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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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5th Battle

 リングの土を踏みしめ、相手を睨む。

 あれから二十分後にようやく決定した対戦相手は、あの三人の中には含まれない、全く別の男だった。


 どういうわけかちょっとした喧嘩にまで発展した三人の言い争いは、いよいよそれを見かねたリッキーによって制止されてこういう結果になった。

 先にジャスティンやサーガが言っていたように、野心のあったかもしれない連中とは違う者、ということだ。


 ビリーの言ったように、勝手に勝ち抜き戦でも開催して弱ってくれていたら良かったんだけどな。


「クレイ! やっちまえ!」


「ぜってぇ負けんなよ!」


 ホーミーたちの声に、相手を睨む視線は移さず右腕の拳を突き上げて答える。

 対する俺の敵は、マックとか言ったか。歳は二十歳前後、濃いロークで目は見えない。


 体格や服装はいたって普通。ワークパンツに無地の白Tシャツを着ている。

 そしてさっきから一言も発しないし、何の反応もない。ただ突っ立っているだけ。大人しいだけなのかもしれないが、少し不気味だな。


 互いのボディチェックが終わり、凶器は無いことが確認された。

 ゴングはないので、いつでも戦闘開始可能だ。


「……おい、おしゃべりは無しか?」


「……必要か?」


 さすがに質問くらいには反応してくれるか。正直俺も必要ないとは思っているが、マネキンを殴る気にもなれないので、少しは知っておきたい。


「お前は、リッキーの代打だよな。強いのか? それに、大役を任せられるくらいアイツの信頼が厚いんだったら、どうしてあの三人のように立候補しなかった?」


「……興味がないからだ。もういいか? さっさと終わらせたい」


 強いかどうかには答えず、立候補しなかった理由だけが返ってきた。


「そう言うなよ。興味ってのは? お前らのギャングの行く末にか? それともこの試合で活躍してリッキーの片腕になることに?」


「そうだな。俺にとってはこんな茶番どうだって良い」


 なるほど。これを茶番と一蹴するか。もしかして、コイツはリッキーの手の内を知っているのかもしれないな。多くに興味がないからこそ信頼されているか。

 だとしたら、やはり勝敗は奴にとっても大事ではない。


「なら勝ちを譲れよ。興味ないんだろ」


「それは出来ないことくらい理解しているはずだ」


「……だな」


 話したくないやつ相手に健闘したほうじゃないだろうか。


 無言で今一度、ファイティングポーズを取る。

 マックは会話の結果、勝ち負けに興味がない相手だと理解できた。ある程度痛めつけて、早々に降参させてやる。

 強がってはいるが、勝ちに食らいつく理由もないと自白したようなもんだからな。


「いくぞ!」


 まずは俺から。左脚を大きく踏み込んで、前後に左右の足を大きく開く。

 その反動を利用しつつ、後ろに振りかぶった右の拳を突き出した。


 足を開いた分、低くなった位置に叩き込むストレートだ。予想とは違う高さへの攻撃は咄嗟に防ぎづらい。


「……!」


 マックは驚いたが、冷静に自信の腰も落として、それをクロスした腕で防いだ。なるほど。リッキーに頼られるだけはあって、雑魚ってわけではないらしい。


 反撃が来る。クロスしたままの腕を押し出し、俺の体勢を崩そうとしてきた。しかしパンチなどと比べるとこれは遅い。

 俺はサッと飛び退き、再度、同じ攻撃を加える。


 追撃のためにガードを一瞬解こうとしたか、あるいは押し出したときにわずかに解けてしまったか、少し開いた腕の間を通してマックの顔面に一撃が入る。


「ぶはっ!?」


 腕の防御が完全に解ける。そこへさらに一撃。

 リング端まで追い詰める。さらに一撃。

 マックの背中がロープに当たって軽く弾む。さらに一撃。


 なんだ? 一度リズムを崩されただけでこんなにクリティカルヒットが入るものか?


 マックは鼻から血を噴き、口からも薄い血飛沫を吐く。

 さらに一撃……というところでようやくマックは俺の手を弾き返し、こちらのラッシュは小休止となった。


「どうした、降参なら受け入れてやるぜ。俺も恨みのない相手を痛めつける趣味はない」


「チィ……! 恨みつらみは関係ねぇだろ。チーム同士の喧嘩の最終戦だぞ」


「茶番だって言われた気がするけどな。そう思ってても仕事は最後までやるってか。妙なとこで真面目な野郎だ」


「そうだ。俺の意志なんてのはどうだっていい。結果がすべてだ!」


 その言葉と同時にマックの中段蹴り。おいおい、急に脚かよ。

 俺は全く反応できず、そいつをもろに右わき腹に貰った。


「がっ!」


 さらにマックが蹴りを放とうとするも、パンチに比べて連発できる代物ではない。

 その間に俺は距離を詰めて、奴のどてっ腹に膝蹴りをお見舞いした。


「しまっ……!」


「くたばれ!」


 マックが仰向けに倒れ、俺が馬乗りになる。


 左右の腕から一発、二発とマックの顔面へ拳を叩き込む。

 このまま永遠にマウントを取っていたいところだが、マックは驚くほどの筋力で上体を起こし、俺を腹の上から突き飛ばした。どんな腹筋と背筋をしてやがんだ。


「くっ! やるじゃねぇか!」


「……」


 マックは答えず、鼻血を手の甲で拭い、息を整えながらファイティングポーズを取りなおす。仕切り直しだ。

 だが、蓄積している体のダメージで言えば現状は少ない俺の有利。このまま勝ち切りたい。


「立った! まだまだいけそうだな!」


「マック! 反撃開始だ! 叩き潰せ!」


「畜生! 行けると思ったんだけどよぉ!」


「クレイ! このまま勝てるぜ! 負けんな!」


 最終戦だけあって、ギャラリーの声援は双方今までで一番の数と声量だ。


 目線を逸らすわけにはいかないが、軽く右手を持ち上げてギャラリーに応える。

 俺としてはやっぱり声援に応えたいという気持ち、つまり嫌でも周りの反応は気になってしまうわけだが、マックは一切気にせず、無言で構えているだけのように見える。


「応援されてるぞ。そっちは応えてやらないのか」


「……」


「そうかい。健気な味方が不憫じゃねぇか。お前は味方とも思ってないのかもしれねぇが」


「お喋りは良い。かかってこい」


 待ちなのかよ。誘われているところに飛び込んでいくのも危険でしかないが、膠着状態を動かすには俺がアクションを起こすしかなさそうだ。

 この男は盛り上がる試合運びなど気にもせず、何時間でもその発言通りに待ってしまいそうだからな。


 さてどうするか、正面切って殴りかかるか蹴りつけるくらいしか俺には能がない。どちらも防がれて反撃を許すだけだ。


「クレイ! ぶん投げろ!」


「いいや! 引き倒せ!」


 そんな俺の心境を知ってか、いや、状況判断か。マイルズやビッグ・カンからアドバイスが飛んでくる。そのどっちも難易度が高いってのに、簡単に言ってくれる。


「てめぇから来る気はなさそう、だな」


「……ビビってるのか」


「それは俺のセリフなんだがな。いいさ! 乗ってやる!」


 俺は半歩だけ踏み込み、真っ直ぐに拳を突き出すのではなく、マックの構えた腕を弾くように横振りのビンタを繰り出した。

 威力は当然ない。だが、横振りなら下がらない限り避けれない上、相手の構えを解いてリズムを乱すのに効果的だと踏んだ。


 ガードを解かれるよりは、とマックは当然のように下がる。まぁ、それが最適解だろうな。


 さらに横振りのビンタ。マックはまた下がる。しかもロープに追い込まれる前に、少し右に移動をしている。

 後ろに目でもあるかのようにリングの空間を把握できているみたいだな。追い込むのは無理か。


 反撃せずに避け続けるのは、俺の隙を窺っているから。無駄なものは無駄だと俺は早々にこの戦法を破棄した。


「……?」


 当たらないにしても、もう少しこれを続けてくるものだろうと踏んでいたマックが不審げに目を細めながらも、また下がる。


「やめだやめだ」


「……だったら次はどうするつもりだ?」


「今考えてんだよ。逆にどうされたら嫌だ?」


「知るわけねぇだろ。あっても教えるわけねぇしよ」


 正論だな。だが俺も別に、コイツから答えが返ってくるとは思っていない。重要なのは奴のペースをどのような形であれ乱すことだ。ガードさえ緩んでれば良いパンチが入るのは実証済みだからな。


 しかし奴の警戒心が増した今では、開始早々のようなクリティカルヒットは出づらくなっている。


「マイルズ達の言う通りにするしかねぇか……?」


 投げにしろ倒すにしろ、相手に組みつくのは反撃を受けながらの強行突破だ。全く気が進まないが、やはり密着して動きを封じるしかないだろう。


「……それをわざわざ言うのかよ」


「あっ……いやでも、お前がどうするつもりだとか訊いてきたんだろうが」


「こんなのがB.K.Bのトップとは。お飾りだってウチの大将が言ってるのも納得だな。阿呆め」


「うっせぇなぁ! たまにはそっちからもかかってこい! 考えるのが面倒だ!」


 マックから……いや、周りのみんなから、俺は痛いところを突かれて自暴自棄になっているガキのように見えているだろうか。

 もしそうならそれでいい。今、俺がマックから勝ち取りたいのは「油断」だ。

 攻撃の前段階だろうが、話し中だろうが、何でもいい。奴のガードが緩むのを待つ。そのためなら馬鹿にでもガキにでも何でもなってやる。


「……」


「んだよ! ビビりめ!」


 それでもマックは動かない。俺も動けない。

 だが、隙をつきたければ俺も隙を見せるしかないな。


 先の言葉通り、俺はマックの動きを封じるために捨て身でタックルをかます。成功しても失敗してもいい。まずは奴を強制的に動かす。


「マジか、お前」


 呆れたような声が頭上から降りてくる。と同時に、姿勢を低く突っ込んでいた俺の後頭部にマックの肘鉄が落とされた。


「がっ!」


 舌を噛む。だが、肘か。なら良い。許容範囲内だ。

 脚を取られたり、横へと避けられたりしなかったのであれば……


「っしゃぁ! どうだ、この野郎!」


 俺の両腕は、マックの身体を捉えられるんだからな。


「クソが!」


 さらに落ちてくる肘打ち。しかしこれはほとんどが背中に当たり、後頭部に比べれば全く痛くもかゆくもない。とはいえ無視はできない。


「おぉぉぉぉっ!!」


 押し倒そうとしても、引き倒そうとしても、意外と倒れないマック。仕方がないので俺は奴をがっしりと掴んだまま、ずいずいと前進した。

 自然とマックに後ろ歩きを強要することになる。


 周りから見たら間抜けな光景に映るだろう。

 歓声や怒号に混じって、笑ったり囃し立てる声も聞こえてきている。


「何の真似だ、てめぇ!」


「何の真似でもねぇよ!」


 狙いはずっと後ろ歩きをさせられるマックが体勢を崩すことだが、羞恥心や怒りから正常な対応が出来なくなることでもある。

 馬鹿に徹しろ。笑われろ。たとえそれが俺に向けられたものでも、それにマックを巻き込んでしまえ。


「おいおい! あれは何が始まってんだぁ!?」


「貴族の舞踏会にしちゃ不細工だな!」


「マックがお姫様か!? 相手してやれよ! シャルウィダンスだ!」


 いい流れだ。勝手に盛り上がってろ、外野。

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