War Game
約束の日。指定の時間は無かったが、おそらく夜になるだろうということで、昼の間は特設のリングが作られていた。
ウォーリアーとハスラーが協力し、ロープが張られているらしい。ガーディアンは奇襲などがないかに備えて地元を警戒中だ。
俺たち出場選手は相手が現れるまでアジト内で待機。アップをしたり、戦術を談義したり、思い思いの時間を過ごしていた。
集まっている面子は代表五人とマイルズとサーガ、この間と同じメンバーだ。
「ん、クレイは何もしねぇのか? 使うか、これ?」
ダンベルをゆっくりと上下させているビリーが言った。
「お前みたいな筋肉馬鹿じゃねぇんだ。せめて出場の直前まではゆっくり休養させてくれ」
「言うねぇ。まぁ、お前の出る幕はねぇんだ。寝ててもいいくらいだぜ」
そうなってくれればありがたいが、不戦勝ってのもモヤモヤしちまうな。
「リッキーは出ると思うか?」
続いてジャスティンが訊いてきた。
彼も俺と同じくトレーニングなどをしている様子はないが、図説付きの医学書を手に持っている。人体の急所でも調べてんのか? 恐ろしい奴め。
「どうだろうな。アイツは本当に読めない。あれがリッキーかどうかさえも疑ってるし、死んでも次の奴が出てきそうだ」
「出てきたら出てきた分、全員殺そうぜ! スーパーマリオだって99回殺せば死ぬだろ!」
ビッグ・カンが茶々を入れてくる。本人は大真面目だが、そんなモグラ叩きみたいな真似がやっていられるか。
「奴が出てこようが出てこなかろうが、勝てば首は落とせる。今はそれだけ考えろ」
俺が言わなきゃいけないセリフをサーガに持っていかれた。
「そしてそれが唯一、アンタの首を守る手段でもある。そうだろ?」
「それは考えなくていい。前だけ見ろ、クレイ。俺の心配をしてるようじゃ、勝つというより『負けないように』ってへっぴり腰な喧嘩をすることになるぞ」
たとえばサーガを心配するあまり、とにかく逃げに徹してダウンだけはしないようにってか。確かにそれじゃ勝てる試合も勝てなくなるな。
……
「ホーミー!! 来たぞ!! C.O.Cの連中だ!!」
表にいたハスラーの一人がアジト内に駆け込んできた。アジトから離れた場所にある特設リングから、連絡が入ったようだ。
出場選手とサーガ、マイルズが一様に頷く。
「出発しよう」
俺の言葉で全員が車に乗り、リングへと移動を開始する。
二台に分乗し、その内の一台は俺自らハンドルを握った。車内にいるのは助手席にジャスティン、後部座席にビリーと、現役のB.K.Bでスリーハンドラーズのトップ三人でもある面子だ。要は三、四、五試合目の後半組だな。
「図らずも俺がキーマンになっちまったな。お前ら二人の出場は俺の勝敗で決まる」
「いや、ずる賢いてめぇのことだ。とっくに計算済みだろう?」
ジャスティンにビリーが突っ込む。
「何の計算だよ? だが負ける気はねぇ。チームの勝敗、サーガの首、ついでにお前ら二人の不戦勝すらも守り抜いてやるさ」
「タマでも蹴り上げて失神させる気か? ほら、なんか読んでたろ」
「やらねぇよ。むしろ防御のための教養だ」
俺の予想とは違い、ジャスティンは相手の急所を狙うのではなく、自身の体を守るためにあれを読んでいたわけか。
「クレイ。お前、ジャスティンがそんな卑怯な手を使うと思ってたのか?」
「思ってたな」
「「畜生!!」」
なんでそっち二人が結託するのかよくわからないが、仲が良いのはいいことだ。
「それだけジャスティンも本気で勝ちに行くと思ってたんだよ。別に急所狙い自体はルール違反じゃねぇしな。それより、今の言葉で気づいた。俺やビリーも試合中にどこは必ず防ぐべきかは知っていてもよさそうだ」
「確かに。他は食らいながらでも攻撃を優先だな。ジャスティン、いくつか教えてくれよ」
「絶対なんてのはねぇよ。顔と金玉でも守っとけ」
「んだよそれ!」
期待外れの解答。いや、確かに医学書を読むくらいならボクシングのルールブックでも読んでいた方がまだマシだ。大して喧嘩に使える内容は書いていなかったに違いない。
「そもそも、ビリーはそんなこと考えなくたって腕っぷしが強いんだ。やりたいように思い切りやればいいだろ」
「あぁ? んだよ、急に褒めてきやがって。気色悪ぃぞ、ジャスティン」
「いちいち噛みついてくんな。イラつく野郎だ」
仲良しじゃなかったのかよ。
そう突っ込んでもいいが、普通に話題を変える。
「それでジャスティンはどんな手でいくんだ?」
「相手次第だが、一撃で沈めるんじゃなく、手数で攻めるしかないな。相手が疲れたら一気に攻める」
「そりゃぁ酷だな。お前も疲れちまうぞ」
攻撃だろうが防御や回避だろうが、どっちが楽なんてことはない。受けているだけでも消耗するし、小出しの攻撃を連打していても疲れる。おそらくジャスティンにそんな体力はない。
「いいんだよ。俺には一撃必殺をぶちかませるような筋力はないんだ。泥臭く勝つさ。お前もよく考えとけよ、クレイ」
「あぁ、そうだな」
それが良いと本人が踏んだのであればジャスティンを信じよう。
……
車がいよいよ高架下の特設リングへと到着した。
待ち受けていたC.O.Cは選手とギャラリーが総勢で五十人ほど。さすがにメンバー全員をつれてきてはいなかったが、それでも予想よりは少ないな。もう少し圧を与えてくるかと思っていたが。
対してB.K.Bはほとんどのメンバーが終結。味方のセットも見に来ているので三百、四百は居るか。文字通りのお祭り騒ぎだ。
「大将の到着だ! やってやれよ、クレイ!」
「B.K.B! 負けんなよ!」
ギャラリーの数としては完全にホームなので、こちらへ向けての声援の方が多い。
ただ、俺の出場はもう割れてるのか? リーダーだから出るだろうという予測で声を出しているのならばいいが、誰かが五人の情報をリークしているのなら大問題だぞ。
その確かな情報が敵方にもあり、C.O.C側が選手の入れ替えでもしてきたら不利になってしまう。その辺り、この馬鹿どもは分かっているのだろうか。
無能な味方が敵よりも恐ろしいとはよく言ったものだな。
リッキーの姿が見える。
そちらへ歩を進めると、奴もこちらに相対した。
「それが選手団か。七人いるようだが?」
確かに五人とサーガとマイルズがいるせいでそう見える。
「この中から五人だ。そっちは?」
「まだ決めかねてる。どうせなら面白いカードにしたいからな」
「ふざけるな。俺らの面子を見て決めるってか」
「別にルール違反じゃないだろう? 一戦一戦、誰が選ばれるかわからないってのも面白いじゃないか」
結局、直前まで相手は分からずかよ。だったらこちらのメンバーが割れていてもあまり関係ないな。
ぎりぎりまで七人のうちの誰かくらいは伏せておいて、慌てさせるくらいしか反撃の余地はない。
「そうかよ。なら、お互いに各試合の直前まではリングに選手を上げないって形でいくぞ」
「……何。いや、それでいい」
それでもこちらが若干不利なのは変わらない。不満はあるだろうが、リッキーもそれで話を飲んだ。
来場している多くのC.O.Cメンバー。その中の誰もが選手になる可能性があるわけだな。全員の顔を見回したところで、打てる対抗策はなさそうだ。
第一、リッキー以外の雑魚連中の情報なんて最初からほとんどない。
「では、正々堂々やるぞ。負けたらサーガの首はもらうからな。そしてB.K.Bはウチの奴隷として永遠にこき使ってやる」
「ルール違反じゃなければ何でもいいと抜かしておいて、正々堂々とはとんだ笑い種だな。だが、その言葉そのまま返すぜ。てめぇの首はここに置いて行ってもらう。今日がC.O.Cと、リッキー。てめぇの命日だ」
「O.G.Nだ。新しいセット名くらい覚えろ、阿呆め」
唾を地面に吐き、リッキーたちは下がっていった。
何か指示したわけではないが、リングの東側にB.K.Bのギャラリー、西側にC.O.Cサイドの面子が集まる形になっている。
「さーて、いよいよ俺様の出番だな! ぶっ殺してやるぜ!」
太い首をゴキゴキと鳴らしながら、ビッグ・カンが鼻息を荒げる。
遠くでこちらを見ている敵方からしても、彼が一番手だとバレバレのウォームアップだが、もやは試合直前。隠し通す必要はない。
「カン、頼むぜ。まずは奴らの鼻っ面をへし折って、B.K.Bに勝たせてやろうじゃねぇか!」
出場しないマイルズがビッグ・カンの背中を叩く。だがその逆手には酒瓶。試合をつまみにする気満々だ。
ただ、ビッグ・カンなら勝利を持ってきてくれる。美味い酒になるだろうよ。
「任せろ! 一撃で沈めてやる! いや、それじゃ勿体ねぇな! 五撃で沈めてやる!」
「そんな調整利くもんかよ!? まぁ、期待してるぜ!」
ビッグ・カンがシャツを脱ぎ、彫り物だらけのでっぷりとした巨体をさらす。
味方からは「いけ、カン!」「やっちまえ!」と歓声が、敵方からは「豚じゃねぇか!」「あんなの動けっこない!」とブーイングや野次が飛ぶ。
「うっせぇ! 全員まとめてかかってきやがれ!!!」
顔を真っ赤にしたカンが、リングの中心で歓声よりも野次に反応した
それを聞いたカンの愉快な仲間たちはボスと一緒に憤って突っ込もうとし、敵方の連中からもかかって来いよという挑発が相次ぐ。
「おい! てめぇら! ビッグ・カンの力が信じられねぇのか! 大人しくその雄姿を見とけ!」
まず、味方のビッグ・カンの仲間たちを座らせる。馬鹿にされてイライラしているようだが、イラついてるのは俺も同じだ。
敵方では意外にもリッキーが何か叫んで黙らせてくれていた。奴自身も、きちんと試合でカタをつけるってのは忘れてないようだな。
そして次はリングの中のビッグ・カン本人に向けてアドバイスだ。しかし、いつから俺はセコンドになったんだ? 一応は出場者なんだが。
「カン! 敵の挑発に惑わされるな! 目の前の相手にだけ集中しろ!」
「分かってる! だが、今おちょくって来てる奴らも全員殺す!」
全く分かってねぇじゃねぇか。だが、言葉通りにギャラリーに向かって突撃しているわけではないので黙認しておくか。
ビッグ・カンが一人目であると確認ができて三分ほど経ったか。ようやく、リッキーの近くにいた一人の巨漢がのそりと動いた。奴が対戦相手だな。
巨漢に巨漢をぶつけるか。なかなか面白い趣向だ。
ソイツはカンのように上裸になり、はち切れんばかりの筋肉を観客に見せつける。
ビッグ・カンは白人ででっぷりとした体格。相手選手は黒人で筋骨隆々。色合いも体格も対照的な二人だ。唯一の共通点は互いに巨漢であることくらいか。
「行け! グリズリー!」
「やっちまえ、グリズリー! その牛を捕食しろ!」
なるほど。なかなかのあだ名を持ってやがる。カンの相手をするんだ。名前負けしてなけりゃいいがな。
この試合にはレフェリーもゴングも存在しない。
試合開始は、どちらかが攻撃を仕掛けたタイミングだ。
そして、ビッグ・カン、グリズリーの両名は申し合わせでもしたかのように、同時に突進した。