1st Step
「そう来なくちゃな! まだやれんだろ、クマのプーさんよ?」
「……当然、だ……てめぇは、ぶっ殺す……! それに、俺はグリズリーだ……! クマのプーで例えるならてめぇのだぶついた身体のほうだろうが……!」
グリズリーの言葉にはもう覇気がない。立っているのがやっと。長い言葉を発するだけでも辛そうだ。
しかしそれでも、グリズリーは動く左手に握り拳を作り、それを振り上げた。
「よっしゃ、来い!!!」
またもやビッグ・カンはそれを受け入れる構え。今回は両手を大きく広げて、反撃さえも放棄したノーガードでの大歓迎だ。
しかし……
ドサッ、と、そこにすら届かなかった巨体が倒れ込む。脳を震わせていたダメージ、身体を痛めつけていたダメージが限界を迎えたか。
「うぉぉぉぉっ!!!」
「いいぞ、カン! てめぇの勝ちだぜ!!!」
「グリズリー!!!」
「嘘だろ!? グリズリーが負けるのなんて初めて見たぞ!?」
「立てよ、グリズリー!!!」
両陣営から今までで一番の声援が飛ぶ。カンの勝利を称える声と、グリズリーの敗北を惜しむ声、どちらもが拮抗し、会場は大騒ぎとなった。
決まったレフェリーがいないので、俺がリング内へ。反対側からはリッキーも入場してきた。
俺はカンの腕を取り、振り上げさせる。逆にリッキーは倒れたグリズリーの容態を見るが、力なく首を振った。ここで勝敗は決定的なものになった。
そして、声を張り上げる。
「勝ったのは俺たちB.K.Bサイドだ! ビッグ・カン! よくやってくれたな!」
万雷の拍手と歓声、怒号と野次。
それらを一身に浴びながら、ビッグ・カンは悠々とした足取りでリングから出る。当然、肩を貸したり、身体に対するに俺の支えなど一切不要だ。
対照的に、グリズリーはリッキーが引きずるように移動しようとするも、重量があるので他のメンバーたちもそれに加わって、リングから強制的に降ろされていった。
「よう! カン! やっぱり勝ったな!」
赤ら顔のマイルズがバシバシとカンの太鼓腹を叩く。
「へっ! どんなもんよ! しっかし、物足りねぇぜ! もっとやれる相手だと思ったんだがなぁ!」
ガハハ、と大口を開けてビッグ・カンがそれに答え、マイルズから差し出された飲みかけのビールのボトルを受け取る。
そして、運動後のスポーツドリンクでも飲み干すかのように、ごくごくとそれをラッパ飲みした。
「ぷっはぁ! 切れた口の中に染みるぜ!」
空き瓶を転がし、マイルズの横に陣取るビッグ・カン。一仕事終えた彼はここからの時間、仲間の試合の観戦を楽しむ構えだ。
「メイソンさん……」
「んん? どうしたのさ、クレイ? そんな、不安そうな声出して」
当初の予想通りに運べば、激動の時代を生き抜いた強者であるメイソンさんも勝つだろう。
だが、化け物じみた強さのビッグ・カンですらボロボロだ。そりゃ心配もする。当の本人はケロッとしているが、傷だらけなのは否定のしようがない。
「いや、俺らの代の問題で」
「それは言わないって約束したはずだよ。俺も、命が懸かってるサーガだってそんなことは微塵も気にしちゃいないさ。それに……余裕で勝って終わるだけだからな」
メイソンさんの顔つきが、心なしか仏から鬼の形相に。ほとんど誰もが気付かない変化だが、俺にはそう感じた。これが、人を殺るって時の顔か。
実際に殺しは発生しないことを願うが、相手の心配をしている場合でもない。
「わかった……頼むよ」
「それで? もうリングインしてもいいのかな?」
即座に第二試合、という雰囲気ではなく、C.O.C側も倒れたグリズリーやリーダーのリッキーを中心に何やら話している。
しばらくは時間を取ってもよさそうだ。
「いや、少し待とう。お相手さんもさっきの試合の余韻を楽しんでるみたいだ」
「楽しんでるような雰囲気には感じないけどねぇ。まぁいいさ。どんだけ時間をかけても俺の勝利は揺るがないよ。待つとしよう」
強者の余裕か、自身への言い聞かせか、これほどに自信満々のメイソンさんの様子というのも珍しい。
それを見かねてか、サーガが声をかけてきた。
「コリー」
「うん? ガイもクレイと同じタチかい? 心配そうな顔するなって」
「これが心配してそうに見えるかよ? お前とは古い仲だ。こんな試合、あの頃の喧嘩に比べれば屁でもねぇ。それよりも、そんな気合十分な姿見せなくたって平気だ」
リラックスしろ、という意味だろうか。それを聞いたメイソンさんが笑う。
「はっ! いやいや、たまには気合いくらい入れさせてくれよ!」
「ひょうひょうとしてんのがお前の持ち味だろうがよ。ニヤニヤしながら人を殺してる方がよっぽどお前らしいぜ」
「殺さないっての!」
「バーカ。たとえだ、たとえ」
当時は嬉々として人殺しを? と思ったが、あくまでもイメージの話だったか。
「でも、まぁ、ありがとうな。肩ひじ張って戦うんじゃなく、適当に羽虫でもあしらってくる感じにするよ」
「そうだな。大した仕事をやるんじゃねぇんだ。羽虫一匹追い散らすだけの簡単な作業だぜ」
「自身の首が懸かってるってのに、大した奴だよ。お前は」
「人はいつだって簡単に死ぬんだよ。それにまぁ、今日は俺の命日にはならねぇ。俺らが勝つんだろ」
言われたサーガは照れ隠しでもするかのように鼻を鳴らして煙草に火を点けた。
「そろそろ始めようぜ。二回戦も楽しみだなぁ!」
マイルズの言葉。まだあちらさんが準備出来てねぇって話は聞いてただろうにお構いなしだ。
それが聞こえたのかは分からないが、B.K.Bサイドのほかの連中や、C.O.Cサイドの連中も囃し立て始める。
「おい! 次はまだか!」
「早くおっ始めろよ! びびってんのか、B.K.B!」
いや、何ならてめぇらを待ってたんだっての。どいつもこいつも自分の気まぐれな考えで調子のいい発言ばっかりしやがって。
「んじゃあ、そろそろリングインするとしようか。ささっとやっつけて二勝目をプレゼントするよ」
俺と、サーガにも向けてメイソンさんが投げキッスをする。言葉通りの結果をもたらしてくれるなら、キスと一緒にありがたく頂戴するとしよう。
「メイソンさん、頼んだぜ」
「やってやれ。お前の勝利は目前だ」
それぞれの返答に笑顔を返し、メイソンさんはリングの中央へと進んだ。
B.K.Bサイドからは歓声が上がる。
「おぉぉぉぉっ!!! 伝説のOGの登場だぜ!」
「震えてやがるぜ、C.O.Cの連中はよぉ!!」
反対に、当然のようにC.O.Cサイドからは野次と罵声が飛んでいる。
「見ろよ! おっさんが勝てるかっての!」
「小さくてひょろい奴だ! OGだぁ? 雑魚に違いねぇ!」
そして、出場選手を吟味するようにリングの反対にいるリッキーがメイソンさんのことを凝視する。
まーた、今から決めるってことかよ。後出しじゃんけんがばかりしやがって。
「ねぇ、早くしてくんないかな? 見世物パンダじゃないんだけど?」
メイソンさんがそのリッキーに堂々と正面切って抗議している。それに対する返答はない。
今度は自陣営のファイターたちを見回し、メイソンさんに当てるのは誰にするのかをゆっくりと選び始めた。
ビッグ・カンの時と同じく、数分間はそのままの状態で待たされる。
ようやく、リッキーの近くにいた男が指名を受け、リング内へと進み出てきた。
小柄なメイソンさんほどではないが、決して大柄とは言えない中肉中背の男だ。スキンヘッドに濃いロークをかけ、ひげを蓄えている。
おそらくメイソンさんやサーガと同じ、30代程度の古強者だろう。特徴を合わせてきたか。
「こっちからはマイケルが出る! ウチのセットは新しいが、彼個人はギャングスタとしての歴も長い! 今回は熟練者同士の戦いと行こうじゃねぇか!」
ご丁寧に紹介まで飛ばしてくれたので、俺も大声で返す。
「B.K.B側のファイターはブラックホールだ! そちらさんのご老体には悪いが、勝たせてもらうぜ!」
リッキーの声にはC.O.Cが、俺の声にはB.K.Bがそれぞれ反応し、会場のボルテージは再加熱。
だが、ここでなぜかサーガが待ったをかけた。
「……おい。ちょっと止めろ、クレイ」
「うん? どうかしたのか?」
「相手のおっさんを調べさせろ。きなくせぇ」
マイケルとかいうおっさんを調べる?
確かにグリズリーの時とは違い、お互いに半裸になっているわけではない。何か仕込むというのであれば簡単に隠せるだろうが、なぜこの距離でそれに気づいたんだ?
しかし断る理由もないのでそれを実行する。
「すぐに始めたいところだが、試合開始前にお互いの選手のボディチェックだ! マイケルはウチの誰か、ブラックホールはC.O.Cの誰かが実施してくれ!」
両陣営から僅かなブーイングが起こる。
しかしそれを無視して、確認作業を実施させた。そして……
「おい! ナイフが入ってたぞ!」
マイケルを調べていたB.K.Bのホーミーが、彼のワークパンツのポケットから小ぶりなナイフを発見する。マジかよ。
「サーガ、どうして」
「リングインの時に小さく金属音が聞こえた気がした。小銭ならよかったが、本当に隠し武器が出てくるか」
C.O.C側からは「今入れたんだろ!」「ずるいぞ、B.K.B!」といった馬鹿なヤジが飛んではいるが、さて、リッキーやマイケルはこれにどう説明をつけるのか。
「護身用ではあるが、使う気はなかったさ。悪いな。預かっておいてくれ」
「武器は利用で反則だろう? 持ってただけならお咎めなしで頼むぜ」
マイケルの言い訳と、リッキーの擁護。さて、真実かどうかは分からないが、これで反則負けにしてしまうというのも興醒めだな。
「……次はねぇぞ、C.O.C! 今後の試合は全てボディチェックをやるからな!」
というわけで俺はこれを渋々許した。
あわよくば、トドメかピンチの時にでも凶器を使う気満々だったろうに、バレバレの嘘をつきやがって。白々しい奴らだぜ。
「さて、やろうか。おっさん」
「お前におっさん呼ばわりされる筋合いはないが、いいだろう。叩きのめしてやる」
お互いに煽りながら、二人のOGが相対する。
「頼むぜ、メイソンさん! 二勝目もこっちのもんだ!」
「マイケルのおっさん、負けんなよ! アンタに賭けてんだ!」
両陣営からの声援。また賭けてんのかよ、あちらさんは。
ビッグ・カンとグリズリーという二体の猛獣が激突した第一試合と同じく、その開始にはゴングがない。
ジリジリと距離を詰めるマイケル。
それを待ち受けるメイソンの兄ちゃん。
「ふっ!!!」
まずは挨拶代わり。上段の、顔を目がけたマイケルのハイキック。
だがこれはメイソンさんが一歩下がって躱す。
思ったよりもマイケルの身体能力は高そうだ。喧嘩師というより、格闘選手のような洗練された動きだな。
「へー、いいね! それじゃ始めよう」
先ほどのやかましく、熱い試合とは打って変わって、静かに始まった。