Change! N.C.P
「サーガと会いたい? なんでそんな話になるんだ?」
コンプトンへ向かった際、いつものようにマイルズと話しながらガゼルの元へ向かう途中の出来事だ。
最近、リッキーに会ったからか、奴はウチの大将にもお目通りを望んできやがった。
「なんでって、面白そうだから! 確かB.K.Bっていうセットだよな?」
「さぁ、どうだったかな」
「しらばっくれても無駄だぜ、兄弟! こっちだってリッキーやガゼルに対して、そこは話合わせてやってんだからよ、いいだろー?」
確かに、B.K.Bを狙うリッキーに俺たちの正体を黙ってもらっているのはこっちの借りだ。しかし、それを返すためにサーガにマイルズを会わせるってのは良く分からない。
第一、サーガは「会うわけねぇ」としか言わないだろう。
「無理だ。うちのボスと会う機会はリッキーどころの難易度じゃないぞ。さらに厳しいと思っておいてくれ」
「だから頼んでるんだろうがよー?」
「仮に会えるとしたら、よっぽど重要な要件や情報があるときだけだ。面白そうだから、とか言われても首を縦に振る男じゃねぇ。本気で会いたいんなら何か考えろよ」
別にサーガの身が多忙だからではない。無駄なことはしない主義だからだ。
信仰心の薄い俺にとっては、教会で聖書を読む時間も無駄だと思うんだがな。
「えぇっ!? 俺と会えるってのは、ソイツに取っても価値があるだろ! 俺様はノース・コンプトン・パイルのボスだぞ!」
コイツみたいに自分で言うのもダサいが、実際にコンプトンのギャングのボスというのは一目置かれて当たり前だ。
サーガだってコンプトンやサウスセントラルのギャングスタは格が違うと思っているはず。
しかし、彼がマイルズ以外にそういったレベルの知り合いがいないかと思ったら大間違いだ。コンプトンにも味方は既にいる。それがマイルズの価値を薄れさせる。
「だからそれくらいじゃ会わねぇっての。聞いてやるのは構わねぇが、そんな理由じゃ確実に無視されて終いだ」
「手土産でも持て来いってか! 分かった、俺のとっておきのマリファナをプレゼントしてやるぜ」
「そういうことじゃねぇんだって……」
そりゃ、個人的には別にマイルズとサーガを会わせようが、好きにしてくれればいいと思ってはいる。
マイルズのおかげでリッキーとの関係が持てたから、とでも言えばサーガも渋々時間を作ってくれるだろうか?
そんなことを考えているうちに、一緒にいるホーミーが俺の肩を叩いた。
「ガゼルとリッキーが一緒にいるぞ。珍しいな」
ハッとして俺が前を注視すると、確かにその二人が広場に立って話していた。
ガゼルとは普段から簡単に会えるが、リッキーと会え、しかも最初から奴がその場にいるパターンは初めてだ。
既にこっちのホーミーにも、リッキーの特徴は伝えてある。一目見てあれがリッキーだと分かったようだ。
「なんだよ、日の光を浴びても平気なのか、リッキー」
「俺が吸血鬼か何かに見えてるんなら、てめぇの目は節穴だな」
こそこそしてる奴だからという俺の皮肉に、リッキーが鼻を鳴らしてそう返した。
奴は小綺麗なTシャツにデニムと、相変わらず一般人にしか見えない出で立ちだった。
「でも堂々と立ってるのは確かに珍しいかもな」
意外や意外、俺のセリフを肯定したのはガゼルだった。それほど、リッキーが外にいるのは珍しいということだ。
「市街地ならともかく、こんな貧困地区じゃ逆に目立ってるぜ。クリップスらしく、青い服でも着ておけよ」
「そんな趣味は俺にはねぇんだよ、クレイ」
ギャングのユニフォームを趣味と断じるか。本当に変わったギャングスタだ。
「で、ここにいるって事は、お前からもこっちに用事があったのか?」
ガゼルには俺やマイルズが会いに来るとは、当然伝えてある。可能であればまたリッキーとも話したいと言ってあったが、ここに呼ぶとは思わなかった。
「何言ってやがる。会いたがってたのはお前らだろう。たまたま近くにいたから出向いてやっただけだ。今回は拠点を準備してなかったから、仕方なくここまで出てきた。感謝しろよ」
「……本当か? 感謝はするが、意外だな」
「うるせぇ」
「こりゃ失敬」
仕事を近くでしていたのは間違いないようだが、丸腰に見えるので殺しや売りなどではなさそうだ。おそらく諜報や情報収集か。
「そっちのはお前の連れか、クレイ」
今日一緒にいるガーディアンは5人。なかなかの大所帯だ。
「あぁ。俺のホーミーだ。こないだは部屋の外でお預け食らってたが、ご対面が適って良かった」
「よろしくな、リッキー」
「ウチのクレイに銃を突き付けてくれたらしいな。飛んだご挨拶だぜ」
ホーミーたちがそれぞれリッキーに声をかけつつ、ハンドサインを出す。
「……色々とこっちにも思うところがあるんだよ。よろしくな」
リッキーもそれにハンドサインを出しながら応対した。無視するのではと思っていたので、少しばかり驚きだ。
「マイルズ、ちょっといいか」
「あん? いいぜー。どうしたんだ、兄弟?」
挨拶もそこそこに、リッキーがマイルズを引っ張って少し離れた場所へと移動した。目の前で密談とはふざけた野郎だ。
「マイルズに用事があったからリッキーは出てきてたのか?」
「知らねぇが、あの様子ならそうとしか言えねぇな」
俺がガゼルに尋ねると、奴は興味がない様子でぶっきらぼうに返した。
リッキーの背でマイルズは見えない。ただ、何かを密談しながら物を手渡しているように見える。
「金か、あるいは薬か? リッキーの野郎、マイルズを何かに利用しようとしてるみたいだな」
「放っとけ。聖人同士の会合じゃねぇんだからよ」
「まぁな。悪人同士なのは分かってるが」
俺よりはマイルズの方が話も通しやすいだろう。性格もあるし、シマの場所も近いしな。そして何より、あんな男でも現役のブラッズの頭だ。力だって随分と持ってる。
「いやぁ、お待たせだぜ!」
「別に待ってねぇよ。何をホクホクしたツラしてやがる」
「寂しかったからって俺に当たるなよ、クレイ!」
この感じだと、やっぱり金でも受け取ったんだろうな。嬉しいって、分かりやすく顔に書いてやがる。
「なーに、要らねぇ詮索は不要だ。俺とマイルズは兄弟分なんだからよ」
「それは俺も同じだったはずだがな」
「妬いてんのか、クレイ。気持ち悪い」
俺に不信感を抱かせたくないなら、もっとこっそり話せば良いものを。おそらくリッキーは俺をからかって遊びたかっただけなんだろうな。嫌味な野郎だ。
「で、そっちからの用事はなんだ? 俺はマイルズと話せたから満足だぞ」
「こっちの仲間を会わせたかっただけだから、特にもう用事はねぇよ」
「だったらよ! 遊びに行こうぜ! 女でも拾いに行くんだ!」
マイルズがまたおかしなことを言い出したな。
「それ自体は悪くねぇが、俺らがつるんでるってのは極秘情報みたいなもんだろ。わざわざ周りに広めるような真似できるか」
「俺もクレイに賛成だな」
敵対ギャング同士が肩を並べて歩く姿は、見せびらかすべきじゃない。
「だがどちらにせよ、俺はこの辺りでお暇させてもらうぜ。次の仕事があるんでな」
「またな、リッキー! 仕事頑張れよー」
「あぁ。大した仕事じゃねぇが、人にはやらせておけねぇんでな。それじゃ、また」
リッキーが一抜けを宣言し、ひらひらと手を振りながらその場を後にする。
「なんだ、マジでマイルズにプレゼントを渡すためだけに出てきてたのか、アイツは」
「へへーん! 俺とリッキーは仲良しだからな!」
「ガゼル、何か面白そうな情報なんかがあれば買うぞ」
リッキーとの対面はかなり短かったが、せっかくコンプトンくんだりまで出てきたのだ。ガゼルから何か買えるものがあれば買って帰る。
「いや、特にはねぇな。土産にクスリでも売ってやろうか」
「いらねぇよ」
「俺は買うぜ!」
リッキーからのプレゼントの他に、ガゼルからは日用品とでも言うべきドラッグを買い込むマイルズ。
ボタンシャツの胸ポケットと、ズボンのポケットはパンパンだ。
「帰り道に警官でも来て、マイルズを職質してくれと願ってるぜ」
「ふざけんなよ! その時は俺を先に、全力で逃がしてくれよな! これは失うわけにはいかねぇ」
「馬鹿言え。俺たちだってハジキが見つかっちゃ面倒なんだよ」
本当に警官に絡まれたとしたら、恨みっこなしで各々が全力疾走だ。
とはいえ、こんなところに乗り込んでくる命知らずな警官なんていないんだが。
来るなら大勢で、町ごと制圧するくらいの規模になってしまうだろう。そのくらい、大勢のギャングスタで溢れている居住区なのだ。
「そんじゃ、俺は帰るぞー。葉っぱでも吸ってクソして寝るからよ。クレイが言うみたいにおまわりが来たら嫌だし!」
「自由な奴だぜ。だったら俺らもここらで引き上げるとするか。ガゼル、今日は短かったがこれを」
「あぁ? おう、ありがとよ。また来るときは教えろ。リッキーも前ほどはもったいぶらずに出てきてくれると思う」
今回もリッキーにつないでくれた分の、ちょっとした謝礼をガゼルに手渡す。100ドル程度だが、奴も文句は言わなかった。
まぁ、大した仕事をしたわけでもないしな。
「俺にもなんかくれよ!」
「お前はリッキーから何か貰ってたからいいだろうが。何貰ったんだよ」
「おしえねー!」
マイルズのガキみたいなわがままを断り、奴の家へと向かって歩き始めた。
……
「んで? いつ会えるんだよ?」
「あぁ? 何の話だ?」
「お前のとこのボスだよ! サーガだったかな」
帰り道の途中で、またもマイルズがサーガに会いたいと話し始めた。
「どんだけ会いたいんだよ。サーガは理由もなく他人に会わねぇっての。仮にマイルズがブラッズのボスでもな」
「じゃあこういうのはどうだ? 俺がC.O.Cの情報をさらに仕入れてやる。何せ、俺様はリッキーと兄弟分で、クレイよりもマブだからな」
「それを手土産にサーガに会うってか? そりゃ、ありがたい話ではあるが、何でそこまでして会おうとするんだよ? 会うとしたらイーストL.A.まで行かなきゃならないし、言伝なら俺を使えば事足りると思うんだがな」
「だったら手始めに今の話を伝えといてくれよ。それで首を縦に振らなきゃ、ビビりだって言いふらしてやる!」
なんだそのガキの噂みたいな発想は。
……
「……くせぇな。だが、何か仕掛けようってんなら逆手に取ってやるとするか」
そして、意外にもサーガとマイルズの対談はあっさりと叶うこととなった。
「大丈夫なのか? 確かに俺も、アイツの言い様は何かあるんじゃねぇかとしか思わなかったけど」
サーガにマイルズが異常なほど会いたがっているという旨を伝えると、怪しみながらも承諾の返答をしてきたのだ。
「マイルズの性格は俺にはわからねぇが、リッキーがこっちに執着してんのは割れてんだ。十中八九、奴の差し金で踊らされてるんだろう」
「マイルズはバカだが間抜けじゃねぇ。差し金だとしても、自身でハジキを持ってアンタに突っ込むような真似なんて出来ないと思うぞ」
サーガが言うのはおそらく、マイルズがリッキーの手駒としてヒットマンを請け負った形だ。だが、それはないと言い切れる。
サーガの情報を得たくて画策しているくらいではないだろうか。
しかし、そうなるとリッキーには俺たちガーディアンの正体は既に明らかとなってしまっているわけだ。
奴にバレていることを知っていることを、奴に知られてはならないという、ややこしい話になってくるな。こっちからもリッキーとの面会を利用できなくなる。
「っ……! サーガ、まさかアンタ……」
「うるせぇ。俺はてめぇが考えるようなことは思っちゃいねぇよ。折を見て、マイルズを俺のところへ連れてきてくれ」
サーガは、俺たちガーディアンの正体がリッキーに割れたことを知り、相手にとってもその価値があるうちに策に乗ってやろうという腹だ。
要らねぇと思われて俺たちが被害を被る前に、自分が危険な橋を渡ろうとしている。
マイルズ自身がその仕事人ではないにしろ、サーガの首に死神の鎌が近づいてきてしまうのは間違いないだろう。
俺は、お荷物なんかにゃなりたくねぇってのによ。