3 Handlers 3
ウォーリアーのリーダーとしてビリーが立ち、ハスラーのリーダーとしてジャスティンがいる。
そして俺はもちろんガーディアンのリーダーと、B.K.Bのプレジデントを兼任する形だ。
先日のタイマンで敗れたローランドは、いつも間にか街から姿を消していたらしい。おそらく残っているローランド派とビリー派で対立するのを防ぐための配慮だ。
そんなものは必要なかったんだが……いなくなってしまったのならば仕方ない。
兼任となっているガーディアンだけは別でリーダーを立てるのもありだが、そうなると俺は直接動かせる人間が皆無になるし、サーガのように教会に籠っている以外の仕事がなくなってしまう。
B.K.Bのトップとして、俺は常に駆け回り、動き続けたいと思っている。
そんな俺、ビリー、ジャスティンの三名は自分たちの事を、「3 Handlers 」と呼称することになった。
意味はそのまま、ハンドルを握る三人。B.K.Bの舵取りを担う首脳陣だ。
ネーミングはE.T.つまりイレブントップを参考にしている。
スリー・ハンドラーズをE.T.のように略式で呼ぶ場合は3Hだ。
「さてさて、ようやく役者がそろったってところだな」
「今回はウォーリアーのためにいろいろと手を尽くしてくれてありがとうな。本当に助かったぜ」
教会の中、祭壇に立てられたマリア像の目の前には、トライアングルの形で互いに向き合う、三つの席が新たに設けられている。もちろん、これが俺たちの席だ。
にやりと笑うジャスティンと、礼を述べるビリー。この場にはサーガやメイソンさんはおろか、今までB.K.Bを引っ張ってきてくれたOG達は一人もいない。
もちろん、まだセット内には古い人間も残ってくれているが、あくまでもB.K.Bを動かすのは俺たちだ。
ようやく役者がそろったというジャスティンの言葉も、全くその通りだと思う。
「新生B.K.Bの初仕事は何にしようかって、意見はあるか? 心配しなくても、問題はいくらでもあるぜ」
「問題がある方が心配だろうが。そもそも俺たちはクレイと違ってその辺りの話に長くかかわってきたわけじゃないんだ。詳しく聞かせてほしい」
ビリーが俺に言う。
ジャスティンもまだハスラーのトップとしての日は浅く、早々とガーディアンを率いることになった俺とは土台が違うという話だ。
「一番危惧していたのは内部分裂だな。ウォーリアー全体が反旗を翻す、あるいは割れるって事だったが、それはビリーと……ローランドの働きもあって少し緩んできた」
「そう、だな。俺が立ったからには、ウォーリアーはクレイのB.K.Bと道をたがえる事は無いと断言できる」
「となると次は外向きの問題だ」
現在、俺たちの脅威となっている大きなセットは近くにない状態だ。
ここ付近には味方や同盟セット、そうでなくとも不可侵の中立を約束してくれているセットが多い。
ただ、離れるとB.K.Bの事なんて知らない連中だらけだ。もちろん、そことは繋がりようもないので何の問題もない。
ただし、距離と関係なくこちらへ敵対心を向けてくるコンプトン・オリジナル・クリップ。ここだけはやはり不安が残る。
どの程度の規模で復活し、どんな活動をしているのかは非常に気になるところだ。
もちろんB.K.Bと関係なく、地元を守るためだけに活動しているなら捨て置いていい。別に飛び地なんて今は要らないからな。
「ん? C.O.Cの話か?」
ジャスティンが俺の頭の中を覗いた……というわけでもないか。外向きと言えば話題は必然的にそうなる。
「あぁ。お前たちは関わってなかったよな」
「攻め込まれた時に、多少ぶつかってるくらいか」
俺たちの街が荒らされていた頃、C.O.Cの本体のメンバーが直接来ていたかどうかはよくわからないが、あちらに与する敵対セットとは嫌というほど戦っている。
ウォーリアーであるビリーの返答はそれを指す。
「やるならウォーリアーとガーディアンでやれよ。わざわざ遠くまで攻め込むんだろ? ハスラーはパスだぜ」
「それはないぜ、ジャスティン。新生したこのギャングで、一丸となろうって会合じゃねぇか」
「分かってる。車両や武器は準備してやるが、兵隊はウチから出さねぇぞって言ってんだ」
それでいい。三つのチームが、得意とする分野で支え合えれば安泰だ。
「何はともあれ、まずはガーディアンが動く。奴らの現状を把握しておく必要があるからな」
ガーディアンの本懐は地元の盾であるはずだが、諜報活動もその担当になってしまって久しい。コンプトンへは何度も足を運んでいるし、ウォーリアーを潜り込ませるよりは何倍も上手く仕事ができるはずだ。
「その間、ウォーリアーは牙を研いでおくことにするぜ。しばらく外との喧嘩が続いてたからな」
「ハスラーも同じくだ。研ぐのは牙じゃなくて鉛筆かもしれないがよ」
「ウォーリアーの方は、メンバーを増やせたら増やしておいてほしい。手荒な歓迎でな」
「分かった。希望者は俺が把握してるだけでも10は超えてる。そう苦労はしないはずだ」
地元の悪ガキどもだろう。最近のB.K.Bの動きは派手だったので、注目が集まっているわけだ。
ただ、その他の地域住民からのB.K.Bの評価は善し悪し様々といったところだ。
B.K.Bが大きく、強くなれば当然、この街に外敵が入ってきたり、暴れたりしなくなる。だがその分、B.K.Bの構成員に自分たちの家族が関わることが増えるし、騒がしくもなるだろう。
B.K.B自体は地域住民を愛するギャング組織ではあるが、いつ何があって狼藉紛いの悪辣な振る舞いをされないかと、戦々恐々としているのも納得だ。
たとえば、酒屋や服屋の店主は商品を盗まれないか、主婦や女学生らは強姦されないか。
俺たちの事を、街を守るヒーローとは信じたいだろうが、ギャングスタはギャングスタである。
その期待を裏切らないようにしっかり統制をとらないとな。
「ガーディアンは、明日から動こう。一時的に街の眼が手薄になるが、ウォーリアーがどこにも出払っていないなら問題ないはずだ」
「おう、任せとけ。クレイ自身も出向くのか?」
「それが俺のやり方だからな。幸い、サーガより足が動く」
笑えないジョークに、ジャスティンは鼻を鳴らし、ビリーは重々しく頷いた。
「言うまでもねぇが、大将首が敵地で取られるなんてことは、絶対にあってはならねぇからな? 何度も行ってるからって油断すんなよ」
「もちろんだ、ビリー」
「俺らの代替わり、それも一斉にトップが変わったことで、味方のセットは何か言ってきたりしてねぇのか?」
外向きの話題ではあるが、敵とは少し異なる質問がジャスティンから飛んだ。
「いや、俺の知る限りは何も。むしろ、俺たちだって同盟を組んでるところのプレジデントが変わったからって気にしないだろ。そいつらの方針なんか知らねぇんだから。直接会うことも多くないし、代替わり自体を知らないセットだってあるはずだ」
「そうか。だったら俺はいそいそと根暗みたいに、内向きの銭勘定だけに勤しむことにするぜ」
……
……
地元を、ビリー率いるウォーリアー、そしてジャスティン率いるハスラーに任せ、ガーディアンはそのほとんどのメンバーがコンプトンへと入った。
攻守が綺麗に入れ替わる、なかなか珍しい事態だ。
ここでも頼ったのはノース・コンプトン・パイルの面々。先日の事もあって、快くB.K.Bを受け入れてくれる。
「よう、お前ら。またコンプトン・オリジナル・クリップのネタだって?」
「精が出るな! 俺らに頼めば良いものを、自分たちでわざわざ来てよ」
街の先々で、ノース・コンプトン・パイルの連中からそんな言葉がかけられる。
しかし、彼らから何の有力情報もないことを考えると、C.O.Cはアジトやテリトリーを移動した、と考える方が自然だろうな。
「これはこれは、クレイじゃねぇか!」
出たな、マイルズ。
今やその飄々とした人当たりには騙されないぜ。彼は男の中の男だ。
「マイルズ、会いたかったぜ」
「俺もさ、兄弟! 元気そうで何よりじゃねぇか!」
バシン、と音がするくらいの勢いでハグをしてくれる。頬へのキスもオプションでだ。いや、それは男にするなっての。
「少しこの辺をうろつかせてもらう。構わねぇよな」
「もちろんだ! しかし、今や同じ立場なんだよな。新生B.K.Bのお頭ってわけだ」
「サーガも死んだわけじゃないから、会おうと思えばいつだって会えるぜ。アンタの来訪ならいつ何時でも、きっと喜ぶ」
「へへっ! なんたって俺は、B.K.Bトップ連中の、命の恩人様だからな!」
自分で言わなきゃ株も上がるってのに、だがこれがマイルズという人間なんだよな。
「今は、N.C.Pは何か忙しい感じなのか?」
「はぁ? これが忙しそうに見えるかよ? 俺たちはいつも変わらず、のらりくらり、ハッパでも吸ってご機嫌に活動してるだけだぜ」
それでよくギャング組織が回るもんだと思うが、マイルズ自身がシャカリキに仕事をするというのも想像がつかない。愛されるカリスマキャラといった感じだ。
腕っぷしはボスの名に恥じないくらい、確かなものだがな。
ただ、悠々自適に暮らすマイルズの陰で、メンバーたちの地道な働きがあるのは疑いようのないことだ。何をしているのかはよくわからないが。
「暇なら一緒に来るか? C.O.Cの足取りを追ってるんだが」
「んー、いいぜ。途中で酒屋に寄ってくれよ」
まるで近所への散歩のように、いや、彼にとっては正にその通りなのだが、二つ返事で気楽に同行してくれる。
いつものように俺たちの車はマイルズの家の前に停め、そこからぞろぞろと散歩コースを移動する。
がらんとした空き地。目的地は自然とここになっていた。しかし、もうこの場にはガゼルはいない。
「……」
敵だったはずの男。しかし、俺は奴に対しては感謝の気持ちしかなかった。リッキーは確かに気に食わない野郎だったが、ガゼルは違った。
「マイルズ、この辺でクリップスは見なくなったんだよな?」
「そうだな。最近は見てねぇ」
「だが、お前はガゼルの上客だったろ? 今、個人で使うクスリはどこで手に入れてるんだ?」
ガゼルはここで商売をしていた。常連のマイルズだけでなく、他の客も困っているはずだ。
「伝手くらい、いくらでもあるからなぁ。ただ、ここにも別の売人が入ってるぜ。ガゼルが消えた以上、縄張り争いせずにスッと入れるんだから当然だわな」
「別の売人? アンタはそいつとも面識はあるか?」
「あるぜ。ギャングスタではないみたいだ。どこぞの準構成員ってところだろうな」
どこかの子飼いのドラッグディーラーか。大抵はハスラーがクスリの売買を直接請け負うので、売り子を外部から雇い入れるのは珍しい。
「そいつの親玉は分かってるのか?」
「いや、知らねぇな。興味があるなら訊いてみるか? ただ、今日はいねぇみたいだ。分かったら連絡する」
「そうだな。頼む」
空地は比喩抜きにシンとしていて、ディーラーはおろか、ジャンキーの一人も見当たらない。過去に見た客はどこから湧いていたのか不思議なくらいだ。
「他で、C.O.Cを見かけたりした場所はないか?」
「いーや、ガゼル以外はほとんどさっぱり。通りを歩いてたとか、その程度ならあったかもしれねぇが、忘れちまったな」
以前リッキーと会った、C.O.Cがアジトと利用していた場所などはあったが、逆にN.C.Pがちょっとした隠し拠点として利用しているくらいだ。
他にもそういった場所はあるだろうが、このあたりで生活しているマイルズが見ないのであれば、C.O.Cはテリトリーごと他所へ移ったと考えるのが自然だろうな。
「言うまでもねぇが、行先なんか知らねぇぞ? むしろ、お前たちがあれを追いかけてるのを知って驚いたくらいだ。どっかで細々と生き残りが暮らしてるだけなら驚かねぇが、再結成の兆しなんて俺らは知る由もない」
「ウチは割と本気で情報をかき集めてたからな。見つけたら、アンタらもやるか? 喧嘩をよ」
「んー、そうだなぁ……」
ノース・コンプトン・パイルにはあまり好戦的な印象は受けない。だから俺は、その返事に驚かされた。
「ま、やらないわけねぇだろ」