Rebirth! B.K.B
そこからは大波乱だった。
当然ながらウォーリアーやハスラーの古株たちからは批判が上がったし、俺自身も困惑する気持ちが拭えなかった。
俺が? B.K.Bの? 頭を務めるって?
だが、無情にも時は待ってくれない。
このままではB.K.Bは派閥がいくつにも割れて内部崩壊だ。リーダーとしての最初の仕事は仲間たちを一つにする事だな。
やるしかない。
……
サーガは退院して自宅に戻ったが、顔を合わせる回数が極端に減った。移動も車椅子で、怪我が元となって随分と弱ってしまったようだ。
そんな俺の強い味方になってくれたのはメイソンの兄ちゃんだ。
俺が頼んだわけでも、俺を慕ってくれているガーディアンのメンバーたちが頼んだわけでもない。
しかし、彼はかなりの頻度で俺がいるアジトを訪れ、話を聞いてくれた。何か具体的な指示をくれるわけでは無いのだが、聞いてくれるだけでもノイローゼになりそうだった俺の気持ちが楽になる。
「へぇ。そりゃ予想できたことでもあるけどね。いずれ時が解決してくれると思うよ」
この日の俺の愚痴は、ウォーリアーの荒くれものたちが特に反抗的だという話題だった。
対面に座るメイソンの兄ちゃんは、なぜだか楽しそうにニコニコとした顔でそれを聞いている。さすがにモヤモヤするな。
「何で楽しそうなんだよ。B.K.Bが内側からパックリ割れちまいそうだってのに」
「え? そんな大ごとなのかい?」
「大ごとだろ! 部外者だからって能天気だな、アンタは!」
「まぁ、落ち着きなって。ほら、コーラやるよ。飲みかけだけど」
「いらねぇよ!」
手渡されたペプシの缶を、パシンと右手で叩く。
放物線を描きながら飛んだそれは、教会の床に中身を飛び散らしながら転がった。
「あーあ」
「……悪い。一旦落ち着くよ」
「これは、アドバイスって程のものじゃないんだけどさ。B.K.Bってのは何回も分裂と併合を経験して大きくなったセットだ」
おもむろにメイソンさんが語りだした。ジジイ共が大好きな昔話だろう。
「クレイは、サーガから受け継いだセットだから、サーガもサムから受け継いだセットだから、ってその時を知る連中を大事にし過ぎなんじゃないか?」
「……そりゃ大事だろ。OGの経験と知識はギャングセットの宝だ」
「そうだね。でもね。それと同じくらい、若い奴らの考え方やカルチャーも大事なんだよ。今、B.K.Bはサーガによってお前たちの世代に託されたんだ。これからのB.K.Bはお前たちが……いや、クレイ。リーダーであるお前が作り上げていくものなんじゃないかな」
俺が作り上げていく、か。
「孤独なんだな。トップってのは」
「ガイしか見ていないクレイはそう思うだろうな。E.T.を作るんだ。厳密に言えば、それに似た存在を作れ。それがサムのやり方だった。ガイほど頭も良くなかったからそうなったんだろうけど、サムはみんなに愛されてた」
イレブントップに代わる存在……?
言われている意味は分かるが、それでB.K.B全体がどうなるというのか。
ただ、これまでは話を聞いているだけだったメイソンの兄ちゃんからの、初めてのアドバイスだ。無下にはできないだろう。
「わかったよ。出来るだけの事はやってみる」
……
その言葉通り、俺はB.K.B内部を大きく改革していった。
クスリ、武器、上納金、上納品、仕入れ、売り上げ、シマなどの徹底管理。
まだ、イレブントップに代わる中心的存在は見出せていないので、古参のOG達の力にも頼るしかなかったが、それも力づくで何とかした。
「クレイ、ガキの分際で図に乗るなよ」
「だったらてめぇはリーダーが決めたことに異を唱えるってわけだな。従うか、死ぬか、選べ」
こんな具合だ。
変わってしまっただの、偉そうになっただの、そんな話は気にも留めない。それでB.K.Bが崩れるくらいなら、俺は鬼にでも悪魔にでもなってやる。
すべてはB.K.Bのためだ。
メイソンさんは「サムは愛されていた」と言ったが、それとは真逆のリーダーになりつつあるな。サーガはちょうど中道ってところか。
しかし、俺はどんどんと孤独感を感じていく事になる。
ガーディアンの連中は昔からの知り合いだし、良く俺についてきてくれている。しかし、やはり問題となるのはウォーリアーやハスラーだ。
古参が多く、形式上は従ってくれているが、いつまでも俺をリーダーとして認めてくれない。
サーガに依頼して一喝してもらうのも良いが、ご老体に鞭打ってアジトまでご足労頂くのも、家に大勢で押し掛けるのも御免だ。
そもそも、自分で何とかできていない醜態をさらすのは、俺のプライドが許さない。
古参を切ってしまうというのも絶対にやりたくない。あくまでも若い連中は発展途上であって、B.K.Bの主力となるのは彼らOGたちの存在だ。
仮にリストラしたとして、彼らが集まって別のセットでも作られようものなら目も当てられない。
ただ、この強権主義がいつまで続くのか、俺はいつも不安だった。
……
プレジデントになったからといって、俺のコンプトン行きは中止されていない。
月に何度か、直接この足でマイルズに会いに出向いていた。
そこでも、似たような立場となった俺は相談したりしている。
「ほーん、それで古株どもを黙らせてんのか。やるねぇ、小僧」
「他にやりようがないだろ? アンタはどうやってるんだ? 反抗的なメンバーとかがいた時にはよ」
「放ってるなぁ。仲良く出来ないんなら、そんな奴の事は興味ねぇし。敵になるならなったでいいや、としか思わねぇかな」
「そんな投げやりなのかよ。お気楽なギャングセットだな……」
マイルズにはいわゆる経営的な手腕は皆無だ。ノース・コンプトン・パイルには、楽しくてふざけたり、悪さをしてる連中だけが残っている、といったところか。
「お気楽で何が悪いってんだよ! むしろそんな思い詰めたツラしてるボスに、誰が喜んでついてくるってんだ? お前の所は雰囲気も景気も悪そうだな!」
「まぁ……実際その通りだから反論はできねぇな。ただ、楽しいから一緒にいる、ってのは仲良しこよしのお友達ごっこじゃねぇか。そんなもんは幼稚園に置いてきてんだよ。ギャングスタってのは不良集団だ。まともじゃねぇ連中が固まってれば、ギスギスもするだろうさ」
「しねぇよ。そうなりたいと思ってるからなってるんだろ。どんなチームも、どうなりたいかで決まるっつーの」
何を言ってんだ、コイツは。なりたくてなってるんじゃないんだが。
「俺が見てきたギャングスタってのは、確かに明るく笑ってる時もあるが、基本的には怖い連中ばかりだったぞ」
「それは間違ってねぇが、後者ばっかり気にしてんな。せっかく来たんだ。ウチの奴らとも話していけばいいじゃねぇか」
マイルズの思わぬ提案で、俺はノース・コンプトン・パイルのメンバーたちとの交流を深めることになった。
……
会場はマイルズの家の庭先。
邪魔な車はすべて表の道路に移動させ、空いたスペースにテーブルや椅子、アウトドア用のコンロなどが並べられる。
集まってきたのは十数名程度のメンバーたち。若い奴から四十代の連中まで、その毛色は様々だ。
数は少ないが、服役や用事でこの場に来ていない者は数名ほどで、ここにいる人間がセットのほとんどの構成員らしい。
「よーし、みんな集まったな! 知ってる奴もいるだろうが、今日はビッグ・クレイ・ブラッドのプレジデント様の歓迎会だ! 楽しんでいってくれよ、クレイ!」
酒瓶があちこちでぶつかる。
「よう、ニガー。先代のプレジデントは大怪我だったらしいな」
「ビッグ・クレイ・ブラッドか。どんなセットなんだ?」
早速、俺の周りに数人のギャングスタが寄ってきて、話しかけてきた。
「よう、歓迎ありがとう。マイルズには大きな借りが出来た。お前たちにも同様に感謝してる」
思えばこんな風に、新たに誰かと友好的な交流をするというのも久しぶりだ。
仲が深い連中とは常日頃から話しているが、そうでない連中とは敵対したり、ぶつかってばかりだな。
余所だろうと、B.K.B内部だろうと。
「なんだか、かたっ苦しい奴だな。セット内もピリピリしてそうな匂いがするぜ」
「ご名答だよ。同じ仲間のはずが、敵みたいに聞き分けの無い奴らも少なくない。逆にお前たちはのほほんとしてやがるな」
「ははははっ! 羨ましいだろ!」
バシバシと背中を叩かれ、口に含んでいたコーラが肺に入って咳き込む。
「おい! やめろよ!」
「ははは! そんなカリカリすんな! ここに敵はいねぇんだからよ!」
また叩かれる。話の通じない奴だな……
叩かれた衝撃か、背中が熱い。いや、これが人の、仲間のぬくもりって奴か? サーガに叩かれていた時も、似たような感じだったな。
K.B.Kをやっていたころの学生時代の仲間たちは元気にしているだろうか。
思えば、B.K.Bを潰すなんておかしなことを考えていたもんだ。今じゃ俺がそこの頭なんだからな。
「クレイ! まだそんな辛気臭い顔してんのか! 酒もクスリもやらねぇから、お前はいつもそんな感じなんじゃないのかよ!」
マイルズが俺の手からコーラの瓶を奪い、代わりにバドライトの瓶を手渡してきた。
「馬鹿言え。こんなもん、身体に悪いだけだ。ボスがいつもへべれけな方が大変だって、そろそろ気づけよな」
「酒やクスリが身体に悪くても、心に悪いのはお前みたいな性格の方だと思うけどな!」
「心に悪い? そんな言葉がアンタの口から出てくるのは驚きだな」
バドライトの瓶を押し返す。美味いと感じるのであれば飲んだっていいんだが、嫌いなものは嫌いだ。仕方のないことだろう。
「んだよー。お前の所のホーミーもみんな下戸なのか?」
「いいや。みんな時々、アジトの外で騒いでるよ」
「その言い方だと、お前はあんまり顔を出してないみたいだな、クレイ! そんなんじゃダメだぜ!」
確かに、教会で収益の計算などをしている時は顔を出さない。というか出せない。
仮に顔を出しても、皆から歓迎されていないのを肌で感じてしまうので、すぐに教会に引っ込むようにしている。
「俺は……いない方が良いんだよ。そういう場には」
自ら進んで煙たがられる存在になったのだ。そのくらいは仕方のないことだろう。
「ふーん? いないんだな、心の友って奴がよ」
「そっちだって同じようなもんだろ? 大抵は一人でぶらぶらしてるじゃねぇか」
「いや、いるぜ。そこにいるジェリーもそうだし、マイケルだろ、ジョンに、ロブに、マーカスに、マーティンに……」
指を折りながら、または実際にこの場にいる、名前を呼んだ人物の顔を指さしながらマイルズが答える。
「心の友ってのは知り合いやホーミーの事かよ? そんなのは俺にだって……」
そう返そうとして言葉に詰まる。
名前が思い浮かばない。ウォーリアーやハスラーだけでなく、ガーディアンのメンバーですらだ。もちろん、ゆっくり考えれば出るだろうし、電話帳にだって少なくない人数の名前が記録されている。
だが、パッと顔や名前が浮かばないのだ。サーガやメイソンさんは最初に名前だけは出てくるが、心の友という奴に該当するかは俺自身が懐疑的になってしまう。
「知り合いなんかじゃねぇさ! なんて言ったらいいのか、信頼できる連中の事だな! でも、お前にもそういう存在がいるってんならいいけどな! 大事にするんだぜ!」
言葉に詰まった俺を見て、誰かしらの顔が思い浮かんでいると思ったのだろう。マイルズが屈託のない笑顔を俺に向けてくる。
「いや……そうだな。俺にはよくわからねぇよ。誰が自分にとって特別な存在かなんて、深く考えてもみなかった」
「特別? まぁ、そう考えても良いのかな。俺は何ていうか、近くにいて当たり前、こいつらがいるから俺もいるんだ、みたいな感覚だぜ。家族同然だからな!」
「だから、その割に一人行動が多いじゃねぇかよ」
「それは俺の性格だろ! ぶらぶらするのが好きなんだよ! お前は誰かと、風呂や便所にまで一緒に入るのかよ!」
マイルズの言葉で、どっとその場が笑いに満ちた。
「B.K.Bのリーダーさんよ。多分お前は気負い過ぎて一人で突っ走ってんだって」
「そうそう、いつだって上手くやろうって考えてるから眉間にしわが寄るんだよ」
「下手を打つよりはいいだろ。先代から受け継いだ、由緒あるギャングセットだ。俺の代で潰すわけにはいかない」
サーガもそうやって、B.K.Bを支えてきたんだ。俺だって……
「悪党の集団に由緒もクソもあるかよ! 守るのが難しけりゃ、変えたって良い。サーガはサーガ、お前はお前だ。せっかくセットと同じ名前を持ってるんだから、クレイ流で頑張ってりゃいいのさ! サーガの猿真似をするつもりなら、S.K.Bって名前に改名しやがれ!」
マイルズも、メイソンさんも、知った風な口をききやがる。ありがたいと思うべきだろうが、俺流を求めるのであれば、その中にサーガの影が多少残るのは許してほしいんだがな。
俺は頑張ってる。B.K.Bは俺が守る。B.K.Bは俺がまとめるんだ。