Eleven Top
「俺だ。無事か?」
安否確認が本題なわけではないだろう。だがまず、サーガは冷静な声色で俺にそう尋ねてきた。
たったそれだけなのに泣きそうになる。弱気になっていてはだめだな。
「あ、あぁ……サーガも無事みたいで何よりだ」
「今どこにいる?」
「チャーチだ。コンプトンでC.O.Cを倒して、戻ってきたら大勢のクリップスに囲まれてる。嵌められた」
大筋だけを話すと、サーガはため息をついた。
「はぁ……妙に静かだと思ったらそういうことか。もう少し細かく状況を説明しろ」
俺たちの世代の戦争だと思っていたが、結局頼ることになっちまうな。しかし、背に腹は代えられない。
「C.O.Cを倒したときに、ハスラーのジャスティンから地元が襲撃されてるって連絡があって、戻ってきた。そうしたら、アジトはもぬけの殻で、囲まれた」
「奴が裏切ったということか?」
「まだわからない。だが、ここで争った形跡はないし、その可能性はあるな。ただ、ジャスティンは馬鹿じゃねぇ。何か考えがあって裏切ったふりをしてる可能性もある」
「……まず、俺の知る限りは街で喧嘩は起きてねぇな。今のその場にいるクリップスは隠れてて、急に沸いてきた事になる。手引きはジャスティンだろう。押し返せそうか?」
凌ぐだけで精一杯、万に一つも押し返すのは厳しい。
「無理だな。即座に全滅はしないが、数時間耐えれるかどうかだ」
「……数時間か。そこに相手方のボスは?」
「リッキーはいないらしい。ジャスティンたち、ハスラーもだ」
「リッキー? 世襲でもしてんのかよ。ただ、ジャスティンがそこにいない、か。だったらその二人は一緒にいる可能性もあるな」
「まさか……?」
俺の中に考えが浮かぶ。ジャスティンはリッキーがコンプトンでやったのと同じように、主力である俺らを囮に使って、自分がケリをつけるつもりか?
もしそうなら、回りくどい真似しやがって……
ただもちろん、単純に裏切っただけであり、リッキーと一緒にいても手をつないでイチャイチャしてる可能性だってある。
ジャスティンは敵か味方か、どちらとも強くは思いこまないようにしたい。
「どっちも探すんじゃなく、どっちかを探せばいいわけだ。お前らがそこで遊んでいる間に、こっちで探してやる。コリーも呼ぶとしよう」
「いや、待ってくれ! これは俺たちの喧嘩で、あんたらを巻き込むわけには……!」
「もう既に巻き込まれてるだろうが。街に大勢入り込んできてんだろ。そんな状態で、町の誰が出歩けるってんだ。みんな迷惑被ってんだよ」
助けてほしいと願いながらも、同時にプライドがその邪魔をする。天邪鬼な態度をとってしまった。
サーガ言う通り、住民が出歩けるかどうかはさておき、それを見かけたクリップスが何か悪さをする可能性は大いにある。
その危険な街の中を自由に動けるのは、現在サーガたちだけなのもその通りだ。しかし……
「それでも、俺たちが何とかしなくちゃならねぇ」
「あぁ? だったら数時間待ってやる。お前らが全滅したら動く。それだけの違いだ。俺たちの喧嘩だぁ? 甘えんな、小僧」
プツンと通話が切られた。
そりゃそうだ。サーガは頼みの綱だったのに、何をやってるんだ俺は……
「サーガは何て?」
「いや……意地張っちまって、俺らでどうにかするって答えた」
少しばかり希望の色が表情に見えていたビリーが、分かりやすく落胆する。
「おい、今はそんなこと言ってる場合じゃねぇだろ。俺からも連絡する。さすがにここで殺られたくはねぇんでな」
「悪い。完全にミスっちまった。頼む」
だが、俺の態度に呆れたせいか、ビリーからの電話にサーガが出ることはなかった。
……
次点の策として、迎撃をしながら他のセットに助けを求める。それくらいしか手は残されていない。
まさか、サツに通報なんてのはないからな。
パァン! パァン! パリンッ!
また銃声と火炎瓶の破裂音。
強靭なビッグ・カンやマイルズ達もいるので、簡単には突破されはしないが、いよいよ押し込まれてるな。数時間なんて悠長な話ではなくなってきた。
いくつもの心当たりに電話をかけていた俺やビリーも、ついに携帯電話ではなく拳銃を手に取る。もはや援軍を要請している余裕もない。
「どうだった、クレイ!」
銃声が響く中、ビリーが叫ぶ。
「こっちはゼロだ! お前は!」
「いくつかのセットが来てくれるっぽいが、本気かどうかは謎だな!」
畜生、勝負事じゃないが数で負けてんのは悔しいな。来てくれるかどうかまでは知らないが。リーダーの俺よりもビリーの方が同盟セットからは信頼されてんのか?
なんて、とりとめのない事を考えて嫉妬している場合じゃない。
「ならそれまで持ちこたえるぞ!」
「言われなくてもやってる!」
銃撃戦が激しさを増す。ステゴロを好むビッグ・カンのところは押し込まれるかと思ったが、瓦礫や缶を投げつけて撃退している。原始人かよ。
だが、それでもやはり心強いな。むしろ意外にも、マイルズの方が苦戦していそうだ。
俺たちは四方に広がってはいるが、敷地面積は大して広くないので味方の状況はすべて見えている。
ガァンッ!
今までの火炎瓶の破裂音や銃声とは似ても似つかない、重厚な衝突音が響いた。アジトの外からだ。
早くもビリーが呼んだ援軍が到着したのか? たったの二、三分で?
敵も背後に謎の動きがあったことで動揺している。危ない状況だったマイルズも、そのおかげで敵のバリケード侵入をはじき返した。
「なんだ? 何の音だ?」
俺の質問に答えるかのように、その解答がすぐに姿を現す。
巨大なボディを持つ、黄色のブルドーザーだった。それが敵の乗ってきた車両にぶつかり、それごとぐいぐいと押し込んでいるのだ。
そこらの建築現場にあるような個体ではなく、郊外の採掘所などで使われるであろう、非常に大きなタイプのもの。キャタピラではなくタイヤの四輪駆動のようだが、その車輪だけでも人間の背丈を超えている。
運転席は遥か高みで、地上からでは射線など全く通らない。ゴツいタイヤはパンクもさせられない。対戦車ライフルか榴弾砲、爆弾やミサイルがあればどうにか仕留められるかといったところ。
そんなものがあるはずもないこの場では、まさに無敵だ。
いまのところ味方である可能性が高いが、どこから現れたんだよ、これは……
「うわぁぁっ!!」
「なんだこの重機は!? 止めろ!」
「どうやって止めんだよ!?」
クリップスの連中も大混乱だ。ブルドーザーがいない範囲に攻め入っていた奴らもそっちに目を奪われている。
「いまだ! 一気に押し出せ! 奴らは浮足立ってるぞ!」
俺の号令で、ボケっとしていた味方に活力を戻す。せっかくのチャンスだ。皆殺しは難しいが、ここでかなりの敵を倒せるはず。
そうなれば数が不利な状況は逆転できる。
各箇所で奮戦が巻き起こる中、件のブルドーザーはいまだに大暴れしている。時には車を持ち上げてそれを落とし、時には突進してクリップスを踏みつぶしていた。
持ち上げている車の中には俺たちが乗ってきた車両もあるのが気になるが……今はそんなことを心配してる場合ではないな。
実際、その車も武器として役立ててくれていると思えば許せる。
そして、ブルドーザーがその気になればいとも簡単に破壊できるはずの、俺たちのアジト周りのバリケードには突っ込んでこない。これは明らかに味方してくれていると感じた。
「おい、クレイ! 打って出てもいいのかよ!? 敵が雑魚過ぎて話にならねぇ! もうやっちまうぞ!?」
もっとも善戦しているのはビッグ・カンと愉快な仲間たち。そのビッグ・カンは敵を完全に押し返し、バリケードを超えての追撃をしてもいいのか迷っているようだ。
しかも銃撃に対して鉄パイプやバット、木材やブロックで。
本当に化け物だな。ここは流れに乗じるのが吉か。
「あぁ! やっちまえ! だが深追いはするなよ! すぐに中に戻れる位置までだ!」
「ははっ! 心配ありがとよ! 行くぞ、野郎どもぉ!!」
ブルドーザーにも劣らない巨体を揺らしながらビッグ・カンが突貫。それに仲間たちも追随していく。
あのブルドーザーが敵に襲い掛かっている地点とは離れているので、巻き込まれる心配はない。
マイルズやビリーが守る箇所も、追撃はしないが盤石な守りとなった。散発的に撃ち返す以外に仕事はない。
二台のブルドーザー……いや、一人はただの巨漢だが、しばらくは彼らに任せよう。
ただやはり、誰が運転をしているのか気になる。サーガかとも思ったが、脚が悪い彼があの操縦席に上るのは一苦労だし、さっきの態度からもその可能性は薄い。
有利な状況に変わりはない。
しかし、ブルドーザーがいる周辺の敵が蹴散らされただけで、他の箇所に押し寄せているクリップスとは均衡状態。それに気づいたブルドーザーは、反時計回りにアジトの外側を走り始めた。大運動会の開催だ。
「はははっ! 見ろよ、クレイ! 鬼に追いかけられて敵が逃げ回ってるぜ!」
手を叩いて笑うマイルズ。俺も笑いたいが、これは緊急事態だ。
「急いでカンたちを中に戻せ! あのマラソンに巻き込まれるぞ!」
ハッとするマイルズや周りの面々。一斉にビッグ・カン達に声掛けを始める。
あの巨体はもともと動かすだけでも大変なのだ。ここ数日は頑張って動いているが、暴走する重機から逃げる走力は絶対にない。
「カン! 戻ってこい! 死ぬぞ!」
「全員退却しろ! こっちだ! いいから早く!」
愉快な仲間たちは我先にとバリケードを乗り越えてアジト内へ戻ってくる。しかしやはり、ビッグ・カンはその巨体のせいでノシノシと歩くことしかできない。
「畜生! 俺様を走らせるな! 膝がいてぇんだって!」
「だからあまり離れるなって言ったろ! カン、ほら早く! 手ぇ伸ばせ!」
俺も自らビッグ・カンの救出に加わる。
周りには他の連中も固まっているので、あの巨体だろうと引き上げてやることは可能だ。
「あっ! おい、後ろから引っ張るな! てめぇらはそこで轢かれてろ!」
自分たちも助かろうとするクリップスの連中が、ビッグ・カンにしがみついて一緒にアジト内へ入ろうとする。それを振り払おうとするビッグ・カン。
そのせいでこちらも上手く彼を中に戻せない。
「カン! 一旦、そいつらも入れる! そのままじっとしてろ!」
俺が下した決断は、敵ごと助けてしまうというものだった。たったの数人だ。入れても中で潰せばいい。それよりもこのままビッグ・カンを失う方が痛手だ。
数人の敵をも一緒に引っ張るとなるとかなりの重さだ。しかしそこは火事場の馬鹿力。ボスを想う愉快な仲間たちが怪力を発揮し、それを一気にアジト内へと引き入れた。
「っしゃぁ! ありがとよ! さぁ、ぶっ殺すぞ!」
「た、助けてくれ! 俺らはここで降参する!」
吠えるビッグ・カンと、降参するクリップスたち。確かにこちら側へ入ろうと思った時点でもう裏切る気だったか。
「降伏を受け入れる。携帯を没収。四肢を縛って教会内に入れとけ」
「あぁ? んだよそれ……」
俺の指示にビッグ・カンが不満そうな顔をした。今は外の敵の退治の方が大事だ。
しかし、その敵もブルドーザーに追いかけ回されすぎて、散り散りに逃げ出している。いつの間にかアジトの周りは解放されていた。
ようやく停車したブルドーザーの、上方にある運転席のドアが開く。
「おーい、みんな。大丈夫かい? クリップスは追い払えたみたいだね」
聞き覚えのある声。ホッとしすぎた俺は膝から崩れ落ちる。
ヒーローの正体はもう一人の大物、コリー・メイソンだった。