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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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5th Step

 リング内を右へ左へ。腰下を俺に掴まれた状態のマックが後ろ歩きでバタバタと走り回る。

 あまりにも滑稽なのだろう。徐々に歓声も笑い声が占める割合が増えていった。


 しかし大したもんだな。ここまで動き回って転ばないか。普通ならとっくに足が縺れて尻をつき、夜空を仰いでいるはずだが。

 いや、空は見えないな。馬乗りになった俺の影と、断続的に振り下ろされる拳だけだ。


「いつまでも……! このっ! 放しやがれ! 何の意味があんだよ、これは!」


 俺は、相変わらず力の入っていないマックの肘鉄だけは背中に食らっている。だが離さない。焦っているのは間違いないようだしな。

 この喧嘩に興味がないと言っていたが、自身が恥をかくのは気に食わないらしい。スカした野郎だ。


 このまま耐え、奴の心をさらに乱す。それしか今は俺も考えられない。

 脚が縺れて転べば良し、離れようとしてガードが緩んだところを攻めるも良しだ。


「だから意味なんかねぇよ! でも見てみろよ! みんな楽しそうに笑ってやがる!」


「試合をやれ! 道化がやりてぇならサーカス団にでも入ってろ!」


「つれないこと言うなよ。一緒にピエロになろうじゃねぇか!」


 既に俺たち二人は十分に道化を演じている。見えはしないが、マックの顔は真っ赤に染まってることだろうぜ。それとも引きつって真っ青か? 確認できないのが残念でならないな。


 ここで、埒が明かないと判断したマックが下がるのではなく、ガッツリと組み合って押し出してきた。自然と肘鉄は止むことになる。


 結果、ラグビーのスクラムか、レスリングや相撲の取り組みのような形になり、笑い声よりは応援の声が戻ってきた。逃げ腰だったマックが踏み込み、ようやく力のぶつかり合いになったからか。


「クレイ! 押せ押せ! 押しつぶせ!」


「潰せってなんだ? 押し込め!」


「ん? 押し込んでもリングアウトはないし意味なくねぇか? ん-と、押し倒してマウントを取れ!」


 またいつもの外様コンビがコントのような掛け声で俺の気を散らす。


 ただ、これはビッグ・カンの言う通りで、押しまくってそれに勝ったところで何の意味もない。どこかで倒すか、突き飛ばしてその隙にパンチでもくれてやるか。

 とにかく、永遠に組み合っていても仕方ないので、どうにかしてダメージを入れる必要がある。


「くっそぉ……!」


 マックが力をさらに込め、俺が押される形になった。

 畜生め。疲れが出てると思ってたが、意外と力が残ってるんだな。それとも、俺が疲れてきているのか?


「やるな! だが、俺が勝つ! てめぇらのチームは今日で終わりだ!」


「それはこっちのセリフ……なにっ!」


 俺の言葉に憤慨し、マックがさらに力を込めてきたところで俺は手を離して横へと体を躱した。勢い余ったマックが、うつ伏せに顔面から地面へダイブする。

 よし、上手くいった!


「おらぁっ!」


 そのまま後頭部を踏みつけるのには間に合わなかったが、寝返りをうって立ち上がろうとするマックの顎に蹴りが入る。結果としてはこっちの方がダメージは大きいか?


 一瞬での大逆転に、わっと歓声が上がった。


「そのまま叩き潰せ」


「いけるね」


 敵味方問わず、ぎゃあぎゃあとその場の全員が盛り上がる中、この二つの声だけが妙に俺の耳に残った。どちらも一切声を張っていない、普通の話声の大きさでしかない。しかしこの声は届いた。

 先に言ったのがサーガ、それに追従したのがメイソンさんの言葉だったからだ。


 自分でも驚くほどの力が湧いてくる。火事場でも何でもないが、尊敬する先人たちの言葉ってのは重いんだな。

 別に、他の仲間の声を軽んじてはいないが、やはりこの二人は別格だ。


「く……!」


「立たせねぇよ! このまま倒れとけ!」


 もう一発、起き上がろうとするマックの首元に俺のコンバースの靴底が刺さる。

 吸い込むはずの息を止められ、マックが声も出せずに目を見開く。


 ただ、馬鹿力という意味では奴も俺と同様にそれを発揮した。

 試合に負けるというよりは、命の危機に瀕する可能性が高い一撃だったからか。


 自身の首が踏みつけられている俺の靴を両手でがっしりと掴み、引きはがそうとする。呼吸もできない中、顔を真っ赤にしながら。


 なかなか大した根性じゃねぇか。

 指名されただけでそれができるんであれば、個人的に興味ないなんて切り捨てずにしっかりと喧嘩に向き合ってほしかったところだな。


「……か!」


「声にならない声ってところだな! お前はよくやったよ! 酸素が足りてねぇんだろ! そのまま気絶しとけ!」


 カンッ。


「は?」


 俺の頭に軽めの衝撃が走る。そして、足元に空き缶が転がった。

 負けるんならと反則を顧みず、C.O.Cの連中が投げ入れたものか。


 だが、俺はここで力を緩めずにそのままマックを踏みつけ続けた。


 ここで止めては、俺たちはやっていないなどと噓をつくかもしれない。反則で勝っても構わないとは思うが、出来ればダウンを取って、誰が見ても俺の勝ちだと知らしめておきたい。何人たりとも文句は言わせない。


「おらぁっ!」


 その間も、罵声、怒号、紙くずや空き缶が飛んでくる。

 そしてそれに対してヤジを飛ばす、B.K.Bの面々。ただ、何かを投げ返したり実力行使に出ていないのは喧嘩両成敗を避けるためか。


 そっちも投げただろうと言いがかりをつけられ、勝敗が有耶無耶になるのは損だからな。味方が冷静で助かる。


 すっ、とマックが抵抗する力が消えた。落ちたか?


 だがまだだ。これも奴の奇策かもしれない。分かりやすく言えば死んだふりだな。


 さらに踏みつける。力を込めて。さらに、さらに、踏み続ける。

 死ね。


 死ね死ね死ね死ね死ねぇ!!!!!


「……!」


 突如、後ろから強烈な力で引っ張られた。

 誰だよ、邪魔する奴は。C.O.Cめ、何でもありだな。


「おい!? なにリングに入って……」


「クレイ、終いだ。もうソイツは伸びてる。どうしても殺すつもりか? 意味があるとは思えねぇが」


 冷静さを欠いた俺を、後ろへと引きはがしたのはサーガだった。


 見下ろす。窒息しかけて、小便を漏らして失神しているマックの姿。

 今は無意識下ではあるが、弱弱しくも呼吸している。間一髪、死んではいないようだ。


「あ、あぁ……すまない。どうしてもダウンを取らねぇと、と思って」


「心配するな、お前の勝ちだ」


 サーガが俺の右腕を取り、高く掲げた。


 同時に、B.K.Bからは爆発的な歓声。C.O.Cからは相変わらずの罵声とゴミの投げ入れ。試合結果もそうだが、もはやリッキーが言い訳もできないくらいのルール違反だな。

 問答無用で銃弾が飛んでこないだけまだマシか。


「さて、事後処理だな。俺は味方を乱闘に備えさせる。お前はリッキーとリング内で話せ」


「わかった」


 サーガが味方のところへ戻った。マックもC.O.Cに引かれてリングアウト。

 さて、首を差し出せと言う話。奴が素直に従ってくれるか。


「リッキー! 見ての通り勝負はついたぞ! 文句ねぇだろうな! それと、さっさと物を投げるのをやめろ猿ども!」


 リッキーがこの距離でもわかるほどにため息をつき、肩を落とすのが分かった。そして、心底嫌そうな表情でこちらに歩いて来る。


「……さぞ、気持ちいいことだろうな」


「そりゃそうだ。それで? この喧嘩でこれまでの決着をつけるって話だったはずだが、この世へのお別れは済んだのか?」


「そんなもん、済むわけがねぇ。俺が死ぬとしても、サーガを道連れにしなきゃな」


「それは通らねぇだろ。で、納得いかないからって駄々をこねて喧嘩を始めるつもりか? それとも尻尾巻いて逃げるつもりだったか?」


 リッキーが腰の後ろに手を回す。

 まずい。俺は丸腰だ。ハッタリで乗り切るしかない。


「待て。その手を出した瞬間、お前はB.K.B側の掃射で死ぬぞ」


「早まるな、クレイ。拳銃じゃねぇ。提案書だ」


「信じられるか。それになんだよ、提案書って。命は取らないでくれって言う嘆願書か? 逆の立場だったら喜んでサーガを殺してただろうによ」


 リッキーがゆるゆると首を左右に振る。


「違う。俺が負けた時にこれだけは死ぬ前にやらせろってのを書いてんだよ。読むぞ。手を前に出していいか?」


「前には何も出すな。空手で両手を上げろ。おい! リッキーがおかしな真似をしたら迷わず撃てよ!」


 周りにもリッキーの不自然な動きを共有しておく。


「チッ……」


 提案書ってのが本当だったのかどうかは分からないが、リッキーが上げた両手には何もなかった。どうせ腰に差さってるのは紙じゃなく拳銃だろうけどな。


「話せ。聞くだけ聞いてやる」


「死ぬ前に、エキシビションマッチとして俺とサーガでやらせろ。試合結果がどうだろうと、その後で俺は死ぬ」


「断る。試合中にどうにかしてサーガを殺そうとするだろ」


 負けておきながら、なんて図太い提案をしてきやがる。

 サーガをわざわざ戦わせてやる義理もない。本人に言ったらなぜか了承してしまう可能性もあるから、これは伏せておく必要があるな。


「……ならせめて、奴と話しくらいさせろ。恨みつらみを伝えて、呪いながらあの世に逝くとしよう」


「断る。てめぇがサーガと接触する未来はない」


 サーガに近付いた時点で撃つ、刺す、などの狼藉を働く可能性しかない。


「なら、やるか?」


「全面戦争か? まったく、往生際の悪い奴だ。こっちにその意思はない。お前だけが死ねば仲間は助かる。だが暴れるってんなら皆殺しになる。自分のわがままのために躍起になるな」


「俺のわがままじゃねぇよ。サーガの死とB.k.Bの壊滅は俺たち全員の祈願だ」


 埒が明かないな。もうここで処刑してしまうか。その後は結局乱闘が始まってしまうだろうが。


「おい! 誰か銃を頼む! コイツはここで殺す!」


「くっ! てめぇ、話もできねぇのか!」


 全てを流した俺のこの指示で、下手に出ていたリッキーがついに怒る。

 そして同時に、この発言は俺が試合後で銃を携帯していないことが伝わってしまった。


 腰を後ろに回すリッキー。やっぱりそうかよ。何が提案書だ。

 奴のリングイン時にもボディチェックしておくべきだったな。


「クレイ! 離れろ! てめぇら、撃て! リッキーに抜かせるな!」


 サーガが怒号を飛ばし、一同に命令を飛ばす。引退した身とはいえ、サーガの命令の威力は絶大だ。

 ぼうっとしていた連中もすぐに覚醒し、数十の銃口がリッキーに向けられる。


 ただし、俺との距離が近いせいで仲間は簡単に発砲できない。つまり、奴が抜く前に……!

 俺は死に物狂いで奴に体当たりし、リッキーが何かを取り出す前に後ろへと突き飛ばした。


「ぐおっ!?」


 C.O.Cサイドも一気に銃を向けてくる。だが、状況は同じ。

 リッキーと俺の、どちらに当たるかともわからない場面で簡単には撃てない。


 はずだった。


 パァンッ! パァンッ!


 撃ちやがるか……そうか、奴らの中にはリッキーの後釜を狙う輩もいたんだったな。俺のついでに奴も死ねば一石二鳥かよ。


 パァンッ! パァンッ!


 脚に一発、腕に一発。俺もリッキーの横に仲良くお寝んねだ。畜生め。


 そして、B.K.BがC.O.Cに向けて応戦を開始。いよいよ乱戦へともつれ込んでいくのだった。

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