B.K.B n O.G.N
「まじか。案外と早く繋がったもんだな。流石は大将」
「俺らのリーダーだぜ? このくらいはしてもらわなきゃ困る」
スリー・ハンドラーズの会合。ウォーリアーのビリーは手放しで俺を褒めてくれたが、ハスラーのジャスティンはそれが当然だと頷いた。
少々、俺を買いかぶりすぎなんだよな。
「細い糸だ。これ自体は切れるかもしれないと思ってる。ただ、オリジナル・ギャングスタ・ニガズ、あー……C.O.Cの残党が確かに活動してるってことはこの目で確認できた」
「喧嘩には?」
「不明だ。ならないと思いたいな」
基本的にはこちらから仕掛ける気はない。絶対に間違いないと言えるような、俺たちの地元への襲撃の情報が入れば先手を打つかもしれないが。
「次はどうすんだよ?」
「とりあえず、見張りとしてN.C.Pのボスのところにこっちのメンバーを常駐させてるから、そいつらの連絡待ちだな。ある程度の自由は与えてるから、何か分かったら知らせてきてくれる」
「いや、俺らはさ」
ビリーが聞いているのは、ウォーリアーとハスラーのことだろう。正直、今はガーディアンも含めて、何もする必要はない。
「特に決まった仕事はないぞ。ただ、メンバーの募集や強化は休まないでほしいな。ハスラーも同じだ。装備や資金繰りを頼む。俺が持ち帰ったクスリは……あんまり地元で捌くのはよろしくないかもな」
B.K.Bのハスラーの資金源は他のギャングと同じくクスリだが、メインはクロニック(大麻の高級品種)で、コカインやヘロインは忌み嫌われる。
多少は捌くが、それをやりすぎて大事な地元民を薬漬けにはできないだろう。
……
ゆっくりではあったが、少しだけ事態は動いた。
それから一か月後、C.O.Cの連中が周りのギャングセットと小競り合いをしているという話が、コンプトンに置いている味方から入ったのだ。
ただ、まだ弱い。原因はメンバー同士の口喧嘩が発端だそうで、双方に二名程度の死者が出たらしい。
これから、本格的にその敵対セットを潰す動きを見せたら要注意となるが、黙れば大した問題ではない。
言うまでもないが、この程度ではB.K.Bやその同盟、中立のギャングセットにとっては何の影響もない。
しかし、そのくらいの話でもちゃんと突き止めて、こっちまで話が届くんだな。正直、ここまでの働きをガーディアンのホーミーやN.C.Pがやってくれるとは思っていなかったので素直に驚いた。
のしのしと、教会に入ってくる足音。
聖書を手に取ってサーガの真似をするわけではないが、俺はよくここに籠って仕事をするようにしている。
「ビリーか」
「何だよ、足音でわかるってか。やめてくれよ」
携帯から目線を離さずに発した俺の言葉に、ビリーがやれやれと首を振る。筋骨隆々で身体の重いビリーだ。俺でなくともわかっただろう。
「まぁそれもあるが、ジャスティンだったらカチカチと煙草に火をつけながら入ってくるからな。二人ともわかりやすくて助かるぜ。独り言で陰口を言っててもすぐに引っ込められる」
「仲間の陰口なんか叩くなっての。それより聞いたぜ。C.O.Cが揉めてるってな」
「あぁ。多分、小競り合いで終わるだろうって予想だ」
ウォーリアーのトップとしては、C.O.Cとぶつかる必要があるかどうか。気になるのはその一点だろう。
さっさと回答を出した俺に、ビリーはやや不満げに唸った。
「小競り合い? もう終着するってか。だったら、俺らの仕事にはならねぇんだな」
「なって欲しいって言い草だな、ニガー」
「はははっ! そうかもしれねぇ、いや、きっとそうなんだろうな。俺は、こうも思うわけだ。奴らと今後揉めないかどうか、いつまでも気にしてるくらいだったら、さっさとその憂いを晴らしちゃどうだってな」
白か黒か、さっさと決めたいわけだ。気持ちのいい性格のビリーらしい考え方だな。
「理由なく攻めて潰しちまうのか?」
「理由ならある。奴らは過去に俺たちに仕掛けてきた。それがまた名を変え、手を変えて復活したんなら。また歯向かう前に殺しておく。真っ当な話だと思うが」
ビリーは鼻息荒く、自身の胸をドンと叩いた。自信があるのは分かるが、この案で俺を頷かせるのは無理だ。
「マジで言ってんのか? 俺は反対だ。今のあいつ等はリッキーが仕切ってた頃のC.O.Cとは違う」
「だが、奴がこっちを襲ってきたのはいつの頃かのB.K.Bに恨みがあるからって話だったんだろ。それを言うなら俺たちの世代だって関係なかったはずだ。違うか?」
「それについては同意するが、お前は奴らと同じ外道に成り下がるって言ってるんだぞ。それこそ永遠に続く負の連鎖だ。そのやり方だと、こっちかあっちか、すべての人間が死ぬ以外に解決方法がなくなるじゃねぇか。それも、子供やその地域の住民まで皆殺しにして、誰の記憶からも消え去るまでにな」
そんなものは戦争どころか虐殺だ。ギャングの抗争どころの話じゃない。サツはおろか、軍まで出てきて喧嘩両成敗的なノリでB.K.BもC.O.Cも完全鎮圧される規模じゃないのか。
「あー……そうか、街一個消すってレベルになるのか。それは考えてなかったな」
「お判りいただけて何よりだぜ」
「ただ、もし奴らが結局攻めてきたとしてもだ。そのテリトリーを潰す事には変わりないんじゃないのか?」
「それは話が変わってくるからな。二度と馬鹿なことをしないように分からせてやる必要はあるとも。ただ、それでも皆殺しなんて真似はしねぇよ」
これは俺の構想であり、まだ面には出していないが、C.O.Cと構える場合、奴らのギャングメンバーや準構成員を全滅させる。あの売り子のガキなんかもこれに該当する。
ただ、生き残りは必ず出るし、もう一度同じようなことを仕掛けてくるかもしれない。
そうなりかけた時に、奴らと交渉したいと思っている。いつまで意味のない喧嘩を繰り返すんだってな。リッキーのような異常者がいない限りは、こんなくだらない問題は風化させられるはずだ。
だからこそ、現在のC.O.Cの時点でそうならないことを望んでいる。
ピリリ……ピリリ……
俺の携帯電話が鳴った。表示される名前は、コンプトンに置いているガーディアンのメンバー。
「俺だ」
「クレイ、新しい情報だ。C.O.Cのな」
「あぁ、聞こう。何かあったのか?」
ビリーが眉根を寄せたので、携帯電話を耳から放し、通話音声をスピーカーからの出力に切り替える。ジャスティンはこの場にいないので仕方ないが、ビリーへの説明や情報共有の手間が省ける。
「奴ら、揉めてたブラッズと本腰入れて戦争状態になったらしい。しかも、一日でその相手を潰しちまったみたいだ」
「何……? いくらなんでも話が急すぎる。それに、奴らにはそんな力があるのか?」
通話を終えた後、これはジャスティンにも共有すべきだとビリーと言葉を交わすと、すぐに彼を呼び出した。
俺から直接招集をかけるというのはかなり珍しい。基本的に3ハンドラーズは定期的に集まるだけで会合が終わることも多く、緊急の場合も俺よりはビリーかジャスティンからの相談ごとでの招集が多かったからだ。
……
一時間と経たずにジャスティンがやってきた。
微かに酒と香水の香りがするのは、どこかのパブで女でもひっかけていたからだろうか。
「……お楽しみ中にやっちまったか? 悪かったな」
「いいさ。お前が呼び出すくらいだし、かなりの大ごとなんだろう?」
「理解してもらえて有り難い。C.O.Cがやりやがった。揉めてたブラッズを潰しちまったらしい。思ってたよりも勢力が強いみたいだ」
ジャスティンがほろ酔いの顔を無理やり引き締める。
「俺らもうかうかしてられないってか。浮ついてる場合じゃなかったな」
「そこは責めるつもりなんかねぇよ。とにかく、今のC.O.Cにもそれなりの実力があるのは分かった。これまでどう考えていたのかは分からないが、この結果を見て、志半ばで途絶えていたウチとの完全決着に動き出す可能性があるってのは十分考えられる」
「すげぇ分かりやすいな、その絵は」
腕を組むビリーが言った。
「ビリーみたいな筋肉ダルマが分かりやすいってことは、どんな奴でも描きやすい絵だってことだろうぜ」
「おい! 俺を煽ってんのか、ジャスティン」
「褒めてんだよ」
「どこがだよ! どう考えても、絶対にディスってるだろうが!」
ジャスティンとビリーは、知能派と肉体派、クールと熱血漢など、相反する部分が多い仲間だ。そのためこうやってじゃれ合っていることも多い。
もちろん、これは本気で貶し合っているわけではないので平気だ。
むしろ話し合いなどの場合は、意見がぶつかって多角的な観点から物事を見れる事もあるので、簡単に意見が一致しない状況は好ましいこともある。
「で、クレイはどうするつもりなんだ?」
痴話喧嘩もそのままに、俺へとジャスティンの興味が移った。肩透かしを食らったビリーはやや不満げだが、口は挟まない。
「仮に奴らが本気になったとしても、一気に間を飛び越してここに攻め入ってくるだろうか?」
「質問してんのはこっちだぜ、まったく……まぁ、一気に飛び越えてきた前例もある。今回がどうだって話は水掛け論になるだろうな」
「俺もそう思う。だからこそ打つ手が難しいわけだ。あっちに置いてきてるホーミーとN.C.Pの連絡だけが頼りだな」
もちろん俺自身もたまにはコンプトンに入るので、その時は直接様子を伺うだろうが、常駐している連中とたまに行くだけの俺とでは集められる情報量がまるで違う。
そのほとんどをマイルズたちに頼るしかないのは当然のことだ。
ただ、俺だけの強みとしては、C.O.Cのおとぼけハスラーと直接つながっていることだ。どうにも行き詰まったら電話をかけてもいい。
ただし、今この瞬間はどうかと言われると難しいところだ。喧嘩の話を訊いたとして「なぜ、そんな話をもう既に知っている?」と思われるとまずい。
言い訳として、ブラッズの情報はすぐに伝わるとかなんとか、逃げることは可能だろうが、不審に思われたその事実は消せない。
「俺は……奴らは攻めて来る、に一票」
「俺もだな。叩き潰してやる」
この、ジャスティンとビリーの予想が外れることを願うばかりだ。
……
電光石火。或いは電撃作戦。そういわざるを得ない状況だった。
それは俺たちではなく、C.O.Cの連中だ。
叩き潰したブラッズのシマを取るなり、その勢いで周りのブラッズが次々とやられていく。
やられたのは俺たちと交友関係のあるギャングではなかったが、その結果にはN.C.Pのマイルズもいよいよ危機感を覚え始める。
「ぶっ続けで息切れしないのはおかしい。こういう絵を描いてたんだろうな」
電話口のマイルズがそう言ってため息をついた。
「そっちは? 隣接してるブラッズの一つのはずだが、攻撃は受けていないのか?」
「それを上手くやるのが俺の仕事だからな。だがクレイ、お前のところのメンバーはそろそろ退かせておいた方がいいかもしれないぜ。やむを得ず、C.O.Cと事を構える状況になった場合、守ってやれないぞ」
「いや……もちろん俺も安全策を取るならそうしたいところだが、仲間を退かせて情報が遅れる方が怖いと思ってる。無理に守ってくれとは言わないさ。あいつらだってギャングスタだ。自分の身は自分で守れる」
ガーディアンは戦闘に特化した人間がそろっているわけではない。それでも、銃くらいは全員に携帯させている。
「ま、そう言うなら放っておくぜー。お前はこっちには来ないのか?」
「行くさ。ビビッて引っ込んでるだけの大将なんて、誰が慕ってくれるってんだよ。明日、交代のメンバーを連れてそっちに向かう」
今回から、交代要員の武装は強化した方がよさそうだ。ピストルではなく、小型のサブマシンガンでも準備してやるか。
当てづらいが、牽制にはなる。
「それはご立派なことで」
「お互いにな」
明日は、忙しい一日になりそうだ。