Beautiful South
この日は、他にも二か所のギャングセットを巡り、日が暮れた。夜はあまり動かない決まりだ。犯罪活動が活発になって危険度が増すから、などという話ではなく、単純にサーガが疲れて眠くなるからだ。
なんだかんだ、この伝説の男もジジイに近づいてるんだな。
「今夜の宿を探すぞ……ってなんだ、老け込んだジジイみたいなツラしやがって。今日はそんなに疲れる仕事だったか?」
運転席のサーガから、まさかの俺に対してジジイ発言が飛んでくる。むしろ俺の方がアンタに思ってたことなのによ。
にしても、昼間のマルーンと娘のやりとりが顔に出るまで俺の心に響いていたのか。自分でも驚きだ。
「いいや、疲れはない。気にしないでくれ、爺さん」
「ふん。だったら労いの言葉と粗茶でも出せ」
「へいへい」
適当な返事だけで、出す茶なんてのはない。運転くらいは変わってやってもいいと申し出たりもしたが、それすら拒否されたことがある。
自慢の愛車のステアリングを誰か任せたくないのかと思ったが、そうではなく、サーガは今回の仕事を自分の責任だと感じている部分が大きいだけだ。意地張りやがって。
この夜は宿泊先を確保できず、初の車中泊となった。
閉店しているスワップミートの駐車場に入り、そこで座席を倒す。ワゴンやバンならよかったが、セダンタイプだ。狭苦しくて、あまり寝心地は良くない。
だが、サーガは早々にいびきをかきながら眠ってしまった。当然、俺はそれが気になって眠れやしない。
「はぁ……仕方ない」
特に危険なエリアではない。俺は車を降り、夜風に当たりながら近場を散歩することにした。多少疲れれば、あのいびきの中でも眠れると思ったからだ。
二十四時間営業のコンビニがあった。さすがは街中だ。ゲットーにこんな店があったら、初日に銃を持ったギャングスタの集団から襲われて、レジも戸棚もごっそりと漁られてしまうだろう。
店内にはアジア系の若い男が一人だけいた。エプロンをつけているので彼が店番か。片言の英語でこんばんわと話しかけてくる。
その言葉で、俺は店にフラッと立ち寄ってしまったことに気づいた。入るつもりなんて無かったんだがなと苦笑する。
ただ、眠れない夜に空いている店があったのは朗報だ。酒棚に向かい、ウィスキーの瓶を手に取った。下戸なので、ビールでも十分だったかもしれないが。
「五十ドルです」
「……あぁ」
そんなにするのかと驚きながらも、寂しい財布の中身をさらに減らし、俺は店を後にした。
車を止めていたスワップミートの駐車場に戻る。
停まっているのはサーガの車だけではなく、数台の駐車がある。その内、一台のバンの近くを通ったときに、車体がリズミカルに揺れながら、女の嬌声らしきものが聞こえた。
お盛んな事だ。これから俺は、いびきのうるさいおっさんが待つ車に戻らなくちゃならないってのによ。
モーテルでも同室なのでそれは同じなのだが、車だと真横にいる分、その騒音もひときわ耐え難い。
「は?」
間違えたか?
確かにサーガが車を止めていた場所に、車がない。まさか俺を探しに? もしくは買い物か?
いや、それならまだいい。というか動くなら電話しろよ。
最悪なのは、誰かに乗り込まれて車ごと盗まれたパターンだ。すぐに携帯電話を取り出し、サーガに電話する。
繋がらない。いや、厳密にはコールはするが、取られないというのが正解だな。なぜ出ないんだ。出れないのか。やはり誰かに……!
「おい、買い物か?」
スーッ、と音もなく寄ってきたセダンに話しかけられ、びくりと肩を跳ねさせると同時に、安堵してへたり込む。
「サーガ……車がないからどこに行ったのかと思ったぜ」
「それはこっちのセリフだ。いきなりいなくなりやがって」
「電話すればいいだろう!」
「電話? 確かにそうだな。近くにいるもんだと思ってすぐに車を出しちまった。そしたら実際にいた。結果オーライだ。そして、てめぇもメモ残すなり、俺を起こして伝えるなりあっただろうが」
起こす、というのはまず判断から外れる。メモは考えつかなかったな。
「あんなに気持ちよさそうに寝てるアンタを起こせるわけないだろ。ただまぁ、メモはその通りだ。こっちもすぐに戻る気でいて考えが至らなかった」
「乗れ。何だ、酒なんか買って。珍しいこともあるもんだな。中々に強いぞ、こりゃ」
助手席に乗り込んだ俺の手元の酒瓶を認めるなり、伸びてきたサーガの手がそれを奪い取る。
「……飲みたきゃ分けてやるけど、少しは残してくれよ」
「いや、要らん。何のつもりでこんなものを? 次のセットへの手土産か」
軽く放り投げられた酒瓶が返ってくる。
難なくキャッチは出来たが、もし落ちて割れてたらどうするんだよ。今後しばらく酒臭い車内になってたら、毎日車酔いする未来しか見えねぇぞ。
「それも悪くないが、俺自身への睡眠導入剤だよ。アンタのいびきがうるさいせいで眠りつけなかったからな」
「はぁ? ならお前が先に寝ろ。それまで待っててやる」
「良いって。その後にどうせ起きるだけさ。だからコイツを……うっ、本当に強いなこりゃ」
下戸でなくても、ストレートではかなりのアルコール度数だ。眠くなるのを通り越して気持ち悪くなるだけだな。二口目にいく勇気はなく、ボトルの蓋を閉じる。
「ガキが背伸びするからそうなる。吐くくらいならもうやめとけ」
「いつまで経っても俺の事はガキ扱いなんだな。クソッ……舌と喉が熱くてたまらん。やっぱりビールでよかったな」
「当たり前だ。お前はジャックの息子。可愛い可愛いクレイ坊やのままだ。そしてそれは俺が死ぬまで永遠に続く。何せ、お前が俺の年齢を超えることは出来ねぇからな」
ズルじゃねぇか。年長者を超えることは永遠にできない理論だ。だが、若いってのも利点だからな。永遠に先人を年寄り扱いできる。そして未来は見れる。お互い様か。
「そのお返しに、永遠にジジイ扱いしてやるからな」
「そうだな、死ぬまでいたわってもらおうじゃねぇか」
「だったらこっちも小遣いを永遠にせびり続けるとするか」
「金のかかる坊ちゃんだぜ。今度からはお前もお子様ランチにしてやる」
「可愛いんだろ? 目に入れても痛くないはずさ。おもちゃつきで頼むよ」
否定はしないんだな。今回の旅でも既に服を準備してもらってるが、それもガキ扱いの延長か。
「良いから子供はさっさと寝ろ。深夜に徘徊するのは本来ジジイの特権だぞ」
「それは是非ともやめてくれ」
ボケたジジイみたいに毎晩徘徊されたら困る。というか今回の件で、メモ書きを残すなり電話をするなり、ある程度の対策は掴んだのだから問題自体も起きはしないか。
それから結局、俺は寝ようと努め、サーガもそれを待っていてくれていた様子だったが、先に朝を迎えてしまった。
……
「不眠で運転はまずいんじゃないか? 今日こそは代わるぞ」
「どってこたねぇ。ただし、今日向かうセットは二か所くらいにして、さっさとホテルを取るぞ」
それは大賛成だ。俺だって眠いからな。そして、この日は危険視されているセットへの訪問はなく、ある程度は楽だと思える仕事だけを入れることになった。
それでもB.K.Bに対して良い思いは持っていないはずだから、油断していいとまではいかないが。
一つ目はブラッズ。ここは直接戦ったわけではないが、他のセットと争いながら通った場所にテリトリーがあるせいで、多少騒がしくしてしまったというセットらしい。
サーガが話をすると、誰もがそんなことあったか? と首を傾げるほどで、気にも留めてなかったらしい。なんなら、B.K.Bの名前すら知らないほどだった。
知らないならば、今後は仲良くしてくれと軽い挨拶を済ませ、次の目的地へと向かう。
次はクリップスのテリトリーだった。過激派とは言われていないが、さっきよりは緊張感があるな。
手はず通り、一人で歩いているギャングスタに声をかける。
「よう、ニガー。ちょっといいか?」
「は? なんだ? お偉いさんか? お、俺は何もやってねぇぞ」
車とスーツ姿の二人に、そのギャングスタは身構える。
「心配するな。役人でもねぇし、FBI職員でもねぇ。俺らもお前と同じギャングメンバーだ」
「んあ? そうか……って、安心できるわけねぇだろ。何者だっての。どこのセットだ」
「B.K.Bだ。イーストロサンゼルスのブラッズだよ」
身構えたまま動かない。おそらく意味が分からないので固まってしまったようだ。
「ブラッズ? イーストロサンゼルス? それが俺に用事? ど、どういうこった!」
「落ち着け。道を尋ねるようなもんだ。大した用事じゃねぇよ」
「道? 空港でも目指してんのか? 立て看板を見ながら行けよ!」
「聞きたいのは人の家でな。アイクって名前のOGの家だ。お前らのセットの少し前のリーダーだと思う。俺とは古い知り合いで、彼に会いに来た」
「アイクの知り合い!? 嘘つけ! そんな遠くにブラッズの知り合いなんて……それに、彼なら一昨年くらいに死んでんだよ!」
これは誤算だ。確かに、捕まっているパターンがあるのだから、死んでいるパターンもあり得るか。
「何だって? そうか……後で墓参りにも行くとしよう。近くの教会墓地だよな?」
「あぁ、そうだ。で、もういいだろ? 早く墓参りに行けよ!」
「いや、アイクがいないのなら、その同年代のOGは誰かいないか? 話がある」
「はぁ? 同年代って言われても俺には分からねぇよ! もう行けって! お前らと話してるのをだ、誰かに、見られたらたまらねぇ!」
頑なにこちらとの会話を打ち切ろうとしてくる。手は出してこないが、迷惑がられているのはひしひしと伝わる。
「サーガ、ダラダラとコイツと話すんじゃなく、さっさと他のやつを当たった方がいいんじゃねぇか?」
初の、第一村人に案内を拒否されるパターンだ。知り合いが死んでいるパターンと言い、このセットでは初体験が目白押しだな。
「それもそうだな。おい、お前。何をずっとオドオドしてんのか知らねぇが、怖がらせたなら悪かったな」
「こ、怖がる!? 冗談じゃねぇ! なめんじゃねぇぞ!」
「おう、威勢がいいのは大事だ。心配しなくても、お前は立派なギャングスタだよ。じゃあな」
適当な世辞を並べ、他の人間を探す。
あくまでも俺の予想だが、さっきの男はいじられ役というか、セット内のメンバーに、いつもからかわれているせいであんな感じになっている気がする。
他のやつを……と思ったが、次は座り込んでいる五人組の子供たちだった。
年齢的にギャングメンバーではないだろうが、間違いなく関係者ではある。ギャングスタの息子だったり、従弟だったり、このエリアに住んでいる時点で無関係とは考えられない。
「サーガ、子供を相手にするつもりか? もう死んでるOGの、さらにその同年代の知り合いを?」
「仕方ねぇだろ。他に誰もいねぇし。別に車から声かけるだけだ」
ぴたりと止まった車に怪訝そうな視線が集まる。そりゃ怪しいよな。
「おーい。少年たち。道を尋ねてもいいかな?」
「えぇ? 道? いいけど、どこに行きたいの?」
「アイクって言う、少し前に死んじゃったおじさんの家なんだけど、分かるか?」
一人の少年に、他の子供たちの視線と指さしが集まった。ビンゴか。おそらく息子だな。