Clash! In South
俺は、いつになったら安心できるのか。
いや、ゆりかごから墓場まで、ギャングスタという生き方に安寧は無いのかもしれない。
ジャック。彼もまた、初めての安寧を得たのは墓場の中だったのだろうか……
だとしたら、サーガやメイソンさんのような未だこの世に残っているOGたちは、いまもなお、地獄を生きているという事なのか?
メイソンさんは楽しそうに見えるが、何か抱えているのだろうか。
暗転した世界が明るくなると、手料理を運んできたお袋が笑った。
どうせ夢の中だ。誰が目の前に出てきたって不思議じゃない。
久しぶりの手料理は、チーズたっぷりのグラタンとオムレツだった。
こんな料理、出してくれたことあったか……?
いや、今はいい。いくら願っても食べられるはずのない、このご馳走にありつくとしよう。
……
パァン! パァン!
目を覚ます。
サウスセントラル(現サウスロサンゼルス)エリアは、コンプトンなどと並んで危険視されているゲットーエリアだ。
クリップス、ブラッズを含む様々なギャングがひしめき合い、喧嘩や殺人は絶えない。
クレンショウ。サウスセントラルの中でもローライダーの聖地と呼ばれる人気のエリア。普段はナンパやカーミーティングが行われている場所だが、俺たちがぐるりと迂回してコンプトンへ向かう途中にそこに入ったとき、出迎えてくれたのは銃声だった。
ずらりと道端に並んでいるはずの車は無く、逃げ去ったのだと分かる。
「起きたか。これはまさか、ウチのウォーリアーたちがここでおっ始めたのか?」
「いや、もっと先に行ってるはずだから他の連中だろう。無視するぞ、このまま進んでくれ」
「そんなこと言って、無事に通過できるのかよ、クレイ」
ハンドルを握るホーミーは不安げだ。
「一般車両にまで見境なく撃ってはこないだろ?」
「一般車両、ねぇ……そりゃ面白い冗談だ」
完全武装と真っ赤なディッキーズに身を包んだ状態で、何を言ってるんだという返答。確かに、撃たれても仕方ないな。
「身体を伏せておくか」
「ドライバーはどうすんだよ!? 俺だけ撃たれろってか!」
「うーむ。ちょっとそこの家の陰に泊めてくれ」
クレンショウを抜ける間。というかウォーリアーたちとの合流まで着替えてもいいのだが、替えの洋服は新たに調達する必要がある。
それをどこかの店で買っている時は、車に乗っている今よりも目立つのは言うまでもない。
「先行したウォーリアーにどこを抜けたか電話して聞いてみるよ」
「おう。頼むぜ、クレイ」
コンコン。
暗闇から車のガラスが軽くノックされる音に、俺を含めた皆の心臓が飛びあがった。
横に目線をやる。ホームレスのようなみすぼらしい格好をした老人だった。
彼には悪いが、俺たちは心底ホッとした。
とはいえ、ホームレスも銃を隠し持っていたり、酒や薬で狂暴化していて襲ってきたりする者もいるので、完全に警戒は解けないが。
「なんだ、ジジイ」
ドライバーを務めるホーミーが、窓を紙一枚分の隙間だけ空けて問いかける。
「さっきからドンパチやっとるのはお主らの仲間だろ。弾や消毒液はいらんか」
「すさまじい商売根性だな。俺らがそれを買うと思ってんのか。ぶっ殺して奪われるとは思わないのかよ」
「囲まれた状態で、わしを殺すとな?」
言われて気付いたが、もう遅い。車は十人以上の鉄パイプなどで武装したホームレスに囲まれてしまっていた。
「……そっちこそ、何の用だ? そんな棒切れで鉛玉が防げるとでも?」
ドライバー役のホーミーの代わりに、俺がホームレスとの話を続ける。
「言うまでもない。金だよ。わしらはもう後がなくてな」
違和感を覚える。ホームレスにもう後がなく、金に困っていることなど万国共通の認識だ。
だが、彼らが命の危険を顧みずにこんな事をするだろうか。見たところ素面でもある。
大抵の場合、ホームレスはギャングスタが視界に入ると、息をひそめてテントの中でやり過ごそうとする。あるいは走って逃げてしまう場合もある。
俺たちはやらないが、面白半分で暴行を加えたり、一生懸命貯めこんでいた小銭を盗んだり、銃やナイフで殺したりするギャングが少なくないからだ。
身分が証明されないホームレスは、死体となっても大した事件にならないことが多い。
言わば、人殺しの練習代としてギャングスタに利用されてしまうのだ。
さっき、俺たちがホームレスの姿を見て心底ホッとしたのがその理由からで、素面のホームレスにゆすられる、脅される、殺される、そんなことは普通、有り得ない。
「なるほどな。どうやらきな臭いことになってやがる。てめぇ、誰の差し金だ?」
「はぁ? なにをわけのわからんことを……」
「差し金? これは何なんだ、クレイ?」
俺一人は何となく状況を察したが、ホームレスはしらばっくれ、ホーミーたちは理解できていない。
「金か、食いものでも与えて、どこぞのセットがこいつらに命令したんだろうよ。あんまり長居してると、じきに増援が来るから離れた方がいいぞ」
飼い主がブラッズならいくらかマシだが、クリップスやその他のギャングだったら交渉の時間すらない。車ごと四方八方からハチの巣にされて終わりだろう。
「足止めか! クソが、出すぞ!」
ぐんっ、とキャデラックが前進してホームレスを二、三人跳ね飛ばした。
サイドミラー越しに、わらわらとホームレスが集まっているのが見える。
二十人はいるんじゃないだろうか。周りを囲んでいた連中の他にも伏せていたか。
「おいおい、冗談だろ。ホームレスを使うなんて何考えてやがんだ。ギャングの風上にも置けやしねぇ。ふざけやがって」
ホーミーの一人が悪態をついた。
俺も初めて見る芸当だ。自前の兵隊の損失を恐れているのか、手が足りていないのか、部外者まで操るとは中々の卑怯者だな。
「ただ、リッキーを相手する前にいい勉強になったな。奴はもっといろんな手を使ってくるぞ。自身の死さえも演出だったとしたら、これ以上の道化はいない」
「あぁ、クレイの言う通りだぜ。それよりも……見ろよ。クリップスじゃねぇか?」
ホームレスの集団の中に二人だけ、ギャングスタらしき影が合流している。はっきりとは分からないが、紺色か青色のシャツを着ているようだ。
離脱は間一髪だったか。
「あぁ、クリップス……に見えるな。ブラッズだったら話を訊いてもよかったが、今は先を急ごう」
「ルートはどうするんだよ? ここら一帯が大喧嘩の真っ最中だぜ」
「どこか、交通の流れが多い道を探したい。出来る限り大通りに車を走らせてくれ」
車が多すぎて渋滞なんてのは勘弁だが、この辺りではそんな心配はいらない。
ただ、薄暗い道、細い裏通りは喧嘩に巻き込まれる可能性が高いので、クレンショウからさらに西進して迂回し、大通りを目指した。
しかし、それも叶わぬ事態となる。
「クソッ、とことんついてねぇな」
「はーい、危なそうな兄ちゃんたち。両手を挙げて車を降りるんだぜぇ」
赤信号で停車していたところをギャングスタたちに囲まれてしまったのだ。
強行突破も手だが、運悪く前後が一般の大型トレーラーに挟まれていて身動きができなかった。
「……ん?」
反撃に出るかとも考えたが、まず俺が手を挙げてドアから出た。
それに反応した一人の黒ずくめのギャングスタが、俺を見ながら訝しげにしている。
「お前ら、もしかしてB.K.Bか?」
ぞろぞろとガーディアンが降車し終えたところで、まさかの言葉をかけられる。
「あぁ……? だったら何だってんだ。てめぇら誰だよ」
内心ではここまでかとも思ったが、いきなり撃ってこなかったことと、こちらを知っていた事に活路が見出せた。
黒ずくめなのでクリップスかブラッズかは分からない。ただ、敵にしろ味方にしろ、こいつらの目的は俺たちの命ではなさそうだ。
「誰だっていいだろ。先にここを通ったお前らの仲間に借りがあるだけだ」
「ウチからの貸しだと?」
確実には俺たちではないことと、「先に」という言葉からウォーリアーたちの仕業であることは間違いなさそうだ。
「あぁ。コンプトンも大変らしいな」
「おい、ウチの連中がお前らに何をしたんだ? 詳しく聞かせてくれ。俺はB.K.Bのプレジデントだ」
「マジかよ!? リーダーがこんなに若いんだな! いいぜ。車に乗って、俺たちについてきな」
包囲を解いたギャングスタたちは各々の車に乗車し、先導を開始する。
俺たちも車に戻ってそれに続くが、やはり車は大通りを逸れ、彼らの居住エリアである薄暗い住宅地へと向かっていった。
「おい、クレイ。命拾いしてラッキーだったのに、わざわざ寄り道してる暇なんか……」
「いや、この話は聞く価値がある。そんなに時間もかけるつもりはねぇよ」
車列が停車したのは、そんなゲットーエリアの住宅地の一軒家の前。
イメージ的には、いつも赴くマイルズの家とあまり変わらない。
「ここは?」
俺がギャングスタに尋ねる。
「ウチのリーダーの家だぜ」
なるほどな。予測はしていたが、トップ同士で話してもらおうという事か。
こっちのウォーリアーたちが何を世話したのか知らないが、歓迎ムードなのは明らかなので、このギャングセットと揉めるという可能性は低い。
「おーい、お頭! B.K.Bのリーダー様がいたから連れてきたぜ!」
お頭ときたか。海賊か盗賊団みたいな呼び方しやがる。
「うーん?」
ぬっ、と玄関ドアから現れたのは相撲レスラー顔負けの巨漢。俺が今まで実際に合った中では一番の肥満体型の男だった。
身長は6フィート(183cm)程度で、珍しいと思ったのは彼が白人であることだった。
「よくその大きな身体で歩けるな……」
「おぅい、いっきなし失礼な奴だな。膝ならお望み通り、しっかり痛ぇから心配すんな。んで、てめぇはB.K.Bのリーダーだったか?」
「あぁ、そうだ。だったら早く座ろう。膝への負担が心配でしかねぇ」
玄関前の段差に俺が先んじて腰かける。巨漢もゆっくりとそれに並んだ。膝が辛いのは本当のようだな。
「俺はビッグ・カンだ。よろしく」
体が大きいやつには、大抵ビッグを含んだニックネームを持っている者が多い。彼も例外ではなかった。
金髪は短く刈り込まれ、側頭部や顔面にはいくつかタトゥーが彫られている。服で隠れているが、首筋からも絵柄がのぞいているので、全身に入っていそうだ。
「俺はクレイだ。B.K.Bのリーダーをやってる」
「そーかそーか。俺らは実はギャングじゃない。愚連隊というか自警団というか、よその悪ガキどもが入ってきたときに追っ払うって役回りをやってる」
ギャングは自称に頼っている部分も多いので、本人がそう言うのならそうかもしれないが……正直、ちゃんとギャングじゃないかとは思う。
「犯罪行為はやらないのか?」
「ははは! そこはご想像にお任せってやつだぁな!」
やっぱりギャングじゃねぇか。違いはイメージカラーとセット名がないくらいだろ。あとは、お頭なんて呼んでたのにも納得できる。
「で、ウチの連中が貸しを作ったってのは?」
「おうよ! 近くで喧嘩があってるんだがよぅ。ぶっちゃけ俺らには関係のない話だ。だが、こんなにそばに住んでりゃ飛び火は食らっちまうわけで、ぞろぞろと知らねぇ奴らが俺らのシマを通ってたわけ」
「まぁ、そうなるだろうな」
「太刀打ちするにゃぁ数が多い! だがそこに現れたのがB.K.Bの奴らよ! 邪魔だ、どけ、の一睨みで奴らは蜘蛛の子散らしたみたいに退散しやがった」
B.K.B自体もそこを通っていたことにはなるのだが、邪魔者を排除してくれた感謝での特例という事か。
しかし、そいつらが簡単に言うことを聞いたのであれば、恐れをなしたというよりは、同盟のギャングセットの可能性が高いな。
「もしかして、その後ウチの連中がそれを率いて移動していったりしなかったか?」
「さぁ? どうだったかね。少し俺らと話してどこかへは行ったが」
その時にセット名などを聞き出したのだろう。
「俺らは自分たちの地元を脅かす不届き者をぶっ飛ばすために移動中でな。ここらの喧嘩よりよっぽど大事な仕事だ」
「あー……もしかしてだが、ここらの喧嘩もその前哨戦だったりしねぇか?」
何だって? これは気になる発言だな。