Hunt! K.B.K
K.B.K自体にはお咎めなしだったが、警察の世話になったということで学内では良くない噂が飛び交っている。いや、学内どころか町内でだ。こそこそと悪さを働くワンクスタより、有無を言わさず襲いかかって来るK.B.Kの方がよっぽど恐ろしいのではないかと。バカげた話だ。俺達はただの学生だし、一般の人間に攻撃などしていないのに。
グレッグの提案で、しばらくはおとなしくしておこうという事になった。ワンクスタを恐れたわけではない。警察に二度連続で捕まったりしては大問題だからだ。下手を打ってK.B.Kが武闘派の暴力集団だと勘違いされては敵わない。
悔しいが、俺達はその提案を受け入れ、普段通りの学生生活を送っている。先日、俺はリカルドと二人の時に五人のワンクスタを見かけた。その時は近寄ろうとする俺を必死でリカルドが制止し、事なきを得ている。
もちろん、俺はたっぷりと次の日にメンバー達からの非難を受けることとなった。ジェイクだけは大笑いしていたが。
休日にはお袋から罰として、庭の手入れと食材の買い出し、車の修理依頼を命じられた。当然の報いだ。俺はもちろん文句など言わず、毎週末には言われたことを淡々とこなしている。
この日のお使いも夕飯の買い出しと車の修理依頼だった。
悶々とした日々を送ってはいたが、車によく乗っているおかげで運転だけはうまくなった気がする。今ならタクシー運転手としてでも食っていけそうだ。トレーラーもいいな。アメリカ大陸を股にかけて爆走するトラック野郎。うん、悪くない。
そんな他愛もないことを考えていると、古びた整備工場に到着した。毎度おなじみ、メイソンさんが切り盛りしている整備工場だ。
「こんちわー。メイソンの兄ちゃん、いるか?」
車を工場の前に停め、中を覗く。
他にもう一台、ボロボロのクラウンヴィクトリアが停まっているので先客がいるようだ。そっちと話しているのだろう。
「あぁ、クレイか。いらっしゃい」
メイソンが相変わらず、油にまみれたディッキーズのつなぎ姿で現れた。横にもう一人。頭に巻かれた真っ赤なバンダナ……ギャングスタじゃねぇか! しかも、コイツは見た顔だ……シザース!
「メイソンの兄ちゃん、なんでそんな奴がここに!」
「あん? クリスか。おうおう、やっぱてめぇは俺のストーカーか?」
なぜシザースがここにいる! まさか、メイソンから金を奪う気か! いや、まさか盗難車を無理やり買い取らせようとしてるのか!
「てめぇ!」
「なんだよ、声でけーな。てか……クレイ? 今、クレイって呼ばれてなかったか? クリスって名前は嘘かよ。ほら吹き野郎め」
「うるせぇ!」
「だーかーら! うるせえのはさっきからてめぇだけだろうが! 毎度毎度、怒鳴りつけんな! ぶっ殺すぞ!」
しまった。何回同じミスをするんだ俺は。
「ほらほら、お前らケンカすんな」
メイソンさんが今にも掴みかかりそうな様子の俺とシザースの間に入る。彼は一般人だし体系も小柄だ。荒事には慣れていないだろう。下手に巻き込んでは悪いと、俺は両手で強くメイソンの身体を押しのけようとした。
だが……動かない。全く動かない。まるで巨体のジェイクを押している感覚だ。芯はしっかりとして、地に根を張っている大木のように力強い。
不思議な感覚だ。温かいようで、恐ろしい。
なに……? 恐ろしいだと? 何が? 俺の頭には血が上り、シザースに対する恐怖心など吹き飛んでしまっている。だが、目の前にいるギャングスタのシザースより、メイソンに対して恐怖を感じていないか? バカな、そんなはずはない。彼は普段通りの優しくて気さくな兄ちゃんだ。なのに、俺の脚はなぜガタガタと笑っている?
ぐるりと視界が回転した。続いて背中に衝撃。メイソンの足払いが俺を転ばせたのだ。シザースも同じように仰向けの体勢で転んでいるのがチラリと見えた。
メイソンの小柄な体のどこに、こんな力がある? いや、力ではなく、これは技術か。優しいはずの彼がギャングスタや荒事に物怖じしないなんて……まさか、喧嘩慣れしているのか?
「シザース、もうお前の用はすんだよな? その部品持って、帰っていいよ。取り付けは箱に説明書が入ってるから。ちゃんとそれを読むんだぞ」
「あ、あぁ……わかった。ありがとう」
茫然としている俺を尻目に、先に立ち上がったシザースが服についた砂埃を軽く叩いてクラウンヴィクトリアに乗り込む。その手にはヘッドライトの球らしき部品の箱が握られていた。あれを買いに来たのか。
だが、シザースの様子も変だ。転ばされたんだぞ。なぜ突っかからない。お前は天下のギャングスタだろう!
そして去っていくクラウンヴィクトリア。いや、これでいいのか。シザースがキレてチャカを弾いたりしたら、それこそ一大事だった。メイソンや俺に怪我がなくて良かったとしよう。
「ほら、クレイ。いつまで寝てんだよ」
メイソンが右手を差し出してきた。
「い、いや……大丈夫だ」
俺はその手を取らずに立ち上がった。手を取りたくなかったのだ。正体不明の恐怖心が俺の中から消えない。
「転ばせて悪かったよ。店先でケンカなんかして欲しくなかったからなぁ」
「ギャングが……なぜここにいる?」
「あー、変な勘繰りなら無用だよ。シザースには、たまに修理や部品の取り寄せを頼まれる。つまり俺の客。それだけだよ。俺はギャング自体と繋がってるわけじゃないから安心してくれ」
メイソンはいつも通りの愛想のいい笑顔だ。出来れば客としてだってギャング相手に商売なんかしないで欲しいが、確かに言い分に怪しい点はない。
「メイソンの兄ちゃん、強いんだな。驚いたぜ」
「ははは! どこが強いんだよ! ケンカの仲裁くらい慣れてるっての。車関係の人間は荒っぽいのも多いからさ。ローライダーやストリートレースやってる奴なんてギャングスタばりにケンカしてるからなぁ。バイカー連中もそうだよなぁ」
なるほど、ようやく合点した。整備の仕事をしているくらいだ。昔は改造車や改造バイクでぶいぶい言わせてヤンチャやってたってわけか。
「シザースもよく堪えたな。ブチ切れるかと思った」
「そうか? まだまだケツの青いガキンチョだろ?」
「いや、それでもギャングスタだろ! あんた大丈夫かよ! いつか撃たれちまうぞ!」
ようやく正体不明の恐怖心が和らいできた俺がメイソンに詰め寄る。
「だーいじょぶだっての。ギャングスタだって知り合い相手なら簡単には撃たないよ。昔とは違うんだからさ」
手をひらひらと振り、俺の心配なんかどこ吹く風といった様子だ。昔の混沌とした時代を知っているだけに肝が据わっている。それともただの阿呆なのか。
「それよりクレイ。お前こそ、なんでシザースと知り合いなんだよ? できれば付き合わない方がいいんじゃないの?」
「どの口が言ってるんだよ……アイツとは何回か話したことがあるだけだ」
「そうか。あんまり母ちゃんを悲しませるなよ。そんで、今日はどこを直してごまかしとこうかね」
お袋からの頼みはいつも通りだ。なんとなく調子が悪いから見てもらってこい、である。そしてメイソンも、それは言わずとも分かっていた。
……
とりあえず簡単なエンジンの調整をしてもらい、一時間半くらいで作業が終わった。
「あーあ。マジで儲からないよ」
「アンタが馬鹿みたいに値引きするからだろ」
たったの二十ドルを手渡して俺はポンコツの運転席に座る。
「シザースだってもう少し払っていくぞ。お前の型破りな値引きのほうがよっぽどギャングらしいね」
「だから勝手に値引きしてんのはアンタだろうが!」
「そうだったかー? んじゃ、帰りは気をつけてね。お前の母ちゃんにもよろしく伝えといてくれ」
この人の好さがギャングを客として受け入れている理由でもあるのだろう。ようはつけ込まれているのだ。この兄ちゃんの身が心配でならない。いつかシザースが何かをやらかすに決まってる。
一日も早く、俺がワンクスタとギャングスタを消してしまわねば。そう強く思いながら俺は帰路についた。