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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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2tops

 車を走らせ、イーストL.A.を後にする。

 まず向かったのはやはり、ロサンゼルス市内のサウスセントラル地区だった。この辺りはギャングが多いのも然りだが、当時のB.K.Bもかなり暴れた場所だと知っている。


「どんな連中にあって回るんだ? それに、何を話すんだよ?」


「ほら、これがリストだ。話す内容だぁ? 別にジジイ同士が茶を飲むだけだろうよ。まだくたばってなかったか、元気で生きてたか、ガキはいくつになった、ってな」


 サーガに渡された紙のリストには、クリップス、ブラッズ、チカーノ問わず、ギャングセット名がびっちりと書き込まれている。その数、およそ百。


 おいおい、何日かかるんだこりゃあ。一日に五つ程度顔を出すとしても、二十日はかかるぞ。


 話の内容が世間話ってのは構わないが、面白くもないその場に俺が同席するのか。

 いや、そもそもは俺とジャスティンか誰かで来るつもりだったんだから、サーガがそいつらと顔見知りで、門前払いにあわない確率が高いだけでも喜ぶべきか。


「サーガ、一つのセットにどのくらい時間を使うつもりだ?」


「知らねぇよ。一分のところもあれば、半日食うところだってあるだろうぜ。あっちの出方次第だ。過去の敵対セットばかりだからな。どのくらい歓迎してくれるのかは俺も予想できん」


「マジかよ。やっぱり一か月分の着替えを持ってきておくべきだったじゃねぇか。ずっとこの服かよ」


「服、服ってうるせぇな。だったら今夜、適当な服屋に寄るぞ。そんなに着替えたきゃ好きなだけ買い込め」


 これは朗報だ。


「助かるぜ。後で返すから金貸してくれよ。着の身着のままで金もねぇ。あとは床屋もだな」


「はぁ? てめぇで買え」


 一瞬で悲報に変わってしまった。圧倒的に現金派の俺に、手持ちがないとこうなる。カードでも作っておくべきだったな。


「サーガの方こそ、そのスーツだけじゃ何日も耐えられねぇだろ」


「俺のはトランクに積んである」


「まったく、ちゃっかりしてるぜ……」


 俺の問題は解決しないまま、一つ目のセットのテリトリーにたどり着いた。

 タグを見るにクリップスのシマらしいが、堂々と車を乗り入れる。


 当然、貧相なあばら家が立ち並ぶ住宅地にやってきたキャデラックは目立つ。ぞろぞろと道の脇からクリップスのメンバーたちがお目見えだ。


「よう、ニガー。何のつもりだ?」


「車を降りろ、ゲス野郎。俺らが使ってやるよ」


 前後左右をギャングスタから完全に囲まれ、進むのであれば撥ね飛ばして突っ切るしかない状態だ。


「よう、俺はB.K.Bのサーガってもんだ。あー、と、スミスだったか。奴はいるか?」


「あ? スミスに用だと?」


 リストには書かれていなかったが、そのスミスって奴がここのトップ、あるいはOGの一人だろうか。よく覚えてるもんだぜ。何十年も前の相手だろうに。


「てか、B.K.Bだぁ? どこぞのブラッズだろ、そのセットは! 何しにきやがった!」


「だからスミスと話しに来たって言ってんだろうが、ガキ。昔馴染みなんだよ。仮に喧嘩だったら大勢で来ることくらい理解できねぇのか?」


「んだと、こらぁ!」


 なんでいちいち喧嘩腰な口上を使うかね。キャデラックの横っ腹に、顔を真っ赤にしたソイツの蹴りがガツンと入る。


「おい、何やってんだてめぇ。悪い子の責任は親持ちだ。修理費はスミスママに請求だな」


「うるせぇ! 会わせるわけねぇだろ!」


「なんでだ? 不都合でもあんのか?」


「ねぇよ! 俺が気に食わねぇだけだ! てめぇらを殺せば、スミスも来客には気づかねぇしな!」


 駄々をこねて怒っているのはコイツ一人だけだと思っていたが、徐々に周りの連中も感化されてボルテージが上がり始める。仲間意識は高いみたいだな。悪くねぇ。


「スミスが気付かなくても、ウチと周りの連中が気付くだろうぜ。プレジデントと引退したプレジデントの二人がここに揃ってんだからな」


「は? 嘘つけ、三下!」


 セットの新旧のトップが無防備な状態でここにいると言われても、にわかには信じられないだろう。当然の反応が返ってきた。


「そいつが嘘かどうかを確かめるためにもさっさとスミスを呼んで来い、三下」


「はっ! 囲まれた状況でよくもそんなに偉そうな態度がとれたもんだぜ!」


「俺をやる前にそっちも二、三人は轢き殺されるぞ。早くしろ。B.K.Bのサーガが来た。それだけ伝えれば奴は飛んでくる」


「飛んでくるほど元気じゃねぇよ!」


 どこか具合が悪くて動けないのだろうか。だが、その声に一喝が入った。


「だーれが元気じゃねぇって? なぁ?」


 どうやら騒動の中で、誰かがさっさと呼びに行っていたか、自然と気づいたか、セリフからもスミスだと思われるおっさんがすぐ近くまで来ていた。


 三十代後半ってところだろう。怪我がひどいのか杖をつき、足を引きずりながら歩く様はまるでサーガの生き写しだ。顔も、恰幅の良さもどことなく似ている気になってくる。

 上下黒のスウェットにハウスシューズ。先ほどまで部屋でくつろいでいたのが誰の目から見てもわかる。


「スミス、か?」


「おう。サーガか。てめぇは曖昧かも知らんが、俺の方はよぉく覚えてるぜ、クソッたれのB.K.B」


「そりゃ嬉しいねぇ。乗れ。歩くのも辛そうじゃねぇか」


「あぁ? どこに攫おうってんだ?」


「おっさんの人質なんて要らねぇよ。ドライブのお誘いだ」


 確かにゆっくり話は出来るが、突然現れた仇敵の車に乗るはずもない。


「ったく、マックまで頼む。コーヒーだ。てめえの驕りだぞ」


 乗るんだな……どういう思考回路してんだ。


……


 スミスが連れ去られると騒ぎ立てるギャラリーを無視し、三人は連れ立って近くのファストフード店へと赴いた。ただし近くと言っても車で十五分。なかなかの距離だ。


「おい、マクドナルドって言っただろうが! なんでスターバックスなんだよ!」


「あぁ? コーヒーが飲みてぇんだろ? バーガー屋のコーヒーなんて、ケチケチしたもん奢らせんなよ」


 マクドナルドとスターバックスではコーヒーの値段は天地の差だ。まさかサーガも、わざわざ高い方を選んでキレられるとは思わなかっただろうが。


「値段の問題じゃねぇんだよ! まったく……」


「うるせぇジジイだ」


 車がドライブスルーへと入る。

 店員に適当なコーヒーをブラックで三杯注文し、それを受け取った。


 それをすすりながら、車を適当に走らせる。

 土地勘もあまりない場所だが、スミスが一緒にいればここからはトラブルらしいトラブルもあまり心配しなくていい。


「よう、サーガ。そこらに停めてくれ」


「あ? なんでだよ。ドライブの誘いだったろ」


「その公園が好きでな。それだけだ」


 サーガが車を止めると、スミスはコーヒー片手にさっさと降りてしまった。仕方がないので俺たちも降車してそれに続く。


 草っぱらにベンチが一つあるだけの、公園というよりはただの空き地だ。

 木もいくらか植えてあり、枝にとまった鳥が鳴いている。


 スミスはベンチに座り、俺たちはその対面に立った。


「んで? B.K.Bが今更、マジで何の用だ?」


「何も。死んでねぇかツラを見に来ただけだな」


「暇なのかよ」


 暇かと問われればそうではないのだが、サーガはあえて首肯する。


「そうだな。俺も引退した身だからよ。たまには昔話でもしたくなるだろうが」


「ならねぇよ。耄碌した台詞はあと30年経ってから言え。ただまぁ、そうだな。俺の方も退いてはいる。刺激が少なくてつまらねぇってのは言える」


「ほう? いっちょ喧嘩でもしようってか。どことやるんだ? ウチはやらねぇぞ」


「そんな話はしてねぇ! 退いたって今言ったばかりだろうが! ジジイになったのはてめぇの方だな!」


 サーガが笑う。


「はは、ちょっとした冗談だろうがよ。血気盛んなのは良いことじゃねぇか。何を隠そう、俺らも先日抗争を終えたばかりでな。俺自身も出張る羽目になって大変だったんだぞ」


「なんだ、面白そうな土産話を持ってるじゃねぇか。聞かせろよ」


「C.O.Cって連中は知ってんだろ。アイツらが攻めてきてな。どうにも昔のB.K.Bへの恨みが消えてなかったらしい」


「あぁ、話には聞いてる。そうか、アイツらが……待てよ。それでビビって挨拶回りしてんのか! 妙だと思ったんだよ! 今更てめぇが押しかけてくるなんてよ!」


 スミスが見事にこちらの意図を汲んだ。まぁ、C.O.Cの話が出ればたどり着けるのも当然ではあるが。


「そういうこった。それで、連中と同じ考えのセットがあればナシをつけるって魂胆だな。だが、やって来ておいて何だが、あんなネチネチと片想いを続けてくれる奴は他にいないと踏んでる」


「そうだな。残念だが、俺はてめぇみたいなブスには惚れねぇよ」


「うるせぇ。お互い様だろうが」


 サーガが片想い、なんてワードを出したせいで気色の悪い話になり始めたが、とにかくスミスのセットは問題ないようだ。


 他のセットもおそらく九割九分は大丈夫だろう。今回の旅の目的は、残りの零割一分のセットを発掘することにある。そして、可能であればそこと和解。無理なら一当たりして後腐れをなくしたいという話だ。


「B.K.Bの事を知ってるって奴らは若いのにも多い。だが、とっくの昔に終わった喧嘩だ。てめぇらは地元に引っ込み、俺らの生活も綱渡りだが平穏なもんだ。わざわざ攻め込もうってのは理解できんな」


「あの時は俺らの方が地元を追われて必死だった。しかし、非のないお前らの街を散らかして悪かったな」


「まったくだ。コーヒーの一杯や二杯で許せる話じゃねぇな」


 スミスが飲み干したコーヒーの紙カップをぐしゃりと握りつぶす。


「三杯でも四杯でも奢ってやるさ。おい、スミス」


「あん?」


「会えてよかったぜ。ちなみにてめぇのとこが一番手だ。これから長い旅になるだろうな」


 サーガが右手を差し出す。スミスはそれを見て怪訝そうな顔をしたが、やがて鼻を鳴らしながらそれを握り返した。


「ふん、二度と来るな」


……


 スミスを送り届け、次のセットへと移動する。

 あの時の周りの連中の反応は傑作だった。スミスが元気な姿で帰って来るや否や、胴上げまで始まる始末だ。話すだけだと伝えたのに、そんなに心配してたのかよ。


「まずは一件落着、か。何事もなくてよかった」


 俺の言葉にサーガが舌打ちをする。


「それは言えるが、時間がかかりすぎだな。思ったよりも大変な仕事だな、こりゃ」


「分かってたことだろうに。この調子なら年単位か? 下手したら途中でアンタの寿命が尽きるかもな」


「言いやがる。だったら残りは一人でこなして見せろ。そのために二人も一緒にトップの人間が動いてんだからな」


「自分は死ぬ前提だったのかよ」


 冗談に過ぎないだろうが、冗談とは言い切れない恐ろしさもある。

 よく考えれば、サーガが殺されたり俺が殺されたりしてもおかしくはない事をしているのだ。スミスが友好的だったからといって、他もそうだとは限らない。

 サーガの一言で、少し気が緩みすぎていたなと気づかされる。大した男だ、本当に。


「仮に俺の寿命が尽きようとも、服屋だ何だと言ってた奴の希望も聞いてやらねぇとな。あー、大変だ」


 もう言い返さない。

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