N.C.P 4 life
C.O.Cの情報は意外なところから入ってきた。
先日のコンプトン来訪では特に情報は得られなかったが、その数日後にマイルズから連絡があったのだ。
ガゼルに入れ替わってあの場に立ち始めたドラッグディーラー。どうやらそれが、C.O.Cの後発組織の子飼いの人間らしい。
後発組織、というのがミソだ。
そう、コンプトン・オリジナル・クリップという名前ではなく、新たな名前で活動を開始していたのだ。ただ、ややこしいことに、C.O.Cが完全に解体したわけではなく、それが中心となってほかの人間たちで外周を固めている。
件のドラッグディーラーもその一人だ。
形は若干違うが、B.K.Bが中心となり、その周りを同盟のギャングセット、さらに外側に停戦協定を結ぶ中立的なギャングセットで固める俺たちの連合と似ている。
以前にも増して、C.O.Cの本体ではない、外野の敵をぶつけてきそうな気配だ。
「で、その組織ってのはなんて言うんだ?」
マイルズからの報告を伝える会合中に、ビリーが俺に訊いた。
ジャスティンは退屈そうに携帯電話をいじっている。いや、これはハスラーに仕事の指示でも出しているのかもしれないな。
「オリジナル・ギャングスタ・ニガズ(Original.Ganxta.Niggaz)だってよ」
「OGだぁ? 大きく出たな。ふざけてやがるぜ」
俺もビリーの意見に賛成だ。O.G.Nだなんて呼んでやるのも癪なので、結局は変わらず、C.O.Cと愉快な仲間たちと呼ぶことにする。
「C.O.Cでいいさ。奴らには過ぎた名前だからよ」
ジャスティンが言った。全会一致だな。
そして、やはり携帯電話をいじっていようとも話はちゃんと聞いていたか。御見それしたぜ。
「そこで相談なんだが、そのドラッグディーラーに接触しようかと思ってる」
「直接か? まぁ、危険は少ないだろうが、探ってるとバレたら逃げられるぜ」
ジャスティンの返答はもっともだな。
「俺もそう思うが、他にやりようがない。それ以外にC.O.Cへの道がない状態だからな」
「そもそも、新生C.O.Cは俺らの障害になりえるのか? 力を蓄えてるっていう噂が出鱈目で、ただそこにいるだけだとしたら、放っておくのも手だと思うが」
「それも確かめたいからな。俺が行くしかねぇだろ。お前たちは変わらず、攻め込める体制とそのバックアップの準備をしておいてくれ」
俺としても、何もない方がうれしいに決まってる。
だが、C.O.Cに関してはあまり楽観的ではいられない。妙な胸騒ぎがするような感覚だ。
……
接触は、俺と紹介者のマイルズだけという形をとった。ガゼルと初めて会った時よりも慎重になる必要があり、ホーミーたちを近くに伏せさせることすらもしなかった。
ガーディアンの仲間は全員、マイルズの家付近で待機だ。
「こっちだこっちだ」
先にマイルズがそのドラッグディーラーと話し、後から俺が合流する。
ジャンキーのフリは俺には無理なので、別のブロックの売り子ということで話を通してもらった。要は、仕入れということだな。
「あぁ。待たせたな、お二人さん。それで、何を卸してくれるんだ?」
「ヘロインとコカインだ。ポッケに入るだけ持っていけよ、あんちゃん。安くしとくぜ」
ドラッグディーラーは、十歳程度の少年だった。薄汚れたシャツに短パン。穴の開いたコンバース。ギャングスタになる前の下積みってところか。マイルズからの、子飼いという報告にも納得できる。
「初回から大盤振る舞いじゃねぇか。じゃあ遠慮なく、持てるだけもらうよ」
ポケットに入るだけ、とは言うが、少年の在庫は正直大したことのない量だ。なぜなら彼も両の手は手ぶらで、自身の短パンのポケットに入る量しか持っていないから。
「毎度あり。えーと、えーと、100ドルな」
「あぁ」
何の問題もない、手ごろな価格だ。手渡された5パック程度のクスリの質を見るに、雑に精製された粗悪品に見える。
まぁ、ガキの小遣い稼ぎにしては上等か。C.O.Cがバックにいようと、余りものを渡して在庫処理させているといったレベルに違いない。
「まだ欲しいといえば持ってこれるか?」
「いいぜ! 今日明日は無理だから、三日後でいいか!?」
「もちろん。楽しみにしてるよ」
少年は、上客になりそうだと無邪気にはしゃいでいる。
いきなり飼い主の話をするよりは、何度か足を運んで信頼を得るとしようじゃねぇか。
……
「ガキ相手なら早く言えよ。無駄な緊張だったじゃねぇか」
「あー? 緊張なんかしてたのか、お前? クールなふりしてるからわかりゃしねぇ」
マイルズの家に到着、絵画や美術品が飾られたリビングで、ソファに座って向かい合う。
部屋の中にはガーディアンのホーミーや、N.C.Pのメンバーたちも入っていて、広い部屋ではあるが中々に窮屈だ。
「それに、ガキだろうとギャング子飼いの売り子だからな。腰には一丁前にピストルも挿してるし、分別がない分、引き金も軽い。あんまり見た目や年齢で判断しねぇこった」
「それは……確かにそうだな。さすがコンプトンというべきか。ガキだからどうこうってのは間違ってた」
経験がない分、後先考えず、気に食わないから、怖いからと即座に撃たれる可能性もあるわけだ。
B.K.Bはだいたい十四歳、早くても十二歳くらいからメンバーや準構成員として動く者が多い。そしてそれは年々、後ろ倒しになりつつある。
俺も高校は出ているし、ギャング組織にしてはインテリが多い印象だ。中卒や高卒をインテリと呼んで良ければの話だが。
対して、今目の前にいるN.C.PやC.O.Cの連中は早熟だ。十にも満たない年齢でブロックの角に売人として立つし、銃だって持ち歩く。
さすがはコンプトンといったところだろうか。そして驚くべきことに、これでも地元住民に言わせれば、ずいぶんと穏やかになったものだという。
ピストル下げた子供がうろつく街なんて、俺がギャングスタじゃなければ恐ろしくて入れもしないな。
「しかしあのガキ、すっかりクレイを気に入ってたな。一発で在庫がはけたんだ。仕事を楽にしてくれる良い客だと思ってくれたようだぜ」
「あぁ、どんどん在庫を増やされそうで怖いがな。資金も無限じゃねぇんだ。出来るだけ早い段階で次に進みたい」
「次ってのは、C.O.C……いや、オリジナル・ギャングスタ・ニガズのメンバーってことだよな」
「その呼び方はやめとけって。どちらかといえば新参だろ、あいつらは」
確かにな、と俺の言葉を理解したマイルズも頷く。
「これは俺の予想なんだけどよ。コンプトンを飛び出して、お前たちB.K.Bの地元を狙ってた時点で、奴らはロサンゼルス全土を巻き込むつもり満々だったように見えるな」
「リッキーは、B.K.Bに個人的な恨みがあるって言ってた気もするがな。ただ、アジトもテリトリーもコロコロ変えるような連中だ。ギャングというよりマフィア化してるし、全土を巻き込もうってのも、でかい力を手に入れたいってのもあり得る話だぜ」
「御大層な夢だな。別に俺たちが巻き込まれなきゃ否定はしねぇが、それは難しいかもなぁ」
「もしやるつもりなら、N.C.Pもターゲットだろう」
N.C.Pは今となってはB.K.Bと最も結束の強い同盟セットだ。それも、敵からしたら距離が近いコンプトンにいる。
「……っぱそうなる? まずいなぁ」
「そうなるな。俺たちと仲良くしたのが運の尽きだ。なんだったら、謝罪が要るか?」
「要らねぇよ。もう、B.K.Bには色々とプレゼントしてもらったしな。どうしても何かくれるってんなら貰うぜ? 赤いフェラーリがいいな」
「ミニカーか、ラジコンのフェラーリな」
「うぉぉい!」
本当にまずいと思っているのだろうかという道化ぶりだが、これがマイルズだ。土壇場では頼りになるこの男には不要な忠告だったのかもしれない。
「裏を返せば、ここはいち早くC.O.Cの動きに気付ける。真っ先に攻められるからな。そこでだ。常にB.K.Bのメンバーを一人か二人、ここに置いておいてもかまわねぇか? 数日で交代させながら」
「俺の家に居候か? まぁ、いいけどよ」
「助かる」
別に親玉であるマイルズの家でなくとも、適当なメンバーの家に置いてくれれば良かったのだが、この提案は渡りに船だ。
マイルズと寝食を共にできる距離なら、その情報もいち早く伝わるだろう。
ちょっとした思い付きだったが、同行しているメンバーたちからも特に不満の声は上がってこない。N.C.P側からもだ。
「実際、B.K.Bの誰かがいたら、万が一の時の援軍は早いじゃねぇか。ウィンウィンってやつだな」
「あぁ。N.C.Pは俺たちにとっても大事な仲間だし、C.O.Cを近くで睨んでおくにもこの辺りはもってこいだ。置いておくのはメンバーの誰かだが、交代の際には必ず俺が運んでくるようにする」
「働き者のボスだねぇ。俺とは大違いだ!」
「それが俺のやり方だからな」
大抵は何事もなく、雑談をするにすぎないだろう、しかしその時に近況報告などをもらい、情報交換できる。
「しかし、クレイがそこまでやるってんなら、俺たちも多少は動いてやるぜ。お前らも、なんか怪しいやつがいたら俺に知らせてくれ」
「了解、電話するぜ」
「連絡? めんどくせぇから、捕まえて連れてきてやるよ」
「ん、そっちのほうがめんどくせぇぞ」
マイルズの指示に数人が答えた。
普段の生活、行動の中でC.O.Cのことを気にかけておく。たったそれだけの仕事だが、彼らは常にここで暮らしているのだから、その目の数は多ければ多いほどいい。
逆に、わざわざ本腰入れて敵を探すような仕事を与えても、自由がモットーのN.C.Pには難しいところだろうな。
「感謝するぜ、マイルズ。しかしそこで止めずに、B.K.Bにも忘れずに知らせてくれよな?」
「ウチに置いていくメンバーが、嫌な奴じゃなけりゃ教えてやるよ」
「なんで急に厭味ったらしいんだよ。うちのメンバーにそんな奴でもいたってのか?」
「おいおい、冗談を真に受けんなって! 心配しなくても、そいつは俺にぴったりくっついてんだろ? シャワーや、セックスや、クソの時もよ!」
そんなわけはないのだが、できる限り近くにいるのは本当だ。
これは誰が聞いても冗談だとわかるので、B.K.BとN.C.Pの双方からいくつか笑い声が上がった。
つまり、笑いが起きなかった最初の厭味は俺と同じく、みんなが反応に困っていたということだ。
「……頼むぜ、『兄弟』」
「任せときな。もう、お帰りか?」
腰を上げた俺にマイルズが問いかける。もちろんそろそろお暇のつもりだ。
「そうだな、今日は……その二人を置いていこうと思う」
結局、全員がローテーションでここに寝泊まりすることにはなるので、初回のメンバーを適当に指名する。本人らも軽く了承した。
……
少年との約束の三日後。ついでにコンプトンに駐留しているメンバーも入れ替えるため、再び俺はN.C.Pのテリトリーへと向かった。
「おぉーっ! 待ってたぜ、あんちゃん! ほら、より取り見取りだ!」
ある程度予想はしていたものの、少年はズタ袋の中にこれでもかと商品を詰め込んできていた。
内容は前回同様に質の悪い、黄味がかったコカインとヘロインだ。
「さすがに多すぎやしねぇか?」
「遠慮すんなって! あんたはジャンキーには見えねぇし、転売目的だったろ? 好きなだけ捌いてくれよな! 500ドルでいいからよ!」
質が悪いにしても破格の値段ではあるので、本当に良心からの行動なのだろう。もちろん、自身の利益を膨らませたい気持ちは根底にあるだろうが。
「次は、こないだと同じくらいにしてくれ。こんなに要らねぇんだ」
金を渡しながら、ズタ袋を受け取った。
薬自体はどうでも良い。先日の分は売り物の足しになればとハスラーに渡したが、あまりいい顔はされなかった。
質の悪さもあるが、コカインやヘロインはB.K.Bのハスラーはあまり扱わないからだ。
「だったら俺がもらってやろうか?」
「買う、の間違いじゃないのかよ」
「へっ! もらうであってるっての!」
マイルズめ、調子のいいことを言いやがって。
「あんちゃん! また買ってくれよな! もっと持ってきてやるからよ!」
言いながら、去っていく少年。話を進めるのは次くらいか。
もっとって何だよ。いらねぇっての。こっちの話を聞いてたのか、あいつは……