Fire! In South
当然、いきなりの追突を受けたクリップス側の車両は大混乱に包まれた。
しかも、ビッグ・カンを乗せるカローラのドライバーが中々に上手い。
次々と合計三台の敵車両を巻き込んで、強制的に壁へとまとめて押し込んでいく。
言うなれば、フォークリフトがスクラップの車両を横向きに持ち上げてまとめるように、横滑りさせて寿司詰めにしてしまった。
ただ、そのままでは前進か後退して敵は脱してしまう。
しかし、ぐいぐいと押し込み続けることで最も手前の車両が次の車両へ乗り上げ、亀のように上下に重なった二台が最後の車両をみっちりと壁際に密着させる。
敵車両はどれもタイヤを空転させるばかり。それも、勝手に出てきたエアバッグに車内を占領されてしまって視界は死に、状況すらつかめていないようだ。
ちなみにビッグ・カンのカローラは古すぎて、そんな安全装備はついていないらしい。
しかしあんなに小さく非力な日本車で、よくもまあ大柄なアメリカ車を三台も横向きに押し進めたものだ。
「っしゃぁ!!! 野郎ども、やっちまえ!!」
「おう!!」
わらわらと飛び出すビッグ・カンの仲間たち。窓ガラスを割り、あるいはドアをこじ開け、引きずり出したギャングスタを一人ずつタコ殴りにしていく。
「おい、マジで殺す気なのかよ。あいつら、無茶苦茶だぜ」
「逃げてるやつをわざわざ追いかける時点でイカレてるさ」
ホーミーたちはその追撃には加わらず、車内で呆れかえっていた。
「よう、B.K.B! お前らもこいつらの敵だろうし、ムカついてんだろ!? こっち来いよ!」
そんな気持ちを知ってか知らずか、ビッグ・カンが大声で俺たちを呼びつける。
骨の髄までガキ大将な男だ。
「いや、遠慮しておく! それよりも、俺たちは先を急いでるって話しただろ! そろそろ行くぞ!」
「ちょっと待てぇい!」
「あぁ!? まだ何かあるのか!」
ここで振り切ってしまうことも可能だ。何せ相手はボコボコに潰れてしまったカローラ。いくらこちらが乗っているのが型落ちのキャデラックだとしても、勝負にすらならない。
「興が乗った! 俺らもコンプトンまでいくぜ! なぁ、野郎ども!」
目の前のクリップスをぶん殴っているビッグ・カンの仲間たちも、リーダーのこの発言にぎょっとした。
「お頭!? こいつらはどうするんだよ!?」
「そうだぜ、お頭! 俺らのシマは空けていいのか!?」
「適当にボコして、攫って、途中で捨てて行けばいいだろうがよ! それとも、車ごとここでさっさと燃やしちまうかぁ!?」
「よっしゃあ! 車ごとぶっ飛ばすぜ!」
言うが早い、ビッグ・カンの仲間たちはクリップスから奪った銃を使って、滅茶苦茶にその車を撃ち始めた。
狙うならガソリンタンクが正解なのだろうが、おそらくその位置を理解していないのか満遍なく撃ち込んでいる。
「おい、もう少し離れろ!」
カローラはまだ敵車両に密着しているし、撃っている連中も目標の至近距離だ。
そりゃあ、近くて全弾当たりはするが、自分たちが巻き込まれることくらい考えろっての。
「お頭! 弾切れだ! 他に燃えるもんねぇのかよ!」
「馬鹿野郎! 何で派手に爆発しねぇんだよぅ! いい女を前に、イケないまま終わったみたいじゃねぇか!」
命拾いしたのは自分たちも同じだという事を棚に上げ、まだ騒いでいる。
「お頭はいつも女に逃げられてばっかだろ! 太りすぎなんだって! 潰されて死ぬと思われてんだよ!」
「おいぃぃ! なんで俺の黒歴史をさらすんだよ! そんなんだからアニメが至高だって気付かねぇんだぞ、てめぇらはぁ!」
正直ビッグ・カンの女遍歴なんてどうでもいいが、間違いなく今する話ではないだろう。
「おい、いい加減に退くぞ! カン! ついて来い!」
今度はこちらが先導する番だ。今までさんざん付き合わされた分、ここからは主導権を握らせてもらう。
「畜生、覚えてやがれ!」
負けた側の捨て台詞をなぜか吐くビッグ・カン。
多少は反発があるかとも思ったが、彼らは敵を爆発させられなければどうしていいか分からなくなっており、意外にも従順にベコベコになったカローラでついてきた。
……
現場からどのくらい離れただろうか。体感的には五分程度だが、もっと走ったかもしれない。
「お、おい! まずいぞ、クレイ! 待ってくれ!」
「あ? なんだ? ここなら大丈夫そうか。止めてやってくれ」
後続のビッグ・カンの叫び声。
特に誰もいない空き地の前だったので、彼の要求通り停車する。
「どうした、カン?」
「どうしたもこうしたもねぇよ! もうコイツが走らねぇんだ!」
煙などは吹いていないが、カローラはエンジンルームからギイギイと不快な音を立てている。流石に限界か。
むしろ、ここまでよく走ってくれたと賞賛すべきだろう。
「本当だな。どうするんだよ、こっちに同乗するスペースもねぇぞ」
進みも戻りもできず、立ち往生だ。その上、ビッグ・カンは脚も悪い。
「はぁ!? 俺たちをここに置いてくっつってんかぁ!? そりゃないぜ、B.K.Bよぉ!」
「俺だってどうにかしてやりたいが、こっちにも空きがなくて乗せられないって言ってるだろ! だいたい、もう逃げてるクリップスをわざわざ追いかけ始めて、それでこうなったんだから自業自得じゃねぇか!」
「何をぉ! こうなったらてめぇらの車を分捕ってやるからな!」
結局こうなるか。しかし、俺たちの車を奪われるわけにもいかない。
「やめとけ! お前らのことを撃たせるんじゃねぇよ! その辺に止まってる車でも盗めばいいだろうが!」
「その手があったか! おい、野郎ども! 車を探すぞ! B.K.Bも手伝えよ!」
「……」
とはいえ、この場には車どころか住宅もなく、人っ子一人いないので多少は歩く必要がある。
「おい、クレイ……まだ付き合うのか? もう、適当に探すふりだけして置いていけばいいんじゃねぇか?」
ひそひそと、ハンドルを握るホーミーが俺に耳打ちする。
俺もその意見に同感だ。ただここまでくると、俺は一つ、吹っ切れたような気分になっていた。
「いや、なんだったら暴れたりないこいつらを、コンプトンでぶつけてしまったらどうかと思ってな。シマに残らず、ついてくるような発言があったしな」
もしくは、サウスセントラルでC.O.C側につく連中とやりあってもらうか。
どっちにしても、俺たちの味方として働いてもらう。絶対にだ。
「よう、B.K.B! あっちに駐車場がある! そこの車を拝借しようぜ!」
「分かった。先に行ってくれ」
「了解だ。逃げんなよ!」
言ったのは俺だが、道具もなしにそんな簡単に車が盗めるもんなのかね。
「鍵ついてるぜ!」
嘘だろ。
一台目、狭い駐車場のすみに止めてあったピックアップトラックに鍵が刺さりっぱなしだったらしい。こんな治安の悪い地域で、持ち主は何を考えているのやら。
もしかしたら、それがギャングの構成員か関係のある人物で、自身のテリトリー内だからと油断していたのかもしれない。
ビッグ・カンがその運転席に乗り込む。今回は自分で運転するようだ。
「準備オッケーだぜぃ! さっきのクリップスにとどめを刺しに行くかぁ! このトラックなら一撃だろ!」
「おい、まだあいつらと関わる気かよ? どうせなら、他の敵を探して突っ込んじゃどうだ」
「あん? 他の敵? なんでだ?」
「さっきの連中はほとんど死んじまってるようなもんだし、二度とお前らのシマには近寄らねぇよ。そのくらいビビッてたろ」
報復がないとは言い切れないが、そのまま俺たちをスルーしていけば良かったものを意地を張って立ち止まったのはあちらだ。
自分たちが売った喧嘩で敗走した。それも半殺しの状態、死人すら出ている可能性もある。
プライドがあるような連中には見えなかったし、ビッグ・カンのシマには入れないと見ていい。
「んだよ、そりゃあ。だったらこの鬱憤を他所で発散しろってかぁ」
「そういうことだな。そこまで腕っぷしに自身があるんだったら、シマを飛び出してコンプトンまで来るか? 殴りたい放題だぞ」
「はぁん?」
丸腰同然の連中だ。ビッグ・カンの側にもそれ相応の被害は出るし、脚の悪い本人も死ぬかもしれない。言わば死地への誘いだ。
「そこまでの遠出が難しいなら、サウスセントラルの他の場所でクリップスを潰して回ってもいいぞ。その場合、俺らは同行できないがな。何度も言うが、俺らはもうここに用はないから離脱する」
「結局、付き合い悪いのかよぉ! ちっくしょうめ! 野郎ども、さっきも言った通り、こいつらについていくかぁ!?」
案外と突っ走るわけではなく、最終決断は仲間に意見を求める柔軟性もあるようだ。普段からシマの外にはあまり行かないのかもしれない。
良い言い方をすれば地元愛が強く、悪い言い方をすればお山の大将だな。
「なんだ、お頭! ビビってんのかよ!」
「そうだぜ! 途中で萎えた分、取り返そうってんだろぉがよ!」
このリーダーにこの子分あり、か。
「付き合いが悪いとは人聞きが悪い。俺は一緒に来るか、ってちゃんと提案してるだろうが」
「はん! 良い様に使おうったってそうはいかねぇぜ。俺らは俺らの気に食わないやつをぶっ飛ばす。つまり、さっきの連中の仲間をだな!」
だからそれでいいんだが……まぁ、深くは突っ込まないでおこう。
……
何はともあれ、強力な? 助っ人を手に入れた。
言う事をどの程度聞いてくれるか不明だが、少なくともクリップスを叩く助力にはなる。
考えとして汚いが、最悪、弾避けにでもなってくれればいい。
「おらおらぁ! クレイ、早く先導してくれやぁっ!」
「「おぉぉぉっ!!!」」
なんとも暑苦しいビッグ・カンの声と、続く野郎どもの雄たけび。
ピックアップトラックを手に入れたのをよいことに、荷台部分に十人ほどの兵隊を追加して彼らは戦力を増強した。
戦力だけでなく、暑苦しさも倍増だがな。
バットや鉄パイプを持った男が荷台にぎゅうぎゅう詰めなのだ。どこの部族の戦士だよ、まったく。
脳筋ばかり集まった結果、肉弾戦、白兵戦を好む傾向となり、銃を与えていないのも納得だ。
「あれを連れて移動するのも目立ってしょうがねぇな」
「サツに止められるんじゃねぇのか? まるでテレビで見る中東のテロリストか、アフリカ辺りの部族紛争の映像だぜ」
ガーディアンのホーミーたちもドン引きだ。
実際、丸見えのピックアップトラックの荷台部分に、満載の男たちが武器を掲げていたらポリスカーに止められるだろう。
それに反抗してビッグ・カンたちが騒いでも、俺たちは素知らぬ顔で先を急ぐまでだ。
彼らも車を変えたとはいえ、人を乗せすぎているせいでまだこちらの方が足は速い。トカゲのしっぽ切りのように、ビッグ・カンたちを餌に全速力で退散する。
しかし、ビッグ・カンは大音声でこっちに助けを求めては来るだろう。それに警察が反応して追いかけてこなければいいが。
ひっそりと走っているつもりでも、彼らのせいでお祭り騒ぎだ。
途中を通行する一般車両や歩行者に対しても奇声を発して謎の威嚇を繰り返している。
これでは直接警察と出くわさなくとも、通報が行ってしまうそうだな。
どうあってもさっさとコンプトンへ急いだほうがよさそうだ。あの辺り、ギャングのテリトリー内であればサツも簡単には入ってこれない。
「おい、コンプトンまで少し飛ばすが大丈夫そうか!? 荷台の連中は振り落とされないようにな!」
「あたぼうよ! 獅子は崖下に我が子を突き落とすんだぜぃ! 仮に落ちたやつは、走ってでも這い上がってくるのさ!」
「なんだそりゃ」
全く関係ない上、結局振り落とされること自体には配慮してねぇじゃねぇか……