2nd Step
「だったら、お望み通りの……猛攻撃だぜぇぇぇっ!!!」
疲れた体に鞭打って、マイケルが殴る、蹴る、掴むの連続攻撃。
殴りは躱し、蹴りは防ぎ、掴みは手で捌き、迎え撃つメイソンさんもてんやわんやだ。
「くっ!」
疲れを待つのであれば、疲れ果てる前に潰してしまえというマイケルの作戦は正しい。
一発、二発でも気持ちの良いヒットが入れば、メイソンさんは一気に逆転負けになるのではないか。そう思わされるくらい力強い攻撃の連続だ。
「いいぞ! マイケル! そのままぶっ殺せ!」
「勝てるぜ、おっさん!」
C.O.Cサイドはヒートアップ。野太い歓声が降り注ぐ。
そして、ついにマイケルの両手がメイソンさんの上着を掴んだ。密着するのは非常にまずい。
「捕まえたぜ……! おらぁっ!」
ニヤリと笑い、マイケルが頭突きを一発。つるりとしたスキンヘッドが、メイソンさんの鼻っ面に刺さる。
「ぶっ……は!」
鼻血を流しながらも、メイソンさんは空いている両手でマイケルの手をほどこうと捻った。
「いでででっ!!!」
両腕の関節を明後日の方向に曲げられるような力が加わり、たまらずマイケルがメイソンさんを解放する。関節を外したり、骨折させたりは出来なかった。
「なんだ、案外と根性なしだな! 折ってやれなくて残念だ!」
「はん! 血まみれの汚ねぇツラで強がり言っても滑稽なだけだぜ!」
掴まれた時は冷や冷やしたが、よく逃げたものだ。
そこからは警戒しながら、打撃中心でマイケルのラッシュが続く。
しかし、これはメイソンさんも距離を取り、疲れさせることを徹底した。全く取り合わないことに、徐々にマイケルは焦れ始める。
「クソ! 当たれ! 避けんな!」
「だから嫌だって! 何度言わせんのかね! 悔しかったらこっちのせいにせずに、ちゃんと当ててみろよ!」
マイケルがまた、大きく振りかぶったパンチを外す。
半ば背を向ける形になったところへ、メイソンさんが蹴りを入れた。これもまた身体へのダメージは低いだろう。だが、精神的にはかなりのダメージとなる。
「だぁぁぁっ! ふざけんな!」
「ふざけてない! まともにやり合わないことだって戦略のうちだぞ!」
「そんな喧嘩があってたまるか! うぉっ!?」
今はメイソンさんは何もしていない。だが、マイケルが一人で勝手に転んだように見える。
「効いてるな。勝負ありってところか?」
サーガがポロリとこぼす。いよいよ決着が近いか。
転びはしたものの、マイケルはまだまだ気丈に振舞っている。
「ほら、大丈夫か? 立ちなよ」
メイソンさんはそこに追撃をせず、あろうことか手を差し出そうとした。
これがさらにマイケルをヒートアップさせる。つまり、これも作戦のうちなのか?
「舐めるな!」
差し出される手を引いて倒そうとするも、先にその手を引っ込められて隙をさらす。その後頭部にメイソンさんのかかと落としが突き刺さった。
「がっ!?」
「せっかく優しくしたのに無下にするからだよ」
「はっ! 見せかけのパフォーマンスだろうがよ……!」
「御名答」
さらに一撃、マイケルの横っ面へ蹴りを叩きこむ。
「ぶはっ……!」
口の中が切れ、わずかに血の霧を吹きながらマイケルが倒れる。
最大のチャンスに見えるが、メイソンさんは追撃をしなかった。距離を取り直し、マイケルの対応を待つ。
「んだよぉ! 慎重すぎてあくびが出てきたぜ! そこはダウン取りに行けよ!」
「もうどっちにしろ勝負ありじゃねぇか? 無理は禁物だろ」
もっと激しくやれとせっつくビッグ・カンと、対局は決したと結論付けるマイルズ。
俺はマイルズの意見寄りだ。この調子なら、ものの数分でマイケルは戦闘不能になる。
「ふぅ……ふぅ……! 畜生め……! さすがに、てめぇのへなちょこな蹴りでも効いたぜ!」
「そりゃどうも。ほら、まだ元気そうだし続きをやろうよ。全部避けるけどさ」
「避けんじゃ……ねぇ!」
ゴゥッ! と風を切り裂く渾身の回し蹴り。まだあんなに動けるのか。
だが、メイソンさんの取っていた距離のおかげで遠い。そこからさらに大きく後ろへ下がって攻撃を躱す。
もし、あと少しでも近くにいたらと思うと、彼の判断が正しかったことが証明された。安易に追撃を続けていたら、やられていたかもしれない。
「おぉ! いい蹴りだ! 当てろ当てろ!」
「おい! お前はどっちを応援してんだ、カン! 当たったらあぶねぇって話だろ!」
「ははは! その気持ちは俺もわかるぜ! いい試合だ!」
ビッグ・カンにツッコんでいるのはビリーだ。当てろとまではいわないが、マイルズはなぜかビッグ・カンに付く。
だが、こちら以上に盛り上がっているのはC.O.C。マイケルの攻撃には、十分に勝機がある。
あと一撃、たったの一撃でリズムを取り返せると応援にも熱が入る。
ゴッ!
そして、その願いはマイケルの拳と一緒に届いてしまった。
後退を繰り返してぐるぐるとリング内を移動していたメイソンさんだったが、ついにパンチを一発受けてしまう。それも、腕や足でのガードではなく、顔面にだ。
しかし、この攻撃自体は渾身の一撃とはいかなかった。あくまでも本命の攻撃を当てるためのフェイントとして放たれた一発だ。
メイソンさんは横っ面を張られて右へと吹き飛ぶも、両足で踏みとどまってダウンは堪える。
「チッ! 倒れろよ、てめぇ!」
「くそっ! いってぇなぁ! そっちこそ倒れろっての!」
「倒してぇなら仕掛けてこい! 俺はまだバテちゃいねぇぞ!」
これは嘘だ。肩で息をするマイケルには疲れしか見えない。
仕掛けてこいという言葉に反応してしまったのか、珍しくメイソンさんが仕掛ける。
しかし、これはまずいか、という俺の心配も何のその。胸の辺りを狙ったパンチをしたと思ったらすぐに引っ込ませ、その手を掴もうとしたマイケルの腕に蹴りだけ入れて下がった。
「中途半端な攻撃しやがって! 痛くも痒くもないぜ!」
「仕掛けろって言ったからやってやったのに、称賛よりも文句とは悲しいね!」
マイケルとしては手を捉えたと思ったのかもしれないが、疲れで反応速度が落ちているか。攻撃された瞬間の距離は近かったのに、そこから追撃もできていない。
「おらぁっ!」
ようやく動き出して殴りかかろうとするも、ひらりひらりとリングを縦横無尽に移動するメイソンさんに翻弄されるばかりだ。
B.K.Bサイドからは闘牛を楽しむ笑い声、C.O.Cサイドからはふざけた喧嘩だという怒号が響く。
リング内にゴミを投げ入れる奴まで出る始末だ。
「おい! 試合の邪魔になる行為はするな!」
そう、抗議した瞬間だ。
投げ入れられた空き缶の一つを、マイケルの攻撃の回避に集中してメイソンさんが踏んでしまい、バランスを崩す。
「あっ、と……!」
そこにマイケルの追撃がついにクリーンヒット。後頭部に拳骨が叩きつけられ、メイソンさんがうつ伏せの状態で地面に沈む。
さらに背中を踏みつける追撃。無防備なメイソンさんの身体が蹂躙される。
今度はB.K.B側からの怒号。そしてC.O.C側からの歓声。
無効としたいところだが、仕切り直しをしようにも、試合は既に最悪な形で決着してしまった。
メイソンさんの回復を待って再開するか? いいや、そんなのは馬鹿げている。
「ストップ! ストップだ!」
とはいえ、これを止めないわけにはいかない。俺はリングへと入り、マイケルをメイソンさんから引きはがす。
メイソンさんはぐったりとしてはいるが、意識はあった。
「悪い、クレイ。まさかの黒星だね」
「違う! C.O.C側の明らかな妨害行為だろう! この試合は無効だ!」
「おいおい。そっちに都合が悪いからって急に無効とは。汚ねぇのはどっちだろうな。リングに投げ入れられたゴミの話なんだろうが、俺にとっても妨害行為であることには変わりないんだぜ?」
確かにその通りではある。だが、これを許すと毎試合、もっと手ひどい妨害の応酬が始まってしまう。
「クレイ……良いんだ。俺の負けにしよう。その代わり、次の試合以降に妨害があった場合はそっちを負けにすると良いさ。俺の試合一つでその条件が付け加えられるなら安いもんだよ」
「そんなわけには……!」
「良いんだって。これでC.O.Cの奴らの頭には妨害がおいしいものだと刷り込まれた。ルール違反だって告げられても、必ず次の試合以降もやる。理解が追いつかないくらい白熱してるだろうからな。つまり、残りの試合は全勝だよ」
サーガもここでリングに入ってきた。メイソンさんの案に頷いている。
「良い手だな。卑怯な手を使う連中には、そのくらいやったっていいだろう。だが、綺麗な勝ち方じゃない以上、あっちが三敗したあとはほぼ確実に、すべてを巻き込んだ乱闘になる。それだけは覚悟しとけ」
「……チッ。わかったよ。じゃあ、この試合はマイケルの勝ちにしよう」
マイケルの方へと振り返る。
「話はまとまったか? そのヘボい野郎がまだやるってんなら、続行したっていいぜ」
「いや、この試合はお前の勝ちだ。ただし、次の試合以降は妨害行為が発生した時点でその陣営の負けにする。それでいいな」
「さてね。ウチのボスに訊きな」
次はリング外で腕組みをしているリッキーへと叫ぶ。
「リッキー! この試合はマイケルの勝ちにする! だが、次にゴミを投げ込む奴が出た場合は、その陣営の負けだ!」
「……いいだろう。てめぇら。次からは物を投げたりすんなよ! お行儀が悪いって、あちらのママはご立腹だ!」
C.O.Cサイドからはドッと笑いが起き、そのままマイケルの勝利を称える大歓声へと発展した。
B.K.Bからは怒りの声が飛んでいる。
「大丈夫か、メイソンの兄ちゃん」
俺とサーガで肩を貸し、メイソンさんをリング外へ。
ボロボロだが、無理やり取り繕った笑顔を見せてくれた。
「へへ、ざまぁないね。さっさと二勝して残り三試合の選手にはのびのびと戦ってほしかったんだけどなぁ」
「いいんだ。物を投げちまうような野蛮なガキ相手に、有利なルールを勝ち取れたんだから」
「少し……休むよ」
リングを出たところで、ごろりと横になるメイソンさん。命にかかわるわけでもないだろうが、急いで治療が必要だ。
「誰か、メイソンさんを病院へ……!」
「試合後で良いさ。死にはしねぇ」
「本気か、サーガ?」
「病院にいる間に決着がついて、後から文句をタラタラ言われるのは目に見えてるだろう? ここにいさせてやれ」
それはそうかもしれないが……
確かに試合を見届ける方が重要ではある。しかし、どうせ寝ていてはそれも見れないはずだ。
「まぁ……分かったよ。何かあってもアンタのせいにするからな」
「なんだそりゃ? 好きにしろ。何も起きやしねぇよ」
眠るメイソンさんの隣で、次の選手であるジャスティンが手首足首を捻りながらアップを始める。
一勝一敗。ジャスティンの善戦に期待したい……いや、勝ってもらわなければ後がなくなって困るな。
「ジャスティン、頼んだぜ」
「任せろ。何なら、今しがた決まった反則負けを引き出してやろうか。怪我もしなくていいなら一石二鳥だ」
確かに、そういった戦い方ならばジャスティンは得意そうだ。二勝目も決して夢物語ではないな。