Learn! N.C.P
「よう、クレイ! 来たぜー!」
マイルズが古いリンカーン・タウンカーの後部座席から高々と腕を伸ばして挨拶してくる。
運転は奴のセットのホーミーにやらせ、自分は後ろで瓶ビール片手にご満悦の様子だ。
「おい、サーガに会おうってのに赤ら顔とは、舐めてんのかよ」
場所は河川敷の高架下。外からの来客を迎える際、B.K.Bがよく利用する、ちょっとした空き地だ。
マイルズは仲間を三人連れた合計四人、ここで出迎えたガーディアンは俺を含めて十五人だ。
何かしようとも思わないだろう人数差なので、とりあえずは問題ない。マイルズが二十人も三十人も連れてきていたら、その時点で会合は中止との指示だった。
サーガはまだこの場にいない。彼はどこからか様子をうかがっていることだろう。三十分ほどでここに来る手筈だ。
「へっ、これが俺だ。とりつくろったり、こびへつらったりしねぇのが持ち味でよ」
後部座席のドアを開け、タウンカーから地面に降り立つマイルズ。当然のように千鳥足だ。ヤクを決めてきてるよりはマシか?
「……こっちだ」
俺が案内するのは橋の真下。その仄暗い場所に、アルミ製のテーブルと椅子が準備してある。
誰かがホームパーティーを開く際の、バーベキュー会場用のものだ。
「どっこらせーっと!」
マイルズが着席し、奴のホーミーが二人、その後ろに控えた。銃は持っているだろうが、構えたりはしない。
もう一人は運転手として車の中に居残りだ。
「サーガが来るまで、俺が相手してやるよ」
「そりゃ嬉しいね。仕事の調子はどうなんだ。C.O.Cのネタは集まってんのか、クレイ?」
「まぁまぁだな。俺よりお前の方が詳しいだろ? というか、そうじゃないとサーガは二度とお前に会わねぇぞ」
「そう言うと思ってよ、今回は手始めにとっておきのネタを持ってきてやったんだぜ。おっと! これ以上はいくら兄弟にでも話せねぇな! 俺の切り札がなくなっちまうからよ」
「別に訊いてねぇだろ。だがアンタの言う通り、それは大事に取っておきな」
いったいどんな話を持ってきたのかは気になるが、それが必要なのは俺ではなくサーガだ。
しかしマイルズの性格だ。実はたいしたことのない情報、たとえばリッキーの好みの女のタイプなんかを特ダネだと勘違いして持ってきてなけりゃいいが……
そんなことになればこの場ですぐに殺されるぞ。
ギャング激戦区であるコンプトンのブラッズなのだから、そのくらいは理解できているはずだと信じたい。
「そんで、奴さんが来るまでは、どんちゃん騒ぎでもして待ってればいいのかぁ?」
「まだ酔っぱらう気かよ。それに、俺は下戸だしな。付き合えそうもないぜ」
マイルズの野郎、これ以上泥酔してどうすつるつもりか、まさかガラにもなく緊張しているのか?
となると、ますます何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。
俺の中でのハッピーエンドは、このまま何もなくサーガとマイルズが話し、マイルズにも二心などなく、サーガが「あんなくだらねぇ奴は、もう会う価値はねぇよ」と言って、二度とこんな機会を作ろうとしないことだ。
「B.K.Bの拠点はこの辺りにあるのか?」
「もちろんだ。ウチはギャングタグもたくさん書いてるからな。メンバーがどの辺で活動してるかは一目瞭然だろうぜ」
アジトである教会の場所を割るわけにはいかないが、深く潜り込まれたら隠す間もなくすぐに特定されるだろう。何か特別なカモフラージュをしているわけでもないしな。
「何でそこに案内しねぇんだ? こーんなアウトドア感丸出しでよ」
「これをアウトドアって呼ぶか、普通? 高架下に椅子とテーブルが並んでるだけでよ。裏の賭場か何かにしか見えねぇぞ」
「冗談だろうがよ! 真面目に返してんじゃねーよ」
マイルズが舌を出す。本当に子供みたいな奴だな。
「で、アジトに案内しない理由だが、単純に来客を迎えるには狭い。あと、辛気臭いから俺はあの場所が苦手だ」
「辛気臭い?」
神気臭い、でも良さそうだな。曲がりなりにもご神体と祭壇があれば、そこは教会であり、神聖な場所だ。
サーガの信心深さは結構なことだが、そこを余所者に踏み荒らされるというのは、神様にさして興味のない俺でも気持ち良くはないからな。
それに、あの教会が狭いのは本当だ。
「お前だって薄暗くて狭い部屋なんかで歓待を受けるより、外でパーッと騒げる方が嬉しいだろう? 高架下ってのは元々騒がしいもんだからよ」
「あー、もしかして、B.K.Bのアジトは薄暗くてジメジメしてんのか? だったら確かに、ここの方が何倍もマシってもんだな」
別に薄暗くはないんだが、勝手に地下牢のような場所だと勘違いしてくれたのであれば、もうそれでいい。
「……お出ましだな」
「お? ボスか? なんだありゃ、市議会の先生かよ」
遠くから、型落ちのシルバー色のメルセデスが一台、走ってくる。
カッコつけたかったのかは知らないが、珍しい車を準備したもんだ。奴がよく利用しているのは、黒塗りのキャデラックだったはずだが。
マイルズの感想も、微妙な地位の人間に見えるという意味であれば的を得ている。
だが、それすらもサーガの策なのかもな。何を考えているのか、本当のところは未だに読めない。
「……よう」
「ういーす」
サーガが後部座席から降り、俺の隣まで杖をつきながら歩いてきた。
第一声のあいさつに、マイルズは気楽な感じで返す。
マイルズが座る対面の席、俺が立っている目の前にある椅子に、サーガが腰を下ろす。
つまり、卓を挟んで席についているのはマイルズとサーガ、それぞれの後ろにそれぞれのホーミーが立って並んでいる、といった光景だ。
「いいねいいね! 何だか、マフィアのボスの会談って感じの雰囲気だぜ!」
「だろ? もしかしたら、お前はこういうのが好きなんじゃねぇかと思ってな。クレイから、童心を忘れないフレッシュな男だと聞いてるぜ。改めて、俺がビッグ・クレイ・ブラッドのサーガだ」
「ノース・コンプトン・パイルのマイルズだぜ! よろしくな、兄弟!」
まずはハンドサインを出し合い、次にお互いが右手を伸ばしてそれを握った。
「そんで、熱烈なラブコールがあったってのも聞いてる。珍しい奴だぜ、むさくるしい男相手に愛の告白とはよ」
「あちゃー! 俺の恋心もお見通しか? ただ、俺が持ってきたネタはなかなかのもんだぜ?」
「聞こう」
冗談交じりに会話が進むが、早速本題に入った。もちろん、コンプトン・オリジナル・クリップの話題だ。
「まずはこれを。リッキーの写真だ。あ、リッキーってのがC.O.Cのボスって事になってる。嘘か本当かは知らねぇがな」
驚いた。マイルズが手始めに差し出したのは、確かにリッキーの顔写真だった。
ちゃっかり自分も映っているので、持ち前のノリの良さでツーショットを撮ったのだろう。俺にはできない芸当だ。
「これが、リッキー……? クレイ、間違いねぇか?」
「あぁ、間違いない。俺が会ってるのはコイツだ。マイルズ、これはいつ撮ったんだ?」
「あー、一昨日とかかな? とにかく二、三日以内だ」
近いな。そして、俺抜きでもマイルズはC.O.Cと結びつきが強まっている事になる。この事実が吉と出るか凶と出るか見ものだ。
「ガゼルの仲介でか?」
「ガゼル? いや、この時は俺とリッキーだけだな」
「ほう? 仲がよろしい事で」
「んだよ、クレイ! また妬いてんのか、お前! 俺とリッキーはマブダチだからな!」
リッキーとサシで会う、か。それに、先日のリッキーから何かを受け取る姿。臭くて仕方ねぇ。
「おい、他にコイツの写真はねぇか? 可能ならそのガゼルとかいう奴の写真も欲しい」
「あ? リッキーの別の写真ならあるぜ。ガゼルはねぇ」
マイルズは最初に差し出した写真だけはわざわざ現像して持ってきてくれていたが、他の写真は携帯電話に入っているだけらしく、その画面をサーガに見せた。
リッキーの写真はそれを合わせても二枚らしい。しかも、そっちの写真は奴の横顔が写っているだけであり、あまり参考とはならなそうだ。
「なんだこりゃ、隠し撮りか」
「そんなとこだな。ところで、ガゼルの写真はどうして欲しいんだ?」
「そいつがリッキーとの橋渡しを請け負ってんだろ? 直接用事があるって程じゃねぇが、顔くらい知っておきたい。それだけだ」
「ほーん? ま、そっちは交換条件だ。リッキーの情報だけは、今回の機会を設けてくれた礼に色々話してやるよ」
まぁそうなるだろうな。サーガもそれくらいは飲まない理由もない。
むしろ、リッキーの写真だけでもかなりの収穫だと言える。
「交換条件? それは後で詰めるとして、先にリッキーの情報をもらおう」
「そうだな、リッキーはロサンゼルス中を飛び回って、いろんな場所に味方……というか顔見知りか? それを量産してる。直接、そういう連中に何か指示を飛ばしたって話は聞かねぇが、十中八九そうやって使ってる事もあるだろうな」
「もちろんだ。少し前、ウチのセットを取り囲むように複数のギャング共が連携を取って攻め入るような事件があった。誰かが糸を引いてるとしか思えねぇ。そこで俺たちが目をつけたのがC.O.Cだったってわけだ」
今となっては懐かしい話だ。逆に、現在はB.K.Bが複数のセットを束ねる大所帯となっている。
「よく調べがついたもんだねぇ。あとは、リッキーはB.K.Bに執着してる。理由は教えてくれなかったが、アンタらの壊滅がお望みなんだと」
「恨みなんて買ってなんぼの世界だ。驚きゃしねぇ。ただ、厄介な虫は叩き潰すか、殺虫剤で落とすしかねぇんでな」
バットで頭をかち割るか、銃でハチの巣にするか、って比喩か?
恐ろしい事で。
「正直な事を言っちまえば、俺は喧嘩なんかやめちまえよって言いたいんだけどな。こうやってどっちとも仲を深めちまえば、情だって湧く」
「要らねぇよ。こっちはすでに被害を受けてんだ。何かウチに恨みを持ってるってのは聞いたが、あっちの言い分としては先にB.K.Bが仕掛けたって話なんだろうぜ。話はどうせ平行線だ」
「リッキーも案外いい奴だぜ?」
何やら雲行きが怪しいな。マイルズは何が言いたい?
「てめぇは俺らに情報を流せばいいんだよ。誰が仲介なんか頼んだ。それとも、リッキーに何か吹き込まれたか?」
「別にそんなんじゃねぇよ! 今言った通りだよ! 何も起きねぇならそれに越したことはねぇだろ! クレイもリッキーも、ガゼルも俺の兄弟分なんだからよ! 兄弟喧嘩は止めてやるのが兄貴の務めってな!」
兄弟分はもう良いが、何でマイルズが全員の兄貴分になってんだ。
「……リッキーにも同じこと言ってんのか?」
「当然だ!」
これはマイルズの本心か?
普段はバカっぽいのでその辺りはわかりづらいが、確かにそう考えているのであれば争いを止めたいという気持ちも理解できる。
「……って事は、俺らの情報もあっちに売るって事じゃねぇか」
どんっ、とサーガが左脚をテーブルに乗せる。
別に機嫌が悪くなったことをアピールし、態度が悪いと見せたいわけじゃない。
彼は不自由な左脚を見せることで、「例えば奴は左脚が不自由だとか、そういう話を持ち帰るつもりなんだろう?」と問いかけているわけだ。
「そんなことは……するつもりねぇよ!」
「リッキーから何を受け取った? 金か、薬か、女か。俺がてめぇの腹に気づかねぇとでも思ってたのか、馬鹿野郎」
「決めつけんなよ! 俺は別に買われてねぇ!」
空気は一変、最悪の状況だ。
ただし、マイルズもサーガも、相手に暴力を振るおうという様子はないのでその点だけは安心か。
「マイルズ」
「何だよ!」
「てめぇのその言葉が本気だってんなら、この場にリッキーを連れて来れるか?」
馬鹿な。サーガは何を言ってるんだ。敵の大将首と直接会うだと?
「お前は俺らの肩を両方持つと話した。仲良くさせたいんだろ? そして、仮に俺が怪しんでるように、お前がリッキーにだけ肩入れしてるってんなら、この話は飲めねぇだろうな」
「ふざけんな! 今会わせたら喧嘩になるだろうがよ!」
「出来ねぇって話なら俺はてめぇを信用しねぇ。話は以上だ。追加の情報はクレイを通じて持ってこい……てめぇとは二度と会わねぇ」
サーガの言葉尻は、冷たく、心臓に突き刺さるような声だった。