Confluence! N.C.P
「出すぞ」
まだ全快とは言えない俺に代わり、ビリーが車を発進させる。
医者は明日まで安静、とは言ったがそれは無視して出発した。二、三日って話なんだから、二日でもいいだろうが。
大病院よりマシなもぐりの医者とはいえ、しっかり金は取ってくる。安く済ませるに越したことはない。
俺が乗る車を先頭に、他のガーディアンやウォーリアーたちが乗る車が続く。
ビッグ・カンたちとは現地集合なのでこの場にはいない。
「せっかく俺との退屈な時間から解放されるってのに、お前が引き受けるんだな、ビリー」
「あん? お付きのドライバーが俺じゃ不服かよ」
病室でも付きっきりで俺との会話に付き合ってくれていたビリーだが、この車内でも俺と二人きりだ。
相手が綺麗な美女だったら、大満足の二日間に違いないんだが。
「大満足さ。弱ってる面を大勢に見られちゃ、プレジデントとしての顔立たねぇ」
「んなこと気にしてんのか。大変だな、リーダーってのも」
一応はウォーリアーの事はビリーに任せているので、コイツも同じような立場ではあるはずなんだが、何で他人事なんだよ。
スリー・ハンドラーズの肩書はどこへ行ったのやら。
「へなへなのボスより、どっしりしたボスの方がついていきたくもなるもんだろ? サーガなんかその典型じゃねぇか」
「サーガはそうかもしれねぇが、お前はサーガになりたくてプレジデントになったわけじゃねぇだろ。へなへなのトップだったとしたら、支えてやりたいって一致団結するかもしれねぇし」
そんな楽観的でいられるか。普通は上が頼り無きゃ、取って代わろうって考えそうだろう。仲間を信じてないように聞こえるのもまずいので、口には出さないが。
「間違っても、てめぇに取って代わろうなんて不届き者はB.K.Bにはいねぇぞ」
ドキリとした。完全に心の中を読む超能力者じゃねぇか。
それとも、俺の顔はそんなにわかりやすいのだろうか。そうだとしても、ビリーは運転中で前を見ている。
表情どころか声色で判断できるってのかよ。
「そりゃぁ……安心したぜ。内輪揉めなんて、何よりも嫌だからな」
「言い当てられてびっくり仰天ってところか? とにかく、俺らは新生B.K.Bだ。サーガが率いてた頃の脳筋ギャングとは違う。若者はデリケートなんだぜ?」
「筋肉ダルマのお前が言うと吐き気がするぜ……」
言い終える前に左肩にパンチが飛んできた。
本人は軽めのつもりだろうが、充分重い。
「おい! 怪我人は丁重に扱え!」
……
コンプトン市内。ノース・コンプトン・パイルの本拠地。マイルズの家。
「中々壮観だな」
ビリーが鼻頭を指でこすりながら言う。
B.K.Bのガーディアンとウォーリアー、N.C.P、そしてビッグ・カンの愉快な仲間たち、さらに他にも声をかけた同盟セットがいくらか集まり、総勢百名の荒くれものたちが家の前に集結している状態だった。
「おーう! 来たかよ、大将!」
「兄弟! こっちだ!」
ビッグ・カンとマイルズがそれぞれ手を挙げて俺を呼び寄せる。
俺がいない状態で既に集まっていたが、特に揉めたりはしていないようだ。当然、腕相撲大会も開かれていない。
N.C.Pはクリップスの猿真似はやめて、今は赤いディッキーズを身にまとっている。
まずは少しぶりの再会となったビッグ・カンと拳を合わせてハグをし、マイルズに向き直る。
「マイルズ」
「兄弟、マジですまなかったぜ……いろいろ迷惑かけちまったな」
「本当だな。浅いとはいえ、味方を刺すなんてどうかしてるぞ。だが、ようやく合流できたんだ。ここからは俺らから逃げ惑うなよ?」
マイルズの横にいる一人のギャングスタ。申し訳なさそうにしている様子を見ると俺を刺した奴か?
顔なんか覚えてないが、ボコボコに腫れているので仮に覚えていても無駄だったな。マイルズから焼きを入れられたらしい。だったら俺からはもう何も言うまい。傷に塩を塗るだけだ。
「その表明がこの服だぜ。俺らに対してスパイしてたやつには、もう堂々とぶつかっていくことにした!」
「ほう。いいじゃねぇか」
吹っ切れたみたいで何よりだな。それでこそマイルズ率いるノース・コンプトン・パイルってもんだ。
「なんだなんだ、正面からの大喧嘩だったら俺たちにも一枚噛ませろよ!」
「で、この元気な大男は誰だ?」
先に集まってたくせに、まだお互いの自己紹介も済んでないのかよ。
「あぁ、コイツはビッグ・カンだ。サウスセントラルで愚連隊みたいなことをやってる好き者でな。本職のギャングスタ相手にも引けを取らない荒くれものだ。見ての通りおつむは弱いが、腕っぷしは信用していい」
「おい、クレイ! ディスってんのかリスペクトしてんのかどっちだよ!」
「どっちもだな。で、カン。彼がマイルズ。ノース・コンプトン・パイルのプレジデントだ。仲良くしてやってくれ」
俺の紹介を聞き、大げさにビッグ・カンが両手を広げる。
威嚇のポーズかとも思ったが、ハグを求めているようだ。マイルズは彼に比べると体躯は普通だが、真似して大きく両手を広げた。
競ってふざけているらしい。まぁ……おそらく気は合うな。
「おい、マイルズ。俺の求愛のポーズを受けてくれよ?」
「見ろ、俺の愛の方が大きくて深い! 結婚してくれ!」
「断る! 胸と尻がデカい女じゃなきゃな!」
なぜか断りながら、ビッグ・カンががっしりとマイルズの身体を抱きしめた。
「これで同盟は成ったな。マイルズ、敵が分からないって話だが、潜んでた奴の特徴とか分かるか?」
「これと言ってないが、名前はジョンだかトムだかジャックだか、ありふれた名前の連中ばかりだったな」
スパイは複数いたわけか。
「そいつらは同時期にノース・コンプトン・パイルの中に潜入してきたのか?」
「んー、どうだったか。気づいたらいたって感じだな。大量に人が入った記憶なんてねぇから、散らして入ってきてたんじゃねぇか?」
ウチにもここ最近でそんな記憶はないが、人は常に少しずつ増えてきている。つまり、同じ手口でスパイの潜入を許している可能性はあるわけだ。
だが、そちらを探すよりはマイルズが目指しているように、そのセットを叩き潰すことを考える方が手っ取り早いな。
「で、それはどうやって露呈したんだ? うまく入り込んでたんだろ」
「スパイらしき連中が一気に消えてな。その後、ウチのメンバーが一人の時にに闇討ち受けたり、ヤクの仕事中にサツが介入してきたりよ。仲間じゃなきゃ知らないはずの場面で嫌がらせが多発したんだよ」
「ほう、それは裏切りを疑うだろうな」
「で、奴らはクリップスだったんだろって当たりをつけて変装してたのさ。これで誰がターゲットか分からねぇだろ! 実際あれ以来、こないだお前が運んでくれた二人以外はやられてねぇ」
クリップスかどうかも確定してないのかよ……いやまぁ、被害が軽減されてるなら合ってはいるんだろうが。
「そうか。状況はだいたい理解できた。仲間も弔ってやれたようでなによりだが……やられちまったのは残念だったな」
「仕方ねぇさ。だが、奴らの危険性は分かっただろう? あの二人も、別行動中に不意打ちを食らったんだと思うぜ」
「少人数は危険そうだな。出来る限りここにいる全員で連携して動くとしよう」
百名もいれば不意打ちを仕掛ける気にもならないはずだ。
ただ、目立ちすぎるのでいつまでも相手されずに逃げられてしまうのも困る。
となれば、このままC.O.C側に与する奴らを叩いていき、スパイの奴らも直接こっちとぶつかるしかないように仕向ける。総力戦だ。
敵さんはあれやこれやと策をめぐらせてくれているのに悪いが、そんなものはすべて無視する。そのために味方を増やしてきたんだからな。
「動くのは了解だが、どこを目指すんだ? すでにコンプトンには入ってるが」
この質問はビリーからだ。残念ながらその回答は俺にもできない。
「……さてな。念頭に置いておきたいのはマイルズ達にスパイを送ったセットだが、それが分からないんじゃ、とにかく手近な敵を潰していくのがセオリーなんじゃないか?」
「俺は賛成だぜ! 皆殺しだ!」
「おい、そいつら探すのを手伝うのも忘れんなよ!」
ビッグ・カン、マイルズの順で反応があった。
……
一致団結した俺たちはビッグ・カンの提案でC.K.Mと名乗ることになった。
カン、クレイ、マイルズの頭文字を取ったものらしいが、たまたまC.K.=Crip.Killerとなるのも都合がいい。
だが正直、この名前に大した意味はないし、今日以降はそう名乗るつもりもない。あくまでも俺たちはB.K.Bであり、マイルズたちはN.C.Pであり、ビッグ・カンたちは名もなき愚連隊だ。
かつてあった大きな戦争は、C.K.Mが終わらせた……なんて語り継がれても何のことか分からねぇからな。
古から存在するB.K.Bとして俺たちは活躍させてもらうつもりだ。
「見ろ、最初の犠牲者の登場だ」
はっきりと見えており、俺のこの言葉など意味はない。
N.C.Pのシマに隣接するクリップスのテリトリー内。完全武装した連中が俺たちを堂々と出迎えてくれた。
「おい! てめぇらはどっちだ! C.O.C……いや、O.G.Nの味方、つまり俺たちの敵ってことでいいか!?」
味方してくれるものもいるが、ほとんどのクリップスは敵という判断で間違いない。
武器を持ってこちらを睨んでいるだけでも明らかではあるが、一応は訊いておく必要がある。
「どこのセットだ!?」
「B.K.Bだ!」
「B.K.Bだと!? 残念だが……てめぇらこそ、俺らの待ち望んだ的だぁぁぁぁっ!」
一斉突撃か。待ちわびてくれてたようで何よりだぜ。どうやらC.O.Cはご丁寧にもB.K.Bに指名手配をかけてくれてるようだな。
「カン! 来るぞ!」
「おうよ!」
初撃、勢いよくぶつかるにはパワフルな前衛が欲しい。ビッグ・カンたちはおあつらえ向きだ。
「俺らも負けてらんねぇぞ! ぶっ倒せ!」
「おい、マイルズ!?」
「止めるなよ、クレイ! うぉぉぉっ!!」
マイルズ達に対して指示は出していないのだが、彼らもビッグ・カンに負けじと前に出た。
俺が完全にコントロールできるのはB.K.Bの面々だけだ。マイルズに何か言ったところで今の状態では聞き入れてもらえないだろう。であれば、それを最大限活用して戦うまでだ。
「ビリー、左に行け! 俺は右へ行く!」
「任せとけ、大将。挟み撃ちにしてすり潰すとしよう」
このまま力押しでも良いが、さらに喧嘩を優位にし、こちらの損害を最小限に抑えるため、B.K.Bのウォーリアーとガーディアンを両翼に展開して、正面のカン、マイルズと三方向から挟撃する。
パァン! パァン!
銃声はすべて、敵方の発するものだ。なぜなら、無駄に肉弾戦を好むビッグ・カンたちは車やごみ箱など、盾になりそうなものを利用して毎度突っ込んでいくからだ。
そのせいで怪我人は必ずといっていいほど出てしまうわけだが、死人や重傷者は驚くほど少ない。
「うぉぉぉぉぉぉっ!!!」
雄叫びを上げるビッグ・カン。そして目の前の敵の銃を奪い、それでぶん殴る。
「……いや、取るなら撃てよな」
俺の異議など届くはずもなく、敵味方はぶつかって白兵戦に突入した。そのわき腹を俺たちの圧で押し込んでいく。撃たずともこっちとの距離を取ろうとするので、敵は面白いように中央に集まる。
銃声は完全に止み、ここから大喧嘩の本番の始まりだ。