4th Step
「気持ちよく……なりすぎたみてぇだな?」
ビリーは突如、カルロス・フランシスコの身体を抱きしめた。いわゆるクリンチだ。
これが男女だったら見栄えも良かったかもしれないが、残念ながら男同士だ。
「なっ!?」
まさか抱き着かれるとは思っていなかったカルロス・フランシスコは、ゼロ距離からのボディフック。しかし威力は半減だ。
ボクシングであればここでレフェリーが引きはがすだろう。しかし、今回の試合にそんなルールはない。
ビリーはカルロス・フランシスコの身体を持ち上げ、そのまま大きくエビ反り。相手を正面で抱きしめたまま頭から地面にたたき落とす、フロント・スープレックス、別名ベリー・トゥー・ベリー・スープレックスが炸裂した。
「ぐぉっ!?」
いくらボクシングの経験者とはいえ、脳天から叩き落される経験はないだろう。
掴んだ手を離したビリーが先に立ち上がるも、カルロス・フランシスコは目を白黒させながらロープを掴む。
「は! こりゃぁ、もう終わりじゃねぇか!? 俺の勝ちだろ!」
「ぬ……抜かせ! こんなもん、屁でもねぇってんだ! ふざけた技使いやがって……!」
ビリーの罵声に反論しながら、カルロス・フランシスコもなんとか立ち上がった。
「はぁ!? ふざけてねぇよ! ボクシングも悪くねぇが、プロレスも好きでよ!」
「ったく、イレギュラーのオンパレードだぜ……」
その反論に手を止めて、お行儀よく付き合ってやるビリー。盛り上げようとしているのかもしれないが、今追撃しても良かったんだぞ。
「卑怯な手は嫌いじゃねぇって言ったのはてめぇのはずだよな。それに、プロレス技自体は卑怯でも何でもねぇ!」
「ご高説どうも。てめぇがどう出ようとも、俺はこのパンチにこだわり続けるまでだっ!」
そう言いながら、カルロス・フランシスコのジャブ。本調子ではなく、これは連続ではない単発だ。ビリーもこの程度は難なく捌く。
「どうした! もう終わりか!」
さっきからセリフだけ聞くと、カルロス・フランシスコが主人公でビリーの方が悪役みたいだな。奴はB.K.B内ではどちらかといえば一本筋の通った男なんだが。
とはいえ、悪役だろうが主人公だろうが味方であるビリーに勝ってもらわなくては困る。
「サーガ、どう見る?」
「あん? 相手が厄介なのは最初に言った通りだが、ビリーが強すぎた。それだけだな」
「そうだな。俺も仲間として鼻が高いよ」
決してカルロス・フランシスコも弱くはない。サーガの警戒していた通り、喧嘩が上手いというのは間違っていないはずだ。
ただ、B.K.Bの現役ウォーリアーの顔役は伊達ではなかった。サーガがそう言い放つ。
「おらぁっ!!」
ビリーの反撃は強烈な右ストレート。カルロス・フランシスコのお望み通りの真っ向勝負だ。
しかしそれはガードでしっかりと防がれた。
「チッ……! 悔しいがいいパンチだ!」
「打ってこい! てめぇのパンチも見せろ!」
「ふん! 俺が打ちたいときに打つんだよ! 身構えてるとこに不用意に手なんか出さねぇ!」
ビリーの事だ。打たせてカウンターか、また別のつかみ技でも画策していたのかもしれないが、これには乗ってこない。
ボディチェックの時にはガキみたいに暴れたいたわりに、試合中は冷静な判断ができるんだな。
短気だと思ったが、あれはパフォーマンスの一環だったのか?
「ならまた俺のターンだ!」
もう一度全く同じ角度、同じモーションからくる右ストレート。そしてまたガードという映像がプレイバックされたかのように繰り返される。
「クソが! また褒められてぇのか!? いいパンチだ!」
「あぁ!? あ、お、おう! ありがとな!」
急にコメディみたいなやり取りが出てきてビリーも面食らっている。おそらくカルロス・フランシスコはまた同じ攻撃かという皮肉で言ったのだろうが、これは伝わりづらかったな。
B.K.BとC.O.Cの陣営問わず、いくつかの笑い声が漏れている。
「コイツならどうだ!?」
そんなおとぼけはさておき、試合運び自体は望ましい展開となってきた。さらにビリーは前蹴り。この試合初の足技だ。
腕よりリーチが長く、下から飛んでくるのでボクシングをメインとする相手には厳しい一撃だ。
しかし、カルロス・フランシスコは右足を軽く上げてこれをガード。キックボクシングをやっていた風には見えないが、残念ながら蹴りも対応できるか。
互いに少しづつ手札がめくれてきているものの、カルロス・フランシスコからの攻撃はジャブやフックをいった小技以外見れていない。もし何か隠しているのなら、それを食らわないようにしたいところだ。
「クソ、やりやがる!」
「投げなんか使う奴だ。蹴りくらい出したって不思議じゃないぜ!」
それでも自分はこの拳を信じる、と、カルロス・フランシスコはジャブを繰り出す。こちらからすれば敵なのに、やはり拭えない主人公感。
ボディチェックで癇癪を起こすガキの様相はどこへやら。
少し調子が戻ってきたか、お得意の左左右からなる三連撃だ。
ビリーは最初の二発は腕でガード、ラストは腹に貰ってしまう。分かっていても間に合わなかった形だ。
基本に忠実ってのも、案外と大事なんだなと考えさせられる。
ビリーの鋼の肉体であっても、しっかりとダメージは与えられている。
嫌がるように顔をしかめたところへ、もう一度、左左右のジャブが飛んできた。
これは防げず、すべてビリーの腹へ。
大技を警戒していたが、この基本形の連続ジャブこそがカルロス・フランシスコの得意技なのではないだろうか。
手の内が知れても無骨にそればかりを繰り返す。防がれようが避けられようが馬鹿にされようが繰り返す。
あれやこれやと技術を増やすのではなく、得意とする同じ技ばかりを洗練してきたのかもしれない。それほど、カルロス・フランシスコのジャブとフックは動きが綺麗な代物だ。
「不味い! 食らいすぎだぜ、ビリーの奴!」
焦るジャスティンの声。
「……確かに貰いすぎではあるな。耐えろ、ビリー。勝てる試合だぞ」
ビリーの方が強いと豪語していたサーガからもそんな言葉が出てくる。大きく揺らぎはしないが、前半の一言は俺も少し不安になるからやめてくれよ。
「ビリー! 負けんなぁ! 負けたら俺がぶっ飛ばすぞ! お前を!」
「そうだぞー! え!? 相手をぶっ飛ばせよ!」
ビッグ・カンとマイルズの声援。こちらは本人にも聞こえる声量だ。
「安心しろ! コイツは俺がぶっこ……ごはっ!?」
その声援に応えている最中にカルロス・フランシスコのジャブが炸裂。またもビリーは腹を抉られた。
「おい! 今、仲間と話してるだろうが! その隙を狙うとは卑怯だぞ!」
「は!? 知らねぇよ! 集中してねぇ奴が悪い! それに今まで散々、卑怯な戦法使ってたのはむしろお前の方だろうが!」
こればかりは俺もカルロス・フランシスコの肩を持たざるを得ない。
だが、声援は送るべきだとも思うのでビッグ・カンたちに黙れとも言えないな。
「はぁ……気の抜ける試合になってきたな。これが最終戦で良いのかよ」
サーガがとうとう、煙草に火を点けて煙を吐きながらそう言った。
「いや、アンタの命が懸かってるんだから内容はともかく、勝てばいいんじゃねぇの?」
ジャスティンがそう返す。俺もサーガの言うことは分かるが、ジャスティンの意見に賛同できる。
お笑いのような試合でも、このままビリーが勝ってくれればそれでいい。
「ビリー! 遊びはもう十分だぜ! ぶっ倒して気持ち良くさせてくれ!」
「分かった分かった! 俺が……あぶねっ! おい! またかよ、てめぇ!」
マイルズの声援にビリーが応答中に、またもやカルロス・フランシスコのジャブが襲ってくるも、これは身体を捻って躱した。
「チッ! 当たれよな!」
「クソが! みんな、すまん! ここからは応援の声を無視するからよ!」
その言葉通り、ビリーはカルロス・フランシスコを正面から見据えて、こちらの声は無視する体制に入った。これでもう、油断も隙も生まれないだろう。
まずはペースを取り戻すため、ビリーの方からも数発のジャブを打ち込む。だがカルロス・フランシスコの動きは流石のもので、左右に身体を振ってこれを避ける。
そして、反撃にタイミングをずらしたフック。しかしこれは牽制。ビリーはその場から動いていないが、この反撃は外れた。
ただし、それ以上の攻撃は中断せざるを得ない。
そこからまたカルロス・フランシスコのジャブの連撃が飛んでくるわけだが、ビリーは左肩を前に出し、側面を相手に見せるタックルのような体勢を取った。
なるほど、屈強な肩ですべて受けてしまい、突進するというわけか。これまた妙な戦い方を思いつくものだ。
重量の軽いジャブを吹き飛ばす、全体重を乗せたタックル。肩、そして頬にも攻撃を食らったが、それで止まるわけもなくビリーはカルロス・フランシスコを突き飛ばした。
「おぉぉっ!」
「いいぞ、ビリー!!」
ビール瓶を掲げながらビッグ・カンとマイルズが吠える。
盛り上がるのは良いが、絶対にその瓶を放り投げたりするなよ。もしリングに入ったらこっちの反則負けになる。俺が決めたルールでB.K.B側に黒星がつくなんて馬鹿馬鹿しいにもほどがあるからな。
「この……!」
たたらを踏んで体勢を崩されたが、カルロス・フランシスコは倒れずに踏みとどまった。そこへ猪のように突っ込んでくるビリーに備える。
まずは横へ大きくステップ。ビリーの背面に回り込み、背中にジャブを一発。
だが、ビリーは猪でも闘牛でもない。突進からの方向転換は可能だ。
背中に一撃は貰ったが振り返ってさらにタックルをお見舞いする。
「だぁぁっ!」
またも吹き飛ばされるカルロス・フランシスコ。
そして今回は、大きく体勢を崩して片膝をつく形になった。チャンス到来だな。
「クソッ! 勝つのは俺だ!」
「もういっちょ!」
相手の姿勢が低い分、タックルは当てられない。突進したビリーは丸太のような筋骨隆々の脚で前蹴りを繰り出した。
カルロス・フランシスコも反撃しようとしたが、立ち上がるのが間に合わない。
ゴッ!
今までで一番綺麗に決まったのではないだろうか。靴底がカルロス・フランシスコの顔面のど真ん中にぶち当たる。
「あがっ!?」
白目をむいて倒れるカルロス・フランシスコ。だがビリーはそれで攻撃をやめず、さらにもう一発蹴りを入れて吹き飛ばした。
気絶したまま二度、バウンドしながらカルロス・フランシスコの身体が地面を転がる。
「よっしゃ! やりやがった!」
「いいねぇ! あっ!」
ビリーの勝利がほぼ確定的となり、ひと際騒いでいるのはビッグ・カンとマイルズの二人だ。
抱き合って勝利を喜び合うが、二人の手にあったビール瓶が放物線を描きながらリングのロープの内側にドスンと落ちる。
横倒しになった二本の瓶から地面にあふれるビール。
やりやがったな……だが、一応はこの試合の勝敗は既に決定づけられている。
とっさに俺はリッキーの方へと視線を送った。
「……」
その瓶を指さし、沈黙しているリッキー。声を上げないことを見るに、俺の判断を伺っているか。
勝ちをどちらと判断するのが正解か。面倒なことになったな。