Suppression! C.O.C
「マイルズ! 今だ、頼む!」
十分に敵を惹きつけてからの号令。
「待ってたぜ! 撃てぇ!」
パァン! パァン!
相手の目線で考えれば、突如として襲い掛かる銃弾だ。それもまさかの頭上から。横からであってもまともに食らっていただろう距離で、上からでは手も足も出ない。
倒せたのは頭に血が上って突撃してきた一部の連中だけではあるが、それでも効果は絶大だ。こちらには一切の被害を出さず、一方的に十人以上の敵を倒すことができた。
ただ、それでも残りは多くいるのでここからが激しい銃撃戦となる。
不意打ちに合わなかったのは後方にいた敵で、彼らは銃声を聞くなり乗ってきた車両に素早く身を隠し、倉庫上を指さして口々に叫んでいる。
「あれだ! 屋上を狙え! 黙らせろ!」
だが、それも簡単にできるわけではない。
応戦しようと顔を出せば狙われるわけで、手だけを出してノールックの牽制射撃を行うのが関の山だ。
こちらも遮蔽物に身を隠し、中々接近できない。
ただ、あくまでも連中の狙いは銃撃をされる倉庫上ばかりで、地上にいる俺達よりはそっちを狙っていた。
「っしゃ! いくぞ、野郎どもぉぉっ!!」
となると、やはり切り込むのはビッグ・カンと仲間たちだ。
適当な車両一台に数人が飛び乗ると、アクセルをふかして突撃していく。その後ろに身を隠して弾を避けながら、徒歩で残りの連中が続く。
敵方の弾切れなど、俺が想定していたよりは少しタイミングは早いが、まぁいい。
車同士がぶつかり、敵のバリケードが一部崩壊する。
一部に傷口や綻びができれば、それをこじ開けるだけだ。
「ビリー、俺らも行くぞ! マイルズ、援護しろ!」
残るB.K.Bのメンバーも全員突撃させ、マイルズに敵の邪魔をさせる。
ビリーの方からは返事はなく、代わりに呼応の合図として全メンバーが前進し始めた。
マイルズの方は返答らしきものが聞こえた、ように感じた。
というのも、少し距離のある彼の声は、銃声や敵味方の怒号にかき消されてしまったからだ。
前方ではビッグ・カン率いる愉快な仲間たちが車列の隙間から入り込み、裏側にいる敵を蹂躙している。
本当に、接近戦となると彼らはめっぽう強い。
俺やビリーはそことは別の地点から敵の車両バリケードを超えていくわけだが、驚くほど反撃が少ない。敵はビッグ・カンたちを抑えるだけで手いっぱいだからだ。
さらには、顔を出せばマイルズたちから撃たれるというのもある。
首を引っ込める亀のように、自陣のバリケード内にしかいられなくなっているわけだ。
一人、また一人とこちらの味方が車を乗り越えて敵陣に入っていく。
俺もその一人だ。
乱戦になりつつあるが、敵味方の状況を確認した。
数はまだ劣勢ではある。しかしかなり押している。このままいけば逃げ出す奴らも出てきそうだ。
俺たち前衛組のほとんどが敵のバリケードを乗り越えてしまった頃に、後方頭上からの援護射撃の音が止んだ。撃つ対象がなくなったのだから当然だ。
だが、しばらくの揉み合いが続く中で、再度の銃声が鳴り響く。
マイルズ達のチームのほとんどが屋上を捨て、今度は敵バリケード、つまり車両の上に陣取っていたのだ。いい判断だ。
しかし、全員をそこまで前進させたわけではなく、数人だけは最初の倉庫屋上に残っているのも見える。逃げる奴を見張ったり、全体を見渡す仕事をしているのだと思われる。
「今だ! 押せ押せ!」
ビリーの号令。マイルズ達の接近でクリップス側は浮足立つ。
乱戦ではあるので、言うほど銃弾は飛んではこないが、それでも脅威的に感じる気持ちには勝てない。
まだ逃げ出しはしないが、背を向けて距離を置く者、後ずさりをする者が出始めた。数の有利にあぐらをかいている場合じゃなくなったな。
大人数での喧嘩は流れだ。実際の兵隊の数もこうやってひっくり返せる。
「相手はビビってるぞ! もう奴らには勝てる要素がねぇ!」
これは背後からの、マイルズの声だった。すぐ後ろ、車両の屋根の上と少しだけ高い位置からのその声は、やたらと響いた。
マイルズが前進か、倉庫上に残ったのかは瞬時には把握できていなかったが、答えとしては彼自身も倉庫上からこちらまで来ていたという事だ。
俺もこれは心強く感じた。つまり、マイルズ本人がこうして前に出張るかどうかは仲間の士気に大きくかかわるという事だ。
本人もそんなことを考えて行動したわけではないだろう。しかし、とっさに自分がどう立ち回るべきかは身に沁みついている。
「マイルズが来てくれたぞ! 背中は安心して押し込め!」
俺の言葉に、おおおおぉっ、とさらに味方達が鼓舞される。
特にやはりビッグ・カンたちだ。はなから押し込みまくっていたというのに、もっと押しが強くなる。
むしろ、突出しすぎて敵を抜けてしまいそうだ。
いや、それでもいいのか。反転させれば挟撃ができる。
その意思を酌んでくれたのか、程なくして敵中突破を果たしたビッグ・カンたちが反転し、俺やビリーの戦っている敵の背後を取る形となった。
「詰みだな。奴らこのまま逃げ出すぞ」
挟まれてしまったことで混乱が一気に広がったクリップスたちは、まだまだ数の有利はあるというのにバラバラと逃げ出そうとし始めた。
俺の読み通りだ。とはいえ、それはマイルズとビッグ・カンの予想以上の働きによるものではあるが。いい友人をもったものだ。
「おい、まとまれ!」
「勝手に逃げるな! 背後からやられるぞ!」
リーダー格らしきクリップス側の数人が逃げ出す連中を声で制止するも、混乱は簡単には止まない。
「背後ってどっちだよ! 前と後ろで囲まれてんだぞ!」
「さっさと離脱しねぇと、この場で潰されるぞ!」
敵方としては残念ながら、制止の号令よりも悲痛な心情の叫びの方が響いたようだ。個人個人の勝手な判断で、さらに逃げ出そうとする連中の数が膨れ上がる。
それを一人、また一人とこちらの味方が打ち倒していった。
「おーおー。大捕り物だねぇ。逃げる家畜を追い込む猟犬の気分だ」
「敵が羊に見えてんのか? あんまり舐めてるとやられるぞ」
近くに来たビリーが油断したようなセリフを吐いたので釘を刺しておく。
確かに背を向けている奴らが出るのは有利な状況だが、まだ立ち向かってくる敵も大勢いる。
「まぁな。でも楽観的というか、テンションが上がるってのはいいことだろうぜ。こっちの攻撃にも脂がのるってもんだ」
「悲観的よりはな。楽しんでほしくはねぇが。俺らは戦闘狂じゃねぇ」
ビッグ・カンのようにネジが外れてはもう末期だ。誰かれ構わずぶん殴りたいっていう思想はいただけない。
仮に平和な世の中になったとして、暇だから喧嘩の相手をしてくれないかという連絡でも入ってきそうだ。
「……っと」
一人のクリップスの振り上げたバットを横に躱し、その腕に蹴りを入れる。靴底に感じる嫌な感触で相手の腕の骨折を感じ取った。
こんな中でビッグ・カンの未来の、それも想像に過ぎない連絡のことなんて考えてる場合じゃなかったな。
そんなに暇ならストリートファイトの試合でも催してくれって話だ。……それは良いな、我ながら最高の思いつきだ。ちょっとした興行になる。
ギャングのシマ取りも、もう少しゲームっぽくなれば血なまぐさい思いをしなくて済むんだが。
「あぁぁぁっ!!!」
折れてない方の腕で掴みかかろうとしてきた相手を殴り飛ばす。緩慢で見切りやすい動きだ。
倒れるクリップスを見ながら、また変な妄想をしていた自分に苦笑する。
「なんだ? ヘラヘラしやがって」
「あ? 大将首に簡単に手ぇ出されてんなよって考えてたところだ」
ビリーに表情を突っ込まれてしまい、俺は嘘をつきながらバンダナで口元を隠した。今さら敵にも割れた顔を隠しても意味なんてないが。
素顔をさらしていたのは、一人たりともここから逃がすつもりなんてなかったからだ。
「そう思うなら手の届かない高い場所に玉座でも置いて座っとけよ、キング」
「痛烈だな。いいんだ、泥をすすって、血を吐いてこそのギャングスタだろ。どこまでいっても俺たちはセレブにゃなれねぇさ」
たとえばラッパーに、たとえば名うてのドラッグディーラーに。
そんな生き方をして底辺から見かけだけはセレブになったギャングスタだっている。
しかし、そんな彼らでもストリートで銃弾に倒れたり、クスリに溺れることもしばしばだ。
掃き溜めで生きてきた根っこはそう簡単には変わらないし、変える必要もない。そういう意味で、心の底からセレブになんてなれやしない。
「そうか? ドレーやスヌープみたいになれてる奴もいるが」
「金があるだけだろ。暴力沙汰にハッパに、ギャングスタだった頃の癖は抜けねぇもんさ」
「根っからのセレブだってクスリくらいやってるもんだがなぁ」
この話は平行線。どうにもビリーにとって生まれ育ちは大差ないらしい。
「とにかく、俺はそんなもんは目指しちゃいないって話さ。と、そろそろ大詰めだ。おしゃべりしてる暇があったら、目の前の悪者を打倒そうぜ」
「はぁ? お前の話だと、こっちだって悪者なんだけどな。ギャングスタはみんな一緒なんだろ? まぁ、負けたくはないしその命令は聞いてやるよ」
グダグダと文句をたれながら、ビリーが味方の指示へと戻っていく。
たとえギャングスタでも自分は違う、正義のヒーローにでもなりたいってところか。
俺もそれ自体は否定しない。自分がそうなれてると思えばそれで満足かもしれない。だが、現実はそれとは程遠いというだけの話だ。
俺はいったん少しだけ下がり、マイルズ達が銃を構える車上から全体を見渡した。少し視点が高くなるだけで驚くほどに視界は広がる。
ビッグ・カンが回り込んだ箇所は完全に制圧できている。ビリーがいる場所も善戦。
他は押されていたり、逃げる敵がこぼれたりしている。外周は他の同盟セットで囲んでいるので、逃がさないで貰いたい。
そんな俺の願いを汲み取ったのか、かなり離れた場所で銃声や怒号が響いてきた。
逃げた敵と囲んでいた味方がぶつかったに他ならない。そのまま様子を伺っていると、外からまたこの場所へ逃げ戻ってくるクリップスが数人見えた。
行き場を失って混乱しているのが、誰から見ても分かる。
「うまく機能しているみたいだな。どの方位でもあぁなればいいが」
「うん? なんだ、逃がした奴が戻ってきたのか」
いつのまにかマイルズが俺の隣にいた。もう銃は構えておらず、呑気に煙草を吸っている。
「そうらしい。外の味方が働いてくれてる。それよりも随分と余裕そうだな、兄弟」
「ははっ! 余裕も余裕、超余裕だぜ結構殺したからな。今頃はあの世で俺らを騙した罪を懺悔してるさ」
まだまだ生き残りは多いはずだが、もう納得してくれたらしい。
というより、味方が入り乱れすぎて撃てないのでそう言って自分を満足させているだけかもしれないが。
「じゃあ、あとはカンにでも任せておくか?」
「その言い方は癪だぜ! 俺らも突っ込んでいいのか?」
「いや、それはやめてくれ。ここで指示でも出してもらうか」
「そりゃいい。顎で使ってやる」
俺もここにいるので、残念ながらマイルズの仕事はないようなものなんだがな。