Gang Deliberation
「おいぃぃぃっ!! 何やってんだ、お前!!」
「お前が抱き着いてくるからだろぉ!? 離れろよ、デカブツ!」
試合を台無しにされたビリーよりも先に、なぜか当の本人たちが責任を押し付け合いながら騒ぎ立てる。
呆然とするビリー。倒れているカルロス・フランシスコ。
顔を手で覆うサーガ、頭を抱えるジャスティン、首を左右に振る俺。
言い逃れは……できねぇよな。
「この試合、カルロス・フランシスコの勝ちだ……! ビリー、悪いがこちらの反則負けになる」
同時に湧き上がる歓声と罵声。前者はC.O.Cサイド、後者はB.K.Bサイドだ。
「クソッ! マジかよ! もう勝ってただろうによ!」
言葉ではそういうものの、どことなくビリーに悔しさは感じられない。
事実上は試合でカルロス・フランシスコのダウンを奪ったからか。
その上で、最終戦として俺がリングに上がり、各陣営にリーチが懸かった最後の試合を見れるのが楽しみにでも感じているのだろう。
俺としてはやりたくねぇんだがな……まったく。
そして、最終戦はリッキーが出てくるかどうかも期待される。
こちらはサーガを出さないので我儘にはなってしまうが、どうせやるならリッキー相手の方が俺自身も燃えるってもんだ。
ビリーが自分の足で悠々とリングアウトし、リング内に残されたカルロス・フランシスコの身体をC.O.Cのメンバーらが引きずっていく。
勝者と敗者がまるで反対の退場をする、珍しい光景だ。
「ビリー」
「いいって。そんな顔すんな。それとも俺への気遣いより、実は自身の心配かよ? そっちの方がショックだぜ」
声をかけると、ビリーからはあっけらかんとした返答があった。
確かにそうだな。俺はこんな時にも自分の事ばっかり考えてる。俺の試合にサーガの命とB.K.Bの未来が懸かってるんだ。
負けたってのに、俺を信じてここまで清々しくいられるビリーを少しは見習わないと。
「見ろ、リッキーが動くぞ」
指をさすジャスティン。先ほどはこちらから敵陣に話をしに行ったが、今回はリッキーが供回りを連れてこちらへとやってきた。
わずかながら、B.K.Bのメンバーたちに緊張が走る。
「サーガ、お前が出ろ。こちらは俺が出る」
開口一番、リッキーからはもっともな要求が飛んでくる。当然だろう。奴の仇は当時のB.K.Bの筆頭であったサーガだ。
「断る。俺は一線を退いた老体だ。トップ同士でやれ」
「老体だろうが関係ない。怖気づいたか」
「どう考えてもらっても構わねぇよ。第一、その理屈が通るならお前の方も当時のギャングスタだった、どこぞのおっさんを連れてくるべきだろうが」
「生きてりゃそうしただろうよ」
なるほど。大事な人らがサーガやメイソンさんたちにやられちまってたか。
俺らに突っかかるクソ野郎ではあるが、やってること自体には筋が通ってるな。
「サーガ、気にするな。俺が出る。アンタはビールでも飲んでゆっくりしててくれ。ただし、どこぞの阿呆がリング内にゴミを投げ入れないように監視だけ頼む」
「お前に用はねぇんだよ。お飾り」
「俺には用があるんだよ。能無し」
バチバチと目線で火花が飛び散るように、俺とリッキーがにらみ合う。
「リッキー。俺を殺したいのは結構だが、次の試合で勝てばいいだけだろう。俺が出るか、クレイが出るかはあんまり関係ないはずだ」
「大ありだ。それなら俺も試合には出ないぞ。代理戦争といこうじゃねぇか」
そうなるか。こっちが勝った時に、混乱に乗じてリッキーが逃げないようにしっかり見張らせておかないとな。
「お客さんはこう言ってるが。いいのか、クレイ?」
「良くはないな。だが、サーガが出ないからリッキーも出ない、は別におかしな話じゃない。今回は俺が相手だと分かってるんだから、さっさと選手を決めろよな、リッキー」
「指図するな。それじゃあな、お飾り」
直接奴の顔に一撃入れられなくなっちまったか。
残念だが、代わりの奴を腹いせにボコボコにしてやるとしよう。
そしてそれはリッキーとしても同じだ。奴が直接ぶん殴りたかったサーガは、試合結果によっては触ることもできなくなる。
いや、絶対にそうしなければならない。俺たちが負けるなんてことはあり得ない。そう言い聞かせて自身を鼓舞する。
「クレイ。コリーの様子を見てきてくれないか?」
「ん? まぁ、構わないが」
サーガが急に妙なことを言い出した。メイソンさんは乱闘になったときに危険が及ばないようにと、車の中で寝かせてある。
なぜ試合を控える俺にそんな雑用を頼むんだ、とは思ったが反論はせずに従った。どうせ、リッキーは選手の決定に長い時間をかけるから暇だしな。
……
リングから少し離れた場所に停めてある一台のバンの助手席に、メイソンさんを見つけた。見張りなどはいないし、鍵もかかっていない。案外と不用心な放置のされ方をしてたんだな。
様子を見てこい、と言われただけなので確認次第その場を離れようとしたが、なんとメイソンさんの両目がぱちりと開いた。何てタイミングだよ。
当然、車外から窓越しに覗き込んでいた俺と目が合う。ノックしたわけでもなし、俺が起こしたんじゃないぞ。
「……ん、クレイ?」
口元がそう動いたように見えたので、ドアを開けた。
「メイソンさん、気が付いたか。次が最終試合だぜ」
「そうなの? 俺ってやっぱり運がいいなぁ。リングそばまで肩を貸してくれるかい?」
「もちろんさ。それよりも体は痛まないのか?」
「そりゃ痛いけど、最後くらいは見ないとね。ここが病院じゃなくてよかったよ」
サーガの予想通りになったな。もしここが病院だったら、悪態をつかれまくっていたことだろう。
「やっぱり古い付き合いの仲間ってのは何でもお見通しなんだな」
「え? ガイが何か言ったのかい?」
「メイソンさんを病院に運ぶのはやめておけって言ったのは彼だよ。ひどい怪我なんだから、普通は運ぶだろうに。アンタが試合の行方を見届けたがるのを分かってたみたいだな」
貸している肩を揺らし、メイソンさんが静かに笑う。笑うような話をした俺も悪いのだが、笑うと体に響くだろうに。
「仲間ってのは良いもんだねぇ、クレイ」
「あぁ、まったくだな。俺も数十年後にはビリーやジャスティンとそんな間柄になってるといいが」
「そうなるためには今からの試合で勝たなきゃね。ていうか、最終試合に出るのはクレイだよね? 何で俺のとこに来てるのかな」
「それもサーガの指示さ。俺の気もメイソンさんと話せてだいぶ落ち着いたよ。試合自体はまだ始まらないから心配はいらない」
この、俺の何とも言えない心境。心地よい緊張感と落ち着きの両立。それすらもサーガの思惑だったのかもな。メイソンさんと話せば、気持ちがフラットになって試合で良い結果が出せると。
俺たちが会場のリング側に戻ると、まずはそのサーガが声をかけてメイソンさんを迎えてくれた。
「やっぱり起きてたか、ニガー。そろそろだとは思ってたんだがな」
俺がわざわざ起こすはずもないので、メイソンさんが目覚めていたことを簡単に言い当てる。
「間一髪ね。間に合ってよかったよ」
互いにbのハンドサインを出し、そのあとにパンッと手を合わせて握る。
そして身体を引き寄せてハグと、流れるような所作で慣れ親しんだ仲間との挨拶を交わす二人。
見入ってしまうほどに美しい友情だな。愛情といってもいいかもしれない。
付き合いの浅い俺たちにはまだ出せない雰囲気がある。命を預ける仲間に対して浅いなんてのは言い過ぎかもしれないが、それでもサーガたちが過ごした長い年月には勝てない。
「クレイ、泣いても笑っても最後の試合だ。それに、絶対に勝てると信じてるよ」
「そうだな……正直、リッキーは負けても自分の首を差し出す覚悟はないと見てる。平気で逃げるだろうさ。じゃないと最終戦を誰かに預けるなんて真似は出来ない」
「代打になんか負けたくても負けようがないね。気持ちが違う」
その通りだ。傍から見ればサーガもリッキーも違う人間に命を預けているわけだが、逃げ腰のリッキーと俺を信頼しているサーガとではまるで違う。
リッキーたちの陣営を見やると、最終候補が三人まで絞られているのが分かった。その三人だけが立ち上がり、座るリッキーに対してそれぞれが何か言いかけてアピールしているのが見て取れる。
三人とも良い身体つきをしている。こちらで言えばビリーのような感じだ。誰が相手だろうと退けないが、いずれにしても苦戦は強いられるだろうな。
「リッキー本人を相手にするよりは楽だ」
「ん? なぜだ?」
同じように敵陣を見ていたサーガが俺に向けてそう言った。答えはメイソンさんとの会話で分かっているが、聞かざるを得ない。
「負けても死なねぇからだよ」
「それは俺も……ってのは野暮だろうな。俺はアンタが死ぬなんて耐えられない」
「そうだ。奴らは仮にリッキーが死んでも、次のリーダー選出に喜んで立候補する」
もちろんそんな隙は与えずにC.O.Cは完全に叩き潰すつもりだが、本人たちは試合後にそのチャンスが巡ってくると思っているのかもしれないな。
「相手方は勝てばB.K.Bを吸収するって話してんのに、負けた場合はそうされないと思ってんのか?」
「はは! 雑魚は要らねぇからな!」
「それもそうか! 要らねぇわ、あんな奴ら!」
そんな会話を何故か外野のマイルズとビッグ・カンがしていて笑える。確かに味方ではあるが、ウチの運営方針は二人とも関係ねぇだろうに。
……
「見ろ。候補らしき三人が揉め始めてるんだが。勝手に弱るんじゃねぇか」
ビリーが愉快そうに言う。殴り合いはしないが、罵声を飛ばし、つき飛ばしたりしている。
リッキーもそれを諫める様子がないな。どういうつもりだ?
「サーガが言った通り、『今後の事』で躍起になってるんだろ」
ジャスティンが言った。
それだと負ける前提での話という意味になるが。あまりにも能天気だな。
「それならリッキーが黙ってないと思うんだがな……?」
「そりゃあ本人様に直接言ってるわけじゃないさ、クレイ。アイツらの中で暗黙のルールでもあって、バチバチに火花飛ばしてんだろうよ。この試合で善戦して、リーダーとしての頭角を出すっていうか」
「試合に出るだけでリードできるなんて甘いもんなのかねぇ。勝っちまったらリッキーは死なねぇのに」
「程よく手でも抜いてくれるのかもな?」
ビリーが言う。
敵方から八百長仕掛けてくるってのかよ。それはさすがに信じられないな。
もっと言えば、そんなのはクソつまらねぇ試合だ。
「仮にそうだとしたら、それすらもリッキーとかいう奴の策略に見えちまうな。例えば、自分が撃たれるショーにみんなの目線を釘づけにしている間にサーガのタマ取っちまうとか」
「ハナからそんな事は警戒してる。サーガの身辺は固めておくさ」
「そう言うクレイ、お前もだぞ」
「そうだな。言われるまでもねぇよ。サーガも俺も。それどころか、誰一人やらせはしない」
ジャスティンの意見を俺は跳ねのけた。
一つ言えるのは、俺たちには内情なんて何も読めない。こちらが考えていた以上にO.G.Nもとい、C.O.Cはガタガタなのかもしれないな。
俺には勝機しかない。