Riddle! N.C.P
「どういうこった。なんでN.C.Pのギャングスタが? いや、それよりも何でクリップスの格好なんかしてるんだ?」
俺の頭の中の疑問をビリーが先に代弁してくれた。
誰だって、これを見て混乱しない方がどうかしてる。
何らかの欺瞞工作か? 誰の? 何のために?
マイルズは別の場所で喧嘩をしている。なぜそこにいるはずの奴らがここにいる? 仮にここで死んだとして、なぜ放置されている?
そして、なぜクリップスの格好を?
また最初の疑問に立ち返ってしまい、堂々巡りだ。
「N.C.Pが寝返った……?」
「いや、ビリー。それがこんな格好をしている理由にはならない。ブラッズサイドのセットでC.O.Cと組んでるやつもいるんだ。わざわざ着替える必要はない」
「誰かを騙そうとしてるのは間違いないだろうぜ、クレイ。もしくは個人的にこいつらだけがマイルズから離反したとか。N.C.Pの本隊は血眼になって総動員でそれを刈ってる最中なんじゃねぇのか?」
確かにそれなら地元を空にしている理由としては妥当だ。となると、裏切り者はこの二人どころの騒ぎではないという話になる。
手出し無用と言われたのも、理由を話さなかったのも合点がいくな。
「粛清されたってのか? それより、まずは報告だな。マイルズが預り知らない可能性だってある」
その言葉のまま、俺はマイルズに再度連絡を入れた。
だが、タイミングが悪かったのか繋がらない。忙しそうにしていたのは事実なので、喧嘩の最中か、別の仕事をしているのか、とにかくどう対処するのが正解なのか分からなくなってしまった。
「おい、いつまでくっちゃべってんだ。用がねぇなら動こうぜ」
少し離れた位置、ボディがべこべこに凹んだオデッセイの中からビッグ・カンが声をかけてくる。
あまり彼らを退屈させるわけにもいかないな。
「敵なのか味方なのか分からないが、ここに放置という訳にもいかないだろう。ノース・コンプトン・パイルのメンバーである以上、さっきの拠点に置いておく」
とはいえ、これくらいは必要な仕事だ。
「……ったく、お人好しな野郎だ。さっさとやるぞ」
そっくりそのまま、お前にもお人好しだと返してやりたいところだぜ。
いやいやな雰囲気を醸し出しながらも、率先して車をつけて仏さんを積み込もうとしてくれてるじゃねぇか。
……
一度、死体を運び、再びその場へ戻ってきた。
争った形跡を探るためだ。
誰かと対峙していたならそっちの血や、薬莢などが残っているかもしれない。
「クレイ。さっきの二人は、何で死んでたんだっけか」
「銃創があったから撃たれたんだろ」
俺の返答にビリーが何かを考えこむ。
「不意打ちとか? ここに呼び出されてよ」
「さぁな。それを調べてるところだ。しかし、あまり時間をかけてもいられない。少し調べて何もわからなきゃ、放って次に行こう」
そんな会話をしていると、捜査に意外にも協力的なビッグ・カンの仲間たちが騒ぎ出した。
何かあったかと近づく。
「お頭ぁ! でけぇ弾だ。10近くある! ライフルか、こりゃぁ!?」
「だな。こんなんで撃たれたら痛そうだぜ!」
「お頭の身体は通らねぇだろうよ!」
「誰が肉の防弾チョッキだ、こらぁ!」
さっきの死体は武装していなかった。
していても奪われたのだろうが、この薬莢は彼らが撃ったものか、敵対者が撃ったものかのどちらかだ。後者の方が納得できる。
「別の場所で殺された線もあったが、こりゃあここで撃たれたと考える方が自然だな」
ビリーの感想に俺も賛成だ。
それこそ推理ドラマのように別の場所で殺し、わざわざ薬莢までここに運んで死体を偽装した、なんて話なら変わってくるが、そんなことをする理由がまるでない。
誰を欺こうとしているのかも不明だ。
「……あとは撃ったやつがノース・コンプトン・パイルの人間かどうかだな」
「この殺しにマイルズが絡んでれば内輪揉めで確定か」
「そうなる。しかし、なんで今なんだって恨みたくもなるぜ。電話もつながらねぇし最悪だ」
俺の携帯電話にマイルズからの折り返しはまだない。
ただ、別の奴の発砲ならそれはそれで意味不明だ。裏切り以外だと、クリップスに変装したノース・コンプトン・パイルの人間の謎も深まる。
じれったくなり、再度携帯電話の通話ボタンを押すが、やはりマイルズからの応答はなかった。
「まぁよぉ、なんかよく分からねぇが、ノース・コンプトン・パイルってやつらもピンチなんだと思うぜ」
「なぜだ?」
「なぜって! マジかよ、クレイ! 意外と阿呆なんだな! ここはソイツらの本拠地も本拠地。ボス様の家の近所なんだろ? さっきの仏さんが味方なのか裏切り者なのかは関係なく、そんな場所で白昼堂々殺しが起きてんだぞ? 黙ってろって方が無理だろうぜ!」
裏切り者の粛清に過ぎなければ、それがなぜピンチなのかは分からないが、マイルズが気に食わないと感じた、という程度に考えればビッグ・カンの言葉は正しい。
いや、裏切り者だった場合は、そういう輩が出てきていること自体がギャングセットのピンチだと言っているのか。
「……確かに。切れるじゃねぇか、カン。ただし、阿呆は言い過ぎだ」
「けっ! プライドが高いことで!」
プライドが高いって話なら、マイルズもそうだな。
そこまでの状況であれば俺らを頼ってくれたって構わねぇってのに、要らねぇなんてぬかしやがった。
「よし、移動するぞ。C.O.Cの連中や肩入れする輩を探すのは当然だが、それと同時にN.C.Pも探したい。マイルズ達を見つけた場合は奴らが嫌がっても手を貸すぞ。C.O.Cとぶつかるとき、やはり彼らの助けが必要だ」
「そのために憂いを晴らしてやるってか。賛成だな」
ビリーが同調する。ビッグ・カンもこれには口を挟んでこないので異論はないのだろう。喧嘩できれば舞台はどこでも良いといった様子だ。
「そうだ。優先度はややノース・コンプトン・パイルの方が上だな」
「了解だ」
空き地内に散らばっていた面々が全員乗車し、車列は移動を開始した。
……
まず出くわしたのは、意外にも警察だった。
ポリスカーが二台、警察官が四名のチームで、路肩に車を止めて何やら警戒している。
彼らに止められ、問答が始まる。
「どこのセットだ。堂々とそんな武装をして、見逃してもらえるとでも思ったのか?」
「答える義務なんかねぇだろ。止まってやっただけありがたいと思え。それともここで今すぐやり合うか?」
「……チッ、威勢のいいガキだ。群れて、武装して、迷惑をかけることしか出来ないクズめ」
「挑発してもお前らが死ぬだけだぞ」
俺たちは本来であれば即逮捕、あるいは撃たれても仕方ないくらいの危険要因だ。
ただ、今は各セットが争い合っている状況だと分かっているので、銃所持等のお咎めはない。これがコンプトンでギャングと渡り合う警察官の処世術か。
「こっちは仕事なんだ。遊んでるお前らとは違ってな。セットだけでも答えろ」
見かけだけでも提出しなきゃならない書類でもあるのか?
一応は仕事しました、頑張って捜査しました、といったところだろう。本当に下らない。
「こっちに何かメリットがあるとは思えないな。俺らはただの一般人だ。どこのギャングと勘違いしてるんだか」
「このガキ……なら、さっきここを通った連中の情報をやる。それで飲め」
俺らよりもよっぽどクズな警官だな。だがこれを利用しない手はないので俺は頷いた。
「ビッグ・クレイ・ブラッドだ」
嘘をつくかどうか、少し悩んだが正直に答えた。
警官はそれを手帳に書き留める。B.K.Bの名前を聞いても特に変わったリアクションは見せなかった。
地元のギャングでもないのに、どこの者だとは気にならないのか。それに、そもそもB.K.Bはこっちの警察にはマークされてないんだな。意外だ。
「……ふん、最初からそうしていればいいんだよ」
「偉そうな訊き方をする方が悪い。それよりもさっさとそっちの情報を寄越せ。ぐずぐずしてると殺すぞ」
俺の態度に、仲間たちからは「おーーう」と嬉しそうな声や口笛、指笛が起きる。
荒々しい連中だ。俺が警察官にデカい態度を取っているのを見るのが気持ち良いんだろう。
「どこぞのクリップス、チカーノ。後者の方はサウスセントラルの連中だった」
「あ? 余所者かよ」
「お前らもそうなんじゃないのか。いろんな連中が出入りしてる。迷惑な話だ」
「知るかよ。クリップスの方のセット名を教えろ」
オリジナル・ギャングスタ・ニガズであればビンゴだが、果たして。
「どこぞの、という話を聞いてなかったのか?」
「ふざけるなよ。こっちに名乗らせておいて、他には聞けなかったとでも言うつもりか」
「正解だ」
「無能が!!!」
俺の言葉で、一斉に銃口が警察官へと向けられる。当然、あちらの仲間からも銃口がこちらを向いて睨み合いとなった。
騙すつもりだったなら、死んでもらうしかなさそうだ。
しかし、数でいえばこちらが圧倒的に有利。全滅させる前には俺一人くらいは死んでしまうだろうが、この腑抜けの警官共に俺の首一つで殉職するよう気概もないだろう。
「チッ……落ち着け、ガキども。情報はやると話した。そして、それはちゃんと話した。セット名は言えずとも、どんな奴が通ったかは話した。そうだろう?」
「屁理屈だ。実際、お前は今のことろ俺を騙したことになってる。死にたくなければ次の言葉はよく選べ。セット名が分からないなら特徴なり行き先なり、洗いざらい話せ」
「……くっ!」
「あとは、その豆鉄砲を全部落として両手を上げろ。それがお前たちが生き残る唯一の道だ」
どうしてこうなることすらも予想しなかったのか。
コンプトンのギャングスタってのはこんな腑抜けた警官とおしゃべりしてくれるほど優しくはないはずなんだがな。
「待て! 話はするが、銃は勘弁してくれ! そんな簡単に武器を取られたら首が飛ぶだろう! 少しはこっちの言い分も聞け!」
「文字通り死んで首が飛ぶのと、職を失うのはどっちがいいんだよ?」
「クソがっ!!」
罵声と一緒に、目の前の警官が拳銃を地面に落とした。
それに続き、他の警官共も次々と銃を投げ捨てる。根性無しばかりだな。
「カン、要るか? 要るならやるぞ、これ」
「あ? 要らねぇよ。舐めてんのか、コラ」
「そう言うと思ったぜ。だったらビリー、拾っとけ。予備武器だ」
ビリーが警官の銃を回収し、適当にウォーリアーのメンバーに配る。
警官共はそれを黙って見ていた。
正直、こんな拳銃は必要ないのだが、警官らからの反撃が抑えられるので没収しておくに越したことはない。
「さて、話の続きだ。特徴なり行き先なり、洗いざらい教えてくれるんだったな」
「……クリップスの方でいいのか。統一色は紺色のバンダナ。武装はお前らと同等。向かった先はおそらく南。見かけたのは二十名程度の集団……こんなところか」
何の変哲もないその辺のクリップスって感じだな。
正直オリジナル・ギャングスタ・ニガズに名を変えたC.O.Cの連中がどんな格好をしているかは想像できない。
そもそも、こだわりがなければそういった無難な服装の可能性もある。
「それは本当にクリップスなのかねぇ?」
「カン? 何が言いたいんだ?」
「だってよ、N.C.Pとか言う味方の兵隊も妙な格好してただろ。それかもしれねぇし、そうじゃないかもしれねぇ。何が何やらだぜ」
確かにそうだ。クリップスの格好をしていたN.C.Pのことも捨て置けない。
しかし、この警官の話が彼らだったら、N.C.Pにはそんなにたくさんの裏切り者がいるのか?
それとも……
「クソ……とにかく南に向かうぞ」
せめて、その尻を追いかけてみるしかないか。