Fight! K.B.K
次の登校日。ハイスクール内で先日逃がした標的の男を見かけた。顔に大きな絆創膏、そして頭には包帯を巻いている。さらに腕を三角巾で吊り上げて、片足は引きずっていた。
ちょうど、横にいたジェイクが俺に尋ねた。
「おい、結構な大怪我じゃねぇか。お前、ちょっとしか殴ってないってのは嘘だったな?」
「待て。俺はあんなになるまで殴ってない。だいたい、あそこまでの深手なら逃げれねぇだろ」
「本当か? ま、本人に聞いてみるまでだ」
そう言って奴の進路を巨体が阻む。びくりとワンクスタの身体が反応した。
「おい、誰にやられた? ここにいるクレイか?」
「あ……お前らか。いや、これは……」
奴は俯いて答えようとしない。ため息を一つついて、ジェイクが襟首を掴む。
「誰だ? 答える気がねぇなら、二度と歩けない身体にしてやろうか」
「ま、待て……これは、その……」
「あぁ!?」
「あ、兄貴だよ! 俺の、兄貴に……やられたんだ!」
何だと? なぜそんなことになる? ジェイクが手を離すと、ソイツは苦しそうに咳払いをした。
「おい、聞かせてくれ。なぜ、兄貴が?」
「いや……お前らとのいざこざを話したらこうなった。粋がってギャングの真似事なんかするなってさ」
ここで俺は、この間のベンという若いギャングスタの話を思い出す。ギャングになんかなるもんじゃない、なりたくてなるもんじゃない……そんな台詞を吐いていた筈だ。つまり、家族は大事にするが、家族がギャングメンバーになることは望んでいないのか……? いや、アイツは家族でないはずの俺にですら言ったのだ。ならばB.K.Bはむやみやたらとメンバーを増やしたいわけではないのか。
これは良い情報を得た。メンバーを家族に持つワンクスタ相手でも、心置きなく対立できる。そこへのギャングの介入は可能性として低い。
「良かったじゃねぇか。これでお前の悪事は許されなくなった。ギャングの真似事なんかやってたら、兄貴以外のメンバーにだって怒られるぞ」
「あぁ、もうこりごりだよ。まさか、あんなにキレるなんてよ」
「自分と同じ道を歩んでほしくなかったんだろ。幸い、お前はハイスクールで勉強が出来てるんだ。真っ当に生きれる可能性がある」
「とりあえず、一件落着ってことだよなぁ! 次のワンクスタを探してとっちめようぜ!」
ジェイクの言う通りだ。まずはひと段落。俺は頷き、このワンクスタに情報を求めた。
「お前、俺やリカルドをボコった連中の話、知らねぇか?」
「そりゃ、アイツらだろ。学内で一番の幅を利かせてる連中さ。呼び名があるのかは知らねぇが、十人以上の徒党を組んでる」
ついに嗅ぎつけた。今までうまく隠れていたようだが、これは大当たりだろう。必ず俺とリカルドを手にかけたことを後悔させてやる。
「十人以上か! ケンカのやり甲斐があるってもんだぜ! 簡単にはくたばってくれるなよ!」
この人数だけは意外だった。俺を囲んだ時も、それほどの人数がいたのだろうか。足音や声はもっと少なかったように感じるが、全員が参加していなかったのであれば納得できる。
しかし、全員が集合してしまうとK.B.Kの七人よりも多い。ここは各個撃破が上策だと思う。
「ジェイク。いっぺんにぶつかる気か? 負けちまったら元も子もねぇぞ」
「ばーか。正面切ってたったの数人に負けちまうからこそダメージがデカいんだろ。自分たちが雑魚だと思い知らせて、立ち直れねぇようにしてやんだよ!」
「お、お前ら……そんなに強いのか?」
ワンクスタ改め、元ワンクスタの顔が引きつっている。憶病なやつだ。兄貴にもう少し鍛えてもらってはどうだろうか。いや、ギャングに学ぶことなどないな。アメフトでもやれ。
「当たり前だろ! 正義は勝つんだよ!」
……
結局、ジェイクの案が採用されてしまい、俺達は全面対決へと進んでいった。
敵のメンバーは短期間で全て把握できた。これはやっつけたワンクスタだけではなく、俺達K.B.Kの活躍を耳にした一般生徒の連中からもタレコミがあった為だ。
そして、リーダーと思われる男にジェイクが堂々と宣戦布告を申し入れた。それも俺がいないところでだ。まったく、勝手放題にやりやがって。こうなると後には引けない。敵のリーダーは始め、何かと言い訳をして衝突を回避しようとしていたらしかったが、俺達が少人数だと知るや否や、一転して対決を受諾したらしい。腰抜けが。全員を動員して、武器でも準備してくるつもりに違いない。
「いよいよだな!」
ジェイクは上機嫌だ。場所は校舎の裏、生徒用の駐車場。あまり先生が来ず、広い場所となると、自然と会場はここになった。ジェイクの手にはバットが握られている。これを使うかどうかは相手の出方次第だ。
「まだ誰も来ないな。ろくな連中じゃないんだし、約束なんか守らねーかもよ」
これはリカルドだ。俺達七人は駐車場の真ん中で、敵の到着を待っている。
それから数分の後、奴らは現れた。数は十八人。全員が赤いバンダナで口元を覆い、正体は分からない。この期に及んで俺達に対して身元を隠す意味はない。万が一、先生が駆けつけた時に自分たちの素性を悟られたくないのだろう。俺達は顔なんか隠していないってのに、卑怯な奴らだ。
そして、残念なことに全員がバットやゴルフクラブを持参していた。こちらはほぼ全員が丸腰。まともにやり合えそうなのはジェイクだけだ。
「よう。正義のヒーロー、クレイとその一味」
この声……! 耳元でささやかれていた声。そうか、やはり俺を袋叩きにした奴らはコイツらだったのか。リーダー格だと思っていた奴だ。
「ずいぶんな装備だな! これから試合でもあるのか?」
「あるぜ。お前らとの試合がな! せっかくお前とお友達の二人だけ、あのくらいの怪我させただけで許してやったのに、わざわざケンカ吹っ掛けてくるとはよ!」
「こないだみたいに逃げなかったのは褒めてやるよ、ワンクスタが!」
互いの仲間が横一列に並ぶ。それぞれが罵声を浴びせあう中、ジェイクはバットをぶんぶんと頭上で振り回すと、それを俺に手渡した。
「あ? おい、なんだよ」
「お前が持っとけ。こういうのは大将がやられたら負けなんだよ。それに、アイツら数だけで弱そうだ。拳で殺す」
大きな拳だ。俺も食らったが、ジェイクの言葉はあながち間違っていない。充分に相手をぶっ飛ばせる代物だ。
「ふん、ぜってぇ使わねぇからな」
「ならそれでいいさ。今回は暴れさせてくれる約束だろ」
「うるせぇ、早いもん勝ちだ! 行くぞお前らぁぁぁ!」
K.B.Kが雄たけびを上げて、雪崩のように敵へと一斉に突っ込む。力任せの正面突破だ。前衛を仲間に任せ、スッと後ろへ退いたリーダーの男。アイツだけは俺がやる!
「おらぁ! どうした! その棒は飾りか、こらぁ!」
ジェイクが敵の一人から振られたバットを素手で受け止め、取り上げてしまった。慌てるソイツの顔面にパンチを食らわせ、奪ったバットは別の敵の頭に投げつけて昏倒させている。
グレッグはその長い脚で敵の足元を払い、転倒させたところに踵落としでトドメをさした。他のK.B.Kの連中も素手だというのに善戦している。強い。
リカルドだけはオロオロと右往左往していたが、彼に襲い掛かろうとしていた二人は俺が蹴り飛ばした。
敵が一人、また一人と倒れるごとに埋まっていく、人数と武器のハンディキャップ。最後尾で歯嚙みしているリーダー格の男。キラリと光るサバイバルナイフを取り出した。アイツ、正気か!
「みんな、気をつけろ! ナイフを持ってる奴がいるぞ!」
刺されてはひとたまりもない。いくら屈強なジェイクだろうと、首筋に刃が当たれば命の危険がある。
俺の声は仲間に届き、皆が一様に緊張した。だが、それは敵のワンクスタ連中も同じだった。まさか、リーダー格の男がそんなことをするとまでは思っていなかったらしい。
「そこまでしなきゃ勝てねぇってか! 見下げた根性だな、ワンクスタ!」
「ふざけんな! 俺達は負けねぇ! よそ見してないで行け、お前ら!」
「いつまで後ろでふんぞり返ってやがる! 勝負しろ、腰抜けが!」
俺の挑発にも、ナイフを持ったリーダーは動かない。とうとう、立っている敵がK.B.Kと同数になった時、俺は突進した。
「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「くそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
突き出された白刃を右にかわし、俺の左腕がラリアットをお見舞いする。全力疾走からの一撃だ。俺の身体は簡単には止まらない。奴を引きずったまま何歩も進み、一台のホンダのセダン車にぶつかってようやく止まった。
バリンッ! と奴の頭と俺の左腕がサイドガラスに突っ込む。車載の警報機が鳴り響いた。