Secret! C.O.C
決着は当然、こちら側の勝利であった。
死者数は敵方が三十以上、こちらは六名。その六名の内訳はビッグ・カンのところとB.K.Bのウォーリアーで三名ずつ。マイルズ達に被害は無しだ。
すぐにでも逝った仲間を弔ってあげたいところだが、まずは敵の処理を優先だ。無傷の人間は一人もおらず、投降した敵はすべて俺達の前に集められている。
「全員処刑か?」
「それでもいいが、さすがに大量殺人が過ぎる。こいつらには少し話してもらう」
ビリーの意見はいったん却下。
コンプトンやサウスセントラル各地でも喧嘩が同時多発しているので、今回の戦争はしばらく類を見ない未曽有の大災害レベルだな。ただ、ギャング同士の抗争であることから、警察の対応も後手後手だ。やる気がないのは一目でわかる。
「殺さねぇってか? わざわざ周りまで囲んで逃がさねぇようにしたのに、後で開放するなら意味ねぇじゃねぇか」
ビッグ・カンも不服そうに言った。
「それは別にどうだっていいが、何を話すんだよ?」
再びビリーの発言。
「解放するにしても戦争終結後だ。それまではここに置いておくか、トレーラーにでも積み込んでどこかへドライブだな。で、話す内容は一つだろう。C.O.C本隊と、今それを動かしてるリーダーのことだな。それを潰して終わりにしたい」
ドライブよりは放置になりそうではある。
俺はうつむいているクリップスたちに問いかけた。
「で、今の流れでだいたい話はわかってくれたな? 俺が欲しい情報との交換条件は、ここにいるお前ら全員の命だ。誰かが話してくれれば大勢が助かる。さすがに美味い話だと思うが」
誰だって死にたくないだろう。そんな、侍や騎士みたいな忠誠心がC.O.Cのような新生ギャングにあるとも思えない。
仲間を売ると言えば聞こえは悪いが、同時にこの場の仲間を助ける行為でもあるのだ。
「……信頼できるかよ。こんなにやられてんだ。どうせ話したらお払い箱だろう」
「そうだ! ブラッズなんか信用できるか! しかもB.K.Bだろ!」
そこからぎゃあぎゃあと喚き始めるクリップスたち。
「言いたいことは分かるが、それだとお前らはこの場で処刑されるだけだぞ。命を助けてやるって話を信じられない奴はそれでも良いが、こんなに集まってて、誰一人助かりたい、死にたくないって奴がいないのかよ?」
しばらく非難の声が続いていたが、一瞬それが止んだ時に、一人二人がおずおずと手を挙げた。
「俺は……助かるならそっちの方がいい」
「俺もだ。チャンスがあるならここにいるみんなで生き延びようぜ。その……他の連中には悪いがそうするしかなくないか?」
その意見に対し、裏切り者だのビビりだの、さらに罵声が飛び始めた。
ただ、掴みかかって殴る蹴るとならなかったのは、既に皆痛めつけられて満身創痍だからか。
「よく言った。お前ら二人は、今はこうやって恨まれているように見えるが、そう遠くない未来には英雄扱いされることだろうぜ。ビリー、カン、頼む」
まずはこの二人の保護を優先。ビッグ・カンとビリーそれぞれがそいつらを仲間たちから引きはがし、俺のもとへ連れてきた。
「よし、少し離れて話すか。マイルズ、残りの監視を頼む」
「ういー」
大勢の味方と敵をマイルズに託し、俺達三人とゲスト二人だけで、倉庫内へと移動した。
野次が飛ぶ場所では落ち着いて話せない。
……
「さて、何から聞くか。もうすべて話してくれると助かるんだが」
「……出来る限り協力するさ。その代わり、あの場の仲間たちには指一本触れるなよ」
「それは保証するが、そっちも嘘をつかないで貰いたい。俺らはさっさと喧嘩を終わらせてのんびりしたいだけなんだからな。この喧嘩、今のトップが勝手に決めたことならお前らも同じ気持ちだろ」
俺の言葉に二人が頷く。まともに話ができそうだ。
「すべて話すってことは、リッキーのことを話せばいいのか」
「……やっぱりその名前が出てくるんだな。奴がトップで間違いないか?」
「そうだ」
確かにリッキーは頭を撃ち抜かれて、俺の目の前で確実に死んだ。ではコイツの言うリッキーは別人ということになる。
「リッキーってのは、二人目だったりするか?」
「二人目? どういう意味だ?」
知らないか……やっぱり先日のあれは影武者だったのか?
死んだガゼルもあれをボスだと信じていたようだったが、表に出すのはすべてリッキー本人ではないという事かもしれない。
であれば、また次に姿を現したリッキー、つまり今話題になっている人物を殺しても本物である確証は持てないな。いたちごっこだ。
「だが……それが尽きるまでやるしかねぇ」
「あ? 何言ってんだ、お前?」
「いや、気にするな。それで、リッキーの居場所とC.O.Cの残りの連中の居場所は?」
「現在の居場所ってんならよく分からないが、最後に見たのはサウスセントラルの辺りだったな。あの辺でも喧嘩が起きてるだろ? それを主導してた」
やはり活動的に各地を転々としているか。ロサンゼルス全土を巻き込んでいるようなものだからそうもなる。
しかし、コンプトンまで来たってのに逆戻りとはな。
「んだよ、次はサウスセントラルか? まぁ、お前らといると面白れぇから付き合うがよ」
ビッグ・カンがなぜか俺よりも乗り気だ。
マイルズは少し離れた場所に立っているのが見えるが、「俺たちもそのデカブツと気持ちは一緒だ。借りは返すぜ、兄弟!」ってな意見だろうな、きっと。
「俺は……多分、今のリッキーたちがいる場所は分かる、と思う」
もう一人のクリップスが言った。こっちの男は随分と話し方が静かだ。
「何? 教えてもらえるか?」
その時、俺の携帯電話が鳴った。表示されている名前はハスラーのトップ、ジャスティンだ。
「悪い、ジャスティン。今、立て込んでてな。すぐにかけ直す」
「その判断を後悔することになると思うぜ」
通話を切って、折り返そうとした俺をジャスティンが制止した。
「あ? なんだよ」
「それはこっちのセリフだ。仕事をミスったろ。何かこっちに対していう事があるんじゃねぇのか」
いよいよ話が見えてこない。なぜか怒っていることだけは分かるが。
「なんだ、なぞかけしてる暇があるなら少しくらい待ってくれ」
「討ち漏らしたC.O.Cがこっちまで来てる。言うまでもなく防戦一方だ。ウチは売りが仕事で、戦闘集団じゃないっつーのによ」
「は!?」
なんということだ……討ち漏らしたわけではないので、奴らに出し抜かれたってことか。主力をこっちにおびき出し、後衛のハスラーから潰す算段かよ。
「どうやら俺が言ったリッキーの心当たりと合致したようだ……な」
驚く俺を尻目に、クリップスの一人がそう告げる。
それには返さず、俺はまずジャスティンに指示を出した。
「近くにいる同盟セットに片っ端から連絡を! 俺らも出来る限りの味方を引き連れて戻るからよ!」
「んなこた、とっくにやってる。また生きて会えるのを楽しみにしてるぜ、ニガー」
緊迫感とはかけ離れた、落ち着き払った声。焦る俺とは対照的に、なんともジャスティンらしい。
ピンチの中、冷静な仲間が他の味方を指揮してくれている。皮肉にも頼もしく感じるくらいだ。
通話を切る。
「それで、次はサウスセントラルか?」
ビッグ・カンが同じ質問を繰り返した。
「いや、イーストロサンゼルスだ」
ビッグ・カンは了解と頷いただけだが、ビリーの血相が変わる。
「おい、どういうことだ? 俺らの街だって?」
「話はそこのクリップスから聞こう。これが予測できてたんだよな?」
ジャスティンとの通話で無視されていた男に注目が集まる。
「その通りだ。リッキーとその取り巻き連中の狙いは本丸だったってことだな。ただ、予想より動きが早い……かなり急いで行動したみたいだ」
「どうしてそれが予測できた? 何か知っていたのか?」
「リッキーがそういうやり口を多く用いるからだ。どこかで他の連中に足止めさせ、自身は敵の喉元に食らいつく。そうやって周りを潰したり、配下に加えて急成長してきたセットだからな」
的確な分析で結構なことだ。
どこか悔しさが感じられるのは、自分たちが捨て駒に近い使い方をされているせいか。
「今までもそうだったが、まさか自分たちのチームがそっち側として利用されるとは思わなかったみたいだな」
「その通りだ。俺達はほぼ主力といっても過言じゃないくらいのチームだからな。ただ、そこをぶつけて自分らは別に動いた……それもこんなに迅速に。リッキーも本気だってのがわかるよ。さすがはB.K.B相手の喧嘩だな」
「メインディッシュに認定されたみたいで光栄だぜ」
と、こんな冗談を吐いている場合ではない。すぐに撤退して迎撃しなければ地元が荒らされる。
ただ、このままクリップスを野放しにもできない。反旗を翻されたらたまったものではないからだ。
「お前たちは、確たる意志を持って俺らと事を構えてるのか? それとも、リッキーに言われるがままに狙っているだけなのか?」
これは非常に重要だ。
「個々人で思うところはあるだろうが、大半は後者だ。少なからず大きなギャングになりたいと願ってる奴もいるが……」
「俺たちは確かに約束を守るつもりだ。荒ぶる連中のことは抑えれるか?」
「確証はない。だが、出来るだけのことはしよう。そして、俺達にはもう手を出さないでくれ」
どっちが先だと言いたくなるが、この男の手を借りるのが最も手っ取り早い。
「それは逆に俺らからもお願いする。付け狙うのをやめろ。だが例外として、リッキーはダメだ。あれは処理する。それは飲め」
「当然だ。撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけ。B.K.Bを名指しで潰そうとした張本人は……その相手に殺されても文句は言えないはずだ」
死んだ時点で文句を言う口なんか動かないがな。
あくまでも自分たちは外野で、巻き込まれた形なのを分かってくれという気持ちがヒシヒシと伝わってくる。
「お前ら二人は、こっちの面々と連絡先を。馬鹿どもが暴走しそうならいち早く伝えろよ」
「思った以上に信用してくれたようでなによりだ……」
こっちの連絡先を伝えるのは危険といえば危険だが、これから喧嘩に向かう時に、大勢のクリップスの監視へ仲間を割くわけにはいかない。
この二人のクリップスに頼むしか道はない。
「決まりか? さっさと行くぞ。一秒でも惜しい」
味方と地元を危惧するビリーが急かす。俺だって同じ気持ちだ。
クリップス二人の電話番号を登録し、マイルズが見張ってくれている元の場所へ戻る。
……
「ははーん、そういう手ぇ打ってきたか。敵ながら見上げたもんだ」
そう言って、マイルズはカカと笑った。楽しそうなのは癪だが、それを言えばビッグ・カンも同罪になってしまうな。
「俺らはすぐに離脱し引き返す。強制はしねぇが、お前らはどうする?」
N.C.Pの意思決定権はマイルズ次第だ。
「水くせぇ質問だ。俺らも手ぇ貸すに決まってんだろ、兄弟」
じんわりと涙腺が緩む。予想通りとはいえ、こうやって返答してくれると嬉しいもんだな。
俺はマイルズに熱いハグをした。
「へっ! 泣いてんのか、兄弟! それは全部終わったときに取っとけよ! 俺も一緒に泣いてやるぜ」
「泣いてねぇ」
そうだな……その時は盛大にうれし泣きさせてもらおうじゃないか。