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B.K.B 4 life 2 ~B-Sidaz Handbook~  作者: 石丸優一
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B.K.B n N.C.P

「待った! 待った待った待ったぁ!」


 立ち上がったサーガの背中に、マイルズの制止の言葉が届く。

 サーガの顔は今、後ろに控えていた俺に向いているが、化け物か悪魔の笑みかというほど邪悪に、にたりと口角を吊り上げた。


 その様子にハッと息をのむ俺の視線に気づくと、サーガは軽くうなずいて見せる。ここからよく見てろ、とでも言いたげだ。

 額に青筋を浮かべ、振り返る。


「あぁ? 殺すぞ、三下が」


「うるせぇ! 誰が三下だ! ウチはパイルの名を持ってんだぞ!」


「雑魚が吠えるな。てめぇは今、誰と話して貰ってるのか理解してんのか?」


「……とにかく待てって。いや、待ってくれ! 頼む!」


 威圧なんてレベルじゃない。ギャングセットだけで言えば、明らかにノース・コンプトン・パイルの方が格上だ。激戦区、コンプトンのセットであり、由緒あるパイルの流れを汲んでいる。

 だが、サーガはそれを個人的な立ち振る舞いだけで完全に飲み込んだ。


 実際、B.K.Bはノース・コンプトン・パイルを越えるデカさのギャングセットだろう。

 サーガとマイルズが喧嘩をしても、サーガに軍配が上がる。この場でドンパチが始まっていても勝つのはウチだ。


 しかし、それを凌ぐほどの威圧感がコンプトンのギャングセットには備わっているし、対峙しているのは百戦錬磨のオリジナルギャングスタだと誰もが内心では緊張している。

 俺だってマイルズとの初対面は恐ろしかったんだ。それを感じない馬鹿などこの場にはいない。


 だが、サーガは短い時間でそれらをすべてねじ伏せた。別に力を誇示したわけでも何でもなく、言葉のやり取りだけでこの場を支配した。


「くどいぞ」


「何とかすっからさ! もうちょっと仲良くやろうぜ! 俺はお前と喧嘩別れするつもりなんかねぇんだからよ!」


「何とかってのは何だ。はっきり言え」


 リッキーを連れてくるという言質を取れれば万々歳だが、どうなるか。


「仮に今すぐリッキーを連れて来ても、アンタに襲い掛かるだろう。だからまずは、俺とアンタが会ったという話をして、サーガはお前が思ってるような悪党じゃなかったぜ、って外堀から埋めさせてくれ」


「……まぁいいだろう。どのくらいかかる?」


「それはすぐには答えられねぇが……とにかく、悪いようにはしねぇって! 俺はマジのマジで喧嘩はやめてもらいてぇんだからよ! 最終的には連れてくる! それは約束するぜ! ただし、時間をくれよな!」


 一応はサーガの策は成功と言ってもよさそうだ。


 ただ、リッキーが来るとき、人畜無害なフリをしてても、サーガと対面した途端に牙を向ける事は確実。

 その時、サーガはリッキーを返り討ちにする算段だろうか。


「……それが確実になるまでは、クレイと連絡を取れ。俺の手を煩わさせるんじゃねぇ」


 ぽん、と俺の肩に手を置き、サーガは杖をつきながら車に戻っていった。


「こ……こ……」


「こ?」


 マイルズがわなわなと肩を震わせている。


「こえぇぇぇぇぇっ!!! なんだよあれ! よくあんな奴の下にいるな、クレイ!? 化け物かよ!」


 サーガの姿が見えなくなるや否や、マイルズは心の奥に潜めていた感情を爆発させた。


「おい、この場でそういうことを言うのはやめておけ!」


 だが、これは俺の杞憂だったようだ。目の前でプレジデントの文句を言われたらB.K.Bのホーミーたちが憤慨するのではないかと思ったが、むしろ好意的に受け取ってくれたようだ。

 ウチのサーガはコンプトンのブラッズのボスをビビらせてやったぞと、B.K.Bのホーミーたちはどこか誇らしげに感じているように見える。


「は!? え!? なんで!?」


「……もういいさ。とにかく、まずはリッキーを説得するんだろ? そっちの方を頑張ってくれよな。あと、おまけみたいなもんだが、ガゼルの情報も頼むよ」


「お、おう……クレイ、ちょっといいか?」


 クイッ、と顎で場所の移動を促すマイルズ。

 近寄ると、肩を組まれて十歩ほど、テーブルから離れた。耳打ちであればだれにも聞こえない距離だ。


「何だよ」


「仮にリッキーをイーストL.A.に連れて来るとしても、この場所が会場になるわけ?」


「は? そりゃ基本的にはそうだろうな。だが、変わる可能性もあるから分からねぇよ」


 何だ、この質問は?


「そっか。帰る前に少し、この辺りを車で周ってもいいか? 道を覚えるためにさ。心配ならお前もついてきていい」


「……まっすぐ帰れ」


 なるほどな。これを許可すると、好きなだけ俺たちの地元をマイルズがうろつくことになる。わざわざアジトの場所を割り出させる必要はないので許可は下ろせない。


 行きはここに来るのが精一杯で、あまり探索できてもいないという話ではない。

 マイルズが俺たちの地元に入った時点でガーディアンからの監視を受けている。関係ないところへ向かったとしたら、それは連絡が来て問題になっていたはず。


 今であれば、俺が良しと言えばそういったことも可能になるわけだ。


「へいへい」


「誰か、街の外までついていってやれ」


 ダメ押しで分かりやすい監視をつける。別にこれは必要ないが、マイルズとリッキーの付き合いのように、ここでは気楽な態度をとらせたくない。

 サーガが面白くないだろう。


……


 マイルズが退散してから五分と経たずにサーガが高架下に戻ってきた。

 理由はもちろん、俺に状況報告を求めるためだ。


「見張りをつけて帰しておいたぜ。寄り道せずに出ていってくれるだろうさ」


「上出来だ。リッキーって奴を連れて来れるかどうかは半々だな」


「半々? 死に物狂いでどうにかしようとするんじゃねぇのか?」


 確かにサーガはマイルズから言質を取った。奴も簡単に約束を破りはしないと思うんだがな。


「いや、マイルズの問題じゃねぇ。リッキーの問題だ。俺と会う機会をチャンスと捉えるか、ピンチと捉えるか。後者ならビビりって事だ。マイルズの話を拒否するだろう」


「そう言われるとリッキーは……性格的には後者な気もするな」


 だとしたら、リッキーは来ないという未来が優勢か。


「なら、次の手だな」


「次の手? ガゼルを利用するのか?」


 サーガはガゼルの情報も欲しがっていた。他に手があるならそこしかない。


「いや、あれは別にどうでもいい。マイルズを利用するんだよ」


 また小難しいことを言い出したな。


「利用するってのは?」


「例えばそうだな……リッキーに直接、俺と会うように言っても聞かないってんなら、マイルズにリッキーを軽く欺いてもらって強制的に連れて来る、とかか?」


「何だって? マイルズを裏切らせるのか? そんなことできないだろ……」


「裏切らせるんじゃねぇ。奴が本当に喧嘩を止める気があるのなら、そこに付け入るだけだ。奴がすでにリッキー側についてるなら無理な話だがな。その場合はまた別の一手を考える」


 これは俺の予想でしかないが、マイルズはリッキーにも利用されているが、サーガとの戦いを望んでいないのも本気だろう。


 サーガというよりは、今まで関わってきた俺やガーディアンの連中を慮ってかもしれないが。


 サーガの提案に対しては、確実にリッキーは何かしら仕掛けてくると思っているだろうし、サーガも何かを企んでいるとは思っているはずだ。


「リッキーが来たら、殺すのか?」


「何だその質問は? 殺す以外の選択肢はねぇだろ。本当に仲良しごっこになるとでも思ってたか」


 そりゃそうだな。


「いや……さらに泳がせてもっと情報を引っ張りたいとかあるのかと思ってよ」


「……奴がとりあえずの終着点だ。C.O.Cを叩き潰してみれば分かるこった。その後、ウチを狙うような動きがぴたりと止まればそれが答えだ」


「……分かった。あーだこーだ言ったところで、俺はアンタに従うだけだ」


「マイルズみたく、リッキーに妙な手心加えるんじゃねぇぞ。どんな野郎であっても奴は敵だ。ここまでの諜報でも、ウチに戦争を仕掛けてきたのは堅いんだからな」


 俺がそんな甘えた心変わりをする危険性はない。リッキーの性格を知った今でも、いけ好かない野郎だと思ってるからな。


「大丈夫だ。それより、リッキーと会った時はアンタの身の危険もあるんじゃないのか? 簡単に撃たれてくたばってなんて話になったら目も当てられないぜ」


「俺の心配とは面白い。そんな簡単に死ぬタマだったら、サムやマークがいた頃に俺だって死んでるはずだ」


「昔話を引っ張り出されても意味わかんねぇんだよ、老害め」


「ふん。毛も生えてねぇクソガキには、ちっとばかし早い話だったようだな。安心しろ、俺は死なねぇよ」


 自分でもサーガに良くここまでの軽口を言えるようになったものだと感心してしまう。


 ただ、サーガが昔話をするときはその内容がシリアスなものであったとしても、どこか楽し気で心底嬉しそうだ。

 E.T.っていうのは本当に心を許せる大事な仲間だったんだな。


 俺もガーディアンの連中とは仲良くやっているし、シザースみたいな馬鹿な仲間もいるが、そこまでの親友に出会えることはあるのだろうか。


 マイルズやガゼルは……そういう存在とは全然違うな。却下だ。


「とにかく、絶対に何か持たせた状態で近づかせるなよな」


「それをやるのはマイルズの仕事だ。当然、リッキーを丸腰にさせるように仕向ける。奴は警戒心が強いみたいだから、マイルズが言った通り、かなり長い時間をかけて懐柔していく事になるだろうな」


「ゆっくりやりすぎて、老衰で死なないでくれよ」


「ははは! それはある意味成功じゃねぇか! 穏やかな老後生活を全うしたいもんだぜ」


 今も聖書を読んでジジイみたいな生活してるじゃないか、とは思ったが、状況は常に緊迫している。

 リッキーからは命を狙われているし、ホーミーたちや味方のセットだってサーガを頼りっぱなしだ。


 普通の人間だったらノイローゼになってもおかしくないところを、落ち着いて教会に籠ってられるんだから大したものだ。

 いや、それを回避するために心を落ち着かせようとしているのか。


「マイルズのサポートで俺はどう動くべきか、なんてアドバイスはあるか?」


 そして、悔しいが俺もこの通り、サーガを穏やかにさせてやれない一人なんだよな。


「サポートじゃねぇが、奴らがどのくらい親密なのかは気にしとけ。どこで会ってる、何を話してる、二人きりなのか、他にも誰かいたか、ってのが知れれば良いが、そこまで突っ込むとお前が警戒されちまうから、ほどほどに動いておけ」


「分かった」


……


 数日後、コンプトン市内。

 今回は俺を含めて四人のガーディアンによる遠征だ。


 ただ、この日は珍しく、連絡していたのにもかかわらずマイルズが自宅に不在だった。仕方がないので俺たちだけでガゼルがヤクを捌いている空き地へと向かう。

 もちろんガゼルにも連絡はしていたので、奴はその場にいた。


「あん? マイルズはいねぇのか」


「それはこっちのセリフだぜ。行くって電話したんだがな。何やってんだ、アイツは?」


「それを俺が知るわけねぇだろ。何か要るか?」


 クスリを勧められたが、いつものように首を横に振る。


「売り上げはどうだ? それにしても結構長い間、ここで立たせてもらえてるんだな。平和なもんだぜ」


「お前が買えばもうちょっと儲かるんだがな、クレイ」


「俺は情報量渡してるだろ。冷やかしみたいに言うんじゃねぇよ」


 俺の言葉にガゼルが舌打ちを返す。本当にコイツは金の事ばっかりだな。


「ガゼル、もう少し積んだらマイルズの話を教えてくれるのか? 俺は大方、リッキーと悪巧みしてるんじゃねぇかと踏んでるんだが」


「何だよ、悪巧みってのは」


「さぁな、銀行強盗か、現金輸送車の襲撃か、何かは知らねぇけどよ」


「何? そんな話があるのか?」


 完全な出まかせだが、ガゼルの興味は引けた。あの二人が密談しているとしたら、B.K.B絡みのこと以外にない。

 ただ、上がってきた情報がそうだとしても、金さえ払えばガゼルは文句を言えないだろう。


「分からねぇが、やってくれるか? 俺たちだけハブられるなんて気分悪いよな。お前なんてリッキーと同じセットなのに、なんで相棒がマイルズなんだよ」


「確かにそうだな……よし、何か分かったら知らせる」


「報酬は少しばかり弾むから期待しといてくれ」


 いい種が蒔けたな。ガゼルは案外使えるのかもしれない。

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