Unrest! E.L.A.
イースト・ロサンゼルス。大した期間離れていたわけではないが、すでに懐かしさのようなものを覚える。
黒人よりはるかに多いチカーノ系移民の作り出した文化が根付く街。
スペイン語の落書きやメキシコ風情あふれる看板などが俺たちを出迎える。
ただし、ここはあくまでも入口。俺たちが縄張りとするブロックではないので、敵も味方もいない。
強いて言えば、中立のチカーノギャングたちが住んでいるくらいか。
「もう一息だ」
誰に言うでもなく、俺はつぶやいたつもりだったが、同乗するホーミーたちからは「あぁ、ようやくだ」「ハスラーが心配だ」「気を引き締めないとな」と次々に返答があった。
目指すのはアジトがある教会だが、そこにたどり着く前に間違いなく接敵するだろう。
念のため、ジャスティンがどこで応戦しているのかを聞いてもいいが、十中八九、奴はアジトに詰めている。
泥や血で汚れるのを嫌うし、棒切れを振り回して陣頭指揮を執るような性格じゃないからな。
後衛がビリーだったら探すのも一苦労だったが、ジャスティンであればその心配はない。
「クレイ、見ろ。タグが」
「ん?」
まだ俺たちのシマ内ではないが、同乗するホーミーが家屋の壁のギャングタグを指さす。
この地域のチカーノギャングのギャングサインの上から、O.G.Nのタグが青色のスプレーで書かれていた。間違いなく奴らがここを通った証拠だ。
しかし、この場でもめている様子がないことから、まだ書いたばかりで当人たちには嫌がらせがバレてないってことか?
「何の真似だろうな。何の得にもならないはずだが」
「ご想像通り、嫌がらせでしかなさそうだが。チカーノに知らせるか?」
吉と出るか凶と出るか、知らせた場合にはメリットデメリットの両方が存在する。
感謝され、手を貸したり情報をくれるパターン。これは一見ありがたいが、動きが鈍くなるし統率は取りづらい。
憤慨され、クリップスに偽装したお前らの仕業だろうと疑われるパターン。こっちはわかりやすいが単純に敵を増やすだけだ。
「いや、このまま通過する。触らぬ神に何とやらだ」
「了解……って神? ふざけるなよ、クレイ。あんな連中、百歩譲っても死神でしかない」
「そうだな。言葉のあやだ。気にするな」
すぐにビリーからも同じ内容で連絡があったので、無視するように伝えた。嫌でもO.G.Nのサインが目に入ったようだ。
最後尾のマイルズからも同じ連絡。ビッグ・カンだけは気にしていないのか気づいていないのか特に何もなかった。
そして、そのエリアは問題なく通過し、いよいよ俺たちの地元にまで戻ってきた。久しぶりに見るB.K.Bのタグ。だが、これは見逃されたようで上書きされずにそのまま残っていた。
どこかで喧嘩が起こっていればそちらに駆け付けたいところだが、意外にもしんと静まっている。車両が壊されたり、建物が燃やされた形跡もない。
「妙だな。ジャスティンが嘘でもついたか?」
自分で言っておきながら、それは違うと頭の中では即座に否定した。
俺を騙してまで引き上げさせる意味はない。だとしたら……
「まさか、やられちまったのか? もう事後だって?」
「クレイ、滅多なこと言うもんじゃねぇぞ」
ハンドルを握るホーミーに注意される。
「そうだな。信じよう。とにかくアジトへ向かってくれ。そこで亀みたいに籠城戦をしてるかもしれねぇ」
敵がアジトを囲んでいれば、その背後を俺らがつく。中からもジャスティンたちが猛攻撃。敵は霧散する。一件落着……とはいかないだろう。そんな簡単なはずもない。
なぜこのタイミングでジャスティンに連絡をしないと思われるかもしれないが、状況を実際に見たいという考えからだ。
そして……
アジトに到着。しかし、教会まわりに張り巡らされたバリケードは壊れてもいない。そしてその中で守りを固めているはずのハスラーもいない。
「なんだ、ここも静かだな。とにかく中に入ってジャスティンと合流する」
全員が降車し、教会の方へと向かった。バリケードの中にいくつか建物があり、その中央にくたびれた教会もどきがある。
「寂れてんな」
初見のビッグ・カンが退屈そうにバリケードや建物を見ている。別に立派なものをこさえたつもりはないので、派手な城を期待されても困る。
「クレイ、ハスラーの連中は?」
「分からないが、嫌な予感がするな。教会の中で誕生日のサプライズでもしようって息を潜めてるなら別だが」
ビリーには冗談を返したが、もちろんそんなわけはない。そもそも今日が誕生日の奴なんて俺たちの中にはいない。
教会に入った。
祭壇が向けてベンチが並ぶ会堂だ。昔はサーガがよく本を読んでいた場所。今は俺やジャスティン、ビリーのスリー・ハンドラーズが話し合いを行う場だ。
そこもやはり、もぬけの殻だった。ただ、明かりはそのままで、少し前まではジャスティンやハスラーの連中がここにがいたような気配がある。
「そんな馬鹿な……何がどうなってんだ? ビリー。ジャスティンに連絡を頼む」
確かにジャスティンは敵襲を報告してきた。嘘をつく理由なんてない。
こんなことなら小まめに連絡をしながら戻ってくるべきだったか。
「ここがチャーチか。なるほど、確かに教会を模したつくりだが、誰の趣味だ? アジトならもっとコンクリートとかのほうが安全だぜ」
「チャーチへようこそ、と言いたいところだがすぐに移動だ。ここだけじゃなく、町全体の様子がおかしい。あと、アジトがボロいのは放っとけ」
ビッグ・カンとの会話をしながら横目に見ると、ビリーが俺に対して首を横に振っていた。ジャスティンと連絡が取れないという意味だ。
となると、C.O.Cに攫われたか、ジャスティンが嘘をついたかのどちらかになってしまう。
チカーノたちのタグの上書きから見ても、敵は間違いなくイーストロサンゼルスまでは来ている。ただ、俺たちのエリアに入った形跡はない。
いや、いたのかもしれないが「少なくとも争った形跡はない」というのが正しいか。
まさか本当は戦わずして招き入れた、のか?
その時だった。
「クレイ! 周りを囲まれてるぞ! クリップスの連中だ!」
外に待機していたホーミーのうちの一人が、ばたばたと慌てた様子で教会内に駆け込んでくる。
「囲まれてる? チッ、嵌められたか……!」
信じたくはない。信じたくはないが……ジャスティンがC.O.Cのリッキーと組んだってことか?
だが、それを確かめようにも今は不可能だ。
幸いというべきか、ここには戦うための設備は充実している。誘い出して嵌めたつもりかもしれないが、現場にアジトを選ぶのは詰めが甘かったな。
「急いで迎撃の準備をするぞ!」
教会から全員が飛び出す。
その建物を含み、決して狭くない周囲の敷地をぐるりと囲む鉄条網やスクラップのバリケード。さらに外側に、ひしめくほどのクリップスのギャングスタたち。
「おいおい! ゾンビ映画みてぇだな! この柵の内側が最後のユートピアみたいだ!」
マイルズの感想に全員が同調せざるを得ない。
奴らの服で真っ青に染められた周囲のビジュアルが非常に不気味だ。今までどこにこんな大量の人員を隠していたのか。どうやって俺たちの帰還を感知したのか。
しかしそれも、ジャスティンの協力があれば簡単にこなせてしまうだろう。
町のどこなら人を隠せるか、俺たちがどんなルートを通って帰ってくるのか。そんなことを考えるのは彼にとって朝飯前だ。
ただ、それならB.K.Bのタグを上書きせずに残した理由だけは謎になる。
ジャスティンの入れ知恵にしては意味不明だし、リッキー発案の油断を誘う罠だとしたら陳腐だ。
バリケードに張り付き、今にも入ってこようとする集団。俺たちの車はその外側に止めてしまっているので、すでにクリップスたちの踏み台になっている。強行突破は不可能だ。
「おいおい、さすがに多いな! どうすんだこれ!」
「全部殺せばいいんだろ!」
焦るマイルズと逸るビッグ・カン。どう見ても皆殺しはかなり厳しいだろ。
「防壁があるとはいえ、こっちが圧倒的に少ない。現状は睨みあったまま、乗り越えようとしてくる奴だけ撃ち倒してくれ」
とりあえずその場しのぎの指示を出したが、あまりいいものではないな。時間が過ぎるだけだ。さらに別セットに援軍でも頼んで背後を突いてもらうか?
ただ、それよりも先にやることがある。
「おい! N.C.Pのリッキーてのはどいつだ! こそこそしてないで出てこい!」
敵方にとってはこんな有利な状況だ。呼べば出てくるものだと思ったが、反応はない。代わりにところどころから笑い声が聞こえ始め、大爆笑へと変わった。
そんなのに答える義理はないと馬鹿にしてやがるな。リッキー……ギャングスタの風上にも置けないチキン野郎め。
笑っている馬鹿どもも、そんな奴についてる兵隊だからこそ、これが恥ずべき行為だというのも理解できないらしい。
奴らの立場で言えば、馬鹿正直に正々堂々とやろうとしているこっちの方がおかしいってことなんだろうな。一生分かり合えそうにない。
「お前がB.K.Bのクレイか! リッキーならここにはいないぜ!」
ようやく、まともな返答をしてくれる奴が一人。ただ、その解答自体はつまらないものだった。
ここにリッキーがいないってんなら、誰がこんな大規模攻勢を主導してるんだ。それとも、奴は指示だけ出して家にでも引っ込んでるのかよ。
「いないなら誰がお前らを動かしてる!」
また大爆笑が起こり、俺の声はいとも簡単にかき消される。
だが、圧倒的有利な状況に連中は油断しているな。一手、何かがあれば度肝を抜いてやれる。
「おい、クレイ。リッキーよりもまずはジャスティンだろう。答えてくれないだろうが、訊いてくれ」
ビリーに注意されて俺は反省した。確かにジャスティンの安否はリッキーの存在より先に確認すべきだ。裏切ったかどうかも確定してないのに、いないものとするのは最低だったな。
「そうだな。できればリッキーと直接、ジャスティンの話をしたかったが」
我ながら苦しい言い訳だ。
「おい! ここにいたうちの連中はどうした! 無事なのか!」
さらに笑いが大きくなる。騒々しいばかりだ。そんなに笑い続けたいなら、顎を外して一生間抜け面にでもしてやろうか。
「やはり答えちゃくれないな。ビリー、念のため……」
パリンッ!
クソが。次なる指示を出そうとしたところにガラスの破裂音。確認するまでもなく、火炎瓶だな。
相手を押し込んでいる状態なら、力押しして突撃するよりはこういった投擲物に頼る方が楽だ。
バリケードの中で、教会の中で、俺たちを焼いてしまおうって腹だな。
ただ、焦って飛び出しても撃たれるだけなので、冷静に対処する。
「慌てるな! 建物以外は燃えるものなんてねぇ! さっさと砂かけて消火しろ!」
ただ、それを見逃す敵方ではない。
小さな炎がところどころで上がると同時に、射撃をし始めた。
鉄柵や車といったバリケード越しなので簡単に命中するわけではないが、それでも消火対応の手を遅れさせるのには有効だ。
ピリリ……ピリリ……
誰だこんな時に、と思いつつも、癖で携帯電話の液晶画面の名前を見る。
『サーガ』
そうか。そうだった。どうしてここに連絡を取らなかったんだ、俺は。この街には最強のご隠居様がいるってのによ。