Team! B.K.B
コンプトンを北上し、イーストロサンゼルスへ直行、とはいかなかった。
まずはサウスセントラルに少しだけ顔を出し、ビッグ・カンの仲間で討たれた者たちを家族に引き渡す必要がある。
まさかあの場に置いては行けないからな。当然、ウチのウォーリアーから出た犠牲者も地元に連れて帰る。
車列は先頭にビッグ・カンたち、その次にB.K.B、そして最後尾をN.C.Pが担当する。警戒態勢で移動していたが、特に何か仕掛けられることもなく移動は完了した。
次はいよいよイーストロサンゼルスへと進路を向ける。
ここで車列の順序は交代し、B.K.Bが先頭、次にビッグ・カンたち、そしてN.C.Pとなった。
先頭のB.K.Bの中で俺は最後尾、つまりすぐ後ろにビッグ・カンの車が見えている。
一番先頭は悔しいがビリーに取られてしまった。
地元に着くなり、いきなり撃たれる可能性はあるので、俺を守ろうって腹なんだろう。余計な世話だぜ。
どうせなら守られるんじゃなく、皆を引っ張る気概のあるリーダになりたいものだ。
ピリリ……
ジャスティンかと思って携帯の画面を見る。だが、表示されたのは見慣れない名前だった。
こんな知り合いいたか? と無視しようとするも、すぐにそれが半日前に連絡先を交換したクリップスの一人だと思い当たった。
「俺だ」
「すまない。概ね問題ないと思ってたんだが、数人、リッキーに賛同してる連中がいなくなった」
「……数人か。どこへ向かった?」
最小限に抑えてくれている手前、最悪だとまではいかないか。
「分からない。しかし、リッキーたちと合流しようとするのが自然じゃないか?」
「餌に使われたってのに、よくもまぁボスのツラを拝もうなんて気になるな」
「同感だ。とにかく気を付けてくれ」
「あぁ、情報提供に感謝する」
この電話すら、本来であればわざわざ俺にかけてくれる義理はない。やはりあの二人は信頼して正解だった。
別車両に乗車中のビリー、マイルズ、ビッグ・カンにはこの話を共有しておいた方がいいだろう。俺は彼らに順々に電話をかけていった。
「了解。結局抑えきれなかったのかよ。信用していいのかそれは」
「あー? んじゃあ、ケツにつかれてないか見ておいてやるぜ。挟まれたら面倒だろ、兄弟!」
「はっ! 俺らが引き返して皆殺しにしてやろうか!」
ビリーはクリップスに対する疑心を、マイルズは挟撃に対する警戒を、ビッグ・カンは元も子もない狂言を、それぞれ伝えてくれた。
同じ情報でも受け手によって千差万別だな。
俺はビリーをなだめ、マイルズの提案だけを受け入れ、ビッグ・カンの言葉は無視した。そして引き続き、俺達はそのまま地元を目指す。
……
そしてなんと、マイルズの警戒が功を奏すことになる。
暴走して俺達に敵対したクリップスの一部は、イーストロサンゼルス内でリッキーに合流するのではなく、俺達の背後に現れたのだ。
どうやら最短距離ではなく、俺達の足取りを追ったらしい。見つけたのは見事なのかもしれないが、わざわざ顔を見せるなんて馬鹿すぎる。大馬鹿だ。
「はははっ! ケツをつつかれてる! 屁でもこいてやろうか」
「マイルズの屁は殺人級にくせぇのか。で、数は?」
「二十くらいじゃねぇかな」
「そこそこいるな。カン達を離して後ろにつける。間違えてそっちに行くなよ。進行方向はB.K.Bの誘導に従え」
意外と敵の数は多いが、問題ない。
俺はマイルズとの通話を切り、今度はビッグ・カンに指示を出した。
「おう、どうした。何だかマイルズの方が騒がしいぜ」
「あぁ、小競り合いだ。お前らは一旦横道に逸れて、マイルズの後ろに張り付いてる敵をさらに背後から挟めるか?」
「あ!? おまわりでも来たのかと思ってたら敵がいんのか!? 早く言えよ! やるぜ!」
B.K.Bの車列のすぐ後ろ、ビッグ・カンの一団が進行方向を変える。
N.C.Pの車列から見れば目の前の車が逸れて驚いたかもしれないが、進路を見失わずにさらに先の俺たちの方へついてきてくれている。
車列の移動を止めることなく、走行しながら開戦した。
マイルズは敵を二十と言ったが、もちろんそれは二十台ではなく二十人だ。車両でいえば五、六台だろう。
ビッグ・カンたちから逆にせっつかれる事となり、背後に向けて身を乗り出したN.C.Pから銃撃を受ける。
走行中でよくわからないが、銃声はかすかに聞こえているのでそうしているものと思われる。
さすがに気付いた先導車のビリーからも連絡が入る。
「おい、ボス。止めた方が良くないか? カンが離れてマイルズと挟んでるように見える。お客さんが来てんだろ、これ」
「さすがだな。お前の言う通りの状況だが、このまますり潰すつもりだ。進路はそのまま。いちいち止まってやるのも癪だ」
「了解だ。そんなに早くジャスティンに会いたいとはな。結婚式には呼んでくれよ」
「うるせぇ」
ジャスティンに会いたいんじゃなく、地元を救いたいんだっての。
しかし、ビリーは余裕そうだ。現在進行形で味方が後ろから敵の残党に襲われ、今からその敵の本命に突っ込もうって状況なんだがな。
バァンッ!!!
爆発か!? と振り返ったが、そうではなくタイヤを撃ち抜かれた車両が路肩に突っ込んだようだ。敵か味方かは判断できない。
マイルズかビッグ・カンに聞きたいが、今は無理だ。あとから報告を貰う他ない。
俺のすぐ後ろに、マイルズではないが他のN.C.Pの車両が一台ついた。それと並走させる。
「よう! 吹き飛んだのはまさか味方じゃねぇよな!」
「心配すんな! 一般車両だ!」
よかった。いや、よくはないな。交通量がほとんどないとはいえ、気の毒なことをしてしまった。
まぁ、悪いのは仕掛けてきたクリップスってことにしとこう。
ただ、その事故が原因かは定かではないが、それからしばらくしてついに、この公道レースにペースカーが乱入してきた。
そう。忌々しい回転灯を焚きながらサイレンを喚き散らすポリスカーだ。一台だけなので今ならなんとかできるか?
「チッ、また余計な奴が来たぜ。もしや、サツも使って俺らを止めようって腹か?」
自分らで追い込みをかけておきながら、自分らで通報してサツを呼び寄せた、ってのも考えられる。
そうであれば、まさに決死の覚悟だな。死ぬというよりは逮捕だが。
ビッグ・カンから連絡が入る。
「見えてるだろうがサツが来たぜ。上手くクリップスの車両を追いかけるように仕向ける。応援が来る前にな」
「それは助かるが、そんなことできんのかよ?」
「あたぼうよ! ほれ、こうしてクリップスの車両をそっと小突いて……ポリスカーに接触させると……サツから見ると奴らがぶつかってきたように勘違いが発生するんだな」
さすがにその状況は見えないが、本当にそんなことをやってのけたのか。大したやつだぜ。
「手応えありか?」
「おう! サツがクリップスの車にぶち切れて……いいぞいいぞ、あっ、あららっ! ああぁぁ!?」
「何だ?」
それからしばらくビッグ・カンの返答はなく、畜生だの、ふざけるなだの、罵倒する叫び声だけが入ってくる。携帯電話を置いて、なにやら激しく動いているようだ。
どう考えても失敗。むしろポリスカーを吸い寄せちまったんだろうな。何やってんだよ。
「カン! いつまで遊んでるんだ! 返答しろ!」
「遊んでねぇよ! いや、その通り! これはただ……遊んでるだけだぜ!」
ついつい反論しつつも、何でもないと取り繕うために後半では肯定してくる。
「はぁ……状況は? もう安全なのか?」
「おう、ポリスカーはぐずって動かなくなったぜ! 一台、クリップスの車両も一緒につけてやったから、仲良くおねんねだ。お友達ができて、きっと寂しくないな! それに他の敵もいない!」
エンジンでも動かなくしたか。まぁ、危なくはあったが結果オーライというところだ。
「まったく……心配させてくれるなよ。すぐに合流して車列を元に戻せ。お前らにも、マイルズ達にも被害は出てないんだよな?」
「いや、パンクしてるのが一台あるぜ! 走っちゃいるがキィキィうるさくてかなわねぇ。他の車に分けて同乗させようか?」
走っているとはいっても、音を出したり車輪から火花でも飛ばせばさすがに目立つな。ビッグ・カンの言う通り、それはどこかに乗り捨てて、人間は他の車に押し込んだほうがよさそうだ。
「わかった。目立たない場所に捨てていく。その間だけこっちも停車するから捨てられるポイントを見つけたら言ってくれ」
移動しながら俺のほうで適当な場所を見つけてもいいが、乗り捨てる本人たちに選ばせたほうが揉めないだろう。
そこは嫌だの、もっといい場所があるはずだの言い出すからな。
「ちょうど道のわきにジャンクヤードっぽいのが見えてる。そこに入れさせるか」
俺は既に通り過ぎていて気付かなかったのかもしれないが、ビッグ・カンの真横にそういった場があるらしい。
「そりゃ幸運だな。天から女神も見てるぜ。俺たちはこの場で停止しておく。車列が動き出したら教えてくれ」
「おうよ!」
俺の指示で、B.K.BとN.C.Pはそばにあったセブンイレブンの駐車場へと入る。かなり広い駐車場のある店で、問題なく全車両が駐車。
待っている間は飲み物を購入して小休止となった。
「被害は一台だけか。激戦だったろうによく無事だったもんだ」
ビリーがカップコーヒーを傾けながら言う。
「それがよう。おまわりと一緒に止まった敵車両以外は途中から消えて脇道に行っちまったんだよ。おそらくイーストロサンゼルスに先回りして味方と合流しようとしてんじゃねーか?」
マイルズから結果が聞けた。確かに全滅させるほどの衝突ではなかった。逃がしたのは残念だが、どうせ後から戦うのであればそれでいい。
「確かにもうじき目標地点だ。途中で邪魔するよりは、正面から迎え撃とうって考えなのかもしれないな」
「あの馬鹿どもに俺らをつぶせるほどの戦力や数はなかったんだよな。最初からちょっかいをかけて、すぐにとんずらって腹だったんだろ」
俺とビリーの意見が一致する。マイルズもビッグ・カンも似たような印象だろう。
……
コーヒーを飲み終わるころにはビッグ・カンが車両を捨てて戻ってきた。一台減った分、すべての車の座席が狭くはなっているようだが仕方ない。
B.K.BやN.C.Pの車両に乗せてもよかったが、それは必要ないようだ。そのせいで事実上、別チームとして行動になってしまうのも嫌だろうしな。
「みんな、さっきはよくやってくれた。そろそろ俺らの地元につくから、奴らもそこで待ち構えてるだろう」
激戦が予測されるので、みんなと落ち着いて話ができるのもここが最後だと思われる。次の機会は決着の後の祝杯までお預けだな。
「そいつらもまとめて俺らがぶっ飛ばしてやるぜ! 心配はいらねぇ!」
「は! 俺らも負けてねぇぞ! 兄弟、しっかり借りを返すからな!」
ビッグ・カンとマイルズ。彼らも他人である俺たちB.K.Bのためによく加勢してくれたものだ。感謝の念しかない。
普通、外部の人間のためにここまでついてきてくれる奴なんていないからな。
「ありがとう。俺らは幸せもんだぜ。だが、今はまだ湿っぽい気分になるのは待とう。行くぞ!」
全員から力強い返答があり、乗車、決戦の地へと出発した。