O.G.N 4 life
「うーん、よくは分からねぇんだけど」
この日も、俺から多くの売り上げを手に入れ、ホクホク顔の少年がその軽い口を割る。
本来であれば即、味方から殺されてもおかしくはない情報だが、その辺りは理解できていない、あるいは舞い上がって正常な判断ができていない。
子供を騙しているようで良心が痛む……は言い過ぎか。ガキだからって舐めるなとマイルズから言われたのを思い出す。それに、子飼いの下請けだろうと敵は敵だ。
とはいえ、以前のように完全にウチと敵対するかどうかは、奴らの活動の真相にたどり着いてからだろう。
「俺の友達がいるんだよ、友達って言っても年は十くらい上。彼が、この話を持ってきてくれた」
「近所のお兄ちゃんって感じの存在か」
「そうだね。で、ギャングの人間から薬を受け取って、ここで売り始めたってわけ。小遣い稼ぎにちょうどいいし。あんちゃんらもギャングだろ? もしかして、こっちと敵対してんのか?」
これは返答に困る質問だ。ここで逃げられたり、口をつぐまれたくはない。
「クリップスか? もしそうなら広い範囲でいえば敵だが、必ずしもそうなるかは微妙なところだな。ほら、こうやってクスリは買ってるわけだ。お前の上の連中が客としてみてくれるんなら敵じゃねぇだろ」
「まぁ、確かに。クリップスだと思うけど、金づるを敵だと言って排除したりはしないかもね」
金づる、と来たか。まぁいい。つまらないプライドで事を荒立てても、今は利がない。
「その、ギャングの人間ってのは仕入れの時、近くまで来てくれるのか?」
「そうだよ。スクーターで持ってきてくれる。スクーターって、座席の下に荷物が入るだろ? あそこにいっぱいクスリが入ってんだ」
ということは、他にも何人かの売り子を抱えている感じだろう。
「俺も会えたりするか?」
「は? ダメに決まってんだろ! 絶対に揉め事になるし、俺も叱られちゃうよ! さては直接取引する気だな!?」
まぁ、そうなるよな。しかし、C.O.Cとつながりを持てるとしたらここしかない。どうしたものか。
「取引は変わらずお前からだ。単純にクリップスの奴と話してみたいと思ってな。これでどうだ?」
「ん……?」
20ドル札の束を渡す。数えてはいないが、400ドルくらいにはなるだろう。
「だ、だめ!」
「そうか……じゃあ仕方ない。スクーターには他の売り子の分の在庫も抱えてるんだよな? そいつらを探してみるとするよ」
「それはもっとダメだ! あんまり舐めたこと言うなよ、あんちゃん!」
爆発寸前といったところか。下手に銃を抜かせるのは避けたい。
「舐めてねぇ。俺は対等に話してるつもりだ。だからこうしてお前への金も準備しただろう。仮に舐めてたら、お前を軽く痛めつけてから、ソイツのもとへ連れて行けと脅したはずだぜ」
「でも、連れて行ったら俺の上がりが……!」
「減らねぇよ。むしろ今後は増やしてやってもいい。お前の言う通り、俺らはギャング。それもブラッズだ。クリップスと繋がれるなんて珍しいから、ツラくらい拝ませてくれよ。こうして客の立場を利用できるのも滅多にないからな」
自分で言っていて、なんだこの理由はと突っ込みたくなるが、咄嗟に出たのはそんな言葉だった。
「本当だな!? それで俺の金が増えるんだったら……考えてやってもいいぜ」
「理解してくれて助かるぜ。そんなに金が必要なのか?」
「そりゃそうさ! この世は金と暴力を持ってる人間が偉いんだからな!」
全くもって間違ってないし、俺もそう強く思うことだってあるが、それをガキに言わせてしまう世の中や周りの環境には「何だかなぁ」と複雑な思いを抱かずにはいられない。
「……力や金で、偉ぶりたいのか? それとも大事な家族や仲間を守りたいのか?」
「うーん、秘密だ! 金はあって困るもんじゃねぇだろ!」
「そうか、まぁいい。次にソイツと会うのはいつだ? お前にクスリを流してるギャングスタの話だ」
少年は少し考え、ハッとして口元を抑えた。
「まずい! 今日、これからだった! あんちゃんが大量に買い込んでくれるの知ってたからさ、すぐに在庫の補充をお願いしてたんだよ!」
「ちょうどいいな。俺も連れて行ってくれ」
その場へは、マイルズすら同行させない。向かうのは俺と、このガキだけだ。
……
マイルズはどうぞご勝手に、といった様子だったが、反発したのは当然ながらガーディアンのホーミーたちだ。
プレジデントが単身でやる仕事じゃない、という声が電話越しに飛んできていたが、俺はそれらを命令によってぴしゃりとはねのけ、半ば強引に電話も切ってしまった。
正直、危険な仕事だとは思っていない。いきなり俺がB.K.Bの頭だと割れたら話は別だが、相手のクリップスにとっても俺はただのブラッズにしか見えないだろう。
そして、少年が指定したエリアが大通りから近いのも安心できる理由の一つだ。
テリトリーであることには変わりないだろうが、さらに深く食い込んだギャングメンバーの居住区ではなく、ある程度の人通りもある。
つまり、騒ぎは起こりにくい。
「あー、あれかな」
電柱から電柱へと張り巡らされる電線。その一本に、靴紐で左右ワンセットを結んだ水色のコンバースオールスターがぶら下がっている。
誰かが下から放り投げ、目印としたものだ。
オールスターの目印は昔からよく、ギャングの集合場所だったり、クスリの取引の場所の指定によく利用される。
「水色……か?」
「色はあんまり気にしなくていいよ。紺、黒、赤、白、黄色……その時に適当なものを投げてるみたい。どこかで盗んでるんだろうけどさ」
そのギャングスタが、歩いている子供たちから靴を取り上げる様子が目に浮かぶ。なんとなくだが、たかだか目印のために店での盗みや、同世代との喧嘩など、危険度が高いことはしないような気がした。
「お前も取られたことがあるんじゃないのか?」
「いや、ないよ? 友達の紹介だし。あ、ちょうど来たみたいだぜ。よかった、遅れなくて」
ビビビビビ、とやかましい2ストロークエンジンのスクーターが、白煙をまき散らしながらこちらに向かって走ってくる。音ばかりで、一向に進んでこないのがその遅さを物語っていた。
そして、ちんまりとしたスクーターに巨漢が乗っているのが面白い。
サーカス小屋で自転車に乗るクマと言えばいいだろうか、乗っているバイクと、運転している人間の比率が逆だ。
よくあれで動くな。頑丈が売りのホンダ製か?
「なんだありゃ。あと何年でここにつくんだよ」
「はははっ! 本人に言うなよ、たぶん傷ついて怒るから!」
ギャングスタがそのくらいで傷つくなよ。
ビビビビビ……キキィッ。
「おう、ボウズ。お隣のギャングスタはお客さんか?」
「そうだよ。彼がたくさん買ってくれるおかげで、仕入れが頻繁になってるのさ」
その巨漢から出たとは思えないほどの甲高い声に、俺は吹き出しそうになる。小さいスクーターで疾走する滑稽な姿も、この甲高い声も、人を欺くためにわざとやってるんじゃないだろうか?
でなければ、仲間内や敵からも舐められ、チームの看板に泥を塗ることになる。
「ほほう」
自身の頭の五倍はあるのではなかろうかという巨大なアフロヘアー。これもまた、この男の印象を面白おかしいものに仕立てていた。
その中から紙とペンを取り出す。自慢のヘアスタイルを、まさかのカバンとして利用するのか。やはり、狙ってこんなキャラクターを演じている可能性が高そうだな。
体格、ヘアスタイルは特徴的ではあるものの、服装などは正直、ギャングスタかどうかわからない。
ディッキーズの短パンに、上は白いタンクトップ。足元はクロックスのサンダルだ。両腕両脚はほとんど露出しているが、タトゥーは一切入っていない。
もしかして、コイツ自身もC.O.Cの下請けにしか過ぎないのだろうか。
「そっちもギャングスタか?」
あれやこれやと複数の質問を投げて聞き出すより、ストレートに尋ねてみた。こちらがギャングスタであると認める形にはなってしまうが、仕方ない。
「あぁ。えーと、ボウズの分は……これだな。また、しっかり売って来いよ」
「任せてくれ!」
スクーターのシート下。パカリと開いたその中に、少年の言っていた通り、大量に麻薬の在庫が入っているのが見える。
メモ帳に何かを書き込みながら、在庫のいくつかを少年に渡した。
俺の質問にもサラリと答えやがったな。
「それと……上がりの金だな。寄越せ、ボウズ」
「あ、うん!これを」
少年が、俺が払った金の大半をギャングスタに支払った。
まさか、安値で卸しているのではなく、売上からピンハネしてるのか。この少年が「取り分、取り分」と騒いでいたのも納得だぜ。ただ、ここは俺が口を出す場面じゃねぇな。
「ほい、毎度あり。そっちのお客さんも、ボウズから買ってくれてありがとうな」
「あんたら二人が喜んでくれるなら何よりだぜ。ところで、アンタは噂になってるオリジナル・ギャングスタ・ニガズのメンバーか?」
「へぇ、噂にね。だったら何だってんだ?」
かなり危ない橋だが、こちらが上客という手前、割とすんなりと言葉を返してくれた。
「新参は気になるのが界隈の掟だろうよ。ただ、別に何かしようってわけじゃねぇから警戒しないでくれ。穏便にできればそれに越したことはないしな」
「わざわざボウズについてきてまでやることだったか? 俺が温厚じゃなけりゃ、アンタは痛めつけられてたかもしれないんだぜ」
「そっちを頭のキレる男と見込んでのことだ。これでお互い、猪じゃねぇって証明されたな」
笑うかと思ったが、相手のギャングスタは顔をしかめた。ご機嫌取りは失敗だな。
「あー、どう言われてもクスリは安くできねぇぞ」
「そんなのはどうだっていい。このガキを飛び越しての仕事を依頼するつもりもないしな」
「そうかよ」
まぁ、こっちに利がある話を振られると思うのは当然だな。
「さっきも言ったが、新参のギャングスタがちぃと気になっただけでな。どんなギャングセットなんだ? クリップスなんだとは思うが、可能であれば仲良くしたいところだ」
「んだよ、そのざっくりとした質問はよぉ。そうさ、クリップスだ! これでいいか?」
「悪い悪い。ほら、どこそこをテリトリーにしてるとか、どこと仲がいいとかあんだろ?」
C.O.Cをベースにしているのであれば、テリトリーは不明瞭かもしれないが、教えてくれればラッキーだ。
「俺の縄張りは、見ての通りこの辺りだな。このボウズみたく、いくらか売り子を抱えて商売させてもらってる」
面白い物言いだな。個人的な縄張り、か。B.K.Bでは使わない言い回しだ。チームというより、個々の集まりに見える。
「なるほどな。ウチとは違って面白い。クスリは自家製か?」
「半々だな。作ってるのもあるし、仕入れてるのもある」
馬鹿なのか、気にしない性格なのか、結構答えてくれるな。もちろんレシピや仕入れのルートまでは聞けないが。
「大したもんだぜ。ウチは薬を作るやつはいなくてな。今回の仕入れ分も有り難く使わせてもらうよ」
「クリップスから買い取ったヤクをブラッズがねぇ。思うところはあるが、まぁいいだろう。つまらねぇ喧嘩は無しだ」
「どこか、揉めてるセットでもあんのか?」
いよいよ話も大詰めだ。ここでB.K.Bの名前が出れば、警戒を強めておく必要がある。
「あると思うぜ。その辺は上の連中と、現場に出るウォーリアーの管轄だから、俺は知らねぇ」
「確かにな。俺だってウォーリアーじゃないから自分のところがどこと揉めてるなんてよくわかってない。連絡先を聞いても?」
「構わねぇが、ボウズから買ってやれよ」
「ありがとう」
これでつながりは保てる。第一目標はクリアといっても過言ではないだろう。