Pinch! K.B.K
「動くな! 通報があった! おとなしくしなさい!」
響く拡声器。ロサンゼルス市警のポリスカーが一台。中には制服を着た男性警官が二人。白人と黒人のバディのようだ。
「おい、クレイ! やばくねぇか!? 俺ら捕まっちまうぞ!」
「なんで警官が出てくるんだよ! アイツ、ワンクスタのくせに通報したのか!」
仲間たちが騒ぎ立てている。もちろん俺だって捕まりたくなんてない。俺達K.B.Kは正義だ。きっと話せばわかってくれる。いや、理由はどうあれ今回危害を加えたのは俺達だ。だったら逃げるべきか……? そもそも、逃げ切れるのか……? どうする……? だが、おとなしく捕まってなんかいられるか!
「逃げるぞ! 散れ!」
「おう!」
「あとで連絡する!」
俺達七人はバラバラに走り出した。警官二人がポリスカーから飛び出し、白人警官はリカルドの方へ、そしてもう一人の黒人警官は俺を追いかけてきた。
「チッ……! よりによって俺か!」
「待つんだ!」
ゴミだまりのような裏路地を疾走する俺を、僅かに遅れてを黒人警官が追いかけてくる。不運を呪ってやりたい気分だ。しかし、だからといって他の仲間の方に行ってほしかったわけでもない。なんとか俺が逃げ切りさえすればノープロブレムだ。もう片方、つまりリカルドの事だけは神に祈るしかないが。
俺は大きな円柱型のごみ箱を倒し、そして自転車やミニバイクを倒し、黒人警官の妨害をしながら逃げる。あぁ、まったく……街を汚す忌々しい行為だ。いくら自分の為とはいえ、ゴミが散らばる度に気分が悪くなる。
「やめろ! これ以上、罪を重ねるな!」
「はぁ、はぁ……! 俺達はハナから罪なんか犯しちゃいねぇ! あそこで倒したのはギャングだぞ!」
ワンクスタだぞ、と言うよりは効果的だろう。ギャングだから退治したというシナリオだ。
「それは後から調べることだ! とにかく待ちなさい!」
「もう追ってこないでくれ! そうすればおとなしく帰るさ!」
また、新たなごみ箱が犠牲になった。うっ、廃棄された魚が入っていたのか。このにおいは最悪だ。
「ほら、追いついたぞ!」
散らばった魚をお構いなしに踏みしめながら黒人警官は手を伸ばした。これがプロ根性という奴か。強烈なにおいに怯んだ様子は微塵もない。それに、会話をしてしまったせいで俺が徐々に失速していたのだろう。
「離せ!」
「離すものか!」
ついに俺の右腕が掴まれる。振り解こうと腕を引っ張るが、警官の手はまるで石像のそれのように堅く握りしめられていて離さない。こうなったら……と左腕を振りあげようとするが、俺はそれを中断した。警官を殴る? やっていいことではない。
「わかった! わかったよ! もう逃げない!」
暴れる俺を地面に引き倒そうとしていた黒人警官がハッとした。俺が振り上げた拳を下ろしたのを見逃さなかったのだ。
「はぁ…… あまり手間をかけさせるな、まったく!」
仕方ない。捕まりたくはなかったが、俺は抵抗をやめて無実を訴える作戦に切り替えた。
まずは自ら両手を前に差し出す。警官が頷き、手早く手錠がかけられた。
ポリスカーの停車している廃材処理場まで引っ張られ、俺は後部座席に押し込まれた。リカルドを追った白人警官はまだ戻っていないようだ。黒人警官は無線で救急車の手配をしている。倒れたままのワンクスタ達のためだ。
それが終わると、車内には微妙な空気が流れる。運転席から漂ってくる魚の悪臭で吐きそうだ。もちろん横の窓は開けれない。
「なぜ、俺を追いかけてきたのか聞いてもいいか?」
少し迷い、俺は警官に話しかけた。悶々と吐き気に耐え続けるよりはいくらかマシだろう。
「簡単な事だ。あの場で真っ先に指示を出したのはお前だった。首謀者と見るのが順当だろう?」
「そう、だったか?」
「あぁ」
迂闊だった。だが、捕まってしまったからといって何もかも諦めてしまうのはまだ早い。
「アイツら……あの赤い服はどう見てもギャングのメンバーだろ? 昨日、俺が囲まれてやられたんだ。ろくでもない連中さ」
「そうか」
空返事だけを返し、警官は再び無線機を手に取る。
「ブライアン、応答しろ。こちらは少年を一名確保した。そちらの状況は?」
数秒後、ジジジッ、とノイズが入った後に応答がある。
「こちらも今、少年を確保した。手こずらせてくれたよ、まったく」
クソッ……リカルドも捕まっちまったか。
「了解した。救急車を手配したので、それを見送り次第、署に戻るぞ。車まで来てくれ」
「了解、すぐ戻る。おい、立て!」
立てだと……!? リカルドは倒れているのか! なんてことをしてくれる!
……
数分後にやってきたリカルドの姿は悲惨なものだった。シャツは肩と背中が破れて肌が丸見え。瞼は腫れて、唇と鼻に渇いた血がこびりついている。俺に向け、力なく首を左右に振った。
「激しく抵抗してな。少々強くやっておいた」
「……そうか」
嘘をつくな! リカルドは抵抗して暴れるようなタマじゃない! この警官は腹いせにやったに違いない!
「リカルド、お前……?」
発進したポリスカー。俺とリカルドは並んで座っている。
「……なにもしてねぇよ……」
ブチブチッ、と頭の中で何かがちぎれる音がする。あぁ、俺はダメだ。一度火がつくと、いつもこうなる。いったい、誰に似たんだか。
「てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! ふざけんじぇねぇぞ、こらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ガツンと助手席の椅子を後ろから蹴る。手錠をかけられ、後部と前部の間に網が張ってあるせいで、白人警官に直接詰め寄ることはできない。
「な、何だ貴様! 急に暴れ出したりして!」
「おい、落ち着きなさい!」
二人の警官が振り返って注意をしてくる。もちろんそんなの知ったこっちゃない。意味もなくリカルドを痛めつけやがって!
何度も何度も助手席を蹴る。白人警官は車を止めるように言ったが、黒人警官は署に急ぐべきだと取り合わなかった。
「車を止めろだとっ!? 俺にもリカルドと同じことをしてぇだけだろぉが! この悪徳警官がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
……
警察署に到着すると、俺とリカルドは別々の部屋に連れていかれた。取調室って奴か。デスクを挟んだ目の前には俺達を連れてきた二人の警官。リカルドには全く別の警官が二人ついているらしい。
「何度でも言う。俺達はギャングをやっつけただけだ。昨日、俺を囲んでボコってきやがった奴らをな」
白人警官に掴みかかりたい衝動を必死で抑えながら俺は言った。いや、実際にさっきは一度掴みかかって、この二人に抑えつけられた。
「そうか……確かに、奴らはブラッズの可能性がある。それでも、やり返したからといって何の役にも立たないんだぞ」
「放っておけない。あんたら警官は何をやってるんだ。それに俺の仲間を意味もなく殴って。市民を守り、悪を絶つのが仕事だろうが……!」
「あの少年は抵抗した。それだけだ」
「だから、リカルドは仲間内で一番の臆病者だ! 警官に抵抗なんかするはずねぇだろうが!」
ガタンと椅子を鳴らして立ち上がり、デスクに両手を打ち付ける。
「静かにしなさい。君をまた取り押さえたりしたくはない」
「ふん……」
黒人警官のほうは冷静に話ができそうだ。しかし、もう一人はイカレてやがる。絶対にそうだ。
「もうすぐお母さんが迎えに来る。家に帰ったら頭を冷やしなさい。君の気持ちもわかるが、ギャングみたいな連中には関わらない事。いいね?」
「だから、それならしっかり取り締まってくれよ。先に俺がやられたんだ。悪いのは俺達じゃない。ちなみに、通報した奴も多分アイツらの仲間だからな」
「もちろん、それも分かっているよ」
その後、一時間ほど何の意味もない取り調べは続いた。
そして、迎えに来てくれたお袋からは手厚いビンタを数発もらった。リカルドも隣で親父さんの拳骨を頂戴している。ベッド以外の場所でヒステリックに叫び続ける姿を見たのは久しぶりだった。本当にすまないと思う。
警察は当てにならないのか? K.B.Kの活動はやっぱり間違いなのか? 俺は何を信じればいい? 答えは出ないままだ。