B.K.B 4ever
それから三日経った。
未だにサーガの目は覚めず、B.K.Bはウォーリアー、ハスラー、ガーディアンからそれぞれ一人ずつの代表者が寄り合って、運営方針を決めている状態だ。
ファンタジーチックに言えば、国王様が不在の間に国を取りまとめる三賢者様ってところか。
もちろん、ガーディアンの代表者としてはリーダーの俺がその席に参加している。
「もう一度聞く。その……リッキーだったか、ソイツは確実に死んでるんだな、クレイ?」
ウォーリアーの代表者のOGが俺に訊いた。目下の敵はC.O.Cだったので、そこの壊滅はサーガの安否を除けば最優先すべき議題だ。
ちなみに、ウォーリアーの代表者はローテーション制で、四、五人のOG達が会合によって入れ替わる形をとっている。決まったリーダーがいないということなのだろう。
ハスラーとガーディアンの代表者は毎回固定だ。
「あぁ。この目で見た。絶対に死んでる。間違いなくリッキー本人だった」
「なら安心だねぇ」
そう返って来た声は三人以外のものだった。
アドバイザーという、相談役みたいなポジションでこの会に臨時で顔を出してくれているメイソンさんの声だ。
イレブントップとして、皆から絶大なリスペクトがある彼の参加は、ハスラーからお願いしたのだという。サーガが居ないから仕方ないね、と本人も了承してくれてこの形となった。
毎度の参加ではないが、都合がつく時には出来る限りアジトに顔を出してくれる予定だ。
「C.O.Cは事実上の壊滅状態。一応はB.K.Bに手出ししようとしてた連合は総崩れだと考えても良さそうだ。じきに、こっちが作ってた同盟も解消して良いかもしれないな」
「それは楽観的すぎるだろう。もう少し探りを入れろよ」
「……ウチの仕事だからって簡単に言うもんだぜ」
俺の提案はハスラーのOGによって拒否された。まだまだ、コンプトンに通う日々は続きそうだな。
「責めるわけじゃねぇが、お前の所が忙しくしてないと困るんだよ。俺らとは違って、若い連中はガーディアンに責任があるって言ってる連中も多い」
「そうそう。それを止めるのも一苦労なんだ。お前たちがサーガを守れなかった怒りは強い。だが、同時に敵の大将首を取ってきた功績もある。今のところはそれで納得してもらっちゃいるがな」
「やれやれ。早くボス様にはお目覚め頂きたいもんだな」
ウォーリアー、ハスラーの両方の代表者にそう言われちゃ俺の立つ瀬は無い。病み上がりの身体に鞭打って、馬車馬のように働くだけだ。
「会合中すまない、ちょっといいか」
また外から別の声。
アジトである教会もどきの前に見張りとして立っているウォーリアーだ。
「なんだ?」
ウォーリアーのOGが返答する。
「サーガが目を覚ましたらしい」
……
病室に入る。
俺はてっきり、サーガは回復して話せる状態になったのかと思ったのだが、そこにいたのは瀕死の状態で無理やり目を覚ました、といった様子の彼だった。
「これはこれは……お揃いで」
「ガイ……」
眩しそうに片目を開くサーガのそばで、メイソンさんが呟く。
半身を起こしたそうだったので、その背に枕を入れて、首だけでも皆を見渡しやすいようにしてあげていた。優しい人だ。
「死に際に家族から囲まれる、ババアの気分だ」
「ははは、似たようなもんだね。道端のコンクリートの上で無様にくたばると思ってたけど、穏やかに看取られて幸せな人生だったじゃないか」
「チッ……少しは否定しやがれ。簡単に俺を殺すなよ」
サーガがここで、大きな咳ばらいを一つ。細かい血の跡が、真っ白なシーツに飛んだ。やはり、回復できていないようだ。
「ガイ……!」
メイソンさんがサーガの背中をさする。少し楽になったのか、咳はすぐに止んだ。
「クレイは……おぉ、いるな」
「あぁ、いるぞ。ここだ」
虚ろな目で周囲を見渡し、俺に気づいたサーガに名前を呼ばれる。
メイソンさんがサーガのベッドの左側にいるので、俺は反対の右側に近寄り、片膝立ちで屈んだ。
「このヘマは俺のもんで、てめぇらガーディアンにはこれっぽっちも落ち度なんかねぇ……気にするな」
これは俺への慰めであると同時に、ウォーリアーやハスラーへの警告でもある。あまりガーディアンを責めるなという話だ。
しかし、そうは言われても俺自身は納得できない。大将をボロボロにされて何の罪もないわけがない。
「いや……俺のせいだろ。しっかり守ってやれなくて申し訳ない」
ガシッ、とサーガの大きな手で頭を押さえつけられた。撫でているつもりかもしれないが、力加減が下手すぎて叩かれたようにすら感じる。
「なんだよ、ガキ扱いは御免だぜ」
「クレイ……見ての通り、俺は長くねぇ。仮初かもしれないが、平和は戻るはずだ……しっかり生きろよ」
「ふざけんな!」
その手を振り払い、サーガのシャツの襟首をつかむ。
「簡単にはくたばらねぇって、今さっき自分で言ってただろうが! 長くねぇなんて言ってたら本当にその通りになるぞ!」
「ガイ、それは俺も見過ごせないね。しっかり療養して、元気になってもらわないと。B.K.Bを支えるのはお前しかいないんだから」
「薄情なこと言うなよ、ニガー。あとは俺に任せておけ、ってセリフくらいは欲しいところだってのによ……」
サーガは数回、また少し咳き込んだが、吐血は無かった。
このくらいで化け物みたいな男が死ぬわけねぇだろ、まったく。
「コンプトン・オリジナル・クリップの方は、引き続き俺が出向いて調べるつもりだ。マイルズもあれ以来、今まで以上にかなり協力的になってくれてる」
この俺の言葉通り、マイルズとそのホーミーたち、ノース・コンプトン・パイルの連中はB.K.Bと最もつながりが強いセットになった。
なにせ、ボスが自ら身を挺して俺たちを守ってくれたんだからな。そんな事をされて大事に思えないはずがない。
「マイルズは生きてるか」
「ピンピンしてるよ」
今まではマイルズの事を、ギャングセットのトップのくせに、のらりくらりしている頭のおかしな野郎だと子馬鹿にしていたが、完全にその考えは上書きされた。
サーガと肩を並べてもいいくらいの、男の中の男だ。
それは、サーガも同じ思いだろう。
ちなみにそのせいで、マイルズには車か何かをプレゼントしようという話がB.K.Bの中では上がっているくらいだ。
近々、三賢者の会議でも議題に挙がることだろう。
「奴にも礼が言いたい。電話でも良いが……ここに連れてきてもらえるか?」
「そのくらいはお安い御用だ。面会は時間とか決まってるのか?」
「特に気にしなくていい」
「分かった。後で連絡をつけておくよ」
どちらにせよコンプトンに行く予定はあったわけだが、それより前にマイルズをこちらへ呼び寄せることになりそうだ。
「今、ウチのかじ取りをしてるのは誰だ?」
「今はウォーリアー、ハスラー、ガーディアンのそれぞれから代表者を一人ずつ出し合って話している状態だな。そこに外部からメイソンの兄ちゃんも参加してもらってる」
「コリー。俺にもしものことが……」
「それはお断りだね。さっさと復帰してくれよ。俺も忙しいし、いちいちギャングから呼ばれるのは迷惑してるんだからね?」
冷たいようで温かい言葉だ。
「チッ……さっさと休ませてくれってんんだ。誰もいたわってくれねぇから、いじけちまいそうだぜ」
「何言ってんだ。散々周りに横暴な態度を取ってきたし、多くの人間も始末してきてる。たくさん聖書を読んで、たくさん祈りをささげてるからって、簡単に天国に行けると思うなよ、サーガ」
「ざけんな、ガキ。神はすべての生きとし生ける者に……平等なんだよ」
軽く肩を震わせて笑いながら、サーガは半身をまた倒した。
本当は大笑いしたかったのかもしれないが、そんなことをしたら腹の傷が開いて血を吐くことになりかねないな。
俺も、あまりサーガをからかったりしないように気をつけておかなければ。
「今日はここまでだね。また明日来るよ、ニガー」
「おう」
弱々しい返事と、bのハンドサインが返ってきた。
……
俺がサーガに面会できたのは二日後だった。
その前日にはマイルズに連絡し、こちらまで出張ってくれた彼と一緒に病室を訪れる。ウチのテリトリー内に来るのにも慣れたのか、護衛すら連れずにマイルズは一人で車を運転してやってきた。
病院では、ドア前に一人、病室内に一人のウォーリアーが見張りとして待機していたので、彼らに向けてハンドサインを出す。
肝心のサーガは、ベッドでいびきをかきながら眠っていた。
「ありゃ、寝てるじゃねぇか。呼び出しておいてそりゃないぜ!」
「しーっ! ケガ人だ、寝せておいてやろうじゃねぇか」
マイルズが無遠慮にも大声を出して非難したので、俺がそれをたしなめる。壁際に立つウォーリアーのホーミーは、少しムッとした顔をしていた。
「おいおい、面だけ拝んで帰るってか?」
「じきに起きるだろ。せっかちな奴だな」
その俺の言葉に反応したのか、マイルズの騒ぐ声に反応したのか分からないが、サーガのいびきが止まり、ゆっくりとその目が開いた。
「……」
「おっ!? 起きやがった! 俺様に用事だろ? しっかりしろよ、大将!」
「……チッ、寝起きのアラームがマイルズ、てめぇかよ」
「んだと、こらぁ!」
誰を期待していたのかは知らないが、残念そうにそう言ってサーガは目を閉じた。また寝るわけではないのだろうが、どことなく身体が辛そうだ。
弱気になっていたように、本当に傷を治せないままくたばるつもりか?
そんなことはさせねぇ。
「サーガ、話す際に楽になれる体勢とかあれば言ってくれ。手を貸す」
「クレイもいるのか。このままで大丈夫だ」
「そりゃいるさ。アンタが俺にマイルズを連れて来いって言ったんだからな」
サーガが咳き込む。吐血は無いが、見た目以上に辛そうだ。
「あちゃあー。ちょっと見ない間に、じじいになっちまってるな。肺に穴でも空いたのか」
「マイルズ?」
俺がお調子者を睨みつける。
「冗談だって! 怖い顔すんなよ、クレイ。しかし生きてて良かったぜ、サーガ。何で自らあんな場所にわざわざ出てきたのか知らねぇが。とりあえずはB.K.Bの目標は達成されたんだろ?」
「そうだな……リッキーを殺して、一件落着って話だ。C.O.Cは今どうしてる? 残党共がいるだろ」
「いや、見てねぇな。散り散りになったんじゃねぇのか?」
近くに住んでいるマイルズがそう言うのであれば、C.O.Cは解散したか、活動拠点を移したという話になりそうだ。
ガゼルとリッキー以外の面子は全く分からないので、見つけるのは難しいかもしれない。
「そうか……それくらいであれば、大丈夫かもしれないな」
「大丈夫ってのは?」
俺が訊く。普通に考えれば平和は守られるって事だろうが、その言い草に何だが妙な含みを感じる。
「これを」
サーガは回答せず、俺へ二つ折りにしたメモを渡した。すぐに見るわけにもいかず、そのまま受け取る。
「何だよ、誰かへの伝言か? ウォーリアーのOGか?」
「お前への伝言だ」
「は? なら口で言えばいいだろ」
もったいぶりやがって。
「大事なことだから、仮に俺が長らく寝ちまってて、すぐに話せなかったりしたら大変だと思ってな。ウォーリアーやハスラーとの会合の場か何かで読んでみろ。それと、マイルズに礼を渡す指示も書いてある」
「マジか! ありがとよ、兄弟!」
……
サーガのメモの内容から、マイルズも半強制での参加となったのはその夜の三賢者会議だ。
マイルズへの謝礼として、おおよそ10万ドルを捻出すること、と指示が書いてあった。それを聞いた本人は飛び上がって喜んでいた。
かなりの大金だが、部外者でありながらそれ以上の働きを見せてくれたのだ。当然の待遇だろう。
同時に、ノース・コンプトン・パイルとの固い同盟関係も締結される。
そして、問題はもう一つの内容だった。
自身が、ビッグ・クレイ・ブラッドのプレジデントを引退する。
確かに、そう書いてあった。上手く動かない、震える手で、悔しい気持ちで綴ったのは明らかだ。
そして、次のリーダーとして、リル・クレイ……俺を指名する、と。