Attack! O.G.N
南下する車列は、緊張感に包まれている。
途中で余計なトラブルに合わないか、ということよりも、いよいよC.O.Cとご対面できるという事実に対しての反応だ。
これで肩透かしに合って、さっきの連中の情報に踊らされたなんてオチだったら目も当てられないな。
踊らされただけならまだマシか。嵌められて逆襲にでもあったら一巻の終わりだ。
しかし、それはないと俺は踏んでいる。
マックとかいう男の仏さんパワーだ。仲間の死まで利用して俺たちの首を取りに来るほどあいつらの性格もひねくれちゃいないだろう。
むしろ、それを偽って利用した俺らの方がとっくに人としては終わってる。
この行動が一手でC.O.Cの息の根を止めるとは思っていないが、成功すれば奴らの「目」を奪うことになる。ヴィクトリア・ストリートにいるのはチームの中でも諜報活動をしてる連中らしいからな。
「しかし、俺らだけでいいもんかね。せっかくなら、同盟セットにも声をかけて四方から囲んじまえばよかったんじゃねぇのか、大将?」
「馬鹿言うなよ、ビリー。今からぶつかろうってのはスパイ活動をしてる奴らだぞ。方々に潜らせてるだろうに、わざわざ近づいてくるのを知らせてどうする。現状フリーだと思われる俺らだけで行くのが正解だ」
仮に、マイルズの部下の中にまだスパイが残っていたり、ビッグ・カンの仲間に紛れていたら失敗だな。忘れちゃいけないのは俺らB.K.Bの中もか。
しかしもうそれはどうしようもない。仲間全員を疑って一人一人調べてる暇なんてないしな。
「そうかぁ? ま、俺らはお前に従うだけだがな」
「意外だな。お前がビビるなんて」
「ビビってんじゃねぇよ。奴らを確実に逃がさないためだ」
それはおそらく、ヴィクトリア・ストリートにいるであろうC.O.Cの残党全員を挟み込みたいのであれば有効だ。
ただ正直なところ、数人を殺し、数人を捕まえるだけで事足りる。
そいつらから残りのC.O.Cの居場所を聞き出し、叩けばいいんだからな。それでこの喧嘩は終了。
晴れて平和な世界が訪れ、ロサンゼルスには愛と希望が満ち溢れることとなったのです……ってことだ。
無論、ビリーの言う事の利点もある。誰も逃がさないのであれば、C.O.Cのボスへ上がるであろう俺達からの襲撃情報は封殺できる。
それでも喧嘩の最中に電話を入れられてしまうなどすれば伝わるし、全滅させたところで万全ではないが。
「いや、それでもこのまま行こう。スピード重視だ」
「了解」
俺の指示を聞いたビリーが少しばかりアクセルを強く踏む。後ろに続く車列も、それに合わせて加速し始めた。
先頭車両は全体のペースを誘導でき、いちいち伝えなくてもいいので助かる。
コンプトンを南北に縦断する場合の距離はおおよそ5マイル。このスピードなら30分もかからないはずだ。
「おっと、ブラッズ連中だ。お相手はサツか」
ビリーの言った通り、どこぞのブラッズの車両がポリスカーに路肩へ停車させられ、銃を向けて両手をあげさせられている。
何をやったのかは知らないが、もう逃げれないだろうな。彼らにとっては即発砲ではなかったのが不幸中の幸いか。
「どうする、クレイ?」
「無視するしかない。このまま進むぞ」
手助けしてやりたい気持ちは山々だが、今は先を急ぐ。
ミラー越しに後ろの車列を見ると、目の前を通過するときにマイルズが身を乗り出して警察を挑発しているくらいで、止まって攻撃する奴は出なかった。
ひと安心……と言っていいのか?
……
ヴィクトリア・ストリートに入った。
コンプトン南部を東西に走る通りで、それなりに交通量も多い。この辺りは住宅街ではなく、工場や物流倉庫、店舗など大きな建物が多い地区だ。
C.O.Cが根城にしているのであれば、そのうちのどれかの建物を占拠しているものと思われる。
ギャングは一般的に自分たちの家族が暮らす地元をテリトリーとするので、それを完全に無視したやり方に、奴ららしさを感じるな。
「クレイ。考えられるのはやっぱり廃倉庫だったり、廃車を置いてるヤードか?」
「そうだな。そこまでの情報はないから流しながら探すぞ」
トラックやトレーラーのような運搬車両の出入りが非常に多い道だが、買い物に訪れた一般の普通車も通ってはいる。
建物を調べつつ、通過する車両、そしてその中にいる人間にも要注意だ。
「トラック野郎に、家族連れの買い物客。そりゃ当然、こういう連中ばかりだわな」
「紛れるならトラックよりは一般車両の方だろうな。中にクリップスが乗ってないか見てくれ」
「はいよ」
住宅地とは違い、ギャングスタが道端を歩いているのを見つけるのは難しそうだ。十中八九、奴らはこの辺りを車両で移動している。
タグなんかもあればかなり良かったが、通りの看板、地面、工場や倉庫の壁、どこにも描かれていない。本当にここであっているのだろうかという気さえ起きてくる。
お目当ての情報は、後方の車両の連中にも電話で伝達する。
今はいくつもの目が、行きかう車に向けられているはずだ。
目をギラギラさせたギャングスタと目が合うなんて、家族連れの車の、後部座席にいる子供なんかが相手だったら少し可哀想だな。
「ママー、あれなにー?」、「悪い人たちだから、目を合わせちゃダメよ!」ってな具合の会話がリアルで交わされていそうだ。
特に、ビッグ・カンなんかが相手ならトラウマもんだな。
「あっ、あれは! いや、違うか。ブルーの作業着なんて紛らわしいんだよ」
「むしろ多いだろ」
ビリーの的外れな文句を窘める。
そこで思ったが、赤色のディッキーズのワークシャツを着ている俺たちは、逆に探される立場だったら相当に目立つんだな。
青色だったら工場作業員も交通作業員も、着用していることが少なくない。
特に服装に決まりのない会社、個人事業主であれば、割と赤色のツナギや作業着を好んで着る者もいるが。メイソンさんなんかはたまに仕事中に着ているな。
ただそれでも、青色の服装をしている社会人の数には勝てない。
「見ろ、お次は白バイとポリスカーだ。呑気にガソリンスタンドで休憩してやがる」
「珍しいな。だが、本来はギャングのテリトリー外である工業地帯なんだから当然か」
コンプトン市内で見る警察は、大抵が車両の中にいる。白バイの場合も走行しながらパトロールしている状態がほとんどだ。
ただ、これはそんな危険な場所にばかり出入りしている俺達のイメージがおかしいんだろうな。コンプトン署員だって、普段から緊張して勤務しているわけではないはずだ。
ガソリンスタンドに併設されたショップでドーナツやコーヒーを買い、店員と談笑するくらい、どこの警官だってやっていてもおかしくはない。
「変に目を付けられる前に行くぞ。C.O.Cと鉢合わせても警官が近過ぎたら手出しできなくなる」
「了解、ボス」
幸いにも警官からこちらが見られることはなく、その前の道路を車列が通過する。あるいは気付いていたのかもしれないが、こちらの数が多いのと、何かしているわけでもないので見逃してくれただけかもしれない。
それから五分程度、ヴィクトリアストリートを東に進んだ。
コンプトン市としては既に最南端で、東西のどちらかに進むしかないからだ。このまま東に抜けるまでに何もなければ、引き返して西を探索することになる。
ブッブー。ブッブー。
コンボイなどの大型トラック、トレーラーの特徴的なクラクションが響いている。誰かが割込みでもして、ドライバーがご立腹ってところか。
まぁ、ほぼ確実にノロノロ走る俺たちの車列が邪魔なんだろうな。
「ん、待て。後ろが!」
ガシャン!
なんと、俺達の後ろに続く車列の内、一台の車がトレーラーに弾き飛ばされているではないか。
そこまでするドライバーがいるのかよ。
「うぉ、マジかよ! どうすんだ、クレイ! 助けないと!」
「まったく……どうやら善良なドライバーじゃないようだ。弾ち殺して車を止めるしかないだろうよ」
本来、ギャングや警官以外を撃つなんてのはやりたくないが、あれは止めないと次々に味方に被害が及んでしまう。
それを聞いた同乗中の仲間たちは半身を窓から乗り出して発砲した。
伝達せずとも、それを攻撃開始の合図と見た各車両から、一気に集中砲火がトレーラーの運転席を襲う。
「仕留めたぞ!」
誰かが叫ぶ。しかし、よく考えてみればドライバーを殺したところで、その足がアクセルペダルに乗ったままであればトレーラーは止まらない。
そして残念ながら俺たちの攻撃は暴走トラックを生み出しただけだった。
「止まらねぇな。みんな避けろ! そのままどこかの壁にぶち当たって止まるのを待つ!」
俺が言うまでもなく、ビッグ・カンやマイルズも含む車列は蜘蛛の子を散らしたかのように路肩へと退避した。
その間を悠々と暴走車が通過していく。そして路肩のガードレールをガリガリと削りながら徐々に速度を緩め、ゆっくりと横転したところで完全に停車した。
「クレイ、離れるぞ! サツが来る!」
「いや、ツラだけは拝んでおこうじゃねぇの。一分待ってくれ」
ビリーは即時離脱を提案したが、俺は車から飛び出してトレーラーの運転席を見に行った。
「あー……やっぱりか。とんだ思い違いだったな」
俺の横に並んできたビリーやマイルズが驚愕している。
ドライバーの正体は、口元に青色のバンダナを巻いたクリップスの構成員だったのだ。おそらくC.O.Cのスパイ活動を行っていた連中だろう。
ドライバーに化けるくらいのことはやってのけるか。一般人を巻き込んだと思ったのは杞憂で済んだな。
「てことは、トラックも注視しないといけないか。むしろ、この辺走ってる大型車に油断してると車列ごと潰されるぞ」
身バレしたのであれば当初のこちらの策の内だった、本隊への連絡封じも既に済まされてアウトかもしれない。
「だとしたらどうすんだよ? 尻尾巻いて逃げるってか?」
「いいや。だからといって、このまま帰るわけにもいかねぇ。次に見かけたやつは生け捕りにするしかねぇな」
マイルズの質問に答える。
「生け捕り、ね。どうやるつもりなんだ?」
「敵車両はパンクさせて身動きを取れなくする手でいこう。ともあれスピード勝負だな。さっさと次を探すぞ」
……
奇襲が失敗したのはお互い様。
あちらも焦っているのか、探すまでもなく次のトレーラーが車列を襲ってきた。予想外だが好都合だ。
先に飛ばしていた指示通り、味方の一斉放火はタイヤやエンジンなど、車両の不動を狙ったものへと変わっている。
空気の抜けたタイヤはホイールが路面と擦れて火花を散らし、エンジンは白い煙を吹きながらオーバーヒート。トレーラーは停止した。
「今だ! 引きずり降ろせ! やられんなよ!」
すぐさま車両から数人の仲間たちが飛び出す。
当然のように先陣を切ったのはビッグ・カンとその仲間たちで、得意の白兵戦で猛威を振るう。
拳銃で武装しているクリップス相手に、ステゴロでトレーラーの運転席の窓を突き破り、あれよあれよと生け捕りにした。
抗う銃撃はあったが、どれもかすり傷で済んだようだ。そりゃ、いくらなんでもこんな化け物に囲まれたら照準も定まらないだろうな。
「車に積み込め! 離脱するぞ!」
時間にしたらほんの二、三分程度の事件。
ボコボコにされ、その上で手足を縛られたクリップスのメンバーを攫って、俺達はヴィクトリア・ストリートを離れた。