Versus! O.G.N
当然ながら、この喧嘩にサーガやメイソンさんは連れて行かない。頼めば出てきてくれるかもしれないが、これは新生B.K.Bである俺たちの世代の喧嘩だ。
サーガはケガさえなければ引退していなかったわけだが、先に倒していた一人目のリッキーがちょうどいい区切りになった。
「まずはどこから攻めるんだ?」
武装したウォーリアーを満タンに積み込んだ車が並ぶ中、太い腕を組んだビリーが乗車前に俺に尋ねる。
「基本的には任せるが、北からになるのは当然だろうな。サウスセントラルの方を回って、味方のセットと合流してくれ。敵のシマとぶつかる頃には俺も追走する」
ウォーリアーが出払う間、ガーディアンに守りの指示出し、その後、俺だけは少数を率いてウォーリアーに加勢をするつもりだ。
これは一部から反対意見も上がった。あくまで俺はガーディアンであり、そして何よりもB.K.Bのリーダーだ。それが街を離れて最前線に出るのはいかがなものかという意見だ。
間違っていない、真っ当な意見だが、この大喧嘩で俺は後ろに引っ込むのではなく、しっかりと前を見ておきたかった。
常識的に考えて悪手と言われようが、サーガもリッキーと会うときに同じことをした。それは、自らの身を危険にさらしてもその場に行く必要があると踏んだからだ。
「分かった。お前がつく頃にはすべて終わらせといてやるぜ」
「馬鹿言うな。そんなに甘い相手じゃないし、俺はそれで喜んだり褒めたりはしないぞ。息を合わせろ」
「冗談だよ。じゃあまたな、ニガー」
ビリー率いる、バンの群れが出動した。
次は、ガーディアンの配置だ。
彼らはこの場でその様子を見守っていたので、そのまま話を進める。
「街を四か所に見立てて守りを固める。北と東よりは、南と西の二方向を厚くしたい」
街を走る道は東西南北に合わせたものが多いので、俺たちの地元の地形はほぼほぼ四角形に見ることができる。アジトであるチャーチはやや東寄りだ。
コンプトンから敵が来ると仮定した場合、西と南が最初にぶつかるのでそこを強化。
しかし、別働で呼応する同盟セットがいないとは言い切れないので、全方向に人員は必要だ。
ただ、こちらにも味方のセットはいるわけで、彼らと挟撃がしやすい場所もある。それが東。ここはもっとも抜かれる可能性が低い。
「以前、ここに敵が来た際はどのあたりで防いだんだ?」
「バリケード的なもんでも準備すんのかよ? 交通封鎖なんてしたらサツが出張りかねないぞ」
ガーディアンは元々ワンクスタや学生だった者も多いわけで、本格的な喧嘩は経験していない者もいる。
「できる限り街の外側だ。バリケードはこのチャーチ以外には敷かない。今は車も多いから、その時になるまでは一定の間隔で街をパトロールするのがガーディアンの仕事になるな」
「ハスラーは?」
「彼らは通常運転だが、今だけはガーディアンが護衛につくのも悪くないと思ってる」
チーム内で最も武力を持たないハスラーは格好の的だ。自衛もあまり期待できないので、ガーディアンが近くに待機しておくのが好ましい。
「そうだな、それは俺たちも思っていた」
「ではまずは、教会の防衛強化からやるとするか。俺もそこまでは手伝う」
「そのあと前線に行くんだな。お前らしいよ」
ガーディアンのメンバーらにちくりと刺されつつも、アジトのバリケード設置が始まった。
……
鉄板や木材、コンクリート板、有刺鉄線など、お世辞にも見た目が良いとは言えない物がアジトの周りを囲んでいる。
ここまで敵が押し込んでくるとは考えづらいが、仮に来た場合、一目で本拠点だと認識されるだろう。それほどまでに物々しい要塞が完成した。
ガチガチに固めすぎたせいで、中からの脱出は一切考えられていない。決死で籠城することになる。
ガーディアンのトップである俺は外に出向くので、ここに籠って指示を出すのはハスラーのトップである、ジャスティンの仕事になりそうだ。
「おいおいおい、何だこりゃ。乗り越えてくるのも一苦労だったぜ?」
有刺鉄線を押しのけ、壁をよじ登ってアジト前の広場に入ってきたのはジャスティンだ。
その時にどこかで引っ掛けたのか、ディッキーズの赤いワークシャツの袖がほつれている。
「そうなるように作ったんだから当然だな。内側から銃撃されたら入れねぇだろ?」
「あぁ。防弾の装甲車でも持ってきてバリケードごとぶっ飛ばすか、ダイナマイトでも爆発させねぇと無理だ。第三次世界大戦の会場が、まさかここだったとはな」
ピストルやライフルなど、ギャングが持っている武器程度ではびくともしないだろう。まさに難攻不落だ。
「その代わり、こっちも簡単には出られないけどな。ここを使うときは徹底抗戦あるのみだ」
「そうだな。食料はこっちでしっかり入れとくよ」
「弾薬と、意外と忘れがちなのは救急用品だ。そのあたりも頼んでおくぜ」
出られないという事は、病院にも簡単には行けない。
「となると酒だな」
「処置には要るかもしれないが、間違えても飲みすぎるなよ」
消毒用に買ってきた酒が飲み尽くされては意味がない。士気を下げないために多少は振舞ってもいいだろうが、それで泥酔したら逆にアジトの防御力が落ちるだけだ。
特にジャスティンは酒好きなので釘を刺しておく。
「はははっ! そこまで馬鹿じゃねぇよ。火炎瓶も作れそうだな」
「いや、それはやめたほうがいい。立て籠もるのはこっちなんだ。アジトが燃えたら全滅するぞ。むしろ消火器を準備するべきだな」
「あー、確かに言えてるな。スワップミートでのママとのお買い物が捗るぜ」
軽い皮肉というべきか、冗談というべきか、ギャングの抗争準備にママを巻き込んだショッピングなんて捗るはずもない。
「ガーディアンとハスラーの全員に必ず伝えておいてくれ」
火炎瓶に関しては、本丸が焼け落ちたら詰みなので、完全に禁止とした。
他の連中も同じことを考えそうなので周知するように徹底する。
「分かった。火炎瓶禁止な。銃はピストルしかないが、ガーディアンは何がある?」
「サブマシンガンだな。アサルトライフル系の武器は無い」
つまり、携帯性に優れた短銃しかないという事だ。心もとないな。
「そんなんじゃ近距離戦になるぞ。それこそ敵から火炎瓶が飛んでくる距離だ。射程と火力はもう少しどうにかしてくれよ、クレイ」
「ハスラー側が知る、武器の仕入れ先はあるか? いくらかライフルを入れよう」
「やれやれ、また出費か」
結局、セットのための買い物はハスラー持ちになるのでジャスティンは渋い顔だ。
「ウォーリアーの分じゃないだけ自分たちにも恩恵がある買い物だろ?」
「恩恵? 別に俺らは銃なんか欲しくもねぇんだがな。平時は置き場に困って埃をかぶらせるだけの鉄の塊だ」
「そう厭味ばっかり言うなって。全部終わったら、金稼ぎも手伝ってやるから」
ある時はウォーリアーの近くで戦い、またある時はハスラーの手伝いをし、ガーディアンは……というより俺個人は何でも屋になっちまったな。
「お前一人に手伝ってもらったところでだろうが……まぁいいよ。ありがとな、ボス」
「たまにはこっちの気苦労も酌んで、労わってもらいたいもんだぜ」
「わーってるって! 俺やビリーとは比べ物にならないくらい、クレイは色んな奴の面倒を背負い込んでるし、責任だってデカい。そのくせ偉ぶらないし、権力者って感じじゃないのもご立派だと思ってるよ」
後半はもっとそうしろと言っているようにも感じたが、スルーだ。別に俺はそんなものに興味はない。
ただ、平穏であればいいだけだ。
「俺も、お前たち二人には感謝してる。ハスラーもウォーリアーも、ガーディアンに比べれば手がかかる連中が粒ぞろいだ。そんな奴らを若いお前らがまとめてるのはすごいことだからな」
「確かに、ガーディアンはよく懐いてるよな」
「あいつらは若いし、付き合いが長いやつも多いだけだ」
ウォーリアーとハスラーにはOGも残っているので、そこは新設されたガーディアンとの大きな違いだといえる。
「その分、一からすべてを叩き込んできたんだろ? 最初から使えるおっさんたちも、悪いばかりじゃないんだぜ。大したもんだよ、本当に」
「俺自身があいつらと同じ立場だったから、すべてを教えてきたっていう自覚なんかないけどな。サーガやメイソンさんとの距離が近かったのは幸いかもしれないが」
「生まれ持ったカリスマってやつかねぇ」
生まれ、か。ジャックは息子が結局、危険な道を歩むことになって天国で泣いてそうだ。
「銃の補充は任せて大丈夫そうか? 問題なければ俺は昼過ぎにでも出発するつもりだが」
「あぁ。出す分はしっかり稼いで来てくれよ」
「そんなこと、約束はできねぇよ」
金勘定だけで見れたら楽だが、もっと金は使うだろうし、メンバーだって死ぬだろう。
約束はできない、というセリフとは裏腹に、俺たちは力強いハグを交わした。
……
地元に残っているガーディアンの中から、数名を選抜してポンコツのキャデラックに乗車する。
ほとんどのガーディアンは地元の防衛のために、あるいはハスラーの警護のためにここに残るが、俺と一緒に来てくれるメンツだけはウォーリアーと仕事をすることになる。
火力は彼らほどではないが、サブマシンガンを携帯している。少なくとも足手まといにはならないだろう。
「気ぃ付けてな。死ぬんじゃねぇぞ。いざとなったら自分だけでもここまで逃げてこい」
「馬鹿言え。そんな薄情なプレジデントになってたまるかよ」
俺が拒否すると分かっていて、ジャスティンは心配の言葉をくれた。
「お前が玉砕した方が、統率を失った仲間の犠牲が増えるのは事実だろうが」
「だからって、現場の仲間を見捨てれるかよ」
「まぁ、今言ったことくらい覚えておけよ、ニガー。それで生き残ればまだ戦える」
俺だって、ジャスティンの助言が間違っていないことぐらいは理解できている。ただ、俺が急場でそんな判断ができるとは思えない。
たとえば、仲間が盾となって俺を逃がそうとしたとしても、一緒に戦う道を選ぶだろう。
それよりも……
「どうして負けた時のことばっかり考えてんだ? 俺たちは絶対に勝つ。だから、俺に戦う前から敗走のことなんて考えさせんじゃねぇよ」
俺の言葉にジャスティンはハッとした。
「……あぁ、そうだな。悪かった。今は勝つことを考えるべきか」
「万が一、ピンチにでもなったらお前の言葉が役に……とも言わないぜ。そもそも負けねぇんだからよ」
「幸運を、ニガー」
「そっちもな。留守は任せたぜ、ホーミー。ガーディアンの連中もお前の指示に従うようにしっかり伝えてある」
クラクションを二回短く鳴らし、仲間がハンドルを握るキャデラックのセダンがノロノロと走り出した。
bのハンドサインを掲げるジャスティンが窓越しに後ろへと流れていく。
キャデラックやリンカーンはアメリカの富の象徴とは言うが、型落ちのそれは角張ってデカいだけの骨とう品だ。
しっかり走る日本車や、作りがかっちりとしたドイツ車、デザインが美しいイタリア車とは違う。
ただ、無駄に乗り心地のいいソファと広い室内は、不思議と包まれるような安心感があり、戦いに赴く道中だというのに俺はウトウトしてしまった。