Beat! In South
ビッグ・カンは俺の驚いた様子に興が乗ったのか、上機嫌で話し始めた。
「だってよ。LA全土を巻き込むほどの大喧嘩があったって、昔話があったろ? その状況に似てるじゃねぇかぃ。確か、その時の立役者が……」
「B.K.Bだな」
「おうよ。なんだったら、アンタらがこうなるように仕組んでたりすんのか?」
まさか。それに、当時の戦争はそれは悲惨なものだったと聞く。俺がサーガやメイソンさんに代わる大きな役割を果たしているなんて、とてもではないが思えないな。
「仮に、仕組んでるって言葉を使うなら、ウチじゃなくて敵方だろうよ」
「ははっ! それはそう言いたくもなるだろうよぉ。でも、その引き金を引かせたのは誰だ。敵さんがアンタらの首を取るために各地の味方と呼応して暴れてるって線。当たってそうじゃね?」
相手はあのリッキーだ。とはいえ、俺の知るリッキーは死に、それとは別人であればあのリッキーなんて考えるのも変だが、とにかく妙手を好む人物なのは間違いない。
「となると、サウスセントラル、コンプトン、イーストロサンゼルスの三ヶ所で喧嘩が起きるってのが筋書きになるのか。嫌な話だ」
お互いの本拠地であるコンプトンとイーストロサンゼルス、そして今いるサウスセントラル。ここで争う。
だが、同盟セットからは今のところ何の連絡ない。仮に巻き込まれているとしても、各々で対処している段階か。
騒ぎの中で今から無理やり連携するというのも難しい。
やはり一点突破し、C.O.Cを狙うのが最上策だと思う。
「迷惑してるのは俺たちの方だけどな! ははっ!」
「楽しそうに見えるがな。まぁ、クレームと迷惑料の要求ならオリジナル・ギャングスタ・ニガズっていうコンプトンのセットに言ってくれ」
「なぁに、たんまり巻き上げてやるさ。以降、ここをのこのこ通る連中からな!」
ギャング相手にゆすりとは、こいつらの方がよっぽど筋金入りのギャングスタだぜ。
「出来れば通ってるだけなら見逃してやっても欲しいところだが……仮にウチの同盟セットだったら困るからよ」
「あーん? じゃあ一番に聞いては見てやるよ。てめぇはB.K.Bの仲間か、ってな」
「助かる」
その確認があるのとないのとでは大違いだ。
「しっかし、そのプレジデント様と会えるたぁな。おい、クレイ。コンプトンに攻め入るんだよな?」
「……まぁ、そのつもりだが」
深い仲ではないので答えるのに躊躇したが、何やら嫌な予感がするぞ。
「その敵、なんつったか、ギャングスタなんとかニガズの大将を殺せば勝ちか?」
「そうだ。裏を返せば雑魚をいくら殺っても、親玉が生きてたらゾンビみたいに復活してくる。今回がまさにそれでな」
「ほーん。仮に俺が殺ったらボーナスくらいは出んのかよぉ?」
何を言い出すかと思えば……俺たちについてくるとでも?
そんな無茶をする前に、体重を支え切れていないてめぇの脚を労われよ。
文句にしか聞こえないだろう心配の声を心の中でつぶやく。
「出ねぇよ、そんなもん。それに、簡単には殺れねぇ」
「どうしてだ? 銃弾を弾く鋼鉄の体でも持ってんのか、そいつは」
「それに近いかもな。死ぬところをこの目で見たのに、生きてやがったくらいだ。死んだのは影武者だったのか、何なのかは分からねぇが。その肉体が死んでも、こうやって攻勢を仕掛けてくるくらいには化け物だ」
ビッグ・カンが分かりやすく仰け反る。
「マジかよ! この世の者じゃねぇってか! ちょっと待ってろ、知り合いのシャーマンに連絡すっからよぉ! それか、銀製の弾丸を作るか!」
「どっちも要らねぇよ!」
化け物を文字通りモンスターだと捉えたビッグ・カンが、対抗策として子供のような提案をしてくる。
残念ながら祈祷師も銀も、ニンニクも十字架も効かねぇだろうよ。
「要るだろぉよ。化け物は通常攻撃じゃ死なねぇんだぜ?」
「何をおとぎ話やゲームみたいなこと言ってんだよ。化け物とは言ったが、人間なのは間違いねぇんだ。普通にぶっ殺せば死ぬっての」
「そのつもりで弾いたら、何でか生きてるから困ってんだろうによぅ」
もちろんその通りなのだが、そう何度も影武者のような奴が出てきてたまるか。
リッキーは本当は死んでいた、なんてオチだったとしても、その事実がこちら側に知れ渡るだけで十分に効果はある。
もしそうなら死んでなお、敵味方を動かす影響力には感心だな。三国志か、ヨーロッパの戦史か何かの話でそんな内容の史伝があった気もする。
「だからといってお前に頼る理由にはならねぇさ。味方してくれるってのは心強いが、脚も悪いんだろ? ここを守り抜くので精一杯だろうぜ」
「ばーか。俺は魔法が使えるんだよ。その気になれば座禅を組んで宙に浮かぶこともできるんだぜぃ!」
本当に変わったやつだな。何となくだが、ビッグ・カンからはオタク気質を感じる。よく見たら着ている服もアニメか何かのシャツだな。
O.G.Nのおとぼけハスラーと気が合いそうだ。
冷静に考えたら、奴にばったり会ったら殺さなきゃならないかもしれない状況なんだよな。
情が沸いたわけではないが、出来れば殺したくないところだ。馬鹿でふざけた野郎だが、個人的に奴へは一切の憎しみを感じないからな。
「だったらその魔法で一瞬にして、この戦争を終わらせてくれりゃいいのによ」
「そいつぁカリフォルニアが吹き飛んじまうってことだぜ! だーっはっは!!!」
「元も子もないな。俺たち自身や、関係のない人まで死んじまうじゃねぇか」
核爆弾を落とすようなもんだな。とはいえ、そんなもの使えるはずもないのでビッグ・カンの話が全て冗談なのは百も承知だが。
「さあーって、勇者様パーティーをいち大魔導士に過ぎない俺が引き止め続けるのも物語が進まねぇな? そろそろ行けや! 薬草は持ったか? 聖水は? ニンニクは?」
俺が勇者でコイツが大魔導士かよ。だっせぇな。
「後半のアイテムは敵のボスに効かねぇっての。薬草はねぇが、そうだな……救急用品があったらわけてくれねぇか。多少はあるが、前線では不足してる可能性もあるからな」
「おうよ。包帯と消毒なら持っていけ。おい、誰か部屋からとって来い」
脚の痛みで腰を上げるのが億劫なのか、仲間に取りに行かせるビッグ・カン。そんなんでよくついて来ようとしたもんだ。
「……あ?」
薬品を待つ間、俺たちの近くを数台の車列が通っていく。それにいち早く反応したのはビッグ・カンだ。
「クリップス、だな」
ガーディアンのホーミーが言った。
お相手さんも俺たちの存在を目視し、車を停車させた。距離はおよそ100フィート(30メートル)。ピストルなら命中させるのにギリギリの距離だ。
「どうする。クレイ、やるか?」
ホーミーたちがサブマシンガンを取り出し、臨戦態勢に入る。
「うーむ。どこのセットか知らないが、俺らのことが気になるらしいな。とりあえず、まだ撃つな。そのまま行けば無視でいい」
別にあいつらを相手にする理由などないが、攻撃されたら話は別だ。
「よう、B.K.B。ここは俺らのシマなんだからよ。あいつらは俺たちにぶっ飛ばさせてくれねぇかい」
ビッグ・カンはやる気らしい。勝手にしたらいいと思うが、この場では確実に俺たちも巻き込まれるな。
ここまで慣れ合った以上は、見捨てて離脱というわけにもいかないだろう。
「こっちの味方だと思われて、クリップス側に話が回っても知らねぇぞ」
「そりゃもう手遅れってもんだぜぃ。だって、こんな風につるんでるのを見られちまったじゃねぇか。口封じするには丁度いい」
「おい、口封じだと? あれを皆殺しにしようってのか。とんでもねぇ愚連隊だな」
地元に入ってきた火の粉を振り払う、邪魔者を追い払うという、さっきの言葉を大きく超えてきている。殺しまでしておいて「ギャングじゃない」なんてのは通らないだろう。
その口ぶりから、今までに殺しの経験もあるはずだ。
「へっ、誉め言葉として受け取っておくぜ。おう、野郎ども! 奴らをぶっ殺せ!」
「「おぉぉぉっーー!!!」」
ビッグ・カンの号令に呼応する仲間たち。
畜生が、結局俺らもやらなきゃならねぇじゃねぇか。強引に突破しようそしても撃たれちまう。
「チィッ……! おい、俺たちも加勢するぞ! あれを片付ける! 一分で終わらせろ!」
「よっしゃぁ!」
「いくぞ、みんな!!」
すぐ終わらせて、周りが駆けつける前に離脱だ。
この場の敵はやむを得ず倒すしかないが、ビッグ・カンたちのその後までは構ってやれない。なんとか自分たちで切り抜けてくれと願うだけだ。
複数の銃声が飛び交う中、驚いたのはビッグ・カンの部下たちが投石で攻撃したことだ。
丸腰も同然じゃねぇか。
まさか、拳銃くらい隠していると思っていたが、よくそれで喧嘩をしようとなったものだ。
ただ、クリップスの反撃が思ったよりも弱腰だった。
撃ち返してはくるものの、その弾道は全て外れ。こちらには怪我人すら出ていない。
対して、ビッグ・カンの仲間たちの投石やこちらのガーディアンの銃弾は当たっているようで、倒れたり吹き飛んだりする姿が見える。
奴らは旗色が悪いとなると、即決で倒れた仲間を支えながら撤退しようと車に乗り込み始めた。
判断が早いのは褒めてもいいが、そんなもんならわざわざ俺たちの前で停車せずとも良かっただろうに。
銃での喧嘩が初めてのひよっこどもの集団だったのかもしれない。
「おい、逃がすな! 皆殺しだって言っただろ!」
「無茶言うなよ、お頭! あんなにさっさと逃げられちゃ間に合わねぇ!」
なおも投石と銃弾がクリップスに襲い掛かるが、数台の車は既に視界の先だ。
「クソがっ! おい、てめぇら車を回せ! B.K.B、一緒に来い!」
「あぁ!? 何でそうなるんだよ! 俺らは先に行かなきゃならねぇんだぞ!」
「うるせぇ! もう俺らはマブだろうがよ! 腐れ縁ってやつだ、トンズラこくのはあきらめろ! 無視したらてめぇらもぶっ飛ばすぞ!」
「ふざけんな! 俺らとやりあっても何も残らねぇだろうが!」
なんて野郎だ。俺らはあんなクリップスなんてどうでも良いってのに。
「クレイ、どうすんだよ! とにかく乗れ!」
ホーミーがいち早く車を回し、手招きする。
どうするもこうするも、ここで拒否してビッグ・カンの仲間たちと戦うのも、クリップスを追うのも地獄だってのに。
となると……
「あぁ、畜生! あのクリップスを追いかけて倒すぞ!」
ビッグ・カンの一言で、そのペースに巻き込まれてしまった。
ピピピーーーッ!
ビッグ・カンとその仲間たちが駆るトヨタカローラが、俺たちのキャデラックに並走してきた。
聞くたびに思うが、日本車のクラクションはどうしてこうもおもちゃのような音を出すんだ。パァーンとなる欧米車のホーンより目立つと言えば目立つので、見かけより実用性というわけか。
「見失ってねぇよな!?」
カローラの後部座席に座るビッグ・カンが窓を開け、唾を飛ばしながら俺に訊いてくる。
「とっくに見失ってるぞ。ただ、こっち方面に走ったのは間違いない。どこかで交通の流れに巻き込まれて失速してればいいんだがな」
バスやトラック、ばあさんのプリウス……何でもいいが、前方を走るそれらのせいでクリップスたちが遅くなっていることを願う。
そして……
「い、いやがった! おい、B.K.B! あの車だ!」
「あぁ、こっちの道でビンゴだったな」
見覚えのある、というより今しがた見失ったばかりの数台の車列。
道路工事の車両に阻まれて、のろのろと俺たちの前を走っていた。
「仕掛ける! 野郎ども!」
「おうよ、お頭!」
ビッグ・カン自身は巨体を座席から動かすことはなかったが、彼の仲間たちが半身を乗り出し、手に手に角材やバットを構えて車ごと突撃していく。
ここでも銃は使わないのかよ。まぁ、石は拾えないからそうなるのか。
ガシャァァンッ!!
しかも、ドライバーの方も半身を乗り出している味方や、大将であるビッグ・カンら同乗者の危険を顧みず車ごと体当たりさせやがった。
まったく、最高だぜ。