3 Handlers
そんなある日、ウォーリアーの間でひと悶着あった。
今までは数人の代表者が代わる代わる会合に顔を見せていたが、最近ではよそへの喧嘩に積極的なOGの二人ばかりが顔を出すようになったのだ。
他の人間、たとえば「この間来ていたジジイはどうしたんだ」と聞くと、ほぼほぼ引退したような状況となっているらしい、
思いがけず、ジャスティンが吐いた冗談が現実のものとなってしまったわけだ。
つまり、ウォーリアーはより攻撃的な体制になったということだ。
引退もほとんど強制的に仲間内で決定したものに違いない。
「どうして俺に相談しない?」
「ウォーリアーの事はウォーリアーで決める。それの何が悪い? こっちには事後報告してるだけでもありがたいと思え、小僧」
それが俺への返答だった。
今のところは彼らの暴力も外側へ向いているので問題はないが、いずれB.K.B内部にもその波紋は広がりそうだ。
俺はウォーリアーが制御不能となる前に、ジャスティンと話していた恩賞の話をここで持ち出すことにする。
これである程度は手綱を握り直せればいいのだが。
「いつまでもガキ扱いしてんなよ。話は変わるが、実は新しくボーナスの支給を考えていてな」
「あ? ボーナス? 給料でも出そうってのか?」
「形はまだ考えてない。金よりは栄誉ある催しの方が嬉しいのか? 表彰状か勲章でも作ってよ」
「それは人によるが、俺は金目のものの方が嬉しいな」
険しかった顔が少し緩んだ気がする。
「たとえば、喧嘩で活躍した人間、仲間を窮地から助け出した人間、ウォーリアーだったら、そういう奴も出て来るだろ? そいつに美味い酒なり、100ドルなり、何か渡してやれたらいいと思ってるんだ。頻繁には無理だが、月に一回とかな」
「ほぉ、面白れぇ」
「まだ考えている途中だが、期待しておいてくれ。頑張った奴に報いるのも上の仕事だからな。アンタからも、たまには若い奴らに労いの言葉くらいかけてやれよ」
こうして、ジャスティンの発案した話は動き出すことになる。
……
ウォーリアーの血気盛んな若者たちは、一人でも多くの敵を倒そうとして戦い、多くの怪我人が出た。
ただ、仲間を救うのも活躍として評価することを伝えていたおかげで、死人は思ったよりも多くはない。
ただ、ウォーリアーを引っ張っていた二人のOGも例外なく獅子奮迅の働きを見せたが、そのどちらもが大怪我を負ってギャングから退くことになってしまった。
これはつまり、ウォーリアーをまとめる人間が不在となってしまったことを表す。
これは思った以上におおごとで、たとえは悪いが、鎖の切れた狂犬を野放しにするようなものだ。
俺の影響力がもっとウォーリアーにもあればと後悔したところで、何の慰みにもならない。
俺は知恵を借りるため、ジャスティン、メイソンさん、そしてサーガにも連絡を入れて、例外中の例外としてアジトに集まってもらった。
ベンチに座る俺のもとに、まずはしかめっ面のジャスティンが現れ、その直後にひらひらと手を振りながらメイソンさんが入室。
十分ほど遅れて、最後に車椅子に乗ったサーガがやってくる。
数日、その顔を見てなかったが、少し痩せた、というよりやつれている感じだ。疲れが取れないのか、弱っているのか、かつてのような迫力は消え失せてしまっている。
「みんな、呼び出しに応じてくれてありがとう」
「本当だよ、あんまりギャングに関わりたくはないんだけどなぁ」
どっぷり浸かっているはずのメイソンの兄ちゃんが軽口を飛ばす。場を和ませてくれようとしているのだろう。
「俺を呼び出すとはふてぇ野郎だぜ、クレイ。偉くなったもんだな」
「アンタが俺を指名したんだろ。このくらい許してくれよ。相談には乗ってほしいぜ、先代さん」
サーガからの早速の悪態に強気で返す。
彼との関係上、別段ピリッとした話をしたつもりはないのだが、ジャスティンだけがわずかに緊張したのが分かった。
奴はサーガとの関わりが薄い。どのくらい寛大なのかが計れないので、警戒しているといった様子だ。
「んで、相談ってのはなんだ? 言っておくが、俺のところには一切B.K.Bの活動状況は入ってこない。のんびりしたいからな」
「なら最初から話すよ。議題はウォーリアーの件だ」
「ウォーリアーがどうした」
サーガは意図的に情報を渡してこないように厳命している。本当に誰からも何の連絡もいかず、ゆっくりと過ごしているようだ。
「上に立っていたOG達が全員退いた。ウォーリアーをまとめるやつがいなくなったって事だ」
「そうなのか? なぜだ?」
「アンタと同じく、怪我だな。ここ最近、ウォーリアーは他方に喧嘩を売ってた。その代償がこれだ」
サーガは顎に手を当て、何かを考えるようなそぶりを見せて黙る。
「残ってる連中から誰かを指名して、引っ張ってもらうしかないんじゃない?」
「俺もそれしかないと思うぜ。それまでは暫定的にクレイが面倒見てやれよ」
サーガが話さなくなったので、メイソンの兄ちゃんとジャスティンが発言した。
「俺がやるのは構わないが、あの連中がそれを認めないだろうな」
「……クレイ、まだ仲間を一丸に出来てねぇのか」
「その通りだ。アンタのご指名だから嫌々従ってる奴もいるってのが現状だな。特にウォーリアーはそれが色濃い」
サーガのせいだとも言ってるようで嫌になるな。言い訳みたいで自分が嫌になる……そしてなにより、自身の力不足を感じて、もっと嫌になる。
「なんだ、拳骨でも欲しいってツラしやがって。あいにく、足が動かねぇからそっちに寄れないがよ」
「……いらねぇよ。自分が情けないこと言ってるのは分かってんだ。だが、B.K.Bを俺の代で壊したくはない。だから恥を忍んでみんなを呼んだんだろ」
「馬鹿か、てめぇは。壊せばいいんだよ。俺はその為に一線を退いたんだぞ。今のB.K.Bは俺や、サムとは何のかかわりもないギャングだ。お前が思ったような組織にするのが正解なんだよ。それでぶっ壊れてしまったとしてもな」
サーガもメイソンさんと同じことを言うんだな。
過去の幻影にとらわれてるって話か。
「そうそう。その第一歩がジャスティンだよ、クレイ?」
「え、俺?」
メイソンさんに名指しされたジャスティンが、自分の顔を指さしてキョトンとする。
「ちょっと待ってくれよ。二人して何か、俺を良からぬことに巻き込もうとしてるんじゃないだろうな?」
「はっはっは! 良からぬことか! ギャングが慈善活動する団体だとは知らなかったぜ!」
サーガが仏頂面を崩して大笑いした。
ジャスティンのセリフがそんなに面白かったか? 変なツボだぜ。
「なぁ、サーガ! 笑ってないで助けてくれよ! 俺は人体実験か、臓器販売にでも利用されちまうぞ!」
「なんだそりゃ?」
そっちは笑わないのかよ。急に真顔になって、死ぬほど怖いぜ。
「おいおい、どうやったら俺たちがお前を売り飛ばすって話になるんだ。サーガやメイソンさんが言ってるのは、お前がハスラーのトップになってくれたことで、俺色のB.K.Bになり始めてるって事だ」
「本当の意味での世代交代ってやつだね」
「おぉ、それならウォーリアーも俺やクレイと同じくらいの奴に頭張ってもらおうぜ! せっかくジジイ共……おっと、失礼。諸先輩方が退かれたんだからよ」
サーガとメイソンさんに気遣って、ジャスティンが言葉を訂正する。
当の二人は特に気にはしていないようだ。
「候補でもいるのか? ただ年齢が近いとか、そんなんじゃ選べないぞ」
「いや、今から考えるしかねぇな。ウォーリアーってのは腕っぷしさえ強ければみんな従うもんなのか?」
確かに言われてみれば、彼らが上を認める方法というのは曖昧だな。その辺りのリサーチは必要だ。
「こないだ作ったっていう、褒章みたいなシステムを利用したらどうかな? 一番多くそれを受けた人が次期ウォーリアーの頭目になる、みたいな」
この、メイソンさんからの提案はなかなか面白いな。
「悪くなさそうだな。終盤戦で喧嘩にはなりそうだが」
「それを言っちゃおしまいだぜ、クレイ。奴らが喧嘩するのにビビってたら、競争自体が取りやめになっちまう」
俺の懸念点をジャスティンが跳ね飛ばす。
「それは敵を倒すとか、荒っぽいことだけじゃなく、仲間を助けたりした場合も評価してるんだよね? だったらひどい争いにはならないと思うけど。もし不安なら、上位数名が出てきたところで話し合ったり、みんなに投票させてもいいんじゃないかな」
「民主主義万歳ってか? アメリカらしくていいんじゃねぇか」
メイソンさんが小難しいことを言うも、サーガは賛成らしい。
「決まりだな。三人程度に絞りたい。会合か投票かはその時に考えるよ」
「お互いに話して決まればよし。もつれ込んだら投票で良いと思うよ」
全くもってギャングらしくない、投票という言葉には違和感しかないが、それこそ「俺たちの世代のB.K.Bに変わっていく」ということなのだろう。
暴力こそすべてだった時代は終わりに近づき、アウトローの世界にもしっかりと変化をもたらしつつあるというわけだ。
ギャングだけに限らず、世の中の変化は目まぐるしくなってきている。
今まで迫害されていた連中の声はどんどん大きくなっているし、そのせいで大多数の声がむしろ通らなくなっている。
全世界が社会主義でも目指してるのかという風潮の中、B.K.Bという狭い世界で民主主義を掲げるというのは頓智が利いてて面白いじゃないか。
「他には何か議題はないのか? せっかく出てきたのに、あっという間に解決して、手持無沙汰で帰ることになるぞ」
「議題というほどじゃないが、コンプトン・オリジナル・クリップの残党が動いてるって話だ。またデカい喧嘩になる可能性はゼロじゃないな」
「そんなにデカくなってるのか? ほとんど消したはずだが。そんな求心力のある、骨のある奴が残ってるとは思ってもみなかったな」
リッキーの影響力は大したものだったが、それに匹敵するような奴がいるとは考えづらい。その点では俺もサーガと同意見だ。
「ウチに対してあの手この手で仕掛けてきてた頃ほどのもんじゃねぇさ。ただ、仮にその喧嘩を見据えるとしたら、ウォーリアーをまとめるのは急務なのかもしれないな」
「だな。その新しい仕組みとやらでやってみるといい。そんじゃ、ほかに大した話がなければ俺は帰るぞ。レイダースの試合を見なきゃならねぇ」
「あっ! 俺も見なきゃ! そんじゃ帰ろうか、ガイ」
ここでE.T.の二人が退室だ。なんでB.K.Bの未来よりもフットボールの試合を優先するんだよ。
いや……一応は話は聞いてくれたから、こっちを優先したと言ってもいいのか。
……
その日に早速、ウォーリアーに次のリーダー選抜の方法を伝える。予想通り今まで以上に、よそへの攻撃が激化し、怪我人、逮捕者などの被害も拡大していった。
ウォーリアーは大きくその数を減らし、総数は20名前後。その中でも多くの活躍を見せている三人の男たちがリーダー候補として名乗りを上げた。
OG達の数は既に少なく、その三人はすべて若い世代だ。
一人は腕っぷしにだけは自信があるといった、俺よりも前からギャングに所属している男。性格は粗暴で、ギャングスタを体現したような性格だ。勢いは最もあり、ウォーリアーたちからの信頼も厚い。
もう一人も腕自慢の若者で、最近B.K.Bに加入した男。ただし味方には優しく、争いよりは彼らを大事にするという性格。B.K.Bのスタイルには最もふさわしい気がする。
最後の一人は喧嘩こそ自信なさげだが、仲間の支援や指示、最小限の被害で状況が進むようにと画策する男。頼りないイメージを受けるが、少なくなったウォーリアーを支えるにはもってこいの人材だ。
「いよいよ決勝戦のスタートかよ。見ものだな、ニガー」
「勘違いしないでほしいが、俺やお前の一存ではないからな、ジャスティン。彼らに従うことになるウォーリアーの連中が、どう考えてるかも大いに考慮する」
紙の名簿に示された三名の名前を見ながらいうジャスティンに釘を刺す。
今日はまた、ウォーリアーの連中はよそのクリップスの喧嘩の真っ最中だ。
俺たちは現場に行くわけでもないので、その報告を聞き、あれこれと吟味する。
いよいよ最終判断を下す時くらいは、俺だけでも同行した方がいいのかもしれないな。
実際に見るのと話を聞くだけとでは、かなり異なる。
「俺の一押しは脳筋野郎かな! やっぱりウォーリアーってのは頭からっぽで、こっちに対してあれこれ言ってこない方がいい」
「そういう奴はハスラーの苦労がわからずに、むしろあれこれ注文つけてくるんじゃないか?」
「あー、そうか。じゃあ却下だな。クレイはどいつにする?」
「だから、俺たちの一存ではないと言っただろうが……」
その後の投票にせよ会合にせよ、ともかく結果がどうなるかでB.K.Bは大きく変わる。