Potentiality! B.K.B
「ビリー、どうだった?」
いよいよ日が暮れようとしている。
クリップスの男から離れた俺は、真っ先にビリーによる同盟セットへの連絡の進捗を聞きに行った。
「今も絶賛声掛け中だ。手が空いてる連中は問題なく承諾してくれたが、大抵はどこかで喧嘩してる状態だな」
サウスセントラルでも方々で各ギャングがぶつかっていた。その中にも含まれていただろうし、ここコンプトンや他の地域でもそれは起きている。
「それもそうか。で、現状での確約はどのくらいだ?」
「2セットだな。人数でいうと50人もいかないくらいか」
少なくない数字に見えるが、この倉庫の外側を囲むには足りないかもしれない。その倍は欲しい。
「予想より少ないな。いつの間にか戦火が広がってるのか」
こうなるとぼやぼやしていられない。俺達の地元があるイーストL.A.だって敵の侵攻が始まってもおかしくない。
残してきているハスラーからは連絡が入っていないので現在は良くても、一時間後か、または一日後か、とにかくそれがいつ起こるか予測できない。杞憂で済めばいいが。
「そうらしい。ただ、足りないとは俺も思ってるところだ。正念場だし、せめてこの倍は呼び寄せたいな」
「あぁ、そうしてくれ。頼んだぞ」
ビリーも俺の希望と同じ意見のようだ。ウォーリアーのリーダーではあるが、十分、B.K.B全体の舵取りも任せられそうだな。頼もしい限りだ。
これもスリー・ハンドラーズとしていろいろと共有してきた結果か。
……
ビリーとの話はそこで一旦やめて、次はマイルズ達をどこに伏せておくかの相談に移る。
「おっす、兄弟。みろよ、あの倉庫の屋根上。室外機に隠れながら撃ち下ろせるぜ」
「あぁ、悪くないな。ただ、ピストルだとなかなか当てられねぇ気もするが?」
「当たる当たる! わらわら集まってくるんだろ? 目ぇ瞑ってても当たるっつーの」
そんなぎゅうぎゅうにクリップスがひしめき合うとは思えないが……最悪当たらないとしても、背後からの銃撃で動きを止め、正面にいる俺たちやビッグ・カンたちが接近戦で仕留めればいい。
恨みの強いマイルズは、自分の手で敵を殺したかったと悔しがるだろうがな。
「まぁ、そこまで言うんだったらお前の腕前を信頼するぜ。弾や武器が必要だったらウチのを多少回してやるから言ってくれ」
「おぉ、じゃあ弾を後で分けてくれ。全弾使っちまうくらいには撃ちまくるぞ!」
他にも奇襲にいいポイントはないだろうか。一か所だけでは奴らが乗ってきた車で隠れたりした場合に撃ち込めない。
マイルズ率いるN.C.Pも数十人はいるので、それなりに分散させても火力は落ちないはずだ。
「倉庫上はかなり広い。他の位置にも味方を分けて欲しいんだが」
「もちろんだぜ」
物流倉庫はおおきなL字型になっているので、両端は使いたい。
ただし、そこには室外機のような遮蔽はないので伏せておく必要がある。
「出来る限り、お前たちが撃ちやすい場所まで敵をおびき寄せよう。そうだな……L字の両端と真ん中の折れている場所に配置してもらえるか」
「その二か所は隠れられないぜ?」
「そこの二点は屋根上に寝そべるしかねぇな。難しいか?」
「逆に背後を取られたら移動が遅れる、ってくらいだな。屋根上に上るための梯子か階段の辺りにも少しだけ味方を置いておく」
なるほど、それは俺も考えていなかった。万が一、攻撃ができなかったり、屋根から即座に降りたいときの退路を確保しておくという事だ。
「それは俺も賛成だ。じゃあそれでいこう」
「おう、任せとけっての!」
これであらかたの準備は整った。ビリーの仕事がまだ途中だが、もしさらなる増援が望めなくても決行するほかない。
……
日が暮れ、少しずつ物流倉庫の従業員らが帰宅していく。クリップスの男に聞いていた通り、ここは夜にはもぬけの殻になるようだ。
すべての従業員がいなくなり、明かりも落とされた。
当然、駐車場にいた俺たちは帰路につく彼らの目に入るわけだが、幽霊扱いでもされているかのようにスルーだ。
まず動くのはマイルズ率いるノース・コンプトン・パイルの面々。
忍者のように……とはいかず、ドタバタとはしゃぎながら倉庫の屋上を目指している。
別に敵もいない今の移動中は良いが、撃つ前は大人しくしてくれよな。
ビリーの方は増援が追加で1セットだけ来るようになったとのこと。倍ではなかったが上々だ。ただし、彼らが間に合うかどうかまでは分からない。
喧嘩が始まるくらいまでに外周を囲んでくれていればいいので、多少の猶予はあるが。
俺やビッグ・カンを含む、囮となるチームはマイルズ達の射線に合わせて場所を移動した。
駐車場内ではあるが、少しでも彼らが撃ち下ろしやすいように倉庫の屋上から見えやすく近い位置だ。かといって近づきすぎると倉庫自体の真下などは撃てないため、建物からは絶妙な距離を保っている。
人質のクリップスの男は当然、俺達の手元に置いておく。
コイツがどのくらい敵の油断を誘う材料になるかは分からないが、見えない位置に置いておく意味はない。
先に大型車ごと一人殺しているのだ。連絡が入った時点で確証はしていても、喧嘩の時に見えない人質をまだ生きていると断定し、探すまでして助けようとするかもわからないし、敵方に提示したい交換条件もないからな。
コイツを開放する代わりにお前らすべての命を差し出せ、なんてのは無理な話だ。このシマが欲しいわけでも、金をせびりたいわけでもない。
マイルズの班を除いて、集まっている面々と話す。
「中央に俺を置いて、左はビッグ・カン、右はビリーにお願いしたい。敵は背面にある倉庫側以外はこちらを囲むように広がてくるだろうからな」
「おうよ!」
「了解した」
敵から見たら俺たちは退路を塞いだ、馬鹿な位置取りに見えるだろう。
倉庫内にこちらが逃げ込む以外は、扇状に囲んでしまえば袋の鼠だと思うはずだ。
だが、しめしめと兵隊を広げてきたところを頭上からマイルズ達が掃射だ。その混乱に乗じて俺たちも突っ込み、叩きのめす。
逃げようとする連中は周りの味方セットが通せんぼし、各個撃破だ。
「全員で倉庫に籠って、籠城戦みたいな感じは考えなかったのか?」
「ありっちゃありだが、火炎瓶でも投げ込まれたら大惨事だろ。逃げ場がなくなって飛び出したところを撃たれる」
「確かにそれもあるな」
ビリーの疑問に答える。
籠城も悪い手ではないし、いくら駐車場といった平地にいても火炎瓶のような投擲物は変わらず脅威だ。車で突っ込まれる危険だってある。
それでも俺はこの手で行くと決めた。ただ、こちらにも多少の遮蔽物は必要なので、乗ってきた車だけは壁として使う。
最後の指示として、その車両のバリケードを作らせ、俺達は敵を待ち受けた。人質の言ったいた時刻までは一時間を切っている。
ピリリ、ピリリ。
「俺だ。あぁ、そうか。これで問題ないな。駆けつけてくれてありがとよ」
ビリーの携帯電話が鳴り、短い会話だけして俺に視線を送ってきた。言いたい内容はだいたいわかる。
「同盟セットは全部、喧嘩に間に合ったみたいだな」
「あぁ、彼らにはいつかこの恩を返さないとな」
「この喧嘩に勝って、穏やかに暮らせるようにすることが最大の恩返しだと思うぞ。C.O.Cさえ潰してしまえば万事解決だ」
あくまでもここにいるのはC.O.Cの残党すべてではない。O.G.Nと名を変えた連中の本隊は別の場所にいる。この喧嘩は言ってしまえば序章だ。
ただ、勝利には大きな意味がある。
……
いくつかのヘッドライト。全部で二十台ってところか。
物流倉庫の敷地内にそれが入ってくるのが見える。
「よかった、来ないかと思ったぜ」
「よかったとは何だ、クレイ。敵さんの登場なんだからよくはねぇだろうよ」
「待ちぼうけだけさせられて、肩透かしを食らうよりはマシだぜ!」
俺に突っ込んだビリーに対して、ビッグ・カンが俺の肩を持つような発言をする。
そのヘッドライトは味方のものではなく、やってきた敵のものであるのは明らかだ。同盟セットは既に現着し、近くの敷地に潜ませてある。
喧嘩が始まったと判断したら一斉にここを包囲するように広がる手筈だ。
「ほらほら、どうするんだ? あんな数が相手じゃてめぇらに勝ち目はねぇぞ! さっさと俺を開放して命乞いでもするんだな!」
捕えているクリップスのメンバーも元気いっぱいだ。
敵に対して「屋根に伏兵がいるぞ」なんて叫ばれても困るので、そろそろ口をコイツ自身のバンダナで縛っておくか。
「おい、誰かこのうるさい観客を黙らせてくれ。幕が上がったら劇場内での私語は厳禁だからよ」
「あっ、おい、何をしやがる! んぐぉ!」
俺の指示で、B.K.Bのウォーリアーのメンバー数人がクリップスを羽交い絞めにし、手足を縛り、そして口を塞いだ。
「正面から来たってことは自信満々なんだろうな。戦力差は1.5倍程度か。これは……」
腕組をするビリーが言う。
「簡単に覆せるな」
その通りだ。
むしろ、たったこの程度の兵隊でよくも俺らに勝てるなんて思ったものだと、堂々と姿を現したものだと感心させられる。
「おいおいおい、俺らだけに任せてくれねぇか? ぶん殴るだけで話は終い。マイルズの出番は無しってな」
「カン、気持ちは分かるがこっちの損耗も出来る限り減らしたいんだ。手筈通り、マイルズ達の援護射撃は受けさせるぞ」
ビッグ・カンのビッグマウスも許可してやりたいところだが、辛勝では後が続かない。この場に必要なのは損害をほとんど出さない状態での圧勝だ。
俺たちと対面する形で車両が停まり、中からはわらわらとクリップスのメンバーたちが飛び出してきた。
中にはトレーラーやトラックもあり、それらは横に向けて停めることで良い遮蔽になっている。
「お前ら! B.K.Bか! ウチの人間を殺ってくれたようだな!」
まずは誰何。こちらの正体に確信は持てていないか。
「どうする、クレイ。俺が答えようか」
「いや、話は俺がする。お前らは戦闘に備えてくれ」
おそらくトップが誰か敵に割れるのを危惧したのだろう。ビリーがそう言って俺を気遣ってくれたが、俺自らが三歩だけ前に出た。
ビリーに攻撃が集中するような事態になっては寝覚めが悪い。
「人に何か聞きたきゃ、てめぇらが先に答えろ! そっちこそオリジナル・ギャングスタ・ニガズとかいう、C.O.Cの落ちぶれ共で合ってるか!」
回答の前に、相手の集団が殺気立つのが分かった。これはほとんど正解と言っているようなものだ。これから蹂躙するので隠す必要もないと思っているのか、馬鹿正直な連中だぜ。
ビリーとビッグ・カンたちが、俺を中心にゆっくり半円形に広がっていく。
俺は中心から動く必要もないので、ここでこのまま敵と会話できる。
「言ってくれるじゃねぇか……! 俺らは落ちぶれてなんかいねぇ! 今ここで仲間の無念を晴らせるんだからな!」
「逆だ、てめぇらはここで全員死ぬんだよ! それより、質問にも答えられねぇのか!」
「それはそっちも一緒だろうが!」
来る。
開戦の合図としては中途半端なものとなったが、それは空気で伝わった。
相手方の数人の怒りが爆発し、突撃してくるのが分かったからだ。
「うぉぉぉぉぉっ! くたばれ、B.K.B!!」
「来るぞ! C.O.Cを叩き潰せ! 俺らの力を見せてやれ!」