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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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Dirty South

「ほーう? 過去に俺らと揉めた、ねぇ? ははっ! いつだって揉め事は大歓迎だぜ!」


「こっちは歓迎できねぇが。とにかく、そんな昔の事は屁とも思ってねぇって意味で合ってるな?」


 クリップスのテリトリー内。危険だと言われていた一つ目のセットだ。

 車内のサーガと、車に寄りかかって息がかかりそうなほどの距離で話している細身のギャングスタ。

 この妙なテンションは、葉っぱでも吸ってたか。助手席の俺は、いつドンパチになるかと冷や冷やものだ。


「おう、思ってねぇよ! 揉めた過去があるなら、お前らのセットとは今も敵対状態だ!」


「そうか。逆に、味方のセットはいないのか?」


「いねぇよ、そんなもん! 俺らは全方位、見境なく敵だ! ウチ以外の他のセットなんざ、どうなっても良いってんだよ!」


 馬鹿だな。それしか感想が浮かんでこない。


 こんな馬鹿しかいないなら、放っておいても周りのセットに潰されちまうんじゃないのか?


 周りが腰抜けか、コイツが口ほどにもないか、まともな仲間に止められているか……外には一切攻めていないか。

 最後のが一番ありえそうだな。入ってくる奴にだけしか噛みつかないから関わらずに放置されているってとこか。

 だとしたら、テリトリーに入った俺らは今、コイツにとって皿の上に盛り付けられた御馳走だ。よだれ垂らして待ち望んでたことだろうよ。


「お前のボスは何て言ってんだ?」


「あぁ? 何ってのは? 何も言ってねぇよ! 俺らは好きに生きるのがモットーだからな!」


「そうか、よくわかった。ほら、駄賃だ」


 駄賃と言いながら、サーガがソイツにマルボロの箱を二つ手渡す。


 生憎、葉っぱや薬の手持ちがないのでその代わりか?

 金でも良いんだろうが、金を見せてしまうと、馬鹿すぎて「もっと出せ」とか言い出しかねないからな。


 とにかく、サーガも俺と同じ結論に至ったのは分かった。このセットは触れなければどうでもいい、が結論だ。


「あ? なんだこれ? タバコか! 箱なんか久しぶりに持ったぜ! 金持ちかよ、お前!」


 車を見た時点で気づけよ。

 コイツにとってタバコは、一本買いでしかお目にかかれないんだろう。


「いいや、別に。お前は良い奴だからな。その礼だ。他人に優しくすると良いことがあるって学べて良かったな」


「優しくなんかしてねぇ! ビビってんのか!」


「話通じねぇな。ま、四方八方に喧嘩売るだけが正解じゃねぇってこった。じゃあな」


「おい!」


 まだ何か話したそうにしていたが、無視してサーガは車を出す。相手が一人だったのもあってか、危険な状態にまでは及ばなかった。

 囲まれるようなパターンだと、誰か一人が激高してそれに仲間が乗じることも考えられる。


「あの調子だと、他の四つも無視で良いんじゃないのか」


「そうはいかねぇって言ってんだろ。だが、こっちもいい勉強になったな。できるだけ一人を狙い撃ちするとしよう。相手の暴走を防げる」


「あぁ、それは賛成だ」


……


 次のセットも、問題ありとされている場所だった。何で連続で行くかね。

 おそらく狙ったというよりは近かっただけなのだろうが、それにしても同日に二か所というのはやめて欲しい。


 そして、ここではトラブルになってしまう。


 このセットはチカーノの居住地。サウスセントラルはどちらかというと俺たちの地元とは異なって黒人ギャングの方が多い。

 サーガは狙い通り、一人きりで座り込んでいるギャングらしき少年に声をかけたのだが、直後に四人ほど集まってきてしまったのだ。


「なんだ、おっさんら。早く出て行かねぇと殺さなきゃならなくなるぜ」


「話くらいは出来ねぇか?」


「出来ねぇし、するつもりもねぇ。失せろ」


 失せろ、と言ってくれているだけマシな方か。俺は即座に撤退を提案する。


「おい、サーガ。退こう。ピンじゃない時点でアウトだ」


「待て、撃ってきてねぇんだから話せる」


 いや、やめとけっての……絶対に面倒なことになるぞ。


「このセットに古い知り合いがいてな。ソイツに会いに来たんだが」


「知らねぇよ。その知り合いってのとは電話で話せ。ここに入ってくんな」


「番号を知らなくてな。なにせ、十年以上ぶりだ」


「……怪しいな、こいつら。適当言ってるだけじゃねぇのか? 殺そうぜ」


 ほら見ろ。そう来たじゃねぇか。


「勝手に暴れたら、その知り合いが悲しむんじゃねぇか? 俺の知り合いに何をやってんだ、ってな」


「チッ……だったらさっさと名前を教えろよ」


 おや? 意外にあっさりと聞き分けが良くなった。


 どういうわけだと思ったが、なるほど、チカーノの連中のファミリー的思考を逆手に取ったか。

 ラフでドライな関係を好む黒人ギャングと違い、メキシカン系の連中は俺らB.K.B以上にギャングの仲間との絆が深い。


「マルーンって呼ばれてたな。今はもう五十くらいになってるんじゃねぇかと思う」


「あぁ、マルーンおじの知り合いか。家に連れてってやる……が、その前にそっちとマルーンおじとの関係くらいは教えろ」


「ずいぶん昔に喧嘩別れしちまってな。久しぶりに顔を見てきちんと謝りたくて、遥々イーストロサンゼルスからここまで来た」


「そうか……それは見上げたもんだ。こっちだ、ついて来い」


 数人のチカーノが歩き始める。全員でご案内かよ。

 俺たちも車を降り、歩いてそれについていった。


「お前ら。周りのセットの連中に訊いた話じゃ、手当たり次第に攻撃を仕掛けてるって話だったが、マジなのか?」


「あぁ? そんな噂が立ってんのか。あながち間違っちゃいねぇが、仕掛けはしねぇよ。入ってくる外敵の排除だけだし、一応警告はしてるつもりだ。ほら、さっきもお前らに最初は帰るように促しただろ」


「そうだったか?」


「もう忘れたってか! だが、なんというか、今回は俺らとしても甘々だと驚いてる」


 自分たちの判断に驚いているとは、なかなか面白いことを言う。


「そりゃどうして?」


「まず、知り合いがいるって訪ねて来る奴が珍しいからな。マルーンおじの名前も出たし、嘘じゃないってのは分かった。本来ならまず警告し、二言目が出る前には殺してる。それに……お前ら只者じゃねぇだろ」


 なんだ、大物のオーラでも出てたか。サーガが只者じゃないのは見れば分かるだろうがな。


「只者じゃなかったら躊躇するってか。ま、俺はお前らにどう思われようと関係ねぇ。マルーンと昔話に花を咲かせるだけだ」


「そうかよ、丁度ついたぜ。この家だ。そんじゃ、ごゆっくり」


 案内された一軒家の玄関前。ごゆっくりとは言いつつも、彼らは入り口で待機。

 俺たちがマルーンと話し、出てくるまではしっかり見張るつもりのようだ。


 サーガが呼び鈴を鳴らすと、中から腰の曲がった老婆が出てきた。


「はいはい、どちらさんかな」


 スペイン語訛りが強く感じられる英語。


「マルーンの母ちゃんか? 知り合いが尋ねてきたと伝えてくれ」


「そうかい。上がんなさいな」


 知らない顔だろうに、何の警戒心もなくさっさと扉を開けてくれた。それだけ住民は安全に暮らしているということだろうか。

 どう見てもスーツ姿の二人は、普段からここに出入りしているだろう地元のギャングスタとは違う様相なのだが。


「こりゃどうも。邪魔させてもらうぜ」


「そっちの奥の部屋だよ」


 部屋の場所を知らされ、サーガがゆっくりと歩を進める。

 ノックもせずに、扉を開いた。


 わぁっ、と、明るい声が廊下まで突き抜けてくる。

 マルーンではない、子供の声だ。


「あん? なんだ、てめぇ? 見ての通り、今は娘と二人で親子水入らずの団らん中だぞ」


 サーガと俺が入室する。マルーンの部屋では、ベッドの上に寝転ぶマルーンらしきおっさんと、彼から両手で高い高いをされて歓声を上げている幼い女の子の姿があった。


「よう、覚えてねぇか。B.K.Bのサーガだ。久しぶりに会いに来てやったぜ」


「サーガだぁ? お袋め、勝手に変な奴を招き入れやがったか」


「可愛いお嬢さんだな。お前の子か」


 サーガはマルーンの態度を無視し、子供の話題を振る。


「当たり前だ。俺の娘だぞ。四歳だ。ほーら、変なおじさんたちが来たぞー。怖いよねー?」


「変なおじさんとは酷い言い草だぜ。マルーン、ようやく丸くなったか」


「うるせぇな。元から俺はナイスガイだっての。そんで、思い出した。B.K.Bな。ずいぶん昔に喧嘩した仲だったような気がするが、合ってるか」


 娘をベッドの隅に降ろし、マルーンが半身を起こしてようやくこちらに顔を向ける。


「そうだ。思い出せてよかったぜ。ただ、また喧嘩しようなんて言いに来たわけじゃねぇ。昔馴染みみたいなもんだからな。元気でやってるか、ツラを拝みに来たってわけだ。娘も生まれて幸せそうでよかった」


「そう思うなら、おもちゃの一つでも手土産を持って来いよ」


 それは無茶な話だ。娘が生まれたなんてのは、前もって俺たちに知りようのない情報だ。


「そいつはないが、手土産ならちゃんとあるぜ」


「あん? どんな手土産だよ? 手ぶらにしか見えねぇが」


「ランチへのご招待さ。たまには娘にお子様プレートでも食わせてやろうじゃねぇか。なんならおもちゃ付きにするか?」


 家を見てもわかる通り、生活は裕福とは言えないのが分かる。外食なんて滅多に行けないだろうというサーガの予測だ。


「チッ、随分と羽振りがいいみたいじゃねぇか」


「別に。独り身だと使い道がねぇだけだ」


 よく言う。サーガは俺とは比べ物にならないほどの財を蓄えてるがな。頭が回るだけの事はあって、金儲けに関してもちゃっかりしている。


「で、どうするんだ。行くんだったら店まで案内してくれ。車はこっちで出す」


「あぁ! 行くっての!」


 他人に甘える悔しさより、娘への愛情が勝った形だ。


……


 マルーンが案内してくれたファミレスで、満足そうにお子様ランチを頬張る娘。残念ながらおもちゃはなかったが、満足そうだ。


「おいしいか?」


 聞きながら、マルーンが娘の口の周りをナプキンで拭う。まだ食ってる途中だろうに、そんなことはお構いなしだ。

 幼い娘の方も、迷惑ではなく嬉しそうに身をゆだねている。過剰に世話を焼かれるのも嫌いではないようだ。


「マルーン、嫁はどうしてるんだ? 家にはいなかったみたいだが」


「あぁ? 知るかよ、あんなクソ女。他に男でも作ってんだろ。娘を生んでしばらく経ったら、家からいなくなってたよ」


 同居している様子がなかったので、やはり別れているか。だとしても、娘の前で母親の文句を垂れるのはどうかと思うがな。


「そうか。男手一つで苦労も多いだろう。大したもんじゃねぇか」


「世辞は要らねぇよ。親として子を見るってのは当たり前のことだ。あの馬鹿とは違ってな」


「仕事はどうしてんだ? 今でもギャングスタなんだろ?」


「適当に日雇いだ。抜けちゃいねぇがギャング活動はほとんどやってねぇ。くたばったり怪我しちゃおしまいだからな。今は娘を育てる事が俺の全てだ」


 サーガも言っているが、こりゃ本当に見上げたもんだな。子供がきっかけで人生が変わるやつは多いと聞くが、それにしても上出来だ。


 ジャックも……そうだったのだろうか。俺が生まれて、彼は丸くなったんだろうか。

 クソッ。こんなきっかけでセンチメンタルになっちまうなんて、情けねぇ。

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