3rd Battle
「試合開始はいつだ、クレイ?」
出番が近づくジャスティンから、緊張が伝わってくる。
「さぁな。あちらさん次第だ」
俺が指さす先にはC.O.Cのリーダーであるリッキーとその取り巻き。こちらの選手を見て出場者を決めてきたが、今はまだその段階ですらなく、内輪でいろいろと話し合っている様子だ。
先にジャスティンをリングに上げても無駄な待ちぼうけを食らうだけだろう。
「こっちの出場者を見る前からあんなに悩むとは、よほど一勝一敗から勝ち越したいんだろうな」
「無駄無駄。俺はルールに則って反則負けを引き出すまでだぜ。上手くやってみせる。痛いのは御免だしな」
「それは良いが、逃げ腰になるなよ。みっともない」
「チッ……厳しいリーダーだぜ」
何も厳しいことは言ってないんだがな。
反則負けを狙うのは構わないが、泣いて叫んで喚いてと、とにかくダサい喧嘩だけは勘弁してほしい。
ジャスティンだってスリー・ハンドラーズの一角だ。俺も奴がそこまでの根性なしだなんて思ってはいないので大丈夫だろうが。
「似た者同士を引き合わせてきたが、今回は関係なく強い奴が出てきそうだな」
サーガが顎で敵方を指しながらそう言う。
まさにその通りで、今回はなんと、C.O.C側の選手が先にリングインした。
長身で引き締まった身体の若い男だ。パワーもそこそこ出るだろうが、それよりはスピードとスタミナがあるように見える。
「げっ、あいつが相手かよ」
「厳しい戦いになるかもな。怖気づいたか?」
「うるせぇな。負けても文句言うなよ、クレイ」
とぼとぼとジャスティンもリングインすると、両陣営からは声援が飛ぶ。
そして、互いにまずはボディチェック。武器は見つからなかった。
ジャスティンとしては、ここで早々に武器が見つかって、相手が勝手に反則負けしてくれるのを願っていたかもしれないな。
「お前が相手だと? 勝負になるのかね」
「さぁ? 俺もよくわかってねぇ。お前、強いのか?」
試合開始前の舌戦がスタート。見た目通り、相手の選手は自信満々のようだな。
「強いぜ。何なら棄権してくれてもいい。別に恨みもないしな」
「それは俺も気持ちだよ。俺はジャスティン。B.K.Bではハスラーの頭取をやってる。そちらさんの名前は?」
「……ハスラーかよ。俺はグレッグだ。O.G.Nいちの戦士だぜ」
「戦士とは大きく出たな。生まれてくる時代を間違えたのか?」
現代にだって軍人はいるが、戦士という響きにジャスティンは中世や大航海時代を思い浮かべたようだ。
「かもな。だが、今の時代も気に入ってるぜ。ギャングスタはまさに天職って奴だ」
「ギャングスタが天職だぁ? ギャングを仕事として見てんのかよ。なんとも生きづらそうな野郎だな。俺はやりたくてやってるわけじゃねぇが、いつの間にか気に入ってもいる」
「なら強制的に退職させてやるよ。名誉ある死を以てな。ちゃんと保険には入ってんだろうな? 最期くらい親孝行してやれよ」
「仕事じゃねぇ。ギャングってのは生き様だ。仲間だ。家族だ。そして、その生き様を理解できないまま死ぬのがてめぇだよ。似非ギャングスタ野郎」
ジャスティンとグレッグの舌戦はここまで。いよいよ拳がぶつかり合う。
「俺がワンクスタかどうか、たっぷり味わいな!! おらぁっ!!!」
まずは腕試しと言わんばかりにグレッグがその長い脚を蹴り出す。
ジャスティンはなんと下がらずに全速前進。最もヒットさせたかったであろう足先を躱し、グレッグの太ももの辺りを腕で受けた。
「ほう、いいぞ。上手く懐に入ったな」
受けはしたが、勢いもなく柔らかい太ももが当たったところで、誰の目にもジャスティンのダメージがゼロだということが分かる。思わずサーガも称賛するほどに見事な判断だ。
四肢の長さ、つまりリーチでは正直勝負にならない。ジャスティンはそれを見越してインファイトに持ち込んだわけだ。
「しっ!」
息を短く切って吐きながら、ジャスティンのパンチがグレッグの脇腹に綺麗に入る。
派手さはないが、地味に痛い一撃だ。グレッグは自身が得意とする中距離へ一旦退こうとするが、ジャスティンはそれに追随して肉薄し続ける。
「逃がさねぇ!」
「ぐっ!? くそっ!」
今度はグレッグの顎にジャスティンのアッパーが入った。威力は低いが、これもまた綺麗な一撃だ。
先ほどのメイソンさんの試合のように、回避や防御に徹してジャスティンはそこから相手の反則を誘うのかと思ったが、まさかの攻めの勢い。
押して押して押す。マイケルのようにバテてしまわないかは気になる。だが、大ぶりの攻撃、大きな動きはなく、移動も攻撃もすべてコンパクトだ。
長引けばわからないものの、すぐにそうなるという心配は無用である。
「おらぁっ!」
「頭に……乗るな!」
ついに堪忍袋の緒が切れたグレッグからの反撃。ただ、ほぼゼロ距離ではあるので得意のリーチは活かせていない。
それでもジャスティンの腹を抉る鋭いパンチは、彼を引きはがすことには貢献した。
「ごほっ! ごほっ! ってぇ……!」
「ふん! まとわりついてきて気色悪いんだよ! ホモか、てめぇは!」
「いてて……俺だって気色悪いっつーの。お前なんか……汗くせぇし、口もくせぇしよ」
鼻をつまみながらひらひらと手を振るジャスティン。拳より口先を使うことが多いハスラーにとって、煽り文句は得意中の得意だ。
「殺す!!!」
ビュンとバネのように伸びてくるしなやかなパンチ。またこれも接近で勢いを殺す。当たりはするが、グレッグの腕が伸びきる前にジャスティンは手のひらでそれを受け、威力は半減する。
「くっせぇー! その口塞いでやろうか!」
またそんな軽口をたたきながらジャスティンはグレッグとゼロ距離へ。
あわやキスでもするのではないかという台詞を伴う急接近に、グレッグはせめて顔だけでも避けようと横に逸らすが、その横っ面にジャスティンの頭突きが入った。
「っぶ……!」
「残念! 唇を奪うってのは冗談だぜ!」
離れようとするグレッグの襟を掴んで引き戻し、さらに頭突き。今度は正面から鼻っ面にクリティカルヒットだ。
「ぶはっ……」
鼻血を流すグレッグに、容赦なくもう一発。最後はあおむけに倒れようとする鳩尾に蹴りを入れて押し倒した。
「一方的だ! ジャスティン、やるじゃねぇか!」
「ほっほう! いい喧嘩だぜ! いや、サンドバッグの間違いだったか!?」
マイルズとビッグ・カンは大興奮。
「いける! 二つ目の白星はジャスティンが持ってくるぞ。なぁ、サーガ?」
「あぁ。思ってたよりもずいぶんと良い感じだな。そろそろダウンを取れるはずだ」
サーガと、次に試合を控えるビリーもこの会話通り表情は明るい。それほどまでにジャスティンがよく戦ってくれている。
反則負けを狙うという話だったはずだが、そんなことを考えなくとも勝てそうなくらいだ。
これまでは長い接戦が続いたが、たまには速攻で決まる圧勝の試合も見たくなってくるな。
「グレッグ! 何やってんだ! やり返せ!」
「ハスラーにやられて恥ずかしくねぇのか、てめぇ! そんなもんじゃねぇだろ!」
相手方のギャラリーからは野次のような応援。残念ながらこれがグレッグに力を与えたようだ。
「うううるせぇぇぇぇ! 今やってやるから見とけ!」
「おっ!? なんだよ、もうそのまま倒れとけよ!」
「まだだ!」
仰向けの状態から腹筋に力を入れて素早く立ち上がり、ファイティングポーズを取るグレッグ。
警戒したジャスティンは一旦下がった。
当然、これは悪手である。
さらにビュンと伸びてきたグレッグの長い腕。ここで接近をすればよかったが、一度下がったせいかジャスティンはこれも下がってしまい、リング端へと追い込まれる。
「チッ!」
そしてさらにグレッグの連撃。ようやくジャスティンもそれを捌いて肉薄するが、さすがにこれは下がれないので読まれていた。
「おらぁ!」
突っ込んでくるジャスティンが回避できないような、素早いローキック。
それ自体はジャスティンも脚を合わせてダメージを抑えるが、次にまた飛んできた右フックは顎に直撃する。
「がっ!?」
派手に大きく吹き飛ばされ、なんとジャスティンはロープの隙間からリングアウトしてしまった。特にルールはないので負けではないが、場外での乱闘は許容できないので止める。
「一旦ストップだ! ジャスティン、すぐリングに戻れ!」
グレッグの勝ちだと思ったであろうC.O.Cサイドからは、俺に向けて抗議や野次が飛んできている。
「黙れ! それとも、こんなつまらねぇ形でこの試合が終わってもいいのか!?」
それは嫌だったようで、文句の声が消えていく。
「ジャスティンが戻ったらすぐに試合再開だ!」
ふらつきながらリングに入るジャスティン。こりゃあ、結構ヤバいか……?
「んだよ! また負けかぁ!? 気合いが足りねぇなぁ!」
「おい、まだいけるっての! 俺らが応援してあげねぇでどうするよ!」
「ははは! そうだそうだ! まだ終わられちゃ酒のつまみが足りねぇよ! もうちっと粘れ! ていうか勝てよ! 後がなくなっちまうぜ!」
ビッグ・カンとビリー、そしてマイルズが騒いでいる。
マイルズの言う通り、ここはどうしても勝っておきたい。頼むぜ、ジャスティン……!
「おい、降参しねぇのか? 勝負ありって感じだぜ?」
「俺だってそうしたいところだが……仲間の命が懸かってるんでな」
「その気概だけは褒めてやるぜ。行くぞ!」
またも伸びてくる長い腕。
ジャスティンは後ろへ下がるか、前へ出るか。いずれにせよふらふらの今ではそんな瞬発力は出ない。
だが運が味方したのか。ふらつきで右へ逸れたところ、わき腹を掠めるようにグレッグの腕が通過し、それをジャスティンが両手で掴む。
「ほう! 運のいい奴だ!」
グレッグは当然、掴まれていない空いた手で追撃する。頬に当たるも、これは勢いが完全に死んでいた。
なぜか。ジャスティンが一気にグレッグを身体ごと引き寄せたからである。なるほど、これなら対処にスピードも何も関係ない。ただの腕力だ。
しかし、ジャスティンはあんなにパワフルだったか?
「チッ!」
「らぁっ!」
この試合中、何度も見てきたジャスティンの頭突き。どうやらグレッグはこれが一番嫌いらしい。ジャスティンもその辺りはよくわかっている。
イラついたり、焦ったりするのを狙っているようだな。
そしてそれは、グレッグ本人に対するものだけではない。C.O.C側のギャラリーをイラつかせる。それでもいい。
何度も勝てるという瞬間があった今、ジャスティンが相手方の反則負けよりも先に直接のダウンを取る可能性はあるが。
そしてそれと同時に、リングアウトさせられたりと、ジャスティンの負ける未来もゼロではなく、油断ならない。
「もういっちょ!」
「く、くそっ!!!」
さらに頭突き。ようやくジャスティンの手を離れたグレッグが、フラフラと千鳥足で距離を取る。
「どうした! C.O.Cってのは腰抜けしかいねぇのか! ガチンコでぶつかって来いよ!」
自分のことは棚に上げて、ジャスティンが敵方すべてを挑発する。なるほど、そっちのプランも一応は頭に残っていたか。