1st Battle
「うぉぉぉぉっ!!!」
「おらぁぁぁっ!!!」
二体の巨獣が突進、体当たり、そして両手の指をしっかりと合わせて力比べ。
しかし互いに退かず、そのまま手ではなく体へと腕を回し、がっぷり四つの状態になった。
レスリングか、相撲でも見ている感覚だ。
「何でどっちも殴らねぇんだよ?」
そう思ったが、なるほど。二人とも純粋な力比べがしてぇのか。
今まですべてをなぎ倒してきた怪物が、ついに力の均衡する好敵手を見つけたってところか?
「おおおっ! こりゃ一試合目から面白い展開だな!」
マイルズが酒をあおりながら大はしゃぎしている。スポーツとして見るには最高なんだろうが、人の命が懸かってるんだぞ。
俺としては楽しむのではなく、どうしても勝利が欲しい。
「おい、カン! さっさとほどいてぶっ飛ばせ!」
「いや、せっかく掴んでんだ! そのままぶん投げろ!」
ビリーとジャスティンがそれぞれ違う指示を出す。意見は違えど、どちらも試合を楽しむのではなく、勝利を待ちわびているといった様子だ。
他に、メイソンさんはにこにこと笑顔で楽しそうに試合運びを見ていて、サーガは仏頂面で片眼を閉じ、睨みつけるように黙って見守っている。ここのOG二人も対照的だな。
相手のグリズリーが、ビッグ・カンの足を引っかけて転倒させた。力比べではどうにもならないとみて、技量で勝負を仕掛けてきた形だ。
ドシン、と大きな音を立ててカンが地面に背中をつく。グリズリーは当然、それに馬乗りの状態だ。
そこから絞め技ではなく、打撃戦となった。
上から振り下ろされたグリズリーの拳が、ビッグ・カンの頬にヒット。下からだが、カンも反撃する。体勢を立て直そうとすらせず、寝たままでだ。
やはり振り下ろされたグリズリーの攻撃に比べると、ビッグ・カンの攻撃力は乏しい。
「おい! 力比べだろうが、クマ野郎! 何やってんだ、てめぇ!」
「そうだぜ! 脚なんか引っかけやがってよ! 柔道の真似事かよ!」
B.K.B側からヤジが飛ぶ。
だが、グリズリーは気にする様子もなくビッグ・カンの顔を殴り続けた。何発もクリーンヒットを受け、カンは口や鼻から派手に出血している。
「カン! いつまでやられっぱなしでいやがる! やり返せ!」
不利の態勢になっていて簡単に覆すのは難しい。だが俺は思わずそう叫んでいた。
ニヤリ、とカンが笑ったように見えた。
マジか、マゾっ気のある奴だったのかよ。なんて馬鹿なことを考えていると、カンはグリズリーのパンチを手で止めた。
「んだよ! どんなもんかと食らい続けてみりゃ、これなら本物のグリズリーとやり合ってる方が何倍も楽しいぜ!」
ミシッ、という幻聴が聞こえた気がした。
「あぁぁぁぁっ!!! クソが! 放しやがれ!!!」
カンに掴まれたのはグリズリーの右手だが、その拳が潰されているのか?
一方的に攻撃していたはずのグリズリーが、必死で腕を振りほどこうと、カンの上から退こうとしている。
だが、拳を潰すというのも周りからは見辛く、誰もが何が起きているのかを理解できない。
「なんだなんだ? グリズリーの手を折ったのか?」
「拳の骨を潰してんじゃね?」
横にいるビリーと、マイルズがそんな会話をしている。
「いやいや、まさかそこまでの握力が? 拳を潰すって化け物だぜ!」
「見ての通り、あの豚野郎は化け物だからなぁ」
マイルズがどさくさに紛れてビッグ・カンの悪口を滑り込ませているが、それよりも試合に集中だ。
グリズリーが、空いている左手で無理やりビッグ・カンの手を引きはがし、距離を取ることに成功。
右手は、ぱっと見ではなんの変化もないが、やはり潰されたのか、握り拳ではなく、だらんと開かれている。
「クソがよぉ! ぶっ殺してやる!」
「あぁ? 痛くてキレてんのか? 最初からそのつもりで来いよ!」
カンもようやく立ち上がり、鼻と口の血を手の甲で拭いながらグリズリーを挑発した。
「クソがぁっ!!!」
痛みで思考が停止しているのか、いとも簡単にグリズリーが頭に血を登らせる。
使えなくなった右手は降ろしたまま、左手で握り拳が繰り出された。
「来い! てめぇの力を見せてみろよ!」
ビッグ・カンは防ぎも避けもせず、あえて顔面でそれを受けた。さすがに馬乗りの時よりも加速している分の衝撃があったようで、カンは吹き飛ばされてたたらを踏んだ。
鼻血がドバドバと零れ落ち、吐いた唾も真っ赤に染まっている。
「ってぇ……! おぉし! 中々いいのを貰ったぜ!」
何をやってるんだか。あんまり遊んでると血を出しすぎてぶっ倒れちまうぞ。
そこへ休ませまいとグリズリーからの次の攻撃。同じく左腕から繰り出されるストレートだ。
さすがにそろそろ防いでもいいだろうに、カンはまたそれを正面から受ける。しかし今回はピクリとも動かず、グリズリーの拳がカンの頬に当たったままで静止した。
カンがニヤリと笑う。これは誰の目にもはっきりと見えたはずだ。
「どうした? 勢いが弱くなっちゃいねぇか?」
お返しだと言わんばかりにカンの大きな拳がグリズリーの顔を捉える。
一度目にカンが吹き飛ばされたように、グリズリーは大きく後ろへと強制的にはじき出され、リングの外周を囲うロープに背中を支えられた。
「おぉぉぉぉっ!!! いいぞ、ビッグ・カン!」
「ついに形勢逆転か!? そのまま畳みかけちまえ!」
B.K.Bサイドからは大きな歓声。俺もガッツポーズの拳を振り上げる。
「グリズリー! 何やってんだ! ダメージは相手の方が大きいぞ!」
「負けんな、グリズリー! とっととあの豚を黙らせろ!」
「てめぇ! 雑魚過ぎんだろ! やる気あんのかぁ!?」
対照的に、C.O.Cサイドからはブーイングと、グリズリーに対する叱咤激励が飛ぶ。
ロープのそばにいるギャラリーは、グリズリーの背中や肩をバシバシと乱暴に叩いている。選手に触れるというのはあまり褒められた行為ではないが、試合の妨害行為というほどでもないのでお咎めは無しだ。
これがたとえば、ばれないように武器を渡したり、手当てをしてしまったりした場合はアウトだが、そういった様子は特にない。
敵方も試合を本気で楽しんでくれているようなので、ルール違反が起きるのは考えづらい。
もしそれが起きるなら、リッキーが何か悪知恵を働かせた場合や、三回目の負けが確定しそうな試合で悪あがきをする場合くらいか。
体を叩かれて気合いが入ったのか、グリズリーが大きく息を吐く。
そして、潰されていたはずの右手の拳を強く握りしめた。決して治ったわけではない。激痛をこらえ、意地を見せているだけだ。
敵ながら中々熱い野郎じゃねぇか。
そして、リングの中央で待つビッグ・カンのもとに戻ったグリズリーは、その握りしめた右手の拳でパンチを繰り出した。当たれば自分もダメージを負う、痛み覚悟の決死の一撃だ。
そしてやはり、カンはそれをノーガードで正面から受けて立つ。
バキッ!!!
カンの頬か、グリズリーの拳か、果たしてどちらのものか、骨の鳴る激しい衝突音が響く。
「ぐぉっ!?」
先ほどは左ストレートを耐え忍んだのに、カンの巨体が数歩下がった。まさか、利き手のせいで潰れていても威力が上だったのか。あっぱれだ。
しかし、グリズリーもタダでは済まない。
右手の激痛に歯をむき出しにして声にならない声を上げている。さすがにこれ以上は右手を動かすことはできないだろう。
だが、カンを下がらせた、自身にとって押せ押せの状態をキープすべく、残った左手でラッシュを仕掛ける。
「叩き潰す!」
「いいねぇ! 相手になるぜ!」
グリズリーの左手がビッグ・カンの鳩尾へ。
そしてビッグ・カンの右手がグリズリーの胸へとヒットした。
グリズリーはともかく、ビッグ・カンのダメージは急所のはず。しかし、分厚い脂肪のおかげで致命傷とはならなかったようだ。
本人はピンピンしており、今度は切り替えた左手でグリズリーの頬をぶん殴る。
両手が使える分、ビッグ・カンの優勢だな。
「おぉぉっ!!!」
「いけるぜ、カン! ぶっ殺せ!」
「グリズリー! 負けんなよ!」
両陣営のギャラリーもヒートアップ。隣にいるマイルズは特に、手を叩いて大はしゃぎだ。
グリズリーも善戦してはいるが、ここまでだろうと俺は踏んだ。
その予想通り、そこからはビッグ・カンの強烈な連続攻撃を片手で防ぐのに精一杯で、手が出なくなってきている。
もちろんその内の何発かはボディや顔に入り、正にフルボッコ状態だ。
たまにグリズリーから出る反撃を、カンは甘んじて受け入れる。しかし、それには先ほどまでの力は籠っておらず、食らったところでほとんどノーダメージだ。
「おらぁ! どうした! そんなんじゃ蚊も殺せねぇぞ!」
「くッ……! 豚が吠えんな! 吠えていいのは熊と犬だけだ!」
「豚だろうが馬だろうが鳴き声は出んだよ! くだばれ、でくの坊!」
「ぐぁっ!」
ビッグ・カンのアッパーがグリズリーの下顎にヒット。
軽い脳震盪を引き起こし、グリズリーはフラフラと後退しながらリング端のロープにもたれかかった。
歓声がより一層大きくなる。
マイルズはビールとポップコーンを地面にぶちまけるほどの大騒ぎだ。
コイツ、酒はともかく、いつの間にポップコーンを……完全に映画館の観客じゃねぇか。
「うん? カンの野郎、なぜ攻め切らねぇ?」
これはジャスティンだ。その通りで、今は最大のチャンスのはず。しかしカンは首を傾けてボキボキと鳴らし、グリズリーの戦線復帰を待っている。
「まぁ、本人は楽しもうって趣向なんだろうね。好きにやらせていいんじゃない?」
メイソンさんがそう返した。
「余裕ブッコいてんのはいいいが、負けたら洒落になんねぇぞ」
それに対してビリーがそう言う。
「余裕というか、本心から楽しんでるだけだって。油断してるわけじゃない。攻撃を全部受けてたのも、楽しくて仕方ないだけなんだよ。俺にも理解はできないけどね」
メイソンさんは極悪世代の生き残りだ。そういった変な野郎もごまんと見てきたんだろうな。
「グリズリー!!! 負けるつもりか、てめぇ!」
「金返せ! 俺の明日からの生活はどうなんだよ!」
なんだ、あちらさんには金賭けてる奴がいるのかよ。味方に賭けてるだけ、まだマシ……なのか?
「あー、俺もこっちで胴元買って出れば良かったなぁ」
マイルズが暢気なことを言っている。俺がそれを許す分けねぇだろ。真剣勝負だってのに。
「やめとけやめとけ。こっちばかりに金が集まって、オッズもクソもありゃしねぇ」
「そりゃそうだ!」
意外にも、サーガがマイルズにそう言って窘めた。
それは事実だろうし、俺もそう確信しているが、やはり先代のプレジデントである彼が言うと説得力があり、味方に期待、信頼していると感じて嬉しいもんだな。
グリズリーがわずかに回復し、ビッグ・カンへとにじり寄る。
手を潰され、気絶しそうなほどに絶体絶命でありながらまだ諦めないか。
いよいよ第一試合は決着という名の佳境を迎える。