでるってのも、最近知ったくらいだ」
厳密には直前に知ったのだが、それを言うと墓参りついでという話がおかしくなるので、サーガは言い回しを変えている。
「十年以上か。アイクが死んだのは一昨年くらいか? それなら無理もねぇ話だな。で、現在のプレジデントに会った感想は?」
「……ん? お前が今のリーダーなのか? それは知らなかったぞ。街のちびっ子も人が悪いな」
「はっ。ガキの口から俺の名前が出ただけかよ。あぁ、ネタバレしちまったが、今は俺がこいつらの頭を張ってる」
改めて、現在のプレジデントのヘンリーという男を観察する。
物静かには見えるが、威厳はあるな。サーガと似たタイプだろうか。
「だったらアイクと仲が良かったって子供たちが言うのも納得だな。奴は病死か? それとも殺されたのか?」
「あぁ、病気だ。ガンだった。肝臓だか何だか、部位は忘れちまったがな。死ぬ前に俺を次の頭目に指名したんだよ」
死んでいることを良かった、なんて言うべきではないのかもしれないが、誰かに殺されるよりは良い人生だったんじゃないだろうか。
他殺に比べればある意味、天寿を全うしたって事だからな。
「ガンか……あれほどの男も病気には勝てなかったか。残念だぜ。お前はどうだ、ヘンリー。早死にすんなよ」
先代のアイクのことを男だと認めつつ、ヘンリーを気にかけるような言い回し。これで気を悪くするはずがない。
傍から聞いている俺にはサーガの思惑が一目瞭然だが、ヘンリーは舞い上がって嬉しそうにしている。スッと懐に入り込んだわけだ。
「はっ! どうやらアイクと仲が良かったってのは嘘じゃねぇみたいだな! 見ての通り、俺の身体はピンピンだ」
「奴とは喧嘩仲間みたいなもんだ。ブラッズとクリップスで当時は確かに揉めてたさ。だが、月日が経った今じゃ笑い話でしかねぇ。本人の面も見たかったが、お前みたいな代わりが立ってるんなら俺も安心できたぜ」
さらに追撃。仏頂面のヘンリーも陥落する。いや、懐柔されたと見せかけているだけか? まさかな。
「そうかよ。褒めてもらえて鼻が高いぜ。で、本題は別にあんだろ? 本当に墓参りだけならもう行っていいぞ」
「そうだな。ついでに用事があるとすれば、今後ともよろしく頼むってところか? テリトリーも遠いし、メンバー同士が交流するって事なんかないだろうが、俺たちのセットの名前くらいは覚えておいてくれ」
「それくらいなら構わねぇぞ。友達ヅラして金や兵隊を出せって言われてもお断りだがな」
既に同盟セットは多い。わざわざここに手助けを頼む理由もない。
「そんなのは不要だ。あー、ただ、次はビールでも奢ってくれ」
「そっちがな!」
サーガとヘンリーが拳を突き合わせて別れの挨拶を済ませる。
そして、サーガの口先だけだと思っていたアイクの墓参りへと車は向かっているようだ。
「ん、教会? アイクの墓参りかよ。本当に行くんだな」
「行くだろ。このまま奴らのテリトリー外に出たら、みんなから嘘つきだと後ろ指をさされるだけだ」
「世間体みたいなもんか」
「そうだな。ただ、それもあるが、実際にこの縁はアイクが繋いでくれたもんだ。別に感謝したってバチは当たらねぇだろ? 献花なんてないが、十字だけ切りに行くぞ」
「花はなくとも、昨日俺が飲み残した酒ならたっぷりあるぞ」
まさか、ここで使い道が出てくるとは。飲みかけなので、他の誰かに渡すのもなぁと考えていたところだ。
「そうだったな。たっぷりかけてやれ。どうせもう飲まねぇんだろ」
……
教会の墓地は無人だった。墓守は休日で、神父は教会内で仕事をしているのかもしれない。基本的に墓には自由には入れるので、何百と並んでいる墓石からアイクのものを探す。
ファミリーネームは分からないし、探索に苦労するものだと思っていたが、墓石の周りに真っ青なバンダナが大量にぶら下げられており、それは簡単に見つけることができた。
さすがは先代のプレジデントの墓ってところか。
墓石には確かにアイクの名前と、没年に一昨年の年号。間違いなさそうだ。
俺は車から持ってきていた度の強い酒瓶を開け、たっぷりとそれに流しかけた。強いアルコールのにおいがあたりに充満する。
「こりゃあ、明日の朝は二日酔い間違いなしだな、アイク」
軽口を飛ばしながら、サーガが胸で十字を切る。
俺は空になった瓶を地面に一旦置き、サーガに並んで十字を切った。
この酒瓶は……まぁ、ゴミにはなってしまうがこのまま置いて行くか。セットの連中にも、俺たちが本当に墓参りをしたと分かりやすいだろうからな。
中々に高い酒だったから、瓶のラベルを見て、これを飲めたアイクを羨ましがる奴も出るかもな。
「おい、いつまで祈ってるんだ。墓は神像とは違うぞ。懺悔や神頼みしてるんじゃないだろうな」
「考え事だよ。この酒瓶は置いておいた方がいいかどうかのな」
「どっちでも構いやしねぇさ。行くぞ」
そして去ろうとした俺たちの前に、数人の子供たちが現れる。アイクの甥っ子を含む、あのガキどもだ。
「あん?」
「本当に墓参りしてたんだ。変なのー」
変なのとはご挨拶だが、ヘンリーの居場所を教えた手前、悪い大人じゃないか気になっていたというところだろう。
もしくは、ヘンリーの方が暴れて俺たちに手出しをしていないか心配していた線もあるな。
「お前たちも墓参りか?」
子供だけでそんなことをするとは思えないが、俺は一応聞いてみた。
「ううん! かくれんぼしようと思って!」
嘘か本当か、アイクの甥っ子の提案ではあるらしい。まさか俺たちの様子を見に来たと言わないのは分かっていた。
「そうか。墓石がたくさんあるからかくれんぼには最適だな。墓を壊したりして牧師から怒られないようにな」
「うん、わかった! あと、アイクのお墓だけは隠れるの禁止で! 酒臭いから!」
「はは、そうだな。今日のアイクは酒臭いから近寄らない方がいい」
そもそも、アイクの墓は嫌でもバンダナだらけで目立つ。ここはかくれんぼに使う遮蔽物として、墓地内にある墓石の中では一番使えないだろう。
子供たちがかくれんぼを開始したのを見て、俺たちは車へと戻った。
もちろん、遊びに参加させられる可能性もあったが、仮に誘われてもサーガは首を横に振っただろう。昨晩寝れなかったせいで、今日は早く寝ると決めたからな。
車窓から、かくれんぼをしている子供たちと、騒ぎに気付いた神父か牧師らしき老人が見える。捕まれば説教タイムだろうな。
子供たちは瞬時にかくれんぼを鬼ごっこへ変更し、鬼役に見立てた老人から逃げ回っている。
そしてもう一つの大人の影が現れた。女性だ。あの子供の中の誰かの母親か?
その女はさっきまで俺たちのいた、アイクの墓の前へ。手ぶらだが、墓参りのようだ。ということは、あの甥っ子の母親で間違いないはずだ。
死んだアイクから見れば妹か姉に当たるということだ。
サーガも少し気になったのか、車を止めてくれた。
まさか自分の息子が近くで老人と鬼ごっこをしているとは思いもしなかっただろう。
祈りを済ませた後、その女は走り回る子供たちの中に息子を見つけ、呼びかけている。子供の方は手を振り返しただけで、そのまま他の友達と一緒にどこかへと逃げて行ってしまった。
墓地には母親と牧師だけが残る。
やがて近寄って話し始めた。迷惑をかけたと謝っているのかもしれない。
「もういいか?」
「え? あぁ、行ってもらって構わない」
「家族ってのはいいもんだな」
俺にはセットの仲間以外に家族はもういない。だが……そうだな。いいもんだと思う。