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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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Rush! K.B.K

 俺の手には十八枚の真っ赤なバンダナ。このワンクスタどもから奪ったものだ。奴らは一人残らず地面に突っ伏して唸り声を上げている。気を失っている者も少なくないようだ。

 勝利の証として、俺達はこれを燃やす。もう二度と、こいつらが馬鹿な真似をしないために戒めるのだ。実際のギャングメンバーも、敵に敗れた場合は命と金、バンダナを奪われると聞く。ここまでやられてはコイツらの面目も丸つぶれだろう。


「誰か、ライター持ってるか?」


 全員が首を横に振った。K.B.Kに煙草や大麻を吸う奴はいない。当然の返事だ。仕方なく、ワンクスタの一人のポケットからライターを拝借した。

 ガラスがブチ破られた車載の警報機はまだ鳴り響いている。誰かが駆けつける前にさっさと終わらせなければ、悪者は俺達になってしまう。この車の持ち主には悪いが、責任はコイツらワンクスタ共に押しつけてやるつもりだ。正義の味方が聞いて呆れる。俺もそれなりに悪党なのかもしれない。

 だが、車の修理代を払うくらいの事でワンクスタ共の悪事が清算されるとは到底思えない。コイツらは今まで、それ以上の悪さを働いてきたのだろうから。


 煌々と燃え上がる炎。だがそれもすぐに消える。布切れ十八枚程度の燃焼では長く燃え続けはしない。

 黒い煤くれになったバンダナを踏み、俺達はその場を去った。


……


 それからというもの、学内では平和な日々が続いていた。最大勢力を叩き潰したことで他の半グレ連中はなりを潜め、事実上、このハイスクールからはワンクスタの姿が消え去ったのだ。これで俺の描く大志のステップは大きく進んだ。

 次はハイスクールとは関係なく、街で暗躍するワンクスタの壊滅へと向かう。しかし、ここまでくるとジェイクやグレッグ達の手は借りれない。アイツらと一緒に動くのは学内まで。そういう事になっていたはずだ。


「よう、集まってくれたか」


 昼休み。食堂にK.B.Kメンバーを呼び出していた俺は、リカルドも含めた六人のメンバー達を見渡した。俺も、リカルドも、既に怪我は全快していて生活に何ら支障はない。


「なんだ、話ってのは?」


 長身のグレッグがそう返してくる。


「他にもワンクスタ連中が学内にいるかも、とは思って活動を継続していたが、それも今日までにしようと思うんだ」


「お役御免ってか。もうちょっと暴れたかったんだがなぁ」


 ジェイクは太鼓腹をさすりながらガハハハッ、と豪快に笑った。最近はヒゲを伸ばし始めていて、さらに迫力が増している。


「ま、そういうこった。本当にありがとうな」


「それで、これからはどうするんだ? まさか、B.K.Bのアジトに乗りこんだりしないだろうな?」


 リカルドが心配そうな面持ちで俺の目を見つめている。まさか、この程度で犯罪組織の本丸を落とせるなんて無謀な自信を持ったりはしない。それに、ギャングにワンクスタと同じような実力行使は絶対に無理だ。


「いや、しばらくは学業に専念するさ。ただ、ハイスクールの行き帰りに、この街を少しパトロールしようと思ってる。他校のワンクスタや、学校に行かずに悪さしてる連中もいるだろう? そんな奴らがいたらこらしめてやるつもりさ」


「一人で……か?」


「もちろん。ここからは俺の勝手だろ? なにせハイスクールとは関係ない。だから、K.B.Kはここで解散するつもりだ」


 リカルドくらいは一緒に……とも思わないではない。一緒に立ち上がってくれる仲間を探していたのも事実だ。しかし、これからどんどん危険が及ぶ可能性が増えてくるのであれば、学外の味方、つまり地域住民の協力者などを増やすべきだと思う。

 だが、これはグレッグの次の一言で覆された。


「馬鹿、それなら俺達も付き合うって。なんで今まで以上に危ない奴らと一人で対峙するつもりなんだよ」


「そうだぜ! 確かにギャングとやり合うのは考えもんだとは言った。だが、この街から悪ガキどもを消すって話ならまだまだ俺達もいけるぜ! 仲間だってもっと増やそうぜ! そしたら本当にB.K.Bをビビらせるくらいの大きな力になるかもしれないだろ!」


 ジェイクが勇ましくあとに続く。後半の台詞はギャングとの戦いを想定しているのか? まったく、危ない奴だ……


「お前は先の先ばっかり見てるせいで、今できることがよく分かってねぇんだよ。とりあえず、次は学外のワンクスタだろ! それを倒した時にB.K.Bの事を考えろって!」


 背中をバシン、と叩かれた。いてぇんだよ、馬鹿力め。


「そう……だな」


 俺は深く頷く。こうなったら、コイツ等にはついて来てもらおう。まだ、ギャングを倒すことは考えられないが、それはその時に考える問題だ。ワンクスタを相手にしている間は、何も考えずにただひたすら突っ走るだけだ。


「おーし、そうと決まれば今日からパトロールを開始しようぜ! 街の治安維持活動だ! 腕章かゼッケンでも作るか!?」


「いらねぇよ、そんなダサいもんは」


「なんでだよ! 仲間が増えてきたら分かりやすい証は必要だぜ?」


「もし、メンバーが何十人にもなったら考えればいいだろ。お前だって先ばっかり見てるじゃねぇか、ジェイク」


 不満そうに口を尖らせたって無駄だぞ。まったく何を言ってやがるんだ、この阿呆は。俺達はバンダナぶら下げたギャングとは違うってのに。


「放課後に集合でいいか、リーダー?」


 間を取りなすようにグレッグが言ったので俺は頷き、みんなは散っていった。


……


 さらに数日の時間が流れた。

 俺達は週に数回、街を歩き回って悪さをしているワンクスタ達を探した。タギングをしている悪ガキを見つけてこらしめてやったのが二回。自動販売機を壊して、中の金を盗もうとしていた輩を見つけて警察に引き渡したのが一回。散歩していた老人を脅して、財布を奪った奴を追いかけて叩きのめしたのが一回。

 成果は上々だ。しかし同時に、ギャングスタではない人間の犯罪を目の当たりにして俺は戸惑っていた。というのも、確かにワンクスタにとって奴らの影響は少なくない。だが、自販機を壊していたのと、老人から強盗を働いたのは別にギャングごっこをしているわけでもない、ただの中学生だったからだ。そして、彼らはB.K.Bになど興味はないと言ってのけた。

 いったい、どこまでB.K.Bの悪影響だと言えるのだろうか。いや、それでも治安の悪化は奴らのせいだ。ギャングがいなくなれば、ギャングと全く関係がない軽犯罪者だって減るだろう。警察は他の部分に目を光らせる余裕が出てくるし、夜に出歩けるような街になれば安心だ。

 そう、信じるしかない。


 そんな時、俺はついにヘマをやらかした。

 たまたま一人でいるときに、街でタギングをしているワンクスタに怒鳴ってしまったのだ。相手は八人。どれだけ腕が立つとしても勝ち目は薄い。


「よう、何か言ったか?」


 一人のワンクスタが笑いながら言った。辺りに人通りは無く、俺は前後左右を囲まれてしまった。だが、ここで怖気づいてはいられない。


「タグを描くのをやめろって言ってんだよ! そりゃ他人の家の壁だろうが!」


「ほう、そりゃ悪かったなぁ。どうする、シザース」


 シザース? ニックネームか? ギャングの真似事でカッコつけやがって……虎の威を借りる狐め。ダサい野郎だ。


「んー、怒られちゃったし、場所変えて遊ぶか」


 一人のスキンヘッドのワンクスタ、シザースと呼ばれた男が返した。そして、俺は両目を見開く。

 シザースの右腰に赤いバンダナが垂らされていたからだ。つまりコイツは……ギャングスタかっ……!! だがなぜ、ワンクスタとギャングスタが一緒にいる!


「はぁ? こんな奴さっさとぶっ飛ばしちまえばいいだろ」


 最初に笑っていたワンクスタが青筋を浮かべて抗議した。なんだ、コイツらはどういう関係だ。考えても答えが見えてこない。俺はシザースという奴の腹あたりに目をやった。ベルトの位置に不自然な膨らみ……クソ、拳銃を隠し持ってやがる! 正真正銘のギャングスタじゃねぇか!

 ベンが放っていたほどの危険な空気は感じられない。ポリポリと頭を掻きながら「でもよぉー」などとワンクスタと話している、このとぼけた男。まだハッキリと俺に敵意は向けてこない。殺されはしないはずだ。ではどうする……!


「待て! お前ら、ギャングスタか!」


 ピタリと連中の動きが止まった。せめて、コイツらの正体くらいは知らなければ。ギャングスタとワンクスタが繋がっている事があるならば、K.B.Kの活動を自粛せざるを得ない。


「あー、えーと。俺はそうだけど?」


 シザースが返す。のほほんとした口調。ふざけているのではなく、元々こういう話し方なのだろう。


「他の奴らは!」


「俺だけだっての。なんで? てかお前、誰?」


「なんで本物のギャングが、カッコばっかりの連中とつるんでるんだよ!」


 シザースが俺に顔を寄せた。よく見るとかなり若い。俺よりも若いんじゃないのか?


「俺がなんでって聞いてる方だろ! お前ばっかり訊いてねぇで先に答えろよ、あぁ!?」


 シザースが急にキレやがった。何だコイツは、情緒不安定なのか? いや……言ってること自体は間違ってねぇか。悔しいが、今ここで殺されるわけにはいかない。


「俺は……クリスだ。ここらで悪さしてる連中が許せなくて見回ってる」


 ハイスクールや俺の家に近いエリアはB.K.Bの活動エリアではないはずだ。いったいここでコイツは何をやってる。


「クリス! 俺達は昔からのホーミーだ! 別にB.K.B絡みでつるんでるんじゃねぇ、分かったか!」


 耳がキンキン響く。わざわざ叫ばなくてもこの距離なら聞こえてるっての。だが、そういうことか。今コイツ、シザースはギャングの活動ではなく、旧友と遊んでいただけ、ということだ。


 メンバー入りしたからといって、昔からの仲が割かれるわけではない。シザースの家はこのエリアにあるのだろう。それならばワンクスタが一緒にいるのも頷ける。ちなみに、ホーミーとは地元のダチを表す言葉だ。


「シザース、もういいからソイツぶっ飛ばそうぜ! 邪魔してくるなんてふざけた野郎だ!」


「はー? お前らがやれよ。別にここらはテリトリーじゃねぇもん。このタグも、セットのじゃねぇし」


 これは良い事を聞いた。どこまでをB.K.Bがテリトリーとしているのかは知らないが、その外では寛大なのか。


「シザース、だったか」


「あん?」


「いまお前は、ギャングメンバーとしてではなく、コイツらのホーミーとしてここにいるだけ。そうだな?」


「まぁな。だいたい俺、喧嘩嫌いだもん。いてぇし。お前だって、弾かれて死にたくねぇだろ?」


 ケンカが嫌いなギャングスタ……か。妙な男もいたものだ。それなりの事情があるのだろうが、そんなことはどうでもいい。


「お前ら、もうタギングはすんな。こう言えば大人しく引き下がるか?」


 俺はワンクスタ共に言った。反論や罵声ばかりが返ってくる。それもそうか。俺はたった一人。そして敵方にはギャングスタ。奴らが俺にビビって言うことを聞く道理などない。


「だったらかかって来い! 俺がぶっ飛ばしてやる!」


……


 ボコボコにやられた。完敗だ。勝てるはずもない。三人までは敵を倒したのを覚えているが、それ以降は記憶にすら残っていない。

 俺は頬に当たるコンクリートの冷たさに心地よさを感じた。やっぱり、顔が腫れている時は冷やすに限るな。できれば湿布が欲しいところだが、いまは地面で我慢するとしよう。


「おー? まだ寝てるのかよ。クリス」


 かけられた声。聞き覚えがある。


「ん……誰だ」


「起きてんのかよ。どっちだよ、お前」


「シザースか? なんでいる……」


 ケンカの後はワンクスタ共と一緒にどこかへ行ったものだと思っていた。いや、実際に一度移動して、遊びの用事が済んだので戻ってきたのだろう。

 目を開けると、シザースは俺の目の前で美味そうに大麻を紙状に包んだジョイントを吹かしていた。


「別に? 帰り道がこっちなだけ」


「くせぇよ……こっちに煙吐くな、馬鹿野郎が」


「へいへーい」


 シザースは肩をすくめ、吸い終わったジョイントを指で弾いた。ポイ捨てすんじゃねぇよ、カス。


「クリス、根性あんだな。結構強いじゃん」


「うるせぇ」


「うるせぇってのは! こういう声出したら言うもんだろぉが!」


 耳元で叫ばれた。なんだ、コイツ……やっぱりおかしな野郎だ。クソ、身体がいてぇ。


「うるせぇ……」


「そうかすまん」


 どうでもいいからさっさと消えてほしい。助けは後から携帯で誰かを呼ぶつもりだ。


「知ってるんだぜ。この辺りでワンクスタ狩りしてる連中の話。K.B.Kっつったか」


 心臓が跳ね上がる。もうB.K.Bメンバーにも知られているのか!


「何の……話だか分からねぇよ」


「別に俺は何もしねぇよ。ワンクスタ潰そうが関係ねぇもん。ま、殺したりはすんなよ。どんな奴だろうと、ホーミーは大事なもんだからよ」


「ふん……」


「ま、やりたいようにやれよ。地元を愛するのは当然のことだもんな。それは俺達B.K.Bだって同じだ」


 同じ、だと? 俺達とお前らギャングを一緒にするんじゃねぇ。


「ふざけんな……お前らは犯罪組織だろう……ワンクスタよりもずっと、タチが悪い」


「は? どういう話の流れ? 地元の話だろうが。てかギャングだもん、タチが悪いに決まってんだろ。バカかお前」


「うるせぇ」


「だからうるせぇってのは! こういう大声の事だろうがぁ!」


 また同じ手を食らわせてきやがった。めんどくせぇ……コイツにうるせぇって言うのはもうやめよう。


「もしワンクスタじゃなく、B.K.Bが潰れたら……どうなんだよ。その、K.B.Kの手で」


「さぁ? 弱肉強食だし、負ければそれまでだろ? でも俺達がくたばっても、他の地区のギャングセットが乗り込んでくるだけじゃねぇの」


 バカな。B.K.Bが消えても、それは束の間の平和だというのか? だが、そんなはずはない。そんな奴らがつけ入る隙など与えはしない。


「まさか、K.B.Kの最終目的ってそこなわけ?」


「知らねぇよ」


「クリス、高校生だろ? 俺も十五だからさ。通ってみたかったぜ」


 やはり年下だったか。こんな悲しい運命を背負った若者を、これ以上出してはならない。


「ギャングをやめて、受験しないのか……?」


「金ねぇもん。んじゃな、クリス。B.K.Bにケンカ売っても、俺には殴りかかんなよな。いてぇし」


 シザースが腰のバンダナを揺らしながら街並みに消えていく。シザースも、そしてベンも、ギャングスタは変な野郎ばっかりだと思った。

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