Learn! B.K.B
「ん……?」
ボロ屋のリビング。雑多な食糧品や酒瓶などが置かれたテーブルの上にアサルトライフルを出し、整備をしていた人物が視線を上げた。
「リッキー」
「ガゼルか。そっちのブラッズ二人が話してた客だな?」
「その通りだ」
「そうか、適当にくつろいでくれ。少し待たせるが構わないよな? こいつを仕上げたい」
そう言いながらまた銃の整備に戻ったコンプトン・オリジナル・クリップのボス、リッキー。
彼はガゼルの言った通り、何の変哲もない若者で、ディッキーズの黒いハーフパンツと白いTシャツを着た、坊主頭の小柄な男だった。
地味なのは話の通りだが、体型まで小さいとは思わなかった。これでギャングのプレジデントだというのだから不思議なものだが、確かに取り扱っている銃の殺傷能力は高そうだ。
普通の大学生が生活の中で触る代物じゃない。
「なんだぁ? 物騒なもん触ってんなぁ」
そう言いながら、マイルズがさっさと壁際にあったソファに座ってしまう。
くつろげとは確かに言われたが、よくもそう易々とその言葉に従えるな。
「そうだろ? ちょいと入用でな。何だったらお前で試し撃ちしてやろうか?」
「あ? 冗談でもそういうことは言うべきじゃねぇな、兄弟」
ぴりっとした空気になるかと思ったが、マイルズの呼びかけにリッキーが興味を持った。
「兄弟? おかしなことを言いやがる。初対面じゃなかったか? 俺が人の顔を忘れるなんてことはそうそう無いんだが」
「俺とガゼル、それとそっちのクレイは兄弟分なんだよ。てめぇはガゼルのボスなんだろ? だったら俺とお前も兄弟だぜ」
「わけわかんねー理屈だが……これでよし。待たせたな、あー……兄弟って呼べば満足か? 俺はリッキーだ。よろしく頼むよ」
マイルズよりも近くにいた俺に対して、リッキーが右手を差し出した。
俺は一瞬躊躇したが、その手を握り返す。警戒されては身も蓋もないので、平和的に行きたいところだ。
「あぁ、よろしく。俺はクレイだ」
「……とでも言うと思ったか?」
「なっ!?」
ぐるりと手首をひねられ、そのまま後ろ手に拘束される。
「おい、兄弟! 何やってんだ! 喧嘩すんなよ!」
「いででっ! 何の真似だ、リッキー!?」
立ち上がるマイルズと抵抗する俺。だが、リッキーの手はがっちりと俺をつかんで離さず、マイルズもそれ以上は何もできなかった。
ガゼルが拳銃を抜き、それをマイルズに向けたからだ。
嵌められたか……!
「何の真似だ、はこっちのセリフだな。何をしに来たんだ? 俺のタマでも取ろうって腹じゃねぇだろうな」
「んなわけあるか! もしそうなら表に待たせてある仲間と突っ込んでくるだろ!」
「表? 他に連れがいんのかよ」
これは俺ではなく、ガゼルに訊いているようだ。その言葉には若干の叱責の色が混じっている。
「あぁ、クレイの仲間だ。コイツを置いて帰るわけもねぇから仕方なくついてきてもらったが、もちろん家には入れてねぇよ」
「……そっちのマイルズがノース・コンプトン・パイルのボスだったか」
「兄弟。俺を知らねぇなんて、もぐりかよ? 本当にそんなんでギャングを立ち上げたのか?」
確かに妙だな。暗躍しているような人物なら、多少は周りのセットの情報くらいは持っていそうだが。
「違う。マイルズって男が頭を張ってるくらいは分かるが、本当にお前がそうなのかは疑ってるところだ」
「そんな下らねぇ嘘つくかよ!」
「良いからさっさと放せ! 本気で俺らと喧嘩する気なのか、リッキー!?」
締め上げられた腕が悲鳴を上げている。早く開放してほしいところだ。
「どういう意味だ?」
「ここで俺やマイルズと揉めるって事の意味ぐらい分かるだろ!」
「ふん……」
事細かに説明している余裕はない。含みを持たせるような言葉になってしまったが、それが功を奏した。
リッキーが俺の手を放し、素早くアサルトライフルを構える。
腕は痛くなくなったが、命の危機からはまだ脱せそうにないな。
「で、お前らと揉めるのがまずいってのは?」
「お前らのセットはブラッズにも深く食い込んだ場所で活動してるんだろうが。現に、ここだってブラッズ側のシマだし、マイルズのセットなんて目と鼻の先だ。俺らと揉めたら、今迄みたいに気楽に来れる場所じゃなくなっちまうぞ」
「……はっ、よく口が回る奴だ。命拾いしたな」
銃を下ろすリッキー。本当に納得したのだろうか。
だが、そのくらいも分からない阿呆なはずもない。こいつはいったい何を考えてるんだ?
「ガゼル。マイルズも解放してやれ」
「あぁ」
ガゼルもリッキーの指示に従った。聞き分けが良いので、ガゼルの上の立場であることは間違いないようだ。
「ガゼル! 次、俺に銃を向けたら殺すからな!」
「うるせぇ」
キャンキャンとガゼルに向かって喚くマイルズを尻目に、俺はリッキーに質問する。
「リッキー、お前がコンプトン・オリジナル・クリップのボスって事で間違いねぇのか?」
「そうだが、ご不満か?」
「ボスだっていう割に行動が軽率だからな。長生きしねぇぞ、てめぇ」
これはわざわざ挑発しているようにも見えるが、舐められないためにもこのくらいは気勢を張っておいた方が良い。
むしろここで泣いて命乞いでもしようものなら、価値なしと見なされて金を奪われ、簡単に殺されていたかもしれない。
「だったらお前もその腰の銃を抜くか?」
「抜かねぇよ。お前みたいに簡単に抜く奴の脅しなんざ、屁でもねぇ」
「あぁ? 震えあがってたくせによ」
「手首が痛くて、もがいてただけだろうが!」
リッキーがふいに、ニヤリと笑う。
どうやら気に入られたようだ。別にクリップスから好かれても嬉しくもなんともねぇがな。
「まぁ座ってくれ、クレイ、マイルズ。俺らは兄弟なんだよな」
「おう! ようやく分かってくれたかよ!」
「俺はまだコイツを兄弟分だなんて認めねぇが、座ってやるよ」
リッキーが銃を整備していたテーブルを囲むように、四脚のパイプ椅子が置いてある。
ガゼルも含め、それぞれに俺たちが座った。
「さてと……何か飲むか、兄弟?」
「いらねぇよ」
緊張の一瞬だと思ったが、リッキーは意外にもそんな言葉を吐いた。頭の中が読めない、という意味ではマイルズ以上に厄介だな。
「おっ! ビールあるか?」
「あるぜ、待ってろ」
「マイルズ。お前、よくこの状況で飲めたもんだな……」
良くも悪くもマイルズとはこういう男なのだ。諦めるしかないだろう。
そしてリッキーは手ずから、部屋の隅にある冷蔵庫からブルームーンの缶を四つ持ってきてくれた。
「ほらよ、飲もうじゃねぇか」
「ひゃっほうっ!」
「俺は下戸だし、仮にそうじゃなくとも酒なんか飲む気になれねぇな」
そう返したが、リッキーは気にした様子もなく、俺の前にも缶ビールを置いた。
早速手を付けたのはマイルズ。喉を鳴らしながらグビグビとそれをあおる。
ガゼルやリッキーは一口だけ飲み、缶を置いた。
「見たところ……大した用事もねぇんだろ? 俺の顔でも見に来ただけ、ってところか」
「まぁな。ガゼルとは縁があって仲良くさせてもらってるし、プレジデントに会えたら面白いって話もしてたんだ」
「こっちはクリップスなのにか。変わった奴だな」
「それはお互い様だろ。お前らもこうしてブラッズと話してる」
会話中だが、マイルズの手がゆっくりと伸びてきて、俺の分のビールをくすねていった。
別に要らないので無視する。
「だが唯一、討たなきゃならねぇブラッズセットがある。B.K.Bっていうセットだ」
俺の心臓が凍り付いた瞬間だ。
「ん? どうした、兄弟。つながりがあるセットか? イーストL.A.のギャングだから結構な距離があるが」
「いや、なんでもねぇ……それより、イーストL.A.のブラッズか? なんでそんなもんに用事があるんだよ」
「そこまで話す義理はねぇな。お前にだって目の仇にしてる奴くらいいるはずだ。そんな感じだと思っておいてくれ」
リッキーは、俺がB.K.Bの人間だと分かってこんな話をしているのか?
それとも、単純に馬鹿でベラベラと喋っているだけなのか?
どちらであろうとも、リッキーの話に俺が踊らされているのは確かだ。一人相撲であれば良いんだが。
ただ、B.K.Bにちょっかいをかけていたのはリッキーだと、これで確定した。
ここもアジトではないようだし、彼の顔写真を撮るのも無理だが、この情報は持ち帰ろう。絶対に生きて帰るぞ。
「リッキー。ウチの仲間が二人、外で待機してるんだが入れてもいいか? さすがに……」
「却下だ。俺はマイルズとクレイに会うという話でガゼルから知らされてたんだ。他の奴の事なんか知らない」
まぁ、そうなるな。この場に味方は多い方が良いと思ったが、仕方ない。
「あー、クレイ! さては、あいつらにもビール飲ませてやりたいんだろ! おい、兄弟! 帰り際にビール二本、拝借してもいいか?」
「んー? まぁ、いいぜ。持って行ってやれよ」
「だそうだ! 良かったな、クレイ!」
「あぁ、助かったよ。リッキーもありがとな」
全然そんなことは考えていなかったんだが、マイルズが場の雰囲気を和ませてくれた。それに、リッキーもそこは許可するんだな。ケチってわけではなさそうだ。
「それより、やはりそのB.K.Bってのが気になるな。例えるなら、そいつらはお前の恨みを買ってるわけだろ。同じ轍を踏まないためにも、少しくらいは教えてくれたっていいんじゃないのか?」
「なんだ、慎重派だな。でも俺は寛大なんだぜ。ちょっとやそっとじゃ怒らねぇよ。だが、奴らは一線を越えちまった。それだけの事だ」
リッキーの言葉に、ガゼルが目を細める。おそらく、キレやすいリーダーだと認知されているんだろう。
どの口が「ちょっとやそっとじゃ怒らない」だ、とでも言いたげだ。
「ちょっとやそっとじゃ怒らねぇなら安心だな! だったら、ビールは四本もらってもいいか?」
「ダメだろ! 調子に乗んなよ、てめぇ!」
「てめぇこそ、速攻で怒ってるじゃねぇか! ケチ!」
マイルズのコメディにしか思えないノリでまた場が和む。
「……案外、馬が合うんじゃねぇのか? アンタら二人はよ」
ガゼルが頬杖をつきながら、半ば飽きれたような声を出した。
彼も、まさか自分のボスがコントのようなやり取りを他の誰かとする様子など、予想だにしなかっただろう。
「俺もそう思ってたところだ」
「俺もだぜ!」
ガゼルへ向けた俺の相槌に、なぜか本人であるマイルズが乗っかってくる。
「B.K.Bっていうギャングは……影響力が強すぎたんだよ。今も昔もな」
「ほう? 昔の話とはご執心じゃねぇか」
軽く、リッキーが核心に迫る話を始めた。
世代的に見て、サーガやメイソンさんが現役で暴れまわってた頃よりはB.K.Bも落ち着いている。なぜ、リッキーから昔の話が出るのかは謎だが、かなり恨みは古く、そして深いようだ。
「お前も、うかうかしてると食われるぞ。どこのセットか知らねぇがよ。ブラッズだろうが、クリップスだろうが、チカーノだろうが奴らには関係ねぇ。敵対すりゃ潰されるし、味方すりゃ取り込まれる。しばらくはなりを潜めてたらしいが、昔みたいな大軍団を形成しようとしてんだよ」
「やけに詳しいな。昔のB.K.Bってのはそんなにデカくなって暴れてたのか。それが今、またそうなろうとしていると」
リッキーが誰の入れ知恵でこうもB.K.Bを警戒しているのかは知らないが、それを防ごうとしているらしい。
さながら、昔にB.K.Bと敵対していて、潰れることになったクリップスの遺志を継いでいるといった感じか。
「そういうこった。それがどれだけ恐ろしい事なのかを理解できてない奴が多すぎる。だからその説明は省くが、とにかくさっさと止めておくに越したことはない。既に、結構な規模にはなっちまってるがな。手遅れというにはまだ早いはずだ」
B.K.Bを外から見れば、鬼の集団みたいな認識なわけか。別に人を食うわけでもないんだがな……
リッキーに入れ知恵をした奴が、昔に余程の仕打ちを受けたのは間違いない。