Move! K.B.K
「はぁ? お前、何やってんだよ! マジでやめろよな!」
次の日、クラスルームで俺はリカルドから大目玉を食らっていた。ボコボコになった顔で登校したのだから、何かあったとバレるまでに十秒とかからなかったのだ。複数のワンクスタに注意をしたと正直に白状すればこの言われようである。
「ほっとけねぇだろ……」
「簡単に負けてK.B.Kがなめられたら、後々やり辛くなるだろ!」
「いや、K.B.Kの名前は出してねぇよ。いや、あれはバレてたのか? シザースは分かってたが……」
シザースはギャングスタだ。しかし、一緒にいたワンクスタ共にこちらの素性は知られていないと信じたい。もし、K.B.Kが決められた服装や持ち物で合わせていたら簡単にバレていただろう。ジェイクの意見をはねつけておいて良かったな。
「どっちだよ。慎重に頼むぜ、リーダー」
「ワンクスタにはバレてねぇはずだが、一緒にいたギャングスタはK.B.Kの事知ってたぜ」
「ぐおぉぉう!」
リカルドが顔に一撃食らったかの如く、大きくのけぞる。なんだその面白い反応は。
「ワンクスタって話だったろ! なんでギャングスタと揉めてんだよ! あぁぁぁぁもう! しかもK.B.Kがギャングスタに知れてるってぇ!? もうお終いだぜそりゃぁぁぁぁ!」
「うるせぇぞ! ワンクスタと思ったら一人だけギャングスタがいたんだよ! そんなもん、すぐ気づくはずねぇだろ!」
気が狂ったように叫び始めたリカルドの頭を机に抑えつけていると、グレッグがクラスルームにやってきた。そう言えば次の講義はコイツも取ってたか。
「クレイ、リカルド、なんだか楽しそうじゃないか」
「グレッグぅ! 聞いてくれ、俺らのリーダーはとんだ大馬鹿者だぜ!」
「あぁ!? そんな言い方ねぇだろ!」
俺の手を払いのけてリカルドがグレッグに泣きついている。グレッグは困ったように苦笑いを浮かべて俺を見た。
「で、何を騒いでるんだよ。ギャングスタ絡みなのはなんとなく聞こえてたけどさ」
「クレイがギャングスタと揉めてんだよ!」
「揉めてねぇよ! ちゃんと話を聞けよ、お前は!」
いよいよ話が進まないとグレッグは困り果てていたが、担当のばあちゃん先生がクラスルームに入ってきたので一旦そこまでとなった。
……
「よし、これで整理できたな」
むっつりとした顔のリカルドは、グレッグの言葉にも、ぷいと顔を逸らした。構わずグレッグは続ける。
「ワンクスタとギャングスタが一緒にいたが、前からの友人であるという事。今回、クレイはワンクスタ共にやられはしたが、一緒にいたギャングスタのシザースは関与していない事。そして、そのシザースはK.B.Kの事を知っていた。でも大して気にしちゃいないって事」
「あぁ、その通りだ。シザースに関しては警戒する必要はねぇと思ってる。いかれた野郎だってのは間違いないが、今の俺の敵はギャングスタじゃない。アイツも、ワンクスタを潰そうとしてる事は好きにしたらいいとまで言ってたからな。もっと言うと、B.K.Bを潰すとしても我関せずってツラしてたぜ」
「だーかーらー、そんなの信用ならねぇだろ! どうしてギャングスタの言葉を簡単に信じれるんだよ? 人を騙したり、殺したりするのは連中の十八番だろうが」
やだやだ、とリカルドが手を振っている。俺だって関わりたくてこんなトラブル持ち込んだわけじゃないっての。いや、考えなしにワンクスタに突っ込んだ俺も、悪いと言えば悪いが……
「ま、そうは言ってもクレイがこういう奴だから俺達はK.B.Kを組むことになったんだろ? だったらついて行こうじゃないか」
「グレッグ、ありがとよ」
そう言ってもらえると俺の気持ちも少しは楽になる。
「だが、ギャングスタの言葉が信用できるかどうかはリカルドの言う通りだな。どうしてあんな恐ろしい連中と普通に話せるのか、不思議でならないよ」
「それは自分でも思うところだ。今まで二人のギャングスタと一対一で話したが、どっちも初めは殺されるって覚悟してたよ。この通り、首と胴はつながってるけどな」
「それが信頼につながるってか? いかれてるぜ、クレイ。少し話したせいで変な免疫がついて、感覚が麻痺しちまってるんだと思う。ギャングスタは恐ろしい連中だ。だから消したいんだろ?」
リカルドの言葉は全くもってその通りだと思う。ベンに助けられ、シザースと話し、俺はギャングスタの存在に慣れてきている。気を引き締めないといけない。
……
その日の帰り道。警戒のためにK.B.Kメンバー全員で下校した。
わざと、俺がシザースやワンクスタ共と出会った辺りを通ったが、人影は見当たらない。もしいれば全員でやっつける予定だったが、空振りとなった。
「ここだ」
「いねーじゃん。さっさと帰ろうぜ」
リカルドは一人、そそくさとその場所を離れようとしている。他のメンバーらも、シザースの話は聞いているので内心ではホッとしていることだろう。望んでギャングスタと対峙したいなんて酔狂な奴はいない。俺だってそうだ。別に奴と再会したいなどとは微塵も思っていない。
しかし、まだ俺の不運は続いているらしい。
「おー? お前ら、K.B.Kじゃねぇのか?」
後ろから近付いてきた一台の車。ボロボロのクラウンヴィクトリアから声が掛けられる。俺が振り返ると、頭にバンダナを巻いている顔が窓から覗いていた。シザースだ……クソッ。
「シザース」
俺の言葉に皆の顔が引きつる。
シザースは車を俺達の目の前に停めて、運転席から降りてきた。黒いワークシャツとワークパンツ、薄汚れた灰色のバンズを履いている。十五歳だと言っていたので無免許だ。免許取得にはあと一年待つ必要がある。
「あん? お前、クリスじゃねぇか。何やってんだよ」
仲間たちは俺がクリス、という偽名を使っている事には何も言わなかった。本名を、ましてやクレイだなんて名乗れるはずもないと分かってくれたのだろう。それとも、口を挟めるような余裕がなかっただけか。ジェイクですら額に汗を浮かべて緊張しているのが分かる。彼らの目線は一度、シザースのベルトに挿してある拳銃に向き、その一挙手一投足を警戒していた。
「……今、学校の帰りだ。お察しの通り、俺達がK.B.Kだよ。正義の味方のな」
「やっぱそうだったかー。パトロールご苦労さん、ってとこだな。アイツらなら近くのコンビニにいたぜ」
「なんで教えてくれる? 今度はアイツらが怪我する番になるぜ」
シザースは自然な仕草で耳に挟んでいた紙巻きの大麻をくわえて火をつけた。たったそれだけでメンバーの何人かが身構える。
「なんでって、それがお前らの仕事なんだろ。親切で教えてんだぜ、何か文句あるか?」
「ねぇよ」
「なら礼ぐらい言えっての。んじゃ俺は行くぜ。あんまりやりすぎんなよ」
美味そうに煙を鼻から出しながら、シザースは運転席に戻った。仲間の緊張が少しだけ緩む。
「行くってどこにだ?」
「あぁ? ストーカーかよ、てめぇ。アジトだよアジト。招集かかってんの」
アジト……決まった集合場所があるのか。奴らはれっきとしたギャングだ。そういったものがあっても、当然と言えば当然だが。
「そうだ、お前らの事、報告しといてやろうか。高校生どもが街の治安維持活動に精を出してるってな」
「馬鹿、やめろ!」
「どこが馬鹿だってんだよ!」
俺が焦って大声を出すと、シザースも怒鳴り返してきた。そうだった、コイツはこういう奴だった。リカルドなんか、いよいよ俺が弾かれると思ったのか、腰を抜かしてしまっている。
「わざわざギャング連中の耳になんか入れなくていいって言ってんだよ!」
「恥ずかしがんなよ、気色わりぃ! 胸張ってりゃいいじゃねぇか! クソが……ムカつく高校生が治安維持活動してるって内容に変更だからな!」
「邪魔すんじゃねぇぞ、ギャングスタ!」
アクセルが踏まれると、クラウンヴィクトリアの巨体が砂利を踏みしめながらゆっくりと前進を始める。
「邪魔どころか情報与えただろ、バーカ! さっさと仕事して来い! じゃあな!」
「シザース! おい! 誰が馬鹿だ、こらぁ!」
立てられた中指が窓から出てきて、遠ざかっていく。
腰を抜かしていたリカルドが震える腕で俺の脚にしがみついてきた。
「お、お、おい……! ヤバくねぇか、クレイ!?」
「別にヤバくねぇよ! あの野郎、むやみやたらと言いふらすなっての」
「だから、それがヤバいんだろ……!」
「知れたところで結局、B.K.Bは俺らには何もしてこねぇよ! シザースの態度で分かっただろ! 行くぞ、ワンクスタ狩りだ!」
リカルド以外のメンバーは呆けた顔で見合うばかりだった。