4th Battle
争点は一目瞭然の舌戦がリング外の反対側にいるC.O.C陣営、それもリッキーを側で囲む男たちによって繰り広げられている。
もう二十分以上は待たされている状態だ。
あまりにも長引くようであれば不戦勝にしてしまいたい。もちろんそんな事はしないが。
C.O.Cサイドだけではなく、B.K.Bサイドからも不満続出だろう。試合もなしに決着となっては誰も納得できない。
それを知ってか知らずか、奴らは時間をかけている。それとも、焦れてビリーがリングインするのを誘っているのか?
いや、仮にビリーが先に入ったところで、そこからまた話し合いが長引くことだろう。
「……少し、リッキーと話してくる。決まりそうか、さっさとしろってな」
「あん? なら俺も行くぞ」
「俺も行こう」
俺の提案にビリーが言い、意外にもサーガもそれに続いた。行くなと止めてくるかと思ったんだがな。
いや、待て。サーガが行く方がよっぽど危険なんじゃないか?
「おい、サーガ」
「分かってるさ、クレイ。俺が突然、刺されやしないかって心配でもしてんだろ? 問題ない。そうまでしてくるほど奴らは追い詰められてない。それに、現リーダーのお前が行く時点でリスクは同じだ。本来なら他の奴に行かせるべきところだからな」
「それを止めないだけ譲歩してるんだから自分も行かせろって話か?」
「いいや、圧をかけて急かすならお前だけじゃなく、俺もいた方がいいと思っただけだ。奴らにとっての餌役でもあるしな。焦って正常な判断を鈍らせる」
それはそうかもしれないが、俺では役不足と言われたようで癪だな。
「チッ……ならもう少し人数を増やそう。カン、頼めるか?」
「あ? 護衛か? もちろんだぜ! 野郎ども、行くぞ!」
「「おう!」」
ビッグ・カンと愉快な仲間たち数名、これだけいれば俺やサーガの身もある程度は安全だ。
彼をはじめとして、他の連中も外様だというのにノリノリで引き受けてくれたので本当に助かる。
話し合いが続くC.O.C陣営。リッキーを中心として、取り巻きたちが「誰を出せ」「俺を出せ」と言い争っている。
敵陣ど真ん中ではあるが、こちらに対する殺気や威圧感などは特に感じられない。今は喧嘩よりも代表選出に夢中といったところか。
「おい、いつまで待たせる気だ。さっさと決めてくれ」
声掛けに対してリッキーがちらりと俺の顔を見るも、また視線を戻した。無視とはいい度胸だ。
「リッキー」
続いてサーガ。こちらは無視できなかったのか、リッキーは取り巻きを手で制して黙らせた。
これが格の違いって奴か? 腹立たしい。
「なんだ、サーガ。わざわざ敵方に来て。向こうからでも見りゃわかるだろう。まだ協議中だ」
「その協議が遅すぎるからこうして来てやってる。茶くらい出したらどうだ」
茶の代わりに、立てた中指が返ってきた。
「お互い命張ってる身だ。そう急くな。それに、お前らの方もまだリングインしてねぇじゃねぇか」
「てめぇらが決まってない様子だからこっちも上げてないだけだ。あと五分で決めろ。不戦敗にするぞ」
「無茶言うな! 大事な一戦だぞ! 吟味させろ!」
リッキーが吠え、周りもそれに同調する。
「確かに伝えたからな。間に合わなきゃ負けだ。てめぇの頭を撃ち抜く。早くしろ」
だがサーガは取り合わず、それだけ告げて踵を返した。
やいのやいのと俺たちの背中に向けて罵声が飛んでくるが、身の危険はない。
せっかくビッグ・カンにもついてきてもらったが出番はなしだ。彼らがその場にいたことで、衝突を避ける効果があったのであれば働いたことにはなるが、その事実は誰にも証明できない。
何はともあれ、俺たちは無事に自分たちの持ち場に戻ってきた。
「サーガ、本当に五分経ったらこっちの勝ちにするつもりなのか?」
「さぁな。それを決めるのはお前だろう、クレイ」
なんだそりゃ。言うだけ言ってこっちに丸投げかよ。
だが、五分きっかり計るまではいかずとも、あまりにも長引くようなら有言実行しなきゃいけねぇな。
「……色付けて七、八分は待ってやるとするよ」
「そうか。ならそうしろ」
「みんな、武装の確認を。不戦勝になったらおそらく喧嘩になる」
今更言うまでもないことだが、周りの面子にそう指示を出す。
大抵は腰に拳銃かサブマシンガンを仕込んでいるので、準備という準備は必要なさそうだ。
「おいおい。この調子だとマジで俺の試合がなくなっちまうのかよ」
「まだそうと決まったわけじゃないが、残念そうだな、ビリー?」
「当たり前だろ。どうせなら正面から打ち倒して終わりにしたいじゃねぇか。クレイは違うってのかよ」
まさか。俺だって綺麗に終わりたいと思っている。
ただ、C.O.Cが負けとなった際に暴れ出すというのも、完全に理解できないわけじゃない。仮にこちらが負け、サーガが討たれるとしたら、黙って処刑を見ていられるほどに冷静でいられるはずもないからな。
だからこそ、試合だろうが、乱戦になろうが、完膚なきまでに叩き潰す。それだけだ。
……
約束の五分が経った。ようやくリッキーに動きがある。取り巻きの一人の背中をバシンと叩き、その男が頷いたのだ。
そいつが代表と決まったようだな。
五分待つという約束には遅れたが、俺が許容するとしていた八分程度には間に合った形だ。
「ビリー、相手が決まったらしい。リングインしろ」
「よっしゃぁ! やっと喧嘩出来るぜ! みんな、応援よろしくな!」
にかっとさわやかな白い歯を見せ、ビリーがリングに上がった。
C.O.C側からも、すぐに相手選手が入ってくる。
身長は女くらいで非常に小柄、その代わり筋肉で横には太い男だ。黒人ではあるがライトスキン。メキシカンとのハーフではないだろうか。
速度も力もコンパクト、かつ的確に出してきそうな相手だな。
並び立つとビリーの方が一回り大きい。体格差で圧倒できればいいが、相手のペースに飲まれたら上手く戦えないだろうな。
「第四試合の選手はカルロス・フランシスコだ! 待たせたな、B.K.B!」
リッキーが叫ぶ。やはり名前からしてメキシコ系黒人か。
ちなみにメキシコ系の奴は名前、つまりファーストネームが二つあることが稀にあるらしい。
リッキーがカルロスでもなく、フランシスコでもなく、カルロス・フランシスコと呼んだのはおそらくどちらもがファーストネームであるからだ。つまりこれはフルネームではなく、本名はもっと長いというわけだ。
「厄介な奴が出てきたな」
「あいつを知ってるのか、サーガ?」
「いいや、知らねぇよ。単純に、喧嘩が上手そうだと思っただけだ」
知らないのかよ。
まずは恒例の持ち物検査。凶器がないかをお互いのチームメンバーが調べる。
ビリーは黙って両手を挙げてC.O.Cの連中にまさぐられていたが、カルロス・フランシスコはB.K.Bメンバーに体を触られるのが気に入らないのか、触るなと吠えたり小突いたりしている。
「おい! そのくらいにしとけ! すぐ終わるから我慢しろ! 反則負けになりてぇのか、阿呆!」
これは俺ではなく、リッキーからの注意だ。
奴の言葉通り、あまりにもB.K.Bメンバーに対して舐めた態度を取り続けていたら失格にしてやろうかと思ったが、ボスに救われたな。
大きく舌打ちをして、カルロス・フランシスコがボディチェックに従う。
しばらくして終了。ビリーはもちろん、カルロス・フランシスコからも武器の類は発見されなかった。
両手の拳を前に出し、ファイティングポーズを取る二人。
カルロス・フランシスコがトントンと跳ねるようなステップ。所謂ボクシングのそれだ。ビリーもそれに合わせてフットワークを始める。
それだけ見れば今回はどちらも殴りをメインとした試合運びになりそうだが、果たしてどうなるか。
ビリーもパワー、スピードともに優れるバランス型のファイターだ。言うまでもなく、現役のB.K.Bのウォーリアーの顔役でもあるので申し分なく強い。
ビッグ・カンにも引けを取らない実力者だと俺は思っている。
「さて、どう料理してくれようか」
「あん? タコス以外の食い物なんかねぇだろ、てめぇの国には」
「吠えてろ。だったらひき肉にしてタコスの具にしてやるよ!」
スッ、と飛び出したカルロス・フランシスコがシュッ、シュッ、と左右のフックを放つ。ビリーは一発を手で捌き、もう一発は肩で受けた。
さすがに早いパンチだ。カルロス・フランシスコはさらにステップを踏み、今度は後ろへ二歩下がった。ウォーミングアップに、挨拶代わりの試し打ちといったところか。
「はっ! そんな攻撃じゃタコスの具にはなれそうもねぇな!」
「気づいてねぇのか? 遊んであげてんだよ!」
「遊んでるって? こっちは楽しくもなんともねぇぞ。もっと面白いもの見せてくれよ!」
ビリーの攻撃。カルロス・フランシスコの動きを真似たような、左右からのフックだ。
だが、相手のそれに比べると若干遅い。
カルロス・フランシスコは一発を捌き、もう一発は空振りとなった。
「なんだ。俺のパンチよりヘボいじゃねぇかよ」
「やせ我慢すんな。今捌くときに受けた手、もう痺れてんだろ?」
「全くだ。ピンピンしてるぜ。まさか自分の手がそうだからって、こっちに擦り付けて見栄張ってんのか」
カルロス・フランシスコは両手をグーパーを繰り返して健在をアピール。
ビリーもそれを真似る……フリをして追撃の右ストレートを放った。
「っと!」
これは横にステップして回避される。見事な反射神経だ。
「いいねぇ。卑怯な手も嫌いじゃないぜ? なにせ、それをぶっ倒したときの爽快感が格別だからなぁ!」
続いてカルロス・フランシスコのターンだ。左左右、左左右と、六連撃のジャブを放つラッシュがビリーを襲う。
大技というわけではないが、速度が速い。
躱せるわけもないので、ビリーはそれをガードで防ぐ。
ただし、守れるのはあくまで顔だけ。六発すべてが腹や胸に当たってしまう。
「くっ!!」
「おらおら! どうしたどうした!」
さらにカルロス・フランシスコのジャブ三連。打ち続けながら言葉まで吐き、全く疲れを感じさせない。
ビリーも序盤の時点ではまだ大して効いていないが、このまま打たれ続ければ持たない。
「クソがっ!」
ジャブを受けながらも反撃のストレート。苦し紛れの打開策。しかしこれは軽いフットワークで横にずれて簡単に避けられてしまう。
「ノロマめ! そんなパンチ、ハエが止まるぜ! おら! このまま倒れちまえ!」
またジャブ。大技を出してこないのは、体力の消耗とダメージの蓄積を狙っているからか。
手堅く、無理に冒険をしない、勝利に貪欲で嫌な相手だ。
「おい! なにやってんだ、ビリー!」
「反撃しろ! 相手に翻弄されてんぞ!」
B.K.Bサイドのホーミーから叱咤が飛ぶ。
「うるせぇ! 集中してんだから見てろ! すぐにぶっ飛ばす!」
「ははっ! お仲間にも、てめぇの負けが見えてきてるってところか! ここまで押されてちゃぁ、つまらねぇもんな!」
「チマチマしてて、つまらねぇのはてめぇの方だ!」
ジャブは受け続けているが、ビリーは一歩前へ出た。そのわき腹に当然のように綺麗な一発を貰う。これは意地の前進だ。
だが、また一歩、ビリーは前へ。
また一発。また前へ。
三発。前へ。
そしてゼロ距離へ。