Revival! B.K.B
「俺からは以上だが、何か意見はあるか」
「ではハスラーの方から言わせてもらう。ウォーリアーの連中の金遣いの荒さは何とかならんもんかね。こっちがせっせとかき集めた金を、簡単に武器や弾薬に変えられちゃ商売あがったりなんだが?」
アジト内、定例会で俺の話が終わると、ハスラーのOGからクレームが上がった。
その場にはメイソンさんも含めて四人だが、本人の除いた三つの視線がウォーリアーのOGへと向けられる。
「簡単にとは何だ。俺たちがいなきゃ誰が戦う? それにガーディアンだって武器は使うだろうが」
「だからそのガーディアンは長く大事に道具を扱えるのに、なんでおたくは次から次に買い集めてるんだって聞いてるんだ。クーデターやテロの真似事でも企んでるんじゃねぇだろうな?」
「あぁ!? 言っていいことと悪いことがあるぞ、てめぇ!」
身を乗り出し、ハスラーのOGに掴みかかろうとするのを、俺とメイソンさんが引き留める。
「やめろ! 仲間だろうが!」
「はっ! 仲間だぁ!? てめぇの口からそんな言葉が出て来るとは驚きだぜ、クレイ!」
「どういう意味だ?」
座り直したウォーリアーのOGに訊く。
「お前が帳簿みたいなものをつけ始めたから、こうやって細々とした言い争いが生まれるんだろうが! 昔みたいに、ざっくばらんにどんぶり勘定してれば誰も気にしなかったのによ! ハスラーだって、もっとおおらかだったぞ!」
「不利益になることに目を瞑れと言うつもりか?」
「そうだよ! ある程度は好きにやらせておかねぇと、みんなイラつくだろうが! ガチガチにルールで固めやがって、ウォーリアーもハスラーも囚人じゃねぇんだぞ!」
これには俺もなるほどと納得せざるを得なかった。
無駄であるように見える者も、そこから生じるさらに大きな不利益を回避するための布石だったわけだ。
「ある程度……ね。ここで俺が首を縦に振れば、見境なく横柄な事をする連中で溢れないと言い切れるのか?」
「知らねぇよ! その手綱を握るのがプレジデント様のお仕事だろうが!」
大事なところは丸投げか。とはいえ、ウォーリアーに暴れられる、或いは抜けられるのは困る。
ガーディアンも戦えはするが、やはり数も力もウォーリアーには敵わないからだ。
「メイソンさん、何かいい案はないだろうか」
「アドバイス的な話? そうだねぇ。ウォーリアーは定期的に、どこかのクリップスとかに向けてぶつけると良いんじゃないかな」
「ぶつける? 理由もなくか?」
「喧嘩屋ってのは常に戦ってないと、他のところで発散するしかなくなるからね。シマを広げてもいいし、武器やクスリを奪うだけでもいい。ハスラーの資金源になって一石二鳥だよ」
そんな簡単にいくだろうかとは思ったが、他でもないメイソンの兄ちゃんの助言だ。これは採用することにする。
「分かった。俺自身は安定と平和が一番だと思っているが……ウォーリアーの面々は力が有り余っているというのは本当だろうからな」
「ははは! 喧嘩か! 久々に腕が鳴るってもんだぜ!」
「仕掛ける先は、そうだな……近辺のウチとの関係が良好とはいえないセットを洗い出してくれ。ガーディアンにやらせても良いが、実際に戦うウォーリアーに任せたい」
溜め込んだストレス、そして鉛玉を発散するチャンスだ。嬉々としてやってくれることだろう。
……
結論から言うと、この案は半分成功し、半分失敗した。
というのも、ウォーリアーは良く働いてくれて、無駄遣いという無駄遣いは無くなったのだが、そもそも実戦に赴く時点で、それと変わらないほどの出費を迫られてしまったからだ。
ただし、これに関してハスラーから不思議と不満は出ない。
ウォーリアーのメンバーの中にはボロボロになった帰ってくる者、帰ってこない者も出てくるので、それを金がかかるからやめろなどと、うるさく言えるわけもないからだ。
そして、敵対したセットからの実入りがあるのも事実である。
大抵は金だが、武器やクスリも奪えるので、武器はウォーリアーに、クスリはハスラーへと流される。
シマは思いのほか増えなかった。
これは意図したわけでは無かったが、お互いにあまり深入りしない状況で喧嘩が決着することが多いようだ。
ただ、ウォーリアーが減るということはB.K.Bの力の減衰につながる。
新たなメンバーの募集にも力を入れる必要がありそうだな。
そして、同時期に不穏な噂が届いた。
これはマイルズやノース・コンプトン・パイルのメンバーからの情報で、コンプトン・オリジナル・クリップらしきクリップスの活動が認められたというものだった。
確かにリッキーは、そしてガゼルは死んだ。
それでも動きがあるということは生き残りの連中が暗躍しているということだが、正直なところ、絶頂期に比べれば脅威にはならないと見ている。
こちらはガーディアンを中心に調べさせることで、それ以上の対応は保留としている。
さらにハスラーにも割と大きな動きがあった。彼らを取りまとめていたOGが一線を退き、新たにハスラーの代表となったのが、俺と同い年の若者だった。
名前はジャスティンと言い、アジア系と黒人のハーフである。
世代が同じということもあり、さらには会合で顔を合わせる機会も多い。
ガーディアン以外でようやく、他愛もない話が出来るホーミーが出てきてくれて嬉しい限りだ。
つまり、定期的に行われる話し合いのメンバーは、ガーディアンからは俺、ハスラーからジャスティン、ウォーリアーのOGらが入れ替わりで参加、そしてメイソンさんというメンバーとなる。
面白くなさそうなのはウォーリアーのOG達だ。中立的な立場のメイソンの兄ちゃんを除けば、俺とジャスティンみたいな若造と形式上は肩を並べる形になってしまう。
「年寄りを戦地に追いやって、若者が部屋でぬくぬくか。大した労りだな」
「拗ねてんなよ、ジジイ。お前らの頭が足りねぇから、俺らがフレッシュな知恵と、最新のネットワーク構築でメイクマネーしてやってんの」
これはジャスティンの言葉だ。
奴はこの通り、ハスラーにしておくには惜しいくらいイケイケの若者で、それと同時にハスラーに打ってつけの切れ者でもあった。
「おい、ウォーリアーは自分たちのために好きで喧嘩をやってるんだろ。それと、ハスラーも自分の仕事をしっかりやってるだけだ。どっちが良い悪いは無いだろ、二人とも」
今まで散々に強権を振るっていた俺が仲裁をしなければいけない始末だ。
ただ正直、こういった役回りの方が慣れているので助かる。
「喧嘩自体はどうなの? 楽しい? ウォーリアーのやんちゃ坊主が必要以上に暴れないのと、ハスラー向けの物資獲得のために始まった仕事なわけだけども」
「そりゃあ若い奴は喜んでるかもな。ただ、俺個人としては腹いっぱいさ」
さすがに歳には勝てないとでも言うように、ウォーリアーのOGがメイソンさんに答える。
同じウォーリアーの中にもいろんな奴がいることは承知だが、かといって余所への攻撃をやめてしまうことはできない。
「だったらさっさと引退しろよ、ジジイ」
「うるせぇんだよ、クソガキ! ソロバン弾くのと人を弾くのを同じ作業とでも思ってんのか、てめぇは!」
「ありゃりゃ、まーた始まっちゃったね」
険悪なムードは拭い去れないが、メイソンの兄ちゃんだけは一人楽しそうだ。
「一応、現状を維持する形で周りへの攻撃は続けるが、ウォーリアー側からも疲れの声が目立ち始めたら教えてくれ。しばらく休ませるのも考えるからよ」
「チッ、いまのところはそれでいいだろう。ハスラーやガーディアンにも血の気が多いのがいたらウチが引き取るぞ?」
「分かった、それもみんなに伝えておく。ジャスティン、ハスラーの連中にはお前から言っておいてくれ」
「あいよ、いたら知らせる」
この日はこれで解散となったが、みんなが退出する中、メイソンさんが俺を呼び止めた。
「クレイ、今から時間はあるかい?」
「あぁ、問題ないぜ。何かあったのか」
「ジャスティンの事でちょっとね」
あれだけ楽しそうにしていたのに、実はジャスティンの身の振り方に不満でもあるのだろうか?
本人のいないところでする陰口みたいで何だか嫌な気分だと思っていると、全く見当違いの話が飛んでくる。
「ようやく最初の一歩、E.T.に似た存在を手に入れたんじゃないかな?」
「……は? ジャスティンが俺にとって、信頼できる存在だということか?」
確かにジャスティンとは気も合うし、同世代だから話題も尽きない。馬鹿話も出来る。勝気な性格だけはどうにかならないかとは思うが。
ただ、E.T.っていうのは共にB.K.Bの成長を経験し、苦楽を共にし、お互いに背中を合わせることができるほどの存在であったはずだ。
俺がジャスティンとそういう深い関係かと聞かれると、そこまでの物ではない気がするのだが。
「どうして疑問形なのかな。そうなっていける可能性は高いと思うんだけどなぁ」
「付き合いの長さが作用しないのであれば、そうなるかもしれないな」
「クレイ。俺もE.T.に近いものだとは言うけど、E.T.と全く同じである必要性はないんだよ。十一人である必要も、幼少期から一緒に過ごしている必要もない。同じくらい価値のある仲間が見つかればそれでいいのさ」
メイソンさんがここまで言うのを無視もできないので、ジャスティンとの時間を増やすとするか。
実際、奴の能力は優秀だ。仕事をする上で良きパートナーになるだろう。
「クスリの販売ルートが広げられないか、個人的に相談してみることにするよ」
「うーん、そういうことじゃないんだけどね。まぁ、最初はそれでいいか。ギャングスタは仕事じゃなく、ライフスタイルそのものなんだからね。仕事仲間ではなく、家族だってのは言われなくても分かってると思うけど」
「そう思えるように、ってことだな」
「そうそう。仲間と一緒に過ごす時間が、孤独なリーダー様を救ってくれるさ」
……
数日後、メイソンさんに言われたからというのも大きいが、俺は自分の意志でジャスティンと話していた。
場所は俺の家。同じギャングセットの仲間とは言え、ガーディアンに属さない人間をここに呼ぶのは最近ではかなり珍しい。
「ほーう。プレジデントの家にしては素朴な感じだな。とはいえ、同じ町にいるんだから場所は知ってはいたけどよ。中も普通だな」
「開口一番失礼な奴だぜ。適当に座ってくれ。何か飲むか?」
「シャンパンを。上等な奴ならワインでも良いぜ」
「そんなもんはねぇよ。俺が下戸なことくらい知ってるだろ」
ソファに、股を大きく広げて座るジャスティン。ふてぶてしい野郎だと思うが、これでいい。別に崇めてもらいたいわけじゃないからな。
冷蔵庫からコーラを出してその瓶をジャスティンの目の前に持っていくと、しかめっ面でそれを睨んだ後でそれを受け取った。
「タバコは?」
「ねぇよ。吸いたきゃ買ってこい」
「かーっ! まったく、コーラ飲ませるために呼んだのかよ? 来客へのもてなしがなってねぇなぁ」
ぶつくさといいながら、本当にジャスティンは近くのコンビニへと出ていった。五分程度経ったところで、三本のタバコを買って戻ってくる。
ちなみに、俺たちのようなギャングスタが暮らしているゲットーエリアでは、タバコは一本ずつのバラ売りだ。箱で買えるようなリッチな奴の方が少ないからな。
仮に俺が喫煙者であれば買えるかもしれないし、サーガは箱どころかカートンで買っていた。
しかし、ボス以外の大抵のギャングスタには無理な話だ。決まった給金があるわけでもないし、その日暮らしな連中が多い。
ビールやコーラも同じで、ケース売りの商品なんて買えたもんじゃないという奴も多い。
俺はサーガにくっついていたせいもあって金銭感覚は麻痺しているが……いや、麻痺しているのではなく一般人に近いが、ゲットーに暮らす人間は本来もっと不自由なのだ。
「リーダーって儲かんのか?」
「なんだ、藪から棒に。少なくとも普通よりは儲かるな。金は俺に集まるんだから」
「だったらもっと派手に生きてろよ。質素な暮らしぶりのリーダーじゃ、下の人間だって浮かばれねぇって」
金はいざという時の為にも取っておくものだ、と言いたいところだが、代表者にはカッコよくあって欲しいものなのかもしれないな。
「逆にそっちはどうだ? 全員を不自由なくしてやるのが俺の目標だからな」
「金はねぇが、楽しいさ。仲間がいて、地元があって、彼女がいる。ま、恩賞が配られるってんならもっと喜ばしいかもな。さらに頑張る奴も出て来るだろ」
恩賞か。そういうのは会社っぽくて悪いものだと思っていたが、ゲーム感覚で楽しめるのなら悪くないのかもしれない。