Riddle! O.G.N
掴まされた尻尾は、決してあの警官のガセネタではなかったらしい。不要なピストルまで奪って脅した甲斐があったというものだ。
俺たちの目の前に尻を見せたのは絶世の美女……などではなく、紺色のバンダナを左腰にぶら下げたクリップス。どこのセットだなんて気にする必要はなくなった。
「訊けばいいからな」
「は? なんだよ、いきなり独り言なんて。気持ちわりぃ」
意外にもビッグ・カンは時折は地獄耳なのか。未だにすべては読めない男だ。
「で、どうすんだ。あちらさんも気づいてるし、挨拶でもしとくか」
そのクリップスを発見したのは、閉店後のショッピングモールの駐車場だった。昼間は家族連れで賑わうだろう場所に、悪ガキどもが車を停めて集結している。
さながら不良漫画の大乱闘一歩前のシーンだな。実際はそう青くはなく、もっと血生臭い殺し合いでしかないが。
「当然だ。あれがN.C.Pのメンバーだった場合は用事があるからな」
彼らには訊きたいことは山ほどある。なぜそんな真似をしているのか。マイルズの指示で何かを企んでいるのか。それとも一部のメンバーによるただの裏切りなのか。
「おい! お前ら、どこのもんだ!」
俺が一歩前に出る。銃口が一気に向けられるが、両手なんて上げない。降参ではなく、ただの誰何だからだ。
相手からの反応はない。名乗る気がないか。
「ちなみにこっちはギャングじゃねぇ! だから名乗るセット名がねぇ!」
ビッグ・カンが俺の横に出てきてそう叫んだ。
ナイスアシスト……と言っていいのだろうか。彼らだけの話とすれば、ギャングではないというのも嘘は言っていないが。
「だったらこっちも名乗る義理はねぇな! 忙しいんだ、素人はすっこんでろ!」
「そうだ! んなブラッズみたいな格好してぶらついてるとぶち殺すぞ! 俺らがやらなくても他の連中が撃ってくるだろうしよ! さっさと着替えろ!」
相手方の答えがいくつか返ってくる。
当然そうなるな。二人目の奴はなぜか気遣ってくれているのが笑える。
笑える? いや、これは……?
「おい、クレイ」
「あぁ。俺も同じことを考えてた。ありゃぁ、N.C.Pの連中がクリップスの格好をしてる集団じゃねぇかってな」
耳打ちしてきたビリーが感じた違和感を俺も感じた。
こちらからは分からなくとも、あちらからはB.K.Bの面は割れてるんだ。
こんなに長く、おしゃべりに付き合ってくれているのもおかしな話だしな。
となると、カマをかけてみるか。
「お前ら、もしかして俺たちのことを知っていたりしないか?」
「あぁ? いきなり何を言い出しやがるんだ。有名人だって自慢でもしてぇのか」
「違う。俺らはよそ者でな。お前らの言う通り、首を突っ込む義理はない。だが、唯一と言っていいくらいにコンプトンで死ぬほど世話になったギャングセットがあるんだ。それが……ノース・コンプトン・パイル。本来、ブラッズとして活動している連中だよ。俺たちはそいつらの力になりたいと思ってる」
……
沈黙。
そして、やはりそれを破るのは空気の読めないビッグ・カンだ。
「おい! 何を急に黙ってんだよ! そいつらと関係あるってことに見えちまうじゃねぇか! 何か答えろよ!」
だがこれにも反応はない。
「もう一度言おう。俺たちは『お前たちの』力になりたいと思っている。その代わり、こっちの喧嘩にも大いに協力してもらいてぇけどな」
「チッ……お見通しなら先に言えよな」
ようやく返答があった。やはりそうだったか……
「そうだよ。俺らはノース・コンプトン・パイルのメンバーだ。理由までは話せねぇが、今はこんなふざけた仕事をやらされてる」
「やらされてる? マイルズの指示か? さっき、お前らの仲間の死体を見かけたぞ。一体、何がどうなってる? マイルズも連絡がつかねぇしよ。奴は今どこで何してんだ」
クリップスの格好をしてうろつくのはメンバーらにとって不本意、という意味だ。当然だろうな。
「だから、何も話せねぇんだって。悪いが俺らのことは放っておいてくれ」
放っておいてくれと言われても、困っている『味方』が目の前にいるのだ。それは無理だ。
「ダメだ。マイルズを呼んでくれ。そっちがどう思ってようが、こうしてもう関わっちまってるしな。逃がさねぇぞ」
「……頼むよ。早く、行ってくれ。何も話せねぇし、関われねぇんだ」
「ダメだと言ってるだろ。お前らの面倒ごとにならこっちも手ぇ貸す。マイルズを……」
「すまない」
サクッ。
冷たい、冷たい感触が腹から体内に入ってくる。そして次の瞬間には鋭い痛みと熱を感じた。
刺された……? なぜ……っ!!!
「かっ……! 何をやってっ……!」
ぐらりと揺らぐ視界。立ち去っていくノース・コンプトン・パイル。あまりにも唐突な出来事で、味方は反応が遅れた。
誰かが駆け寄ってくるのと、誰かが叫んでいるのだけは分かった。
……
「クレイ!!」
サーガが鬼の形相で俺を睨みつける。
油断してヘマしたんだ。キレられて当然だな。腕を組んでいるが、いつその拳が飛んでくるか分かったもんじゃない。
目を閉じる。
「クレイ!!」
メイソンさんの声は叱責ではなく心配だった。
本当に元ギャングスタかよ。すっかり丸くなっちまって、死後は神か仏にでもなるんじゃないだろうか。
目を閉じる。
「クレイ!!」
これは……誰だ?
だが、俺は知っている。懐かしい声。真っ赤なディッキーズとバンダナ、決して大きくはない体躯。だが、今まであった誰よりも大きな、大きな男だ。
ビッグ・カンなんか目じゃねぇ。いや、別に奴を落としたいわけじゃないが。ものの例えってやつだ。
目を閉じる。
ぐっ、と右手を引っ張られて身体を、いや、魂ごと引き上げられるような感覚があった。
あれか? 幽体離脱というか、オカルトっぽい話だ。いや、違う。
実際に身体を引き起こされたのだ。
目を開く。
「「クレイ!!!」」
俺の顔を覗き込む面々。これが意識の中で俺に呼び掛けていたサーガやメイソンさんに化けてたってわけか。
「クレイ……! てめぇ! くたばったかと思ったじゃねぇか!」
ビッグ・カンのデカい面が俺の視界のほとんどを埋めており、唾を飛ばしながら俺の身体をガクガクと前後に揺らした。
やめろよ、いてぇし、汚ねぇんだよ。
「……」
だが、そんな非難の声は出せない。
「カン! 揺らすなって! クレイを病院に連れてくぞ! 一時撤退だ!」
いいぞ、ビリー。悪くない判断だ。早くビッグ・カンから俺を離してくれ。
……
「あん? よく見ると確かにひどい怪我だが、深くはないな。おそらく殺す気はなかったんだろうぜ。刺すときに謝ってたしな」
病院へと運ばれる車内で、ビリーが俺の怪我と奴らの目的について考察している。
殺す気はなかったというのは俺も同意だ。一撃必殺になりえる首や心臓ではなく、腹だからな。
理由までは分からないが、こちらの助力も拒んでいたので、俺にケガを負わせてB.K.Bをコンプトンから退場させておきたいってとこだろう。
「追いかけてとっ捕まえておくべきだったか……いや、でもクレイの方が優先だよな。これで正解のはずだ」
「下手打って……悪い……」
「喋んな。いてぇだろ。別にヘマでもねぇし」
せっかく絞りだした声も叱られてしまうだけだ。
病院はコンプトン市内ではなく、街を出て少し北上した地点だった。
これを狙ったわけでもないのだろうが、ノース・コンプトン・パイルの連中の思惑通り、B.K.Bは一時離脱を余儀なくされた。
俺抜きでも進むのを強行しろと言いたいところだが、絶対に従ってくれないだろうな。
俺の指示が届かないことを嘆くべきか、はたまた俺のことを最優先してくれる仲間に感謝すべきか、難しいところだ。
「クレイ。二、三日は休め。ビッグ・カンたちはまた激戦区に戻っていったから、合流したときに進展があるだろうさ」
「あぁ……」
奴らは遊撃隊みたいなものだ。俺に付き添いなんかしてる暇があればそうするだろうな。
ただ、そんな連中でも俺をここまで運ぶのは手伝ってくれた。言ってしまえば行きずりの付き合いでしかないのに、本当に感謝しかない。
腹の傷は、1インチ程度の浅いものだった。もしかしたら1センチの方が近いかもしれない。
縫合すらせず、傷薬と痛み止めで済んでいるくらいだ。
刺したナイフが短いものだったようにも見えたし、それも全部刺しきったわけでもなかった。
仮に長物であっても深々と突き立てはしなかっただろう。やはり、どう考えても殺す気はなかったか。
こんなかすり傷で騒いでた自分が恥ずかしいくらいだ。周りは傷の具合なんて分からないんだから騒いでも仕方ないが。
ビリーは俺の病室にいる。他のメンバーは病院の周囲にいるか、地元に戻って武器や装備の補充を行っているらしい。
ハスラーにも連絡は行っているが、容体が大ごとじゃないのはちゃんと伝わっている。
「さーて、これからが大変だぞ。何せ、動けもしない怪我人を相手にじっとしてなきゃいけない。銃弾より先に退屈で死んじまいそうだ」
「まさか、そんな弱点があったとはな。お前を仲間から切りたいときは退屈な話をすれば殺せるわけだ」
「そんだけ無駄口利ければ、もう動いて良さそうなもんだがな」
二、三日安静にしろと言ったやつがよく言ったものだ。医者の言葉をそのまま継いだだけだろうが。
「よし、じゃあ行くか……」
「馬鹿が。何か要るか? 酒でもタバコでも、ジョイントでも持ってきてやるよ」
「馬鹿はどっちだ。そもそも俺は怪我をしてなくたって下戸でノンスモーカーだぞ」
「何をマジな返答してんだよ。退屈を紛らわそうっていう俺の涙ぐましい努力だっての」
クソつまらねぇ冗談だな。
ただ、会話自体は端から見ればギスギスしているように見えるが、俺とビリーにとっては案外楽しいものだ。
「ちょっと考えたんだがよ、クリップスの真似してるN.C.Pの連中は、裏切りだとしたらO.G.N……じゃなかった、C.O.Cの影響だよな」
「さぁな。マイルズはまだ連絡を返してこねぇ。あいつの指示で何か探らせてる可能性だってある。みんながみんな、口をそろえてB.K.Bには手出し無用って言ってるからな」
ただ、俺への対応を見るに、単純に裏切ったわけではあるまい。
もしそうなら敵対する俺を刺し殺して終わりだったはずだ。B.K.BはO.G.Nにとって最大の障壁だからな。
「手ならむしろあっちが出してるじゃねぇか。大将刺されて黙ってられねぇぞ」
「いいさ、このくらい。喧嘩は避けろ。命令だ」
「チッ……」
となると、連中は何かを仕掛けようとしてる。
俺たちにも話せない何かを。
ただ、マイルズも含めてお世辞にも賢いとは言えない連中だ。
話では済ませれない、勝てない、言い負かせないと感じたからこその強制退場だったはず。
いずれボロは出る。
「次に、連中と出くわしたら?」
「また聞くしかないだろうよ。ただ、次も刺すなんて手は使えない。近寄ろうとしただけで撃ってくるかもな。かといってこちらから仕掛けるなんてのは悪手だ」
「じゃあどうすんだよ。ぶつかれないならいつまでも逃げられるだけだ」
「それでも追うしかねぇな。マイルズを見つけるまでは」
マイルズの考えを聞く。マイルズすらも俺たちを爪弾きにしようとするなら……いや、するだろうな。
やりたくはないが、捕まえるしかないか。
ピリリ……ピリリ……
そんな時だった。携帯電話にマイルズからの着信が入ったのは。