Legend! B.K.B
「はははっ! んだよ、そのざまぁ!」
笑いながらビッグ・カンが俺の肩をつかみ、立ち上がらせてくれる。
「すまん。みっともねぇが、安心して腰が抜けちまったよ。あの人はウチのOGで、俺が最も信頼する一人だ」
「ほーう。確かに只者じゃねぇ雰囲気があるな」
メイソンさんがにこやかに手を振りながらアジト内に入ってきた。
「うん? クレイ、脚をやられたのか?」
「いや、なんでもない……大丈夫だよ。それより、本当に助かった。礼を言わせてくれ。それに、引退したアンタを現場に引っ張り出すようなことになってすまない」
「最近は物騒だからね。ギャングじゃないからって我存ぜぬ、じゃ通せなくなってきてる。街を守るのは住民みんなの仕事だよ」
言いながら、ワークシャツを捲し上げて腰に差してあるピストルを見せるメイソンの兄ちゃん。
その物騒さを作った原因は現役世代の俺たちなんだから、彼の言い分は恨み節でもおかしくはない。だが、当然そんな意味を込めてはいないだろう。
「いや、でもそれは」
「おっと、そこからは言うな。反対に、B.K.Bの働きかけで住民に金が落ちてくる恩恵だってあるんだ。都合の悪い時だけギャングのせいだなんて薄情なことは誰にも言わせないよ」
「……そうか。俺たちに都合のいい街の住民が住んでいて助かったよ」
「町全体が家族みたいなもんだからね。悪ガキどもの尻は俺たち大人が拭いてやるさ。それにこの程度の喧嘩は朝飯前だよ。俺たちはこれ以上の戦いを何十回も経験してきてる」
その時代に生まれていたら、俺らみたいなぬるま湯に浸かった世代は瞬時に命を落としてたんだろうな。
「おい、おっさん。あのブルドーザーすげぇな! くれよ!」
この無礼な横やりは当然、ビッグ・カンだ。
もう少し先人へのリスペクトが欲しいところだが、奴には理解できない代物だろうな。
「えぇ? あれはダメだよ。ただ、どこで盗れるかはあとで教えてあげようか」
「おぉ! ありがとよ!」
やはり盗難車か……まぁ、あんな巨大な重機が町はずれの小さな整備工場にあるはずもない。鉱山や石油採掘場から遥々持ってきたことになる。
しかし、すぐに駆けつけてくれたところを見ると、少し前に盗んでどこかに隠していたのだろう。たまたま出番が来てしまったが、本来は何に使うつもりだったのか。
「メイソンさん、来てくれたのはサーガからの連絡で?」
「あぁ。それもあるけど、すでになんか起きてんなって感覚があったからさ。ちょうどこいつを準備して出発したところだったんだ」
「そうか。本当に助かったよ。これで一件落着となればいいんだが……ハスラーの話は聞いてるか?」
「聞いてるよ。ジャスティンだっけ。彼を探さなきゃならないんだよね」
であれば話が早い。
「その通り。最低限の仲間をここに残して、一斉捜索に乗り出そうと思う。みんなもそれでいいよな?」
「じゃあ守りはブルドーザーと一緒に引き受けようか。あれは防御向きで、移動の足としては最悪だからさ」
「そうしてもらえると、ここが落ちないって確信出来て安心できるよ」
捜索に乗り出すことに反対は起きなかったので、守りを買って出てくれたメイソンの兄ちゃんも含めてチーム分けだ。
「カン。お前たちにはメイソンさんと一緒に、このアジトの防御を頼もうと思うんだが、構わないか?」
防御であれば機動力の低さは弱点にならない。
「あぁ? 俺はいつだって攻めが好きなんだがな。しかし、あのブルドーザーは気に入ったからそれでもいいぜ!」
ガキめ。いや、しかし納得してくれるのであれば何でもいい。
ビッグ・カンの了承を得て、捜索班は自動的に俺とビリー率いるB.K.Bチームと、マイルズ率いるN.C.Pチームとなった。
……
「散った敵が再結集して俺らを囲む危険性は?」
使える車両がないため、捜索は徒歩で行う。
そんな中、不安材料をビリーが口にした。
「強行突破はできねぇから、囲まれたまま戦うしかねぇよなぁ。ま、勝てばいいのよ。勝てば」
マイルズが返し、俺もそれに続いて見解を伝える。
「それは敵も同じ条件さ。車はないし、数も多くはない。結構な数を倒したしな。たとえば袋小路での不意打ちを除いて、囲まれるような状況になるのは考えづらい」
「それでも、ある程度は散ってる間に各個撃破したいところだ。もちろんジャスティンの阿呆が最優先だけどよ」
ピリリ……ピリリ……
ビリーとの会話を遮る、俺の携帯電話への着信。
「ん!」
「どうした、クレイ。誰からだ?」
着信を受けて肩を跳ねさせた俺に、ビリーが尋ねるも、答えはわかっているはずだ。
「ジャスティンからだ……取るぞ。静かにしろ」
いわれるまでもない、と一同は移動を停止し、聞き耳を立てるために息を飲んだ。
俺はハンズフリーの状態で通話ボタンを押す。
「ジャスティン……てめぇ、何をしてる」
「クレイ。悪い、今ようやく奴らの目を盗んで、こうしてコンタクトが取れてる状態だ。アジトは守りきれたか?」
「チッ……なんとかな」
お前のせいで危なかったと怒鳴りたくなる気持ちを抑え、奴が敵中からこっそりかけているのなら、と静かに返した。
口ぶりからクリップスどもへの手引きは間違いなくジャスティンだが、やはり何らかを画策中の様子だ。
「そうか、信じてたぜ。そこを倒せねぇと台無しだからな。分かっているとは思うが、俺は今、O.G.Nのボスだっていうリッキーって奴と行動を共にしてる」
「それで? どういう絵を描いてる? なぜ俺にすら知らせなかった?」
「攻め寄せられて一刻の猶予もない状態だったからな。短い小競り合いがあり、まさに本格的な開戦の火蓋が切って落とされるって時に降伏勧告があった」
手持ちの兵力が少ないハスラーは、後に騙して裏切るつもりで、降伏を利用する方にシフトしたわけだ。
それで多くのクリップスの戦力を、説得より力づくの方が利くなんて進言をして、俺たち本隊の帰り時間に合わせて差し向けてすり減らした。本当に……こっちの苦労も考えろよ。
「メイソンさんの助けがなきゃ全滅だったぞ」
「そのくらい本気の嘘じゃないと見透かされる。ただ、恨み言は無しにしろ。地元に攻められてるのは、お前らが出し抜かれた結果だろうが」
痛いところをついてきやがる。
「覚えてろよ。それで、連絡してきたのは伝えたいことがあるからだろ?」
「あぁ。だがさっき、サーガには既に伝えてある。そっちから聞いてもらえるか?」
「分かった」
ジャスティンがあまり、リッキーから離れていられる時間がないのは分かっている。ここは素直にサーガと話すとしよう。
「とにかく俺は裏切ったわけじゃねぇから心配するな。限りなくそう見えるようには振舞ってるがな。味方をも騙せてたなら大成功だ。勝った後でたんまりとボーナスを貰えることを期待してる。じゃあな」
「ウチにそんな余裕がねぇ事くらい、金庫番のてめぇが一番よくわかってるだろ……って、もう切れてやがる。畜生め」
言いたいことだって言ってさっさと切りやがった。
既にサーガと話してるのなら、この通話は不用だったはず。
俺を直接安心させるためだけに声を聴かせたかったのだろう。あるいはこっちの声が聞きたかったのか。相思相愛なら、いよいよ結婚式の準備が始まっちまうな。
冗談はさておき、やる気がわいてきたのは事実だ。悔しいが、ジャスティンの思うがままだな。
「よう、ジャスティンの野郎。やってくれたな。好き勝手動いてるのは俺らの落ち度だってか。ぶん殴ってやる」
「やめとけ。だが味方とは分かっても、大手を振って協力してくれそうな雰囲気じゃねぇな。しばらくはリッキーと仮初のお仲間ごっこだ」
ビリーは不服そうだが、ジャスティンの判断がなければハスラーは全滅していてもおかしくない。本人が言っていたような褒美は無理でも、罰則もまた必要ない。
「チッ! さっさとサーガに連絡しようぜ」
「そうだな」
携帯電話の画面をタップし、サーガにつなぐ。
先ほどの叱責というか説教のせいで俺としては今サーガと話すのは少し気まずい。
「ブラックホールが暴れたってな。いい歳こいて調子のいいやつだ」
サーガの第一声は他人行儀なそんな言葉だった。
「あぁ、そのおかげで助かった。指示したのはアンタだろ? 本当に助かった。それと……さっきは自分たちの喧嘩だなんて、大見得切っておいてこのざまだ。面目ねぇ」
「ふん、知らねぇよ。興味ねぇ。要件は?」
知らないわけないし、喧嘩に興味がないわけもだろうが、いじけてるのか、何が何でも認めないつもりだな。
「ジャスティンから話が行ってると聞いた。教えてもらえるか?」
「リッキーといるってな。場所も聞いた。既に俺は向かってるところだ」
「は? 向かってるって、一人でか?」
「そうだ。お前が自分の喧嘩だといったように、敵の大将とのナシは俺がつけるって事だ」
馬鹿な! なぜそうなる!
確かに俺の失言はあったが、一人で敵のボスと会うなんてのは自殺行為だ!
「お、おい! 待ってくれ! ジャスティンはそれを了承したのか!?」
「なんでアイツの了承が必要なんだ? クレイ、お前もお前の仕事をしろ。アジト周りの敵はどうした」
「メイソンさんの助けもあってほとんど倒したよ! 次はジャスティンとリッキーだ」
「んだよ……ならお前も来い。ただし、一人でだ」
同行を承諾してくれたのはありがたいが、俺一人だって?
「それは……危険だろう。アンタも俺もやられちまうぞ」
「話聞いてなかったか? ナシをつけに行くんだ。殴り込みに行くんじゃねぇ」
それは分かる。だが、交渉や話し合いが拗れたらどうなる。その前に、一人二人で言って、話なんかできるのか?
会話を聞いている隣のビリーも、首を横に振っている。危険だという意味だ。
「せめてビリーかマイルズを」
「ダメだ、お前だけで来い。これが最後だ。ビビってんのか。足手纏いは不要だぞ」
クソが……そんな言い方されて断れる男なんて、この世にいねぇだろうがよ。
「わかった。どこへ向かえばいい? 俺たちは車両を全部失っちまって徒歩なんだが」
「なら俺が拾ってやる。どの辺歩いてんだ?」
「床屋の辺り……ほら、爺さんがやってる、くたびれた床屋だ」
非常にローカルなネタだが、当然サーガには十分通用する。
ものの一分ほどで、真っ白なリンカーン・ナビゲーターがするりと到着した。
「ん? こんな車持ってなかったろ。また買ったのか?」
「迎えに来させておいて、いきなり文句とは何様だ。俺が何台車を持とうと勝手だろうが」
「文句じゃねぇ。妬みだ」
「はっ。お前だって、じきに金の稼ぎ方は板についてくるさ」
俺らのB.K.Bはそんなベンチャー企業みたいな荒稼ぎはしないっての。
いや、あんたの時代だって金儲けに傾倒してたわけじゃねぇだろう。個人で何かやってんなこれは。
俺が助手席に乗車し、その場の仲間たちにはクリップスの残党の捜索を指示して出発する。