Last Battle
「クレイ! おい、クレイ! 下がるぞ!」
一瞬、フラフラとした感覚に気を失いかけていたが、耳元で響く大声と引きずられる力で俺は覚醒した。これは、ビリーか。本当にいい奴だ。
リッキーはいつの間にかC.O.Cの面々のいるあたりに下がっている。サーガではなく俺の首なんかじゃ、刺し違えて命なんか張れないよな。
しかし、自分もろとも撃ってきた味方なんかのところに良く戻れるな。
今はリング内の俺たちよりも、B.K.Bのメンバーひしめくリング外、それもサーガがいるあたりが狙われている。
距離もあり、自分らも撃たれる混乱状態にあってそうそう撃ち抜けないだろうが、サーガやメイソンさんは遮蔽がある場所まで退避させなければ。
「ビリー、サーガたちを守りながら下げるぞ!」
「まずは俺らもあっちまで! っと! 畜生! 弾が耳を掠めたぞ! あぶねぇな!」
当然ではあるが、B.K.Bの一団に応射をする敵ばかりではなく、リング内の俺たちに向けて撃ってくる敵だっているのだ。
そのうちの一発がビリーを襲ったわけだが、俺は既に食らってるんだ。悪いが、掠めたくらいでは怪我した内にも入らないって感じてしまうな。
「悪い、ビリー」
「おう! 言われなくても! 肩を貸せってんだろ! ほら、行くぞ!」
俺を引きずるような体勢から、肩を組んで二人並んで下がる。反撃は出来ないので、面と向かって後退するのではなく、背を向けて駆け足だ。駆け足というほどの速度も出ないが。
パァンッ! パァンッ!
さらに一発、腰下の後ろに食らった。良い的だろうよ、畜生め。
「うぐっ!」
「あん!? 痛むのか!? 我慢しろ!」
ビリーはまさか俺がさらに食らったとは露知らず、先に撃たれた脚か腕の痛みだと思っているようだ。反論する元気もないので、今はただ仲間のいる場所へ急ぐだけだ。
転びそうになるも、何度もビリーから力づくで引き上げられ、何とか仲間のいるリング外へ出てきた。ほんの数十秒でしかないのだが、満身創痍の俺にとっては永遠かと思うほど長い時間だった。
「結局こうなったな、クレイ」
サーガ。皆が立ち上がって応戦している中、彼だけは準備されたキャンプ用の折り畳み椅子に座って腕を組んだままだ。
余裕そうにみえるが、こうして座ってくれていた方がかえって安全ではある。なにせ、リッキーの狙いは彼の命だからな。
「あぁ……悪いが、引き続きみんなへの指示を頼む。俺はちょっとばかり撃たれすぎててな」
「何? 見せてみろ」
服を脱がせたりはしないが、サーガは俺の銃創の箇所を確認してくれた。
「いてぇだろうが、急所ではないな。脚とケツ辺りのは弾が抜けてねぇか。今は止血だけして、後から病院に行く。おい! 誰か、車を何台か回して来い!」
離脱用の車両だろうか。だが確かに、こんな場所でいつまでも撃ちあってたって埒が明かない。退くか、突っ込むか。サーガなら後者か。
「ほら、クレイ。コイツを」
ジャスティンが俺に銃を渡してくれた。携行型のサブマシンガンだ。当然、軍隊でもないんだから替えのマガジンなんてのはない。撃ち尽くせばそれで終わりだ。
それはB.K.BとC.O.Cの連中も同じで、早々に弾切れを起こした奴らが弾はないかと叫んでいる。そのせいもあって、銃撃戦は若干の鎮静化を見せていた。
となると、互いに突っ込んでの総力戦となるわけだが、そうなる前にサーガが依頼していた車両が到着した。
頑丈そうなバンやトラックが三台だ。
「よし、リングを突っ切ってC.O.Cに突撃するぞ。ここまできたらもう皆殺しにするしかない」
「まさか、アンタは乗らないよな?」
「乗るに決まってんだろ。一台は俺が運転する」
マジかよ。
俺の質問に対するサーガの回答に、その場にいる全員がそう感じたことだろう。しかし制止の声は出ない。
「ならせめて……その助手席に俺を乗せてくれ。アンタは俺が守る」
「馬鹿言うな。大将首が二人して一台に同乗するかよ。手負いのくせに格好つけやがって。お前とは分乗だ、クレイ」
「別に良い格好したいってんじゃねぇよ。手練れを護衛につけてくれ。ビリー、行ってくれるか」
俺の依頼、もとい命令にビリーが力強く頷く。
「任せておけ。ただし、お前も手薄になるなよ。ていうか、先に退いて病院に行ってもいいんじゃねぇのか」
「そうも言ってられないのは分かるだろ」
「よっしゃ! だったらクレイには俺がついてやるぜ! 安心だろ!」
ガハハッ、と大口を開けてビッグ・カンが申し出てくれた。これ以上ないくらい心強い助っ人だが、外部の人間ってのは少しばかり情けなくもあるな。
「なら俺もだ! クレイ! 嫌とは言わせねぇぞ!」
そして、それに付随するマイルズ。本当に、いつの間にこんなに仲良しになったんだコイツらは。
それに、いつの間にか俺も車両で突撃する側になってるんだな。サーガに同乗を申し出た時に、分乗しろと言われ次点で確定していたようなものか。
ほとんどの主要な面子がそちらに入ることになり、この場で皆をまとめるのはジャスティンが引き受けた。
しかし……メイソンさんまで突っ込むのかよ。さっきまで寝てたってのに。
だが、もう誰もそんなことは止めはしない。文字通り最後の決戦だ。ここでリッキーを殺し、C.O.Cを壊滅させて見せる。
「ははーん? その浮かねぇツラ。俺やデカブツが余所者だからって遠慮してやがんな? 今更どうってこたねぇよ、兄弟!」
「驚いたな。そんな赤ら顔でこっちの心を読んでくるとはよ。ギャングのプレジデントなんか辞めて、エスパーにでも転職したらどうだ」
「誰がデカブツだ! ビーストと呼べ!」
マイルズの読みに俺が驚いていると、ワンテンポ遅れてビッグ・カンの謎のツッコみが入る。
俺たち三人が借りて乗り込んだのはピックアップトラックだったが、横に三人並んで座っているのでギュウギュウの状態だ。なんで誰か後ろの席に座らねぇんだよ。仲良しか。
そのせいでマイルズがビッグ・カンの巨体をいじったのかもしれない。
パァンッ!
「うわっ! あぶねぇ!」
敵からの一発がフロントガラスに突き刺さる。大げさにマイルズが騒ぐも、運よく誰にも当たらなかったようだ。
「まだ撃ってきてる奴がいるか。弾切れだと思ったんだけどな」
「畜生、ビビらせやがって! 突っ込むなら一番乗りにしようぜ、クレイ!」
「そうだな。サーガにはゆるゆると追従してもらうことにしよう」
ビビったという割には一番槍を申し出るか。マイルズもなかなか根性が座ってやがる。
俺を含めて、まだ残弾のある奴はいるだろう。ただ、ここで銃声は完全に止んだ。敵味方、どちらもだ。
「今しかねぇな」
言いながら、他の車両を見る。サーガもメイソンさんも、それぞれの車両に乗車済だ。勝手に飛び出したら後で大目玉だろうな。
だからと言ってサーガを先頭にするわけにもいかない。
ブォン、と一度アクセルをふかし、俺たちのトラックが飛び出した。
「っしゃぁ! いいぞ、クレイ! 全員ぶっ殺してやる!」
「轢け轢け! 轢き殺せ!」
お笑いコンビは大盛り上がりだが、横目にサーガが怖い顔をしてこちらを見ているのが確認できた。だが、突撃のタイミング自体は彼の考えと違っていなかったのだろう、すぐに他の二台も追従してきた。
そして、ジャスティンが執りまとめる他のメンバーたちも歩を進める。
所謂、全軍突撃って奴だな。前線指揮官にでもなった気分だ。いや、実際似たようなことをやってるんだけどよ。
対するC.O.Cサイド。こちらも車両は多くあり、大抵は弾が切れているのは同じ。ただ、乗車はせずにそのまま迎え撃つ構えだ。どうやって車を止めようってんだ?
そう思ったのも束の間、すぐにリング後ろ側に停めてある車両の陰に隠れ、衝撃を防ごうとした。乗り込まないのは吹き飛ばされるのを恐れてか。
「リッキーはどこだ、ニガー?」
「あの青い車の後ろに隠れるのが見えたぜ、兄弟!」
俺の質問にマイルズが返す。酔っぱらいのくせによく見ている。
「回り込むか、突っ込むかだが」
「「突っ込め突っ込め!」」
まぁ、この二人に訊いてしまうとそうなるよな。
ぶつけてしまう事をこの車を貸し出してくれたホーミーに心の中で謝罪しながら、マイルズの指定した青い車を目がけて突っ込む。
ガシャンッ!
距離も距離だ。加速した感覚も短く、速度は大して出ていないが、それなりの衝撃が車内を襲う。
そしてそれは、ぶつかられた車の方も同じ。
横っ腹にピックアップトラックが衝突したことで、人二人分ほどの距離を真横に移動した。
当然、その陰に隠れていたリッキーやC.O.Cメンバーたちも弾き出される。
「うぉぉっ!?」
「突っ込んできやがった! 撃ち返せ!」
残弾は少ないとはいえ、多少の残りはある。数回の銃声と、ボディに弾が当たる音。ガラスを抜かれてはひとたまりもないので、俺たちは伏せながら車両を後退させた。
それとすれ違うように、サーガの運転する車両、メイソンさんが助手席に乗車した車両の二台が突撃していく。元気なおっさん達だぜ、まったく。
「っと……そんなこと考えてる場合じゃねぇな!」
特にサーガの方は守るべき大将首なのだ。俺が下がったまま見ていていい話ではない。
「なんだ? エロいことでも考えてたのか、クレイ。好きだねぇ」
「あぁそうだよ!」
マイルズに反論することに脳みそのリソースを割いている暇もない。俺は的外れな指摘を全肯定しながら再度、車を前進させた。
「はははっ! 世界を救うのはデカい乳とデカい尻の美女だけだぜ!」
「いいねぇ! 珍しく気が合ったな!」
ビッグ・カンとマイルズの与太話は右の耳から左の耳に素通りさせつつ、遮蔽から身体の出ているC.O.Cメンバーを撥ね飛ばしていく。
パァンッ! パァンッ!
多少の反撃はあった。しかし、サーガが出向いたのに気づいたからか、ほとんどの銃口がそちらへ向けられている。
「サーガを……!」
「待て、クレイ! 先にリッキーをやっちまおうぜ! ほら、そこにいるぞ!」
サーガを守りたい俺の意見と、敵の頭を潰すというマイルズの意見が割れた。ビッグ・カンもマイルズ寄りだろうな。
「ビリーに任せたんだろ! 仲間を信じろっての!」
ビリーだけではない。ジャスティンが指示を飛ばす他の面々もリングの反対側に殺到してきた。これならサーガは守られるだろうか?
仕方ない……乱戦が本格化する前にリッキーに仕掛けるか。
「わかったよ! 降りるぞ! リッキーを撃ち殺す!」
「はっ! 殴り殺す方が面白れぇぞ!」
そう言って、まずはビッグ・カンが丸腰で降車した。マイルズもピストルを手に続く。
三人の中でもっとも出遅れた俺は、サブマシンガンをリッキーに向けて一発だけ絞った。が、これは当たらない。痛む身体に鞭打ってじりじりと近寄る。
「クソが……」
リッキーの唇がそう動いたのが見えた。奴は一人の護衛すらつけず、銃をこちらに向けている。
C.O.Cの味方にも、奴が死ねばいいと思っている不届き者は多い。近くに信頼できる護衛なんか置けないか。可哀相に。
サーガやメイソンさんは……少し離れた場所で別の残党を狩ってるな。リッキーにとっての最後の一矢も報いれない距離だ。
「リッキー!」
「お飾りが! 勝った気でいやがる!」
「勝ったからな!」
パンッ! パパパンッ!!!
奴の銃と、こちらの三人の銃が火を噴いたのは同時だった。