Strategy! O.G.N
「クレイだ! クレイたちが来たぜ!」
「おーう、クレイ! 待ってたぜ、ホーミー!」
久しぶりのコンプトンに入る。余程、俺の到着が待ち遠しかったのか、ガーディアンのホーミーたちがマイルズの家の玄関先に出て俺たちが乗るバンを出迎えてくれた。
もちろんこれは、俺に会えるのを楽しみにしていたわけではなく、C.O.Cが暴れている緊張状態で不安だったからに他ならない。
今回連れてきている交代要員もそこは同じだろうが、ローテーション制なので彼らに拒否権はない。
「よう、ホーミー。よく頑張ってくれてたな。お前たちの情報は本当に助かったぜ」
俺がバンを降り、わらわらと同乗していたメンバーたちも降車する。
今日まででお役御免となって帰るメンバーと、新たに来たメンバーらが互いにハンドサインを出し、軽くハグをしたりして挨拶を交わす。
「聞いてた通り、お前らは気合の入った装備だな。豆鉄砲じゃ心もとないか」
「おうよ、喧嘩になりそうだしな。まったくついてねぇぜ」
この言葉が、今日からコンプトンに残るメンバーの本心だろう。お世辞にも士気が高いとは言えない。数人でも、ウォーリアーに加勢を頼むべきだったか。
「なんだ、嫌々の派遣に特別手当をご所望か?」
「んなこと言ってねぇだろ、クレイ。ローテーション制なんだし、くじ運が悪かっただけさ」
「ついてねぇだの、喧嘩はしたくねぇだの、そんなセリフはここだけにしておけよ。N.C.Pは街自体がC.O.Cのシマに隣接してるんだ。彼らが聞いたらキレてもおかしくねぇぞ」
N.C.Pはやりたい、やりたくない、などと言っていられる状況ではない。マイルズはそれをどうにか躱そうとしてはいるものの、逃げられない可能性だってある。
「まぁ、確かにな。悪い、迂闊だった」
「謝るなら俺じゃなく、マイルズ達にだろう。しかし本当に言うなよ。揉めるだけだからな。で、彼は?」
「今はここにいないぜ。家には上がって問題ない」
まぁ、家にいたら出てくるだろうし留守なのは当然か。酔っていたり、キマッってたらその限りではないが。
「そうか、じゃあ中で待たせてもらおう」
……
マイルズの家。リビング。
交代前後の要員も入れて、十人以上のガーディアンのホーミーがそこに集まる。
「マイルズがフラフラしてんのは珍しくもなんともないが、N.C.Pのメンバーも残していってないのか。随分と信頼されたもんだな」
「だな。これだけの人数を住まわせて嫌な顔一つしねぇ。大したやつだよ、マイルズは」
いくら仲が良かろうとB.K.Bはあくまで外様だ。その人間だけを残して家を空けるというのも豪胆なマイルズらしい選択だな。
「ところで、マイルズは外出時に日を跨ぐこともあるのか?」
あまり長く待たされても困るので、今日までここにいたメンバーに訊いてみた。
「たまにあるな。千鳥足で翌日に帰ってくるときは、飲みすぎて外泊してるって感じだろうぜ」
「そうか、今日がその日じゃなきゃいいんだが」
俺が来訪を告げていて、マイルズが不在だったのはこれが初めてのことだ。電話連絡してもかまわないが、彼にも用事があるはず。少しくらいは我慢するとしよう。
代わりに、C.O.Cのおとぼけハスラーにでも連絡してみるか。表向きはクスリの仕入れだが、本当の狙いは情報収集だ。すでにコンプトンにいることを伝えれば、突然の連絡も多少の違和感はなくなると思いたい。
……
遠くからでも聞こえる甲高い2ストロークエンジンの音と、まき散らされる強烈な白煙。
例によって、小型のスクーターに乗ってゆっくりと登場したハスラーの男は、額の汗を腕で拭いながら降車した。
「あちいあちい」
「全然暑くなんかねぇだろ。その頭のせいじゃねぇのか」
対する俺は一人だ。今のところ少年をすっ飛ばしている形だが、後からここに来るらしい。
俺に直接ヤクを渡さない、というのが条件でここまで呼び寄せたのだから当然だな。
「あぁん? 俺のいけてるヘアスタイルを侮辱すると、二度とそんな口が叩けねぇようにするぞ、ニガー」
「侮辱じゃねぇ。どちらかといえば心配の類だ。生活しずらそうで、自らハードモードを歩んでるようだからな」
「何言ってんのか意味不明だぜ。ボウズはまだ来てねぇのか」
ハスラーが退屈そうに鼻をほじる。
「律儀なもんだ。ガキには内緒にして、俺にクスリを流したってさしたる問題になんかならねぇだろうによ」
問題にならないどころか、この男にとってはガキへの手間賃が不要になるだけ、分け前も増えるはずなのだが。
「はぁ? ボウズを騙せってか? だったらてめぇは、面倒見てる地元のガキを騙してまで商売させてんのか? 恐れ入ったぜ、外道がよ」
「なるほど……そういう道徳観は持ち合わせているわけだ。悪いが、先達からはクリップスは鬼や悪魔だと教わったもんでな。自分さえよければそれでいい連中だと思ってた。訂正するよ」
「ひん曲がった教育だぜ」
もちろん、クリップスだって人間だ。俺たちと思考が大きく変わらないことくらい理解している。
ただ、目の前の男はまともだとは思っていなかった。それが間違っていたようだ。
「逆にそっちはブラッズに対して何も思うところはねぇのか? 一応、敵ではあるはずだが」
「あるさ。だが、言葉も通じりゃこうして金だって払ってもらえる。それなら商売の方が大事だろうよ」
「……そうだな。ただ、お前らのところが喧嘩してるって話も聞いたぞ」
教育云々というのは出まかせだが、C.O.Cに良いイメージがないのは変わらない。処遇を決めかねて、情報を得るためにここに来ているのだから。
「あ? だから何だよ。てめぇのセットだったか? それとも仲良しのお友達がくたばりでもしたか」
「いや、別に。俺とは何の関係もない話だが」
「だったらこの話は終わりだ。俺もその話には触れたくねぇし、よく分からねぇからな」
無理か。
威勢はいいが、奴の声色にも焦りが見える。このネタだけはあまり口を滑らせると、上からの制裁があるのかもしれない。
「まぁ、その辺は上の連中の判断だし、現場にいるのはウォーリアーだろうからな。変なことを言ってすまなかった」
「そういうこった。しかしボウズが遅いな。どこで油を売ってんだか」
「急ぎの用事でもあるのか?」
「いや、帰ってアニメが見たいだけだ」
アニメと来たか。最近はアメリカ産のカートゥーンよりも、日本産のアニメの方が人気だったりする。それも、ガキだけでなく大人も見るようになるなんて、時代は変わるもんだな。
ゲーム機も我らがマイクロソフトが任天堂とソニーに押され、車もカマロやマスタングより、プリウスとシビックばかりでうんざりだ。もっと自国の製品やコンテンツを大事にしてほしいんだがな。
「平和なもんだぜ」
「他所と喧嘩してるのにって言い草だな。俺とは関係ねぇっての」
「これは興味本位なんだが、上の連中はイケイケどんどんな性格なのか? 破竹の勢いだって話じゃねぇか。喧嘩の内容とは関係ねぇから、このくらい聞いてもいいだろ」
「そりゃひどいもんだぜ。俺だって、こんなに派手に周りを取りに行くとは思ってなかった。綿密に準備してたんだろうよ」
やはり、内部の人間から見ても異常事態だと感じているようだ。
しかし、いったん口が回るとそこそこ喋るな。おめでたい性格だ。
「金も人間も、腕っぷしも揃ってんだな。うらやましい限りだ」
「はっ! てめぇのセットも、もしぶつかったら歯向かうような真似はお勧めしないぜ」
「それはお前と同じさ。上の連中の判断とウォーリアーの働き次第になるからな。仲良く話でもするって言うなら、俺に仕事が回ってくる可能性はあるが」
まぁ、俺がそのトップなんだが、とは言えない。
「俺をその窓口にしようなんてのはやめてくれよ? 俺は面倒ごとが大嫌いなんだ」
「そう言うなよ。俺らの仲だろうが」
「気安くすんじゃねぇっての。別に仲良くしたつもりなんかねぇぞ」
先手を打たれたか。心の中で舌打ちする。
「なんだ、トップとは話す機会も無いのか? これだけ手広く商売やってんだ。お前の立場も低くはねぇと思ったんだが」
「ははっ! そりゃそうだぜ! 俺はセット内でも期待されてんだ! こないだもリッキーとは酒を酌み交わしたんだからよ!」
「な……? 何だって?」
待て待て待て。リッキーと言ったのか? 俺の聞き間違いじゃないよな。
背筋が凍る。
「だーかーらー。俺はトップともマブだっての。どうだ、ビビったかよ」
「そ、そうだな。まさかそこまでの大物だとは恐れ入ったぜ……」
いったい何がどうなってやがる。
「おーい、お待たせ!」
タイミング悪く、売り子のガキが到着した。
彼がいる状態でさらに深い話は聞けないだろうし、何よりクスリを渡す仕事が終わったら、さっさとハスラーも帰ってしまうだろう。
本当にそんなくだらない用事で帰るつもりなのかは知らないが、アニメをここまで恨めしいと思ったのは初めてだぜ。
「あんちゃん、また来てくれたんだな。毎度あり」
「あぁ。たまたま近くまで来たんだ。二人とも、すぐに対応してくれて助かったよ」
「金のためならすぐに駆け付けるさ!」
元締めは大喧嘩の最中だってのに、末端は呑気なもんだぜ。
しかし、リッキーが生きているというのはどういう事なんだ。これは俺やスリー・ハンドラーズだけで解決できそうにない。
サーガやメイソンの兄ちゃんにも連絡しておくか……
……
……
「懐かしい感覚だ」
「奇遇だね。俺もそう思ったよ」
アジト。教会内には五人が集まっている。
言うまでもなく、俺やビリー、ジャスティンのスリー・ハンドラーズに加えて、サーガとメイソンの兄ちゃんを特別顧問様としてお呼び立てした形だ。
「懐かしい……?」
ジャスティンが伝説のOG二人に尋ねる。
「あぁ。昔々、とある阿呆なギャングセットと戦争をしたことがあってな。そこのボスが今回のリッキーみたいにあの手この手で策謀を巡らせてたんだ」
「替え玉を立ててたり、生きてるか死んでるか分からないような噂を流布してたり、そもそもリッキーってのがトップじゃなかったりしたら、まさにそんな感じの戦い方だからね」
「それで懐かしいなんて言葉が出るわけか。納得だぜ」
一昔前の戦争か。俺も話くらいは聞いたことがある。ロサンゼルス全土を巻き込んだ、どデカイ話だ。
「そんな経験があれば、腹立たしいくらいに落ち着いてるのも当然のことだな」
「なーんか棘があるね、クレイ? 呼びつけておいてそれは酷いなぁ」
メイソンさんがにこりと笑い、俺の肩に手を置く。
「あの時、リッキーは確実に死んだ。だから、今のリッキーは別人だと考えるのが普通だな。だが、どちらが本物なのかは分からない。ソイツがリッキーと名乗ってるのは、死んだリッキーの遺志を継いでいるパターン。もしくは死んだのがむしろ替え玉のリッキーだったパターン」
このサーガの言葉を借りれば、前者より脅威なのは後者のパターンだ。
中々、尻尾は出さないだろう。今のリッキーさえも替え玉の可能性すらある。
「とんだ臆病者だな。やりづれぇ」
ビリーが舌打ちする。
「ただ、リッキーは昔のB.K.Bに恨みがある様子だった。その時の悪役をリスペクトしてるのも頷けるな……」
「あぁ、そのクレイの考えがほぼ正解だろうな。今回はまだこっちに攻めてきてないが、最終目標はここだろうぜ」
「前回はいきなり本丸を攻めようとして失敗したから、やり方を変えたんだろう。遅かれ早かれ、来るぞ」
俺の意見に、ジャスティンとサーガが反応した。
「だったらもう、今のうちにやっちまおう。わざわざここを戦場にする必要はねぇ」
「やるのはいいと思うけど、その、二代目リッキー? の首を取ればいいわけ?」
「今はそれしかないね、メイソンさん」
結局、あれやこれやと考える意味もなく、ただただぶつかるだけとなってしまった。ゴールのないマラソンを走らされてる気分だ。
また次のリッキーなんか出てくるんじゃねぇぞ、まったく。